シシリア・エドゥナ
side:シシリア
私は小さい頃から魔力量が多かった。
平民で魔力量が多い事は稀な事で、だけど魔力量が多いと言う事は将来それなりの職に就く事が出来たり、運が良ければ良い所に嫁げる事もある為両親は私に期待した。
だけど両親の期待に反して私は魔力量が多いだけで大した魔法も使えずにいた。
14歳の時に突然やって来た聖堂教会の人に「来年から魔法学園に通うように」と言われた時は両親はとても喜んでいたが、私は気が重かった。
私は確かに魔力量は多いがそれしかない。
少し珍しいピンクの髪は何をしてもパサつき畝っていて、母の手伝いでしょっちゅう外を歩き回っている為に日に焼けた肌は女としてはみっともなく、如何にも平民だと分かる。
魔法学園に通うのは貴族や裕福な商家の子息令嬢ばかり。
私の知る限りこんがりと日焼けした肌のご令嬢なんていやしない。
「はぁ...行きたくない」
そんな時に友人に「もしかしたらこんな展開になっちゃうかもよ!」と渡された一冊の小説。
特待生として入学した平民の娘が同級生の王子と恋に落ち、王子の婚約者にその関係を妨害されながらも愛を深め合い、最後にはその婚約者の罪を暴いて障害を乗り越えて結ばれるという王道のストーリー。
「こんな事あるわけないわ...」
そう思った。
小説の主人公は平民でも光り輝くような美しい少女。
かたや私は小さい目に上向きの団子っ鼻に濃いソバカスの、どう足掻いても主人公とは程遠い顔。
夢なんて見たって叶いっこない。
そうして迎えた入学式。
周りを身綺麗な子息令嬢達に囲まれて居心地が悪く、駆け込んだトイレで鏡を見た瞬間に我が目を疑った。
鏡に映る自分の顔がとても可憐で儚げだったのだ。
パサつきのある畝った髪は艶々と輝きサラサラとしていたし、肌は透けるように白い。
小さい目はクリクリと大きく、団子っ鼻もスっと愛らしい鼻へと変わっていた。
「何が起こってるの?」
考えてみても全く分からないけど、何かが自分の身に起きている事は確かだった。
その日は急いで家に帰った。
家で鏡を見ると元の冴えない顔に戻っていたが、翌日また学園で鏡を見たら美少女に変わっていた。
私はそれを「神様からのプレゼントだ」と思った。
今まで冴えない人生を送ってきた自分へのご褒美なのだと都合良く捉えてしまった。
それが破滅への道だなんて考えもせずに。
程なく私は導かれるように王子と出会った。
キリアン第二王子。
金髪に少し薄い青色の瞳の、小説に登場するような王子様に私は「これは運命だ」と思った。
キリアン様は最初は貼り付けたような笑みしか向けてくれなかったが、何度か接するうちに優しく微笑んでくれるようになった。
学園にいる私は家にいる時の自分と違って驚く程に明るく社交的で、沢山の友達に囲まれるようになった。
まるで小説の主人公のように。
私はキリアン様にすっかり夢中になった。
そしてキリアン様の婚約者であるアイリシャス侯爵令嬢が疎ましく感じた。
侯爵家のご令嬢として何不自由なく育ってきた生粋のお嬢様の彼女は燃えるような赤髪の、ちょっと猫のような大きな瞳の綺麗な人で、初めて彼女を見た時「狡い」と思ってしまった。
何でも持っていて、更にはキリアン様の婚約者である彼女の事が妬ましく感じてしまった。
少し冷静に考えればきっと分かった事なのに、私は調子に乗り始めたのだろう。
きっかけはうっかりと転んで足を挫いた事だった。
痛めた足を保健室で治療してもらい教室に入るとキリアン様が駆け寄って来た。
「どうした?誰にやられた?」
そう聞かれて私は「自分で転んだ」と言えば良かったのに言わなかった。
何故言わなかったのか、何故あんな事を口走ったのか今になっては分からない。
ただ口から出た言葉は「彼女を責めないでください」という、恰も誰かに何かをされたと思わせる言葉だった。
その言葉をキリアン様は「アイリシャスか?!」と言い、私は言葉を濁した。
それだけでキリアン様はアイリシャス様が行ったのだと判断した。
そこからは面白い位にアイリシャス様は悪者になっていった。
