王太子登場
私が3人と行動するようになると学園全体で私と3人とを切り離そうとでもするかのような動きが見え始めた。
何かと用事を頼まれたり、嘘の呼び出しを受けたり、「関わらない方がいい」と忠告されたりと3人は大変そうだったのだが、「気にするな」と言ってくれる。
3人の優しさに甘えながらの学園生活だった。
そして遂に卒業式がやって来た。
卒業生代表として壇上で王子が粛々と答辞を読み上げるのをぼんやりと見ていた。
結構な距離があるのに目が合って仇のような目で睨まれた時は流石にヒェェと思ったが、あの人の中では私は真っ黒い悪役令嬢なのだから仕方がないよねと思った。
「王子に好意や未練はないの?」と3人に聞かれる事があったのだが心の底から「ない!全くない!」と言い切れる程に王子には何の感情もない。
確かに断罪回避の為に頑張った時期はあったし、それなりに良い雰囲気だった時期もあったけど、ヒロインとイチャコラしてるのを見たらあの頃あった気持ちなんて霧が晴れるようになくなってしまった。
いくら強制力的な力が働いてるとは言え、一国の王子であり婚約者のいる立場の人間があんなにもあっさりと恋に盲目な状態になり、それはそれはベッタベタと触れ合ってたら淡い気持ちなんてなくなるってもんだ。
卒業式も無事に終わり、卒業パーティーが始まった。
卒業式からパーティーまでは数刻の時間が空いていて、その間に皆正装に着替える。
私はこの日の為に用意したドレスを身に纏った。
自分を奮い立たせて絶対に心では負けないという意思表示の意味を込めて、普段なら絶対に着ない深紅のドレスにした。
*
「アイリシャス・モルガン!貴様との婚約を今この時をもって破棄する!」
遂にその時はやって来た。
ここまで来ると「やったぜ!遂にやって来ましたこの瞬間!」と心は歓喜している。
私を睨み付ける王子と、王子にベッタリとくっつきつつもその背に隠れるようにしているヒロインと、好奇と蔑みの目で私を見てくる周囲の視線がグサグサと刺さったが、今となってはそれすらも心地良く感じる。
別にドMな訳じゃないけど、入学してからの3年間を考えたらそんな視線なんて可愛いとすら感じるのだ。
「破棄の理由位は教えてやる!貴様はリアを虐め、あまつさえその命すら狙った!そんな心根の汚い犯罪者など婚約者として相応しいはずがない!よってこの婚約は破棄し貴様を僕の権限により国外追放とする!そして、貴様のような犯罪者を生み出した貴様の家は爵位剥奪の上取り潰しとする!」
「...婚約破棄はお受け致しますが、我が家への処分は容認出来ません。そして、殿下にそのような権限はないかと。爵位剥奪は議会の決定が必要です。議会の決定もなく勝手にそのような事をなされれば殿下の今後の信用にも関わってまいります」
「うるさい!議会など後からどうとでもなる!」
どうとでもなる訳ねぇだろ!!とは言わなかった。
「お待ちください」
そんな中私達の会話に割り込んできたのはニッチィ、ユリス、ルアンナの3人だった。
代表するかのように私の前に立ったユリスが王子を蔑むような目で見ている。
「先程殿下は「リアを虐め、あまつさえその命すら狙った」と仰いましたが、具体的にどのような事が起きたのでしょうか?」
ユリスに睨まれて怯んだ王子だったが、ユリスの言葉に勢いを取り戻したように饒舌に話し始めた。
聞かされる内容には何一つ心当たりがないのだが、王子は事実のように話している。
「との事ですが、アイリシャス嬢に心当たりは?」
ユリスが振り返ってそう訊ねたので「ありませんわ」と答えた。
「嘘をつくな!!」
王子がそう青筋を立てて怒鳴ったが、どう言われようと本当に心当たりなどない。
「殿下はその話を誰にどのようにお聞きになったのですか?そしてその根拠は?きちんと調査はなさいましたか?」
ユリスが淡々と、だけど確実に怒っていると分かる雰囲気を放ちながら話している。
我が家が爵位を剥奪されてお取り潰しにさえならなければ私への冤罪なんてどうでも良くて、追放されたって暮らしていく目処も立てているのだけど...と思いつつ事の成り行きを見守っていると、ユリスがポケットから手帳を取り出し、王子が言っていた私が行った悪行という冤罪を全て立証してくれた。
「と言う訳でアイリシャス嬢が行ったと言われる全てが冤罪です」
「う、嘘だ!そんなはずはない!」
何時調べていたのか、入学してからの今日までの私が行ったと言われる悪行の数々はユリスの調査で全て私は無実だと証明され、教科書を隠したり破いたりした犯人も、ヒロインを罵っていたご令嬢達の名も、ヒロインを殺そうとしたと言われる事件の真相も明らかになったのだが、王子は「嘘だ!騙されないぞ!」と言うばかりで認めようとはしない。
ヒロインは会場に入ってきた当初より顔色が悪いし目は泳ぎまくっているのだが、それに気付いているのは多分そんなに多くないだろう。
そんな時、学園を包んでいる空気のようなものが変わった。
パンッと何かが弾けたような感覚が走り、次の瞬間にフワッと柔らかく温かい空気に包まれた。
そしてその雰囲気が会場全体を包んだ時、ジャスターがゾロゾロと人を引連れて会場に入って来て私の隣に立った。
「お嬢様、お待たせ致しました」
ジャスターが目で合図すると、ジャスターと共に来た人達が一斉に学園長が座っている場所を取り囲んだ。
「上を動かすのに少々時間がかかってしまい、卒業前に間に合いませんでしたが」
ジャスターは学園の不正の証拠を集めて、学園が魔界と同じような状態になっている現状を国王陛下と魔法機関に密告したそうだ。
だが、一介の商人であるはずのジャスターが訴えてみた所で信用してもらえず、ジャスターは自分の身分を明かしたのだとバツの悪そうな顔をした。
「ジャスターの身分?」
「ええ...実は僕、こういう者なんですよ」
パチンとジャスターが指を鳴らすと、ジャスターの姿が変わった。
金色の光り輝くような髪に澄み渡る海のような青色の瞳。
「あ、兄上?!」
王子の情けない声が響いた。
そう、目の前の人はこの国の第一王子であり王太子のロメオ様その人だった。