皆既日食の奇跡?
「大丈夫っすか?」
あまりの衝撃に起き上がれない私に手を差し伸べてくれる百瀬くん。
ああ、こんな表情何度見た事か…。
そして、この声!!!
ああ、あれだけ恋い焦がれていた百瀬くんがこんなに近くにいる。
この手に触れてもいいのだろうか?
白く大きな手。
夢だとしたら…触ってもOKなのだろうか?いやいや、例え夢だとしても触れる訳がない。
「本当どうしたんすか?」
もたもたしてる私の態度にしびれを切らしたようで腕に触れ強引に引っ張られた。
ひぃ!!!も、百瀬くんの感触!!
更にやれやれと眉を下げ困ったように微笑う百瀬くん目が合い、胸が爆発しそう。
ああ!いっそう今すぐ死んでもいい!
「全く……今日の北村先輩おかしいっすよ。もうじき本番すよ?そんなんで今日乗りきれるんすか?」
え?何?何を言ってるの?
百瀬くんの言葉の意味が分からない。
本番?
私のハテナだらけの心をよそに、視界がひらけてゆく。
急にフラッシュをたかれた感じ。いや、そんな甘いものではないな。
急に目の前を車のヘッドライトの光を浴びた感じになり、周りが見えなくなる。
「さてと、本番が始まるっすよ、今日は確かオレと北村先輩が初めて出会うシーンっすよね?天体ショーが行われるこの丘のふもとで皆既日食が起きる瞬間よろめいた北村先輩をオレが受け止める…ちゃんと分かってますよね?」
えっと、えっと………。それって…。このアニメの第一話の……、え?でも。それはヒロインの立ち位置じゃなかったっけ?
ヒロインがよろめいた瞬間受け止めてくれた百瀬くんと一緒に空を見上げる大切なシーンを。
私が百瀬くんと?
ん?何かおかしいぞ。ヒロインは百瀬くんの先輩では無いしそもそも北村って名前じゃない。
それに、今の私って……。
ゴツゴツした手を喉元に触れると確かにある、喉仏が。
これって今の私が男の子って事だよね?
え?え?え?
一体どう言う事?
光に慣れてきた目が無数の四角い物体をとらえた。
宙に浮いてる一つ一つのその物体の中にまたまた無数の線と点が動いているのが見えた。
線は動き円を作りその円の中心に大きな真っ黒な点を作った。
まるで瞳のよう。
ぞわっとして軽い目眩を感じた。
「おっと、よろめくのはまだ早いっすよ。みんな役に集中してるんすから北村先輩も早く役に入ってください」
百瀬くんに言われて周りを見回すとたくさんの人が集まっていた。
みんな一心に空を見ている。各々友達同士なのだろうか?楽しそうに今を過ごしている。
ここにあの百瀬くんがいるのに別にみんな気にも止めてないみたい。
バスケ部のエースでありながらテレビでも活躍している百瀬くんはアニメの中でも大人気の筈だった。
空が薄暗くなってゆく。
ああ。皆既日食が始まる。
ヒロインは皆既日食の最中お願い事をするんだった。
『百瀬くんと付き合う事ができますように、わ、わ、それは言い過ぎ。せめて百瀬くんと話す事ができますように』
中学時代からずっと好きでいつも目で追うしかできなかった。
同じ高校に入ったもののまだ一度も話しかけた事のない百瀬くん。
その百瀬くんが今すぐ近くにいる。
あっと…。
あれ?やっぱりこれはいけないよね。
「北村先輩、今っすよ」
百瀬くんのヒソヒソ声が耳をくすぐる。
ひゃー、幸せーー。
百瀬くんの香りに充てられて腰が砕けてしまい、立っていられなくなる。
「ちょ、ちょ。だ、大丈夫っすか?」
ああ、北村先輩が心配そうに私を見てる。
尊い。
違う、ここは。
「た、た、大変!皆既日食がは、始まる!」
私の声は太く低い声でショックを受けた。
私、本当に北村先輩になっちゃったんだ。
って今はそんな事で落ち込んでる場合じゃない。今はちゃんと演技をしなくちゃ。
「あ…本当っすね」
百瀬くんの腕の中で私は空を見上げた。
幸福の絶頂の中、私は思っていた。
私のせいでこのアニメの話が変わってしまうのではないかと…。




