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アポロジー

apology 謝罪

「……なにこれ」

 清乃は幸いなことに偏頭痛持ちではない。あれは見ているほうも辛いのだ。ひどくしんどそうで。

 だが今朝は生まれて初めて、頭が痛い、と言いたくなった。

 

 

 コタツ布団から、キンキラ頭がふたつ飛び出している。カーテンの隙間から差し込む朝陽に照らされて眩しいことになっている。同じ眩しいなら、いっそのこと禿げてしまえばいいのに。

 ユリウスのプラチナブロンドはともかく、もうひとつの茶色っぽい金髪はなんだ。あの変態か。

 昨夜清乃は、外出できる服装のまま寝てしまった。着替えるのが面倒になっただけだったのだが、正解だった。

 変質者に無防備なパジャマ姿を晒すのは避けたいところだ。

 とりあえず洗面台まで移動して、顔を洗って寝癖を直す。

 あれ、そういえば水溜まりは拭いたんだっけ、と記憶を辿るが、汚部屋の住人らしく放置した気がする。帰って来るかも分からないユリウスに対する八つ当たりに、あいつにやらせればいい、と考えたのだ。

 ということは、この乾いた床はユリウスの仕事なのだろう。

 優秀な奴め。仕方ない。昨夜心配させたことは不問に付してやろう。


「……キヨ。おはよう」

 身支度を整えて部屋に戻ると、ユリウスが目を覚まして起き上がった。

 いつも鼻につくくらいピシッとしている少年が、寝起きだけはぼんやりしていて可愛い。

 普段は清乃のほうが起きるのが遅いから、この姿を見るのはまだ二回目だ。

「はい、おはよう。朝ご飯にする?」

「うん、……あの」

 言い淀むユリウスが視線を送る先には、ダークブロンドの頭がある。

 ここは日本だ。室内の人間の三分の二が天然の金髪ってどういう状況だ。

「なに。その頭、昨日の痴漢? コタツの中に体入ってんの?」

「ごめん。生首を持って帰ったら事件になるかと思って」

 ナマクビなんて日本語、いつ覚える機会があったのだろう。

「それはそうだ。仕方ないね。賢明な判断だわ」

 ユリウスが話を切り出しにくそうにしていたから、清乃は平静を装って会話を続けた。


 昨夜は怖い思いをした。入浴中に見知らぬ外国人が侵入してきたのだ。

 ユリウスの知り合いなのだとしても、そんな奴を勝手に連れて帰って来たことに対して、本当は苛立ちを覚えていた。

 それでも、昨夜の彼が清乃の身を本気で案じてくれた気持ちは伝わっている。怯える彼女の無事を確認して安堵し、そして躊躇なく男を攻撃した。

 清乃のためにだ。

 そんな彼が男を連れ帰ったのなら、何か理由があるはずだ。話を聞いてやらないこともない。


「ごめんなさい、キヨ。こいつにも謝らせる。『おい、起きてるんだろ。昨日教えたとおりにやれよ』」

 ユリウスがダークブロンドの頭を叩くと、男が何やらブツブツ言いながら上半身を起こした。彼は立ち上がることなく、低い位置から清乃を真っ直ぐに見上げた。

 昨夜は気づかなかったが、そいつはユリウスほどではないものの無駄に整った顔をしていた。瞳の色は、同じような空の色。

 清乃はその見てくれに感銘を受けることなく、可能な限りの冷たい視線を返した。

 男は嫌そうな彼女の顔に少し戸惑った様子を見せてから、勢いよく頭を下げ床に額をつけた。


 見事な土下座だった。

「モウシワケアリマセンデシタア!」

 ユリウスとテレビを観ながら、土下座が日本における最大級の謝罪の形だと解説したことがある。芸人を見ながら、あの動作にはどういう意味があるのだと彼のほうから訊いてきたのだ。

 さすが天才少年、覚えていた。そして犯罪者にきちんと仕込んでくれた。

「こいつはフェリクス。オレの従兄なんだ。オレを探しに日本に来て、キミと一緒にいるところを見つけたらしい。キミのせいで帰れなくなってると勘違いして、襲撃しようとしたと言ってる」

