12話02
なんともまあ……しょうもない紙片でしょうか。流石に……この【謎】は簡単過ぎますよ。私はやる気のない声色で答えを発します。
「タバコの警告表示ですよね」
「正解。よくわかったね」
いやいや、普通わかるでしょうに。【煙】って字を使っていたのが大ヒントと言うか……ほとんど答えだったように思えます。
「まずさ……誘拐って読ませる文字がないんだよ。特にひらがなの【ゆ】がないのが問題でね。仕方ないから脳梗塞の梗塞って字を流用してみたんだ」
ああ、なるほど。なんだかんだ、手間はかかってるんですね。でも【死亡するおそれがあります】なんて所は、そのまんま警告文から使いまわされているのが丸わかりです。そして 2020 という謎の数字は【20歳未満の者の喫煙は、法律で禁じられています】という文言から持ってきたんでしょう。しかし、それでは身代金としては安い気がするので【死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります】から 4倍 を拾ったようです。
「駅名もさ、なかなか作れないんだよね。ニコチンから無理やりニセコ駅にしたんだけど……【セ】の文字が無くて平仮名になっちゃった」
まあ、確かにタバコの警告表示にあるような漢字では駅名や地名は作りにくいでしょうね。だって……字面の縁起が悪いですもんね。うーん……私も考えてみましょうか。そして私は自分のデスクにタバコのパッケージを具現化すると……頭を捻り始めるのでした。
【難歯】……どうでしょう。わかります? これ【なんば】って読むんですよ。なんだか歯医者さんみたいですね。これは歯周病と呼吸困難って単語から拾ってきました。さあ、他にも何か出来ませんかね。
【心細歯死】……これは分かりやすそうですね。【しんさいばし】です。心筋梗塞と詳細って単語が出どころです。死という文字は沢山使われていたので拾い出すのは簡単でした。他にも【血歯】で【ちば】になりますね。血の文字の出どころは血栓形成傾向からです。
さっきからどうも歯の字に頼りがちですね。何とか他の物でも作れないでしょうか……あ、閃いた。【硬死煙】はどうでしょう、わかります?
「甲子園でしょ」
うわ! 驚いた。いつの間にか私の背後にコムさんが来ていました。そして私が手元の警告文から文字を切り貼りするのを眺めていたようです。まったく……コムさんの気配の薄さには困ったものですね。
「……正解です」
悔しそうに正解を認める私。何か他にないですかね……コムさんをあっと言わせられるアイデア。お、これはどうでしょう。私は手元の漢字を並べ替えてます。
そして出来上がったのがこちら……【高早児】です。どうでしょう? これは難しいと思いますよ。コムさんも困った表情を浮かべていますね。これは……私の勝ちなのではないでしょうか。そして私は、コムさんとは対称的にドヤ顔を浮かべるのでした。
「えっと……東京の話で言うなら【形成高早児】ってするのが正式だと思うよ」
あ、そっか。って……バレてる? どうやら、困った顔をしてたのは分からなかったからではなく……駅の正式名称である京成高砂にする為に【形成】の文字を探していたからだったみたいです。なんだかガッカリ、せっかく勝ったと思ったのになぁ……あ、ちなみに【形成】の出どころは先程の血栓形成傾向です。
そんなこんなで、私だけが不機嫌な時間が流れていくのでした。それから、しばらくの時間が経った後……扉の方からチャイムの音が響いてきたんです。この音はある意味、希望の音色ですね。お客様が来てくださいましたよ。それも……面白い物語を携えてです。私は表情を明るく一変させ、玄関ドアの方へ向かいました。コムさんも同様に足を運んでいます。
さて、コムさんよりも早くに到着した私は、ドアノブを握ると勢いよくドアを開けました。そして……
「ようこそ、いらっしゃいませ」
と、満面の笑みでお客様を迎えるのでした。コムさんも私に続いて歓迎の言葉を述べています。そしてお客様は、少しくたびれたような笑顔を返してくれました。えっと……お客様は中年男性のように見えますね。くたびれた表情によれよれの短髪、くたびれたスーツとシワが寄ったYシャツ、くたびれたズボンと年季の入った黒の革靴を身に纏っています。要は……【くたびれた方】と言うのが適切なんでしょうね。
「さあ、どうぞこちらへ」
コムさんがお客様を室内へと招き入れると、ソファーへと案内し始めました。私も続こうかと思ったんですけど……少し忘れた事があったので自分のデスクに向かいます。到着したデスクの上には、脅迫状っぽい紙片や細切れになった平仮名・漢字が散乱していました。流石にこんな物を出したままなのは、どうかと思います。ですので、私はデスク上を掃除しに戻った訳なんですね。そして、私がデスク上に手を伸ばした……その瞬間。
「おやおや、なんだか物騒な物が散らばっていますな」
なんと……お客様はコムさんに着いてソファーに向かうのではなく、私に着いてきちゃったみたいです。そしてデスクの上の脅迫状のような物がバッチリと見られていました。こんな時、いったいどういう顔をしたらいいんでしょうね。多分……笑顔だと思います。私は精一杯の笑顔で誤魔化す作戦に打って出ました。しかし……きっと、今の私の笑顔は引きつっているんでしょうね。
「これは……タバコの警告表示でお作りになられた脅迫状ですか?」
速攻でバレております。私の引きつり笑顔からは笑顔成分が失われていきました。いや……別にこれを使って犯罪をするとか、そんなつもりではないんですけど……なんとなく気まずい。そんな空気が漂っています。
「流石の推理力ですね」
こういう空気を気にしない事に定評のあるコムさん。流石です。ちょっとだけですが、周囲の空気が柔らかくなった気がしました。しかし……流石の推理力ってどういう事なんでしょうね。まさか、お客様って生前は探偵だったりとかするんです?
「いやいや。そんなに大したことではありませんよ。それに……ここまで特徴的な漢字が使ってあれば誰でも気付きます」
まあ……それはそうでしょう。やっぱり脅迫状は新聞で作るのが一番なんでしょうね。だって紙面には圧倒的な文字数があるわけでして、新聞を数日分用意できれば、後はどんな文章でも作れちゃう気がします。
「それにですね……ドラマと違って刑事の仕事というのは推理なんてしないんですよ。推理力よりも証拠の方が遥かに物を言う職場でして……ただ、ひたすらに耳・手・足を動かして証拠集めをするだけです」
え? お客様は生前に探偵だったのかなとか思ったんですが、まさかの刑事さんでしたか。という事は、私……刑事さんに脅迫状を見られていたんですよね。これは、やはり……気まずいです。
そして私は……タバコの警告文で作られた脅迫状をこっそりとデスクの引き出しに隠すのでした。