聖地巡礼
「ごめん!今日行けなくなった!」
たった10文字ちょっとの言葉がその日の気分を台無しにする時がある。
今日がその時だった。
ホームルーム前の教室で親友の希から発せられたその言葉は私を奈落の底へと落とすほどの攻撃力だった。
それでも。何となくそんな予感はあった。
だから。
「な、何で?」
かろうじてそう言えた。
だけど、それ以上の言葉はでてこなかった。
いつもそう。言いたい事はたくさんあるのにいざとなると出てこない。
前から約束してたじゃん、今日じゃなきゃダメな用なの?
そうだよね、そう言いたかったんだよね。
でも。いつもその場で言いたい事が言えない。
「今日シフト埋まらなかったみたいでどうしても入ってくれって頼まれちゃって」
希がファーストフードのバイトしている事は知ってる。
人が足りないみたいで今日みたいに急に入る事も知ってる。
けどそんなの呈のいい言い訳にしか聞こえない。
「本当ごめん、今度でも大丈夫かな」
今日じゃなければ意味がない。
「……、う、うん、いつでも大丈夫だよ…」
「良かった!そうだよね、いつでも大丈夫だよね。聖地は逃げない!」
今日じゃなきゃダメなのに…。
聖地は逃げないけど、今日じゃなきゃダメな理由があるんだよ…。
私、白石光咲は張り付けたような笑顔を見せて自分の席に戻った。
戻りながら、いや、彼女が行けないと言った時から心は決まっていた。
今日一人でもあの場所へ行く!
元々一人で行くはずだったし。
って言うかいつも一人行動だったし。
スマホのケースに貼ってあるステッカーの推しキャラは今日も最高の笑顔を私に見せてくれてる。
ああ、尊い……。
今年でアニメ10周年のこの作品はアニメオリジナルであり先の展開が全く読めず毎回ドキドキして見てた。アニメが終わった今もこうして私の中で生きていて心に潤いを与えてくれている。
私に新しい生き方を教えてくれた親愛なる世界。
スポ根漫画なんて…、と言うか漫画とかアニメとかあんまり興味無かったのに。
このアニメのせいで私はどっぷり二次元の世界にはまってしまったのです。
この作品に登場する全てのキャラが大好きだった。
中でも、圧倒的なイケメンでありながらいじられキャラの金髪の男の子は私の理想ドンピシャだった。
百瀬隼人くん。
人を好きになるってこう言う事なんだって初めて知った。
それからと言うものお小遣い全てそのアニメのために使った。
初めのうちはお小遣いだけで何とか収まっていたけど。
バースディグッズや箱買いでの特典、展覧会の特典を推しが出るまで回ったり、クレーンゲームでの出費…などなど重なり、バイトを始めるようになった。
両親はバイトをする事にいい顔しなかった。
出来のいい兄とずっと比べられてばかりの私はいつも家の中でも居心地が悪かった。
学校も正直楽しくない。
友達はいるにはいるけど。表面上友達と言うだけで深い話をしたりしないし。
ただその時が楽しければいいやって、浅い付き合い。
希だってそう。
私が今日聖地巡礼行くって話したら、『私も行きたい』って。
別にそんなに興味無いくせに。
たまたま先日見たテレビ番組に出演していた彼女の推しがそのアニメのファンで休みの日には聖地巡礼しているとコメントしていたから、それで彼女も行く気になった、ただそれだけの理由。
だけど、結局、そのためにわざわざ郊外へ赴くのが面倒くさくなったのだろう。
友達でも何でも無い私と行く事がバカらしくなったのだろう。
帰りのホームルームが終わってすぐ私は駅まで猛ダッシュ。
少しづつ暖かくなってきたものの、やはりまだ肌寒い。
先生の教習のため午前中で終わった今日。
間に合う!
正直間に合わなかったら早退も考えてた。
今日……、この国で皆既日食が見える!
アニメの第一話、郊外の丘のふもとで行われた皆既日食の天体ショーで、ヒロインは隼人くんと初めて出会う。
大切なシーン。
だから、どうしてもそこに行きたかった。
雑草と小石だらけの獣道は運動不足の私にとっては過酷なモノだったけどこれも全て百瀬くんのため。
百瀬くんのためなら私は何でもできる。
そう言えば。
この場所が最後の聖地巡礼になるんだ。
調べられる全ての場所に足を運んできた結果、ここが最後の場所。
最後の聖地巡礼。
着いた!
ふもとには思ったよりたくさんの人がいた。
今日が皆既日食と言うのもあるが、百瀬くんの缶バッジをつけた痛バッグを持参している子もたくさんいた。
やっぱりいるよね…。
彼女達は私と目が合うと気まずそうに視線をずらした。
一番人気の百瀬くんを推してるコ達のほとんどが同担拒否であるから他の女の子達を見ないようにしている。
私はスクバにつけている百瀬くんお座り人形のボールチェーンを外し青空と一緒に写真を撮った。
その時少しづつ薄暗くなってきた空が真っ暗な闇に包まれる。
天体ショーの始まりだ。
ヒロインはこの時心の中で願ってた。
「運命の人に会えますように!」
私も願う。両手をぎゅっと握りしめて目を深く閉じた。
『百瀬くんに会えますように!』
瞬間。
足元から地響きのような鈍い音がして激しい揺れに襲われた。
地震?
こんなに揺れてるのに私以外の人は何とも無いように空を見てる。
ファーと言う歓声と共に空が明るくなってゆく。
その眩しさから激しい立ちくらみ。
光が強すぎて目が痛い…。
目を貫くほどの閃光を感じ、私はまた目を閉じた。
「おーい、おーい、北村先輩、おーい、どうしたんすか?」
聞いた事のある声が頭上から聞こえる。
え?え?え?
嘘でしょう?
そこにいたのは百瀬くんだった。
え?どう言う事?
百瀬くんが何でここに?
頭の中がパニックで真っ白になる。
え?どう言う事?
手で目を擦るとゴツゴツとした自分の手が目に入った。
へ?
これ私の手?
へ?どう言う事?
震える手で顎に触れるとチクチクとしたモノが手に刺さった。
何これ?
も、もしかして髭?
もう何が何だか分からない。
目の前に立つ百瀬くんと今の自分の立ち位置にどうしていいか分からず立ち上がる事もできなかった。




