パートタイムジョブ
part-time-job アルバイト
「ユリウス、明後日一緒にバイトしない?」
思案の結果がそれだ。
金がないなら稼げばいい。一般常識だ。
「バイト?」
「あ、アルバイトって英語じゃないんだっけ。えっと、一日だけの仕事。パートタイムジョブ?」
「ああ、仕事か。国でもやったことない。日本人じゃなくても雇ってもらえるのか」
幸い清乃は大学生だ。
大学の掲示板を探せば、学生向けの短期アルバイトはすぐに見つかる。
平日夕方から夜にかけてと、土日祝日は朝からシフトが入ることのある本屋のアルバイトは、清乃の趣味と実益を兼ねた仕事だ。楽しく働いているが時給は安いし、バイト代が振り込まれるのはだいぶ先の話だ。
今すぐ現金が必要なのだ。
「大丈夫だよ。履歴書要らない単発のバイトだから。明後日、土曜日は本屋のバイトのシフトに入ってないから、一日空いてるの。朝七時から夕方七時まででひとり一万円。交通量調査っていってね、道路脇に座って車の数を数えるの。寒いのは我慢しなきゃだけど、ふたりで座ってカウンターかちかちやるだけだから、外国人でも問題ないよ。どう? やってみる?」
「やる」
即答だ。
「よし。二万円あったら、成田に行く前に東京観光できるよ」
「やった」
「ずっと家に居て嫌になってたんでしょ。明後日はバイト代で焼肉食べに行こっか。やっすい食べ放題だから味の保証はしないけど、お腹いっぱい食べようよ」
「行く。外出嬉しい」
可愛い奴め。
清乃はうどんの汁まで飲み干すと、立ち上がって丼をシンクまで運んだ。
「じゃあバイトの申し込みしとくから。午後の講義行ってくるね」
「ああ。いってらっしゃい」
ひとり暮らしは気楽だが、やっぱり見送ってくれる人がいるというのはいいものだ。
今日は午後の講義が終わればそのままバイトに行って、帰ったら遅い夕食を作る。適当に買って済ませたいところだが、財布の中身がそれを許さないのだ。
大学とバイト先の往復に加えて、三食きっちり自炊するのはしんどい。
(そろそろユリウスに簡単な料理くらいやらせるかな)
「えっ。留学生?」
アルバイトの申し込みをし、電話で指定された場所に行くと、ユリウスを見た担当の男性は怯んだ顔になった。
「留学生だと駄目なんですか? 指定されてないですけど」
電話で清乃の名前と電話番号を伝え、友人とふたりで行きます、と言うだけで成立した雇用関係だ。
細かいことを言うわけがないと高を括っていた。
「駄目ってか、確か許可とか必要でしょ。今日、許可証みたいなの持って来てるの?」
「ああ。なら大丈夫です。この子、血は多めに混ざってるけど国籍は日本だから。髪だって地毛はもっと黒いんですよ。ね、ユーリ」
スラスラと嘘をつく清乃を面白そうに見てから、ユリウスはにっこりした。
「うん。この外見だからよく言われるけど、日本人です」
流暢な日本語に、大人はあっさりと納得した。もしくはその振りをした。
「そっか。ならいいか。じゃあ今日はよろしく」
「よろしくお願いしまーす」
清乃が交通量調査のアルバイトをするのは二度目だ。前回は友人に誘われてついて行ったのだ。機会があればまたやろうと思っていた。
通行の邪魔にならないよう道路の隅に設置した椅子に座って、カウンターで通行量を数えていく。
片側一車線の道路を走る軽自動車、普通車、大型車を手分けしてそれぞれ種類別に数えていくだけだ。それだけで現金即日支給一万円。
単調な作業にうっかり居眠りをしてしまうことだけ気をつければ、貧乏学生には美味しいバイトだ。
「こんな仕事があるんだな」
なるべく目立たないよう帽子とマフラーで顔を隠しながら、ユリウスは真剣な眼差しを通り過ぎていく車に向けて呟いた。
「ね。あたしも大学入ってから知ったよ。道路改修工事の参考にするとからしいけど」
「へえ。じゃあ母国にもあるかな」
「あったとしても、王子様は雇ってもらえないでしょ」
「バレなければいいんだろう。帰ったら探してみる。秘密の稼ぎがあれば、こっそり遊びに行ける」
異国の王子に悪いことを覚えさせてしまったようだ。
まあいい。どうせ二週間後には縁がなくなる相手だ。
さすがに手紙というアナログな手段から、現在のユリウスの居場所を突き止められることはないだろう。彼の母国に、彼を保護した清乃の存在が知られることはない、はずだ。
消印にも気を遣って、就活のために東京へ行く予定だと話す先輩に投函を頼んだ。清乃に辿り着くための手段は無いと言っても過言ではない。
そう思いたいのだが、それは甘い考えだろうか。
ユリウスはいい子、いいひとだ。
第一印象は最悪だったが、彼が誠実なひとで、心底困っていることはすぐに分かった。
万一清乃の存在が母国に知られても、接触のないよう取り計らうと約束してくれた。
清乃はその言葉を信じた。
その言葉を信じて、迎えが来るまで便宜を図ることを約束したのだ。
軽率な行動だっただろうかと、この一週間何度も思い返して後悔もしているが、毎回同じ結論に至る。
この美しい少年を助けてあげたい。
綺麗なものに惹かれる気持ちもある。実家の生意気な弟を思い出して、追い出すことに罪悪感を覚えたのもある。突然飛び込んできた非日常にワクワクしてしまったのも、少しはある。
それらの感情が、胡散臭い外国人の存在を清乃に受け入れさせたのだ。
異国の王族。遺伝子に組み込まれた超能力。
そのふたつに目をつむってしまえば、ユリウスは普通の少年だ。
(……あれ? なんだっけ。何か引っかかった気が)
「こら、目をつむるな」
「……うわっ」
うっかり居眠りしかけていた。
「これは仕事なんだろう。ちゃんとやらないと。さっき黄色ナンバーが三台通ったぞ」
真面目だ。
カチカチカチ。
慌てて三台分カウントすると、清乃は目を擦った。
「ごめん、ありがと。ちょっと眠くなっちゃった」
「毎日大変だな。大学とアルバイト。キヨノは偉い」
ユリウスの言葉は上からでなく、純粋に感心している風だったから、清乃は普通に返した。
「日本ではこれが普通なの。そりゃ、恵まれてる子は親が全額出してくれてお小遣いもくれるらしいけど。うちはそこまでの家じゃないし弟もいるから、大学に入れてもらえただけで感謝しなきゃ」
奨学金と仕送りは、学費と家賃でほとんど無くなる。だから自分の生活費は自分で稼ぐ。
清乃が通う大学にはそんな学生が珍しくない。だから清乃もそんなものだと思ってアルバイトに励んでいるのだ。褒められるほどのことではない。
「でもすごいと思う」
「大変なのはあんたの食事の用意よ。今日は食べに行くけど、来週からお昼くらいは自分で用意しなさいよ。簡単な料理教えたげるから」
「……わかった。頑張る」
素直である。
マフラーに顔をうずめた美少年を横目に少し笑って、清乃も道路に向き直った。
そのときには、まどろみかけながら考えていたことは、すっかり頭から消えてしまっていた。




