遂に来ました、断罪イベント!
お手柔らかにお願いします┏○ペコッ
「アイリシャス・モルガン!貴様との婚約を今この時をもって破棄する!」
遂に、遂にこの時がやって来た!
私は喜びに震える胸の内を隠して取り澄ました顔を作る。
待ちに待ったこの瞬間。
長かった、実に長かった。
自分がゲームの悪役令嬢に転生していると分かって5年。
何度となく断罪ルートから脱却すべくあれこれ頑張ったけど全てが無駄なのだと悟った瞬間、私は考えをシフトチェンジした。
こうなったら潔く断罪されよう!と。
断罪されても精々国外追放で済む。
命までは奪われない。
だったら追放後からが私の本当の人生!
追放後に幸せに生きられるべく動こうではないか!と。
そうして迎えた断罪イベントで、私はゲームで見たまんまの台詞を吐かれた。
何もかもがゲームと同じすぎて思わず笑いそうになったが必死で堪えた。
婚約者であるこの国の王子は酷い言葉を並べ、有りもしない私の罪をつらつらと吐く。
その斜め後ろでヒロインが泣き出しそうな顔で王子を見て、時折私の方を見ては目を伏せる。
神に誓って宣言してもいいが私はヒロインに何もしていない。
これは冤罪。
でもそんな事はもうどうでもいい。
私はこの断罪後からの人生さえ健やかに平穏に暮らせればもうそれでいいのだ。
***
私が前世の記憶を取り戻したのは13歳の時だった。
今世の私の家は侯爵家で、私は一人娘(上に兄が二人いるが娘は私一人)という事もあり蝶よ花よと育てられた。
だからってゲームの中で見る悪役令嬢みたいに我儘に傲慢には育たなかった。
使用人に傅かれるのは苦手で、何もかも全てやってもらって当たり前な生活がどうにも落ち着かず、使用人に「ありがとう」や「ごめんなさい」を普通に言う、貴族令嬢としてはかなり珍しいタイプの令嬢として育っていたと思う。
そして王子との婚約が決まった。
初顔合わせの日、王子の顔を見て前世を思い出した。
この世界が乙女ゲーム『アルダンシアの乙女』だという事。
私がその中の悪役令嬢だという事。
目の前の王子が攻略キャラの一人である事。
自分が前世、日本という小さな島国で暮らしていた、今とは比べ物にならない程のど庶民だった事も。
不思議と自分の名前や家族の事などは思い出せなかったが、このゲームの事だけは思い出した。
しっかりやり込んだ訳ではなく、他のゲームの『無料でコインGET』のコインを得る為にやっただけの乙女ゲーム。
人生初であり最後にやった唯一の乙女ゲームがアルタンシアの乙女だった。
そんなゲームの、よりにもよって悪役令嬢に転生してしまったのには焦ったが、転生物の小説などは人並みに読んでいたし、悪役令嬢が前世を思い出して奮闘して人生逆転させる系の話も好きだったから『私も断罪ルートを回避して幸せを掴んでやる!』と意気込んだ。
ゲーム開始の15歳までの間に王子とはそれなりに良い関係を築けていたから『イける!』と思っていた。
でもゲームが開始(魔法学園に入学)して私の周囲は激変した。
もう悪い意味で大激変だった。
私はヒロインと関わらないように徹底していたのだが、顔すら合わせていない状態なのに何故か「アイリシャス様が平民女を虐めている」と噂が立った。
ヒロインは平民出身のツヤサラピンク髪で魔力量が桁外れに大きな女の子だ。
クリクリと大きな目は何時だって好奇心で光り輝き、平民育ちだからなのか誰にも臆する事はなく、それでいて心優しく純粋で明るい。
本当に絵に描いたような正統派ヒロイン。
対して私は燃えるような赤髪に、よく言えば猫目、悪く言えば吊り目の、顔立ちだけ見て『あー、悪役令嬢だわ』と自分でも納得出来る程の悪役令嬢顔。
家では使用人達から「お嬢様は天使」なんて言われていても学園ではたちまち私は『悪女』となり、ただいるだけで勝手に私の悪行だけが一人歩きを始めた。
何度も何度もそれを否定したし、修正しようと頑張ったけど、それを嘲笑うかのように見えない力に導かれるかの如く私の悪名だけがどんどんと大きくなった。
『あー、これ無理だわ。絶対強制力とか働いてて、私が何しても無理なパターンだわ』
そう感じた私は16になった頃から考え方を変えた。
『どうせ何をしてもしなくても断罪されるなら、断罪された後の人生を幸せに過ごすべく動こう!』
そうして私の別な意味での奮闘が始まった。