都合のいい世界
3年生になった。
私は相変わらずの悪女、悪役令嬢で、王子とヒロインは私の妨害を受けながらも愛を貫こうとする悲劇のカップルのような立ち位置になっている。
私は妨害も何もしていないのだけど、何だか勝手に盛り上がっている。
もう好きにしてって思っている。
そもそもさ、妨害がなければ盛り上がれない恋愛ってどうなの?!と最近思う。
確かに多少のスパイス的要素がある方が盛り上がるのだろうが、そんなものがなくても相思相愛で互いを想いあっている素敵カップルは世の中にはわんさかいて、そういうカップルの方が生涯にわたって幸せに暮らしているんだと思う。
私を無理矢理悪役令嬢に仕立て上げなければ盛り上がらない恋って本当の恋なのだろうか?
何らかの力が切れた時、お互いに「心から愛してる」と言えるのだろうか?
まぁその時私は別の場所で自分の人生を謳歌してるからどうでもいいのだけど。
そう言えば最近学園でちょっとした変化があった。
何とジャスターが臨時講師として学園にやって来たのだ。
ジャスターが受け持つのは経済学で、週に2回しか学園には来ないそうなのだが、味方のいない私にとって週に2回でもジャスターが来てくれるというのは心強くも有難かった。
色々と諦めてはいても本当は寂しいし、不安だったのだ。
王子との婚約云々はもうどうでもいいけど、誰とも話さず、孤立無援の状態というのは心を少しずつ削っていくのだ。
だからジャスターが少しでもいてくれる事が嬉しくて堪らなかった。
*
この学園に臨時講師として来た時に感じたのは『異様だ』と言う事だった。
僕は商会の副会長なんて立場にいるが生まれが特殊で、大きな声では言えないがこの国での最高峰の魔術師でもある。
その僕が感じた異様なこの学園。
その根源が何なのかは初め分からなかったのだが、学園内部を見回っていてその正体に気が付いた。
この学園は所謂『魔界』に限りなく近い状態に陥っている。
原因は学園のセキュリティにあった。
本来防御等に必要なセキュリティ魔法は1年毎に完全解除した上で場の浄化をし新たに掛け直さなければならない決まりがある。
この学園には三層からなる防御魔法が展開されているのだが、どうやら毎年完全解除も浄化もせずにセキュリティの薄くなった箇所に魔法の重ね掛けを行っているようだった。
その痕跡はよく見ると至る所に残っているのだが、歴史のあり、王族も通う学園でそのような事がまかり通っている事実に驚きを隠せなかった。
何故完全解除して浄化した上で新たに掛け直す必要性があるのか。
それは魔力痕に由来する。
人が魔力を使うと魔力痕と呼ばれる痕跡が必ず残る。
自然界では魔力痕は大地のマナに吸収されて無に帰すのだがセキュリティ魔法が掛けられている場所では大地のマナが正常には働かない為に残ってしまう。
魔力痕には魔力の痕跡だけではなく微量の魔力も含まれている為、それが蓄積されてしまうと魔力場が歪み始める。
それが大きく歪み過ぎると生まれてしまうのが魔界である。
場が魔界化してしまうと様々な悪影響が生じ始め、最終的には魔物が生み出される。
それが判明した為に必ず1年毎に完全解除して場を浄化する事が決められたはずなのに、この学園では少なくとも10年は完全解除はなされず、浄化もされる事なくセキュリティ魔法の重ね掛けだけが行われているようだった。
恐らくお偉いさんがセキュリティ費用を誤魔化しているのだろう。
防御魔法等は大した金額を要しないが、浄化魔法にはかなりの金額が発生する。
浄化魔法を使える者が圧倒的に少ない為なのだが、浄化する土地の面積が広くなれば広くなる程に金額は莫大となっていく為に、その費用を惜しんだのだろう。あくまで予想だが。
どこの世界にもそういう輩は必ずいる。
生徒達の安全を守るべき学園がその生徒達を危険に晒している現実に反吐が出そうだった。
そして魔界に近い状態のこの学園に、膨大な魔力を垂れ流す生徒が入学してきた事でこの学園の異様性がハッキリと形を表したようだ。
お嬢様が「ヒロイン」と呼んでいる生徒シシリア・エドゥナ、通称リアと呼ばれる少女はその体内に似つかわしくない程の膨大な魔力を持っている。
それもある種異様であったが、問題はその魔力を全く制御出来ていない事だった。
本来であれば暴走してもおかしくない状態にありながらひたすらに魔力を垂れ流し続ける少女。
周囲はその事に全く気付いておらず、垂れ流された魔力に歪んだ魔力場が反応してしまった。
少女は「小説のような展開」を望んだのかもしれない。
平民の自分が王子に愛されて幸せになる、そんな小説の中でしか起こりえない状況を無意識下で願ってしまったのだろう。
魔界に近い状態になった魔力場は少女の魔力を糧に少女の望む世界を作り始めてしまった。
王子は少女に心惹かれ、周囲は少女を無条件で賞賛し始め、王子の婚約者であるお嬢様は『悪』とされ排除対象となった。
僕の推測でしかないがほぼ間違いないと思っている。
如何せんあのシシリアという少女にばかり都合のいい世界がこの学園の中で出来上がっているのだから疑いようがない。
さて、どうしたもんか。