猛者現る
ジャスターが臨時講師に来てから、何故か少しだけ私の周りに寄って来る人が現れ始めた。
最初は気の所為かと思ったのだが、声を掛けられたのだから間違いない。
しかもそれが文句や苦情じゃなく「隣に座ってもよろしいですか?」なんて言葉だったのだから驚きだ。
悪役令嬢として学園で知れ渡っている(悪い事はしてないのに)私の周囲はいつもポッカリと空席で、誰も近付いては来なかったのに、果敢にも隣に座ってくれたのは伯爵令嬢であるニッチィ・モンロー様だった。
とても慎ましやかな人で口数も少ないのだが私に対する敵意的な物は一切感じず、寧ろ好意的に接してくれる。
何だろう?胸がポワポワするんだけど。
「私といるとニッチィ様まで悪者になってしまいますわよ?」
「実際にアイリシャス様が何かを行っているという事はありませんよね?であれば私はアイリシャス様と仲良くしたいと思っています。迷惑でしょうか?」
薄らとソバカスの浮いた愛らしい顔でそんな事を言われたら泣きそうになった。
「いえ、いいえ!迷惑だなんてそんな事はありません!私の方がご迷惑をお掛けすると思うのです!」
「私、突然目が覚めたような感覚になり、それからはあの数々の噂が嘘であるのだと分かったのです。アイリシャス様はいつもお一人で、授業が終わると早々に帰宅されているのに何故あのような噂が真実として流れているのか...前までは私もその事に疑問を持ちませんでした。でも今は疑問しかありません。この学園はおかしい、そう思うのです」
強制力に負けない人が現れた!
その現実がとても嬉しく、本当に泣きそうだった。
ニッチィ様が隣に座るようになって数日後、今度は空席だった前の席に座る猛者が現れた。
攻略対象の一人で切れ者として有名な現宰相の息子であるユリス・ラライス侯爵令息だ。
流石攻略対象と言うべく銀色の髪に紺色の瞳を持つ美丈夫で、冷たい印象を受けるのだが笑うと一気にふにゃっと可愛さを見せる。
「アイリシャス嬢。これまでの不躾な態度を謝罪したい。申し訳なかった」
私の前の席に座ったと思ったら突然謝罪されて面食らったもんだ。
ユリス様もニッチィ様同様に突然目が覚めたようにこの学園の異常さに気付き、暫く様子を見ていたのだそうだ。
私が行ったと言われる悪事も自分で調べ、その時間帯に私が高確率でその場にいない、もしくは学園にすらいない事まで調べてくれて、結論として私は噂されるような悪役令嬢ではないと分かってくれたそうだ。
ユリス様は王子の友人で、それまでは見掛けるだけで恐ろしい程に睨まれていたし、時には強い口調で私を注意する事もあった(全部謂れなき事で)。
でも前の席に座るようになってからは私を守るような発言をするようになり、王子を窘める言葉が増えた。
私としてはね、もうどうせ婚約破棄される未来は決定しているんだし、幾ら強制力とかが働いているからといっても婚約者がいる身でありながら堂々と浮気するような男なんていらないから王子の事はどうでもいいんだけど、ユリス様は王子の態度が気に入らないらしい。
そうこうしている間に今度は私の後ろの席にも勇者が現れた。
何と公爵令嬢であるルアンナ・ギャガー様である。
ルアンナ様は学園を卒業後に他国の皇太子殿下に嫁ぐ事が決まっている人で、この学園の姫様的存在の人だ。
そんな人が私の後ろに座るなんて有り得るのか?!と思ったのだが、普通に声まで掛けてくるので夢ではなかった。
「アイリシャス様、私、あなたの事を誤解していたようですの。本当にごめんなさい」
急にそんな事を言われて頭を下げられた時にはその場から逃げた方がいいのかとすら思った(どうして?)。
ルアンナ様もニッチィ様達同様に突然目が覚めたような感覚が訪れ、この学園の異常性を感じたらしい。
その上で私の事も観察し、私が噂通りの悪役令嬢ではないと判断されたようだ。
そして何とウサギとケサランパサランの生みの親が私だという事まで突き止めていた!
「私、ウサギもケサランパサランも大好きですの!生みの親である方にお会いしたいとずっと思っておりましたが、まさかアイリシャス様だったとは!あのように愛らしい物を生み出せる方が悪事なんてされるはずがございませんわ!」
そう言うとウサギとケサランパサランの良さを存分に語り始めた。
こちらとしては「やめてーーー!!」って地中に潜りたい気持ちでいっぱいだったのだが、嬉々として話すルアンナ様はとても可愛らしかった。
こうして、この3人に囲まれるようになった私の学園生活はそれまでとは違って楽しいものになって行った。
相変わらず他の人達からは何もしていないに悪役令嬢扱いされ、数々の冤罪が私のした事として囁かれていたが、ユリス様がその都度私のアリバイをきちんと調べてくれたし、ニッチィ様はそんな噂が私の耳に入らないように気遣ってくれたし、ルアンナ様は毎回激怒してくれた。
「私、気にしてませんから、そんなに気を遣っていただかなくても大丈夫ですよ?」
そう言っても3人はそれぞれに怒って行動してくれて、私はそんな3人に感謝でいっぱいだった。
「お嬢様、学園は楽しんでますか?」
ジャスターに声を掛けられ、私は笑顔で「うん」と答えた。
「この学園はやはり異常です。僕の力でもあの3人しかこの学園の洗脳とも呼べる状態から抜け出させる事は出来ませんでした」
「え?洗脳?!抜け出させた?え?ジャスターって何者?!」
「うーん、僕は...商人でありお嬢様の親衛隊の一人、ですかね?」
「親衛隊?!」
「おや?ご存知ありませんか?お嬢様には御屋敷や外に沢山の親衛隊がいる事を」
「し、知らないわよ!何、その親衛隊って?!怖いんだけど!」
「それだけお嬢様は愛されているという事ですよ」
驚きの事実にどうすればいいのか分からなくなった。
「お嬢様だから言いますが、この学園は魔界と似たような状態にあり、今はシシリアという少女の望む世界を作り上げています。この学園はシシリアの思い通りの世界と言って過言ではありません。あの少女が望むように、あの少女の都合良くこの学園にいる者は操られ、それを疑いもしない状況にあります」
「何それ...」
「この学園、色々と不正を働いているようでしてね。その代償がこれです」
「不正...」
「シシリアという娘に少しでも好感を持てばそれが増強させ、盲目とも言える状態にまで精神状態が支配されるようです」
それって強制力と何ら変わりがないのではないだろうか?
「僕も出来る限り何とかしてみますが、お嬢様も十分に気を付けてくださいね。出来ればあの3人から離れないように行動されるのがよろしいかと」
「そうするわ」
この学園が魔界に近い状況にあるとは驚きだった。
注意しろと言われたが何をしても悪役令嬢になる私にどう注意しろと?
ニッチィ様達は私の傍にいつもいてくれるので、取り敢えずはその3人と行動を共にし続けようと心に誓った。