12話06
「私は3が好きでしたな。転職システムが斬新に思えたものです。生前の世界も、あれほど簡単に転職できていたら良かったんですが……」
苦笑している野本さん。時にゲームシステムは現実を皮肉ってしまうようです。だからこそ、ゲームに熱中するのかもしれませんね。
「僕は4が好きでした。章が分かれていて、それぞれの主人公に愛着が湧くんですよ。あれも斬新だったなぁ」
ほうほう、なるほど。ゲームの世界も奥が深いんですね。楽しんでもらえるように色々な工夫が為されているようです。
「親子の感動的ストーリーだった5も良かったですな」
「そうですね。5と言えば隠しボスがいたんですけど、それを十ターン以内に倒すと仲間になるって噂があって……沢山試したんですが、結局出来なかったんですよ。後々でそんな事実は存在しないと聞かされた時はショックでしたね」
「ありましたな。嘘テクというヤツですね……そんな存在しない裏技を試すのに私も夢中になったものです」
ふーん。どうでもいいですね。あ、いけないいけない……作り笑いが無表情になってきちゃってますね。気をつけなきゃ。
そして私は無我の境地を極め……笑顔を浮かべたまま、時が過ぎるのを待つのでした。
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
「ああ、これは申し訳ありません。すっかり話が逸れてしまいました」
私の感情を殺した笑みの真意にようやく気づいてくれたのでしょう、野本さんが頭を下げてくれました。きっと私の笑みは感情だけでなく、人を殺したような表情を見せていたんでしょうね。
そして、今だにゲーム雑談が名残惜しそうなコムさん。私は笑顔のまま……コムさんの方を向きます。
「あ……うん。ご、ごめんなさい」
最近になって、私の表情は伝える感情の質が向上している気がします。ゲームで言うなら、レベルアップしたとでも言うんでしょうね。ついでに【謎】解き能力もアップしていたら嬉しいんですが……それには経験値を貯めるしかありません。頑張りましょう。
「それでは本題に入りましょう。幸いな事に……私には生前の経験があります。ですので、皆さんに楽しんでいただけるような【謎】を含む物語をご披露させて頂きましょうか」
おお、楽しみですね。だって……やっぱり刑事さんだけあって、沢山の【謎】を知っているんでしょう。これは期待が高まるのを感じます。ついでに私の経験値もグーンと高まるのではないでしょうか。
私とコムさんは【謎】の始まりに、居住まいを正すのでした。
「とは言いますが、先程も言った通りでしてね。刑事なんてものは推理よりも証拠集めの為に足を働かせてばかりなのです。ですが……稀に不可解な事件に遭遇する事もありましてね、そう……あれは 2010 年代の事でした」
おぉ、なんだかそれっぽい雰囲気が醸し出されていますね。私は集中して聞こうと傾注するのでした。
「とある日の事です。その時期は目立った刑事事件もなく、過去の事件の整理ばかり行っておりました。しかし、唐突に気配が慌ただしくなったのです。職業柄……何か起こった事は察知できました。その何かとは……管内で複数人が射殺される事件が発生したとの事です。私は真っ先に現場へと向かいました。その舞台となったのは……人里離れた場所に建てられた集合住宅でした」
射殺事件? これまた……物騒な事件ですね。私達がこれまでに聴いてきた事件とは一味違うのかもしれません。それは冷やし中華に肝が入ったぐらいには、味が違うのかもしれませんね。
「その集合住宅はアパートと言うには立派なのですが、マンションと言うには安っぽい……そんな佇まいでした。建物の造りは三階建て、階段を中央にする形で……それを挟むように部屋が作られており六戸の物件になります。そして各部屋の入口ドア付近には……射殺体が転がっておりました。死体は六体。そのうち五体は部屋を出たところで、すぐに射殺されたようです。そして残りの一名は自室前でこめかみを撃ち抜いておりました」
うわぁ。これは凄惨な現場ですね。ちょっと背筋がひんやりとしてきました。冷やし中華の事なんて考えるべきじゃありませんでしたね。でも……ちょっと疑問が湧いてきました。話を遮るようでなんですが、聞いてみましょうか。
「えっと、犯人は自分以外の集合住宅の住人を射殺して……それから自殺したって事でいいんです?」
私の質問にコムさんも頷いてくれました。やっぱり気になりますよね。
「そうなりますな。それでは、唐突ではありますが……ここで一つの【謎】を提示してみようと思うのですが、如何ですか?」
おぉ、来ましたね。【謎】ですよ、【謎】。やはり殺人現場には【謎】がつきものですよね。不謹慎ではありますが、私とコムさんは固唾を飲むと、野本さんから出題がなされるのを待ちます。
「実はですね、この集合住宅の住人の生活を調べた結果なんですが……被害者や自殺した住人の全てが生活保護を受給していたようです。それもあってか、彼らの生活は極度に自室へと引きこもっていた事が判明しました。外出した姿もほとんど目撃されていません。では……どうして死体は全てドアの外で発見されたのでしょう。おそらくですが、被害者達はドアをノックしたぐらいでは出て来ないでしょう。にも関わらず、彼らは自室の外で射殺されていたのです。では犯人は……いったいどのようにして、この犯行を可能にしたのでしょう。まずは、これを【謎】としてお考えいただこうかと思います」
む……。犯人が誰かという【謎】はよくあると思うんですが、今回は犯行方法の【謎】ですか。しかも、かなり手強そうな気がしますね。例えば……引きこもっていた人達を外に誘い出すというのなら……そうですね、ご飯で釣るとかはどうでしょう。
「あの、もう少し詳しく状況を教えていただきたいのですが……よろしいですか?」
「どうぞ。何でもお聞きください」
コムさんが野本さんにさらなる情報提供を求めていますね。私も一旦、ご飯で釣る手段を熟考するのを止めると、その会話に耳を傾けました。
「まず……犯人、被害者の年齢や性別をお聞きしてもよろしいですか?」
「全員が四十から六十までの男性ですな」
「射殺と仰っしゃられていましたが、凶器の銃はどのような物だったんです?」
「オートマチック拳銃です。ご丁寧にサプレッサーが付いていました」
「サプレッサーですか……たしか消音装置ですよね」
「そうですな。しかしサプレッサーが付いていても、爆竹程度の音はしてしまいます。ゲームのように無音とはいきません」
「なるほど。では、最後の質問ですが……六戸分の集合住宅の住人が六人とは限らないと思うんです。実は七人目がいたという事はありませんか?」
「それに関しては……私にも確実な事はわかりません。なにせ住人達は極度に引きこもっていたのですから、存在を隠した七人目がいた事を否定するのは難しいでしょう。ですから、ひょっとして七人目どころか百人目だっているのかもしれません」
言い終わると、野本さんの笑い声が聞こえてきました。百人目がいるというのはジョークのようですね。
「ですが……その点。今回の、この【謎】に関わることがない事だけはお約束します」
野本さんはそう言うと、質問タイムは締めくくられました。さあ、ここからは私達の番ですね。犯行方法の【謎】……頑張って推理してみましょう。