実際には話した事もなく、チラッと見掛ける事はあってもお互いに顔見知りとも言えないような間柄でしかなかったのに、周囲も勝手にアイリシャス様を「悪女」と囁き、その評判は地に落ちる勢いで下がって行った。
何時も一人ぼっちのアイリシャス様を見る度に私は勝ち誇った気持ちになっていた。
今なら申し訳ない事をしたと心から思うが、あの時のあの学園は異常だったのだ。
負の感情が増幅し、思い込みは激しくなり、人の思考を狂わせていく。
おかしい事もおかしいと感じず、自分達が悪と決めた人間が貶められていく光景が楽しくて堪らない。
そんな異様な空間だったのだと今なら分かる。
何もしていないのに悪と決めつけられ、楽しいはずの学園生活をほぼ一人ぼっちで過ごさなければならなかったアイリシャス様の気持ちはどれだけ悲しかったのかと考えると、自分がしでかした事が自分でも信じられないが、でも浄化が施される段階まで私は、自分がしている事が間違っているのだとは思いもしなかったのだ。
キリアン様は私の言う事ならば何でも信じてくれて、周囲の人達も私にとても好意的で、自分が姫にでもなった気分になっていた。
何をしても許される、愛される世界で私は自分のする事が全て正しいのだと、悪いのは全てアイリシャス様なのだと思い込んだ。
そしてアイリシャス様を陥れる度にキリアン様が私を見てくれて「好きだ」と「愛している」と囁いてくれる事が嬉しくて堪らなかった。
だから魔法が解ける日が来るなんて思ってもいなかった。
本能的に学園の外で会う事は出来ないと分かっていたから学園外のデートの誘いは断っていたが、キリアン様とは学園内では常に一緒にいたし、私を見つめる目に確かに熱を感じた。
初めて抱き締められた時は心が震えたし、唇を重ねた時は嬉しさのあまり泣いてしまった。
歓喜で泣く私をキリアン様は「一生大切にする」とキツく抱き寄せてくれた。
私の幸せがアイリシャス様の不幸の上に成り立った砂の城だと言う事などすっかり忘れ、自分の輝かしい未来を信じて疑わなかった。
でもあの瞬間、ロメオ王太子殿下が現れた瞬間、私の魔法は解けた。
自分の行いを振り返らせるように押し寄せる記憶の波に自分のした事の愚かさと恐ろしさ、凶悪さを知り体が震えた。
でもキリアン様の腕を放す事が出来なかった。
私を好きだと、愛していると言ったキリアン様に一縷の望みを抱いていたのか、それともただ単に何かに縋り付きたかったのか今になっては分からない。
だけどあの瞬間、自分の髪が元に戻っていると気付いた瞬間、その手を放したくないと思ってしまった。
キリアン様が本当の姿の私を見た瞬間の顔は今でも脳裏に焼き付いている。
目を見開いた困惑と驚愕と畏怖を感じさせる青白い顔。
私を「大切な人」だと言ってくれたキリアン様はそこにはなかった。
何もかも終わったんだ...。
ぼんやりと周囲の声を聞きながらそう思った。
*
それからの私は聖堂教会へと身柄を引き取られ、垂れ流していると言われた魔力を魔石に吸収され続ける日々を送っている。
責任の大半はキリアン様が負ってくれたと聞かされた。
半年程して一度だけお会いしたキリアン様はゲッソリと痩せていた。
「申し訳なかった...」
彼に謝られる事なんて何一つないのに、キリアン様は私に頭を下げた。
彼がどういう事になったのかは私には知らされる事はなかったが、キリアン様にアイリシャス様の事についてお尋ねした時にキリアン様が苦しそうな顔をされたのを見て「あぁ、キリアン様はアイリシャス様を好いておられたのだな」と分かってしまった。
私という存在が現れなければきっとお2人は卒業後に婚姻なされていたはずだった。
それを私は、例えあの学園に踊らされていたのだとしても引き裂いてしまったのだ。
私は何と罪深いのだろうか。
お2人の人生を壊してしまった。
お2人が歩まれるはずだった幸せな未来を踏み躙ってしまった。
「殿下の未来に幸多からん事を...」
私がそう口にしたらキリアン様は悲しそうに微笑んだ。
胸が酷く痛かった。