「………………へえ」

 自分で思ったよりも低い声が出た。

 頭を下げたままの男の肩が揺れた。

 男の隣で、自分も土下座する直前のように正座の姿勢で膝に手を置いたユリウスもビクリとする。首から上を見なければ、お上の下知を待つ武士のようだ。

「そ、それであの、オレ昨夜、キミが風呂に入ってるときに、少し外に出たんだ。カギを、開けたまま」

「ああ、それで」

 男がどうやって侵入したのか、ユリウスが駆けつけるのが遅かったのは何故か、不思議だったのだ。謎が解けた。

「だ、ダカラあの」

 口籠もるユリウスの日本語の発音が怪しくなってくる。

「はい」

「……昨日のはオレのせいでもありマシタ! 申し訳ありませんデシタ!」

 潔い。

 土下座の男ふたりを見下ろす機会など、そうそうあるものではない。


 清乃は窓から差し込む朝日に照らされたキラキラ頭をふたつ見下ろして、さて、どうしてやろうかと少しばかり思案した。

 ダークブロンドの後頭部を踏みつけるのはやり過ぎだろうか。そのくらいのことをされたとは思うのだが。

「Feel free」

「……ん?」

 男の言葉に、清乃は眉をひそめた。こいつは日本語を喋らないらしい。

「ご自由に、と言ってる」

「何を?」

 ユリウスの通訳に、ますます清乃はしかめっ面になった。意味が分からない。

 もう少し真面目に英語の勉強をしておくべきだったか。彼女には受験英語の知識しかない。

 ブロンド男ふたりで何かを言い合う姿を、眺める以外にすることがなくなった。

 早口の外国語は、最早英語なのか彼らの母国語なのかすら聞き分けられない。

 そのため、清乃はふたりの話とは別のところで考えをまとめることができた。

 フィールフリー。ご自由に、との男の発言の前に清乃は口を開いていない。

 ただ頭の中で、オトメの入浴を覗いた男の金髪を踏みつけ、溜飲を下げていただけだ。

(……ああ、そうだった)

 清乃は今、ファンタジーの世界に迷い込んでいるのだった。


「超能力だ。PKじゃなくて、ESP。なんだっけ、あれ……精神感応。テレパシー。あたしの頭を覗いたの?」

 記憶の奥底から、中学生のときに読んだ、当時すでに完結していた小説の一部分を引っ張り出してくる。

 最近はヤングアダルトというジャンルになっているらしい。少し前まで少女小説と言っていた。ハマって読んでいたものだ。今でも同じ作者の新作が出るたびに本屋に走っている。

 あれは確か、一巻の後半部分だった。

 超能力は、五感を超えたところで情報伝達を可能とする超感覚(ESP)と、ユリウスのように手を触れずに物体に作用する念力(PK)とに大別されている、といったことが書かれていた。

 ユリウスは、サイキックは遺伝だと言っていた。PKとESPが同じように遺伝子に組み込まれているのかは分からないが、その可能性はあるのではと考えた。

 その異能が家系に現れるというなら、身内にユリウスの行方を探ることができる人物がいてもおかしくない。

 テレビで観た、FBIに協力するESP保持者によるサイコメトリ。行方不明者の居場所を言い当てていた。昔観たドラマの題材にもなってた。あれと同じことができる人がいるならば、困っているユリウスを迎えに来るのではないだろうかと考えたのだ。

 交通量調査のアルバイト中にそんなことを考えかけ、途中で中断したのだった。


 ユリウスが言い合いをやめて、清乃を驚いた眼で見た。

「……正解だ。いや、今は能力を使っていないが、彼は確かにESP保持者だ。キヨはなぜ分かったんだ」

「さあね」

 清乃の趣味の範囲内だっただけだ。フィクションだという前提で楽しく読んだり観たりしていた知識の中にあったのだ。

「フェリクスは、」

「ねえ、話の前に、そいつのその格好なんとかしてよ」

 清乃はユリウスの言葉を遮って、ようやく突っ込むタイミングを掴まえた。

 痴漢が土下座の姿勢のままでいるのは勝手にすればいいが、その服装が問題だった。

 服装がというか、服で装ってないことが、だ。

「ああ、ごめん。勝手にタオルとか着替えを貸すのもどうかと思って。オレのはキヨに用意してもらった物だし」


 清乃にはパンツ一枚の外国人を見て喜ぶ趣味はない。その外国人が金髪碧眼の美形だとしても不愉快だ。

「気の遣い方がおかしいでしょ。昨日着てた服はどこやったのよ」

「ずぶ濡れになったから、ベランダに干してやった」

 冷たいシャワーを浴びせたのは清乃だ。悪いことをしたとは思っていないが。

 カーテンを開けると、そこには高そうなコートやニットが吊るしてあった。

「こんなに濡れてた?」

 上着も腹が立つほど長いスラックスも、まだ水が滴りそうなほど濡れそぼって見える。シャワー攻撃だけで、こんなに万遍なく濡れるだろうか。

「そこの川に落としてやったんだ。安心しろ。ちゃんと反省するまで沈めておいた」

 想像以上に激しいことをしていたようだ。

 清乃は真夜中に真冬の川で喧嘩する男ふたりを想像してちょっと引いた。よく通報されなかったものだ。

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