11話05
さて……いつもとは趣向の異なった【謎】が提示されてしまいました。まあ、殺人事件よりは平和でいいと思うんですけどね。と、思ったのですが……今回はそんな平和な話ではありませんでした。なにしろ負傷入院者が二名出ています。ひょっとすると、普段よりは流血沙汰の多い【謎】なのかもしれませんね。
それでは【謎】を考えるとしましょうか。えっと……冷やし中華に代わる新メニューでしたね。何がいいでしょう。私はレタスチャーハンなんかがオススメですけどね。ほら、シャキッとした歯ごたえがあって爽やかで……夏にも合うと思いませんか? 他には棒々鶏なんてどうでしょうね。きゅうりの細切りも活用できて、さらに冷たくても美味しいですよ……って、きゅうりの千切りが手間がかかるんでしたっけ。残念ですが没ですね。
うーん。他に何かないでしょうか。こうしてみると、新メニューを考えるのって難しいんですね。これは本腰を入れて考える必要がありそうです。私はソファーに深く沈みこむと、瞼を落とし……様々な中華料理を冷やしたらどうなるのかを考えていくのでした。
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沢山、新メニューを考えてみました。酢豚・エビチリ・春巻き・麻婆豆腐・フカヒレスープ・餃子・焼売と……どれもこれもが冷やしに向いていないんです。やはり油を多用する中華料理は冷やしには向いていませんね。ほら、豚と牛の油は低温だと固まっちゃうのがネックなんですよ。そうなると鶏くらいしかないんですが……そもそも油は高温の方が美味しいんです。結局はそれをクリアできた冷やし料理は思い浮かびませんでした。
「コムさんは何か思いつきました?」
私は手詰まり感を打破できないかと、コムさんの様子を伺います。
「いや、なかなか思い浮かばないんだよ。やっぱり中華料理だと冷たいのは難しいんだろうね」
やはりというか……知恵者は同じ道を辿るものなのでしょう。コムさんも同様の苦しみを得ているようですね。そしてそれは二人共が【謎】にお手上げ状態であることを意味しています。
「どうだい、わかったかい?」
私達が考えている間……手持ち無沙汰だった一丸さんは厨房を具現化すると、そこで料理をしていました。そして頃合いを見てでしょう。
私達に声をかけると、ガラスの皿を二枚運んできて……私とコムさんに手渡してくれたんです。
「まあ、それでも食べて考えてみてちょうだい」
突然、手渡されたガラス皿。最初は冷やし中華かと思ったんですが……思った程、冷たくは感じませんでした。熱くもないです。ちょうど良いくらいの温度の皿、そこに盛られた料理を見てみると……
「美味しそう……」
私の口からは、そんな言葉が溢れました。よだれは溢れていませんよ、あしからず。
その皿に盛られた料理は一見、冷やし中華っぽいのですが……明らかに異なった料理です。例えるなら……冷やし中華に中華丼の具を乗せたような感じとでも言いましょうか、見た目の色味も冷やし中華に負けず劣らず鮮やかなんです。特にエビの赤が印象的ですね。それと……うずら卵の存在も目立っています。その存在をどのタイミングで食べるべきだか悩みますね、そして……それを考えている間にも食欲が増進していくのを感じます。
「……美味しい」
私は右手に箸を具現化すると、その料理を食べてみました。熱くも冷たくもなく喉の通りが抜群ですね。なるほど……中華丼の具だけではなく、餡がかけられていることによって抜群な喉通りを実現させているんですね。そして……その餡は優しい味でした。決して濃すぎず、かといって薄すぎない……そんな奥深い味に私の箸は止まりません。気づけば、最後に残しておいたうずら卵を食べ終えてしまい……完食してしまったのです。うん、満足満足。
「それで……【謎】は解けたのかい?」
食後の私達に再度、一丸さんから解答の要求がありました。そういえば、食べながら考えてみてと言われていましたが……まったく考えていませんでしたね。はい、すいません。だって美味しかったんですもん。
その問いに無言を返答とする私達。その状態こそが、我々の導き出した解答なのです。つまりは……わかりません。降参です。
「まったく……仕方ないねぇ」
そんな事を言いながらも笑顔な一丸さん。そして私達からガラス皿を回収すると……言うのです。
「答えはね、今さっきに食べたものだよ」
へ? あれが新メニューなんですか? いや、確かに美味しかったんですけど……そんなに冷たいわけでもなかったですし、冷やし中華に代わるかと言われれば微妙な気がするんですが……。
「なるほど……そういう事ですか」
コムさんが頷きながら何かを言っていますね。いやいや、何をわかった気になっちゃってるんですか。コムさんもわかってない仲間だったじゃないですか。置いていかないでくださいよ。
「冷やし中華に代わるメニューだけに【冷やし】を重視して考えたのが失敗だったみたいですね」
「そうそう、別に冷えたものじゃないとダメって訳じゃないのさ。特にウチの立地からしたら……もっと早く気付くべきだったんだよ。こんな事なら、もっと早くに夫婦喧嘩をしとくべきだったねぇ」
一丸さんは言い終わると、ケラケラと笑っています。コムさんも釣られて笑っていますね。そして私だけが笑えない……そんな空間です。あぁ、居心地が悪い。
「あのね……【冷やし】にこだわったらダメなんだよ。なんて言うべきかな、もっとダジャレな感じで考えてみれば……多分、解けると思うよ」
私の不機嫌を察したコムさんが、宥めるようにしてヒントをくれました。その対応の方が不機嫌さを覚えるのですが……仕方ありません、ここは考えるべき時です。
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はい……わかりました。わかっちゃいました。しょーもないダジャレです。しかし、確かに立地を考えればアリなのかもしれませんね。そもそも味は先程に実食させていただいたので太鼓判を押せる程でしたから。
さあ、それでは……答えを言ってしまいましょう。私は人差し指を突きつける、いつもの決めポーズと共に口を開きます。
「答えは、そう……【癒やし中華】ですね」
発言の余韻に浸る私。そして、先程の味覚を反芻するのです。確かに優しい味でした。胃に負担はかかりません。温度も極端に冷やされている訳でもなく、食べやすい温度でした。そう、まさにその味は【癒やし中華】なのです。ふふっ。しかもですね、この解答にはもう一つ……重要な理由があるんです。それは一丸さんが仰っていた発言。『目を覚ました時には近所の大病院』……この部分が大ヒントだったんですよ。お店の近所には大病院があるようでして、つまり……そこに集う方々はやはり健康面での不安を抱えていますよね。だからこそ……この【癒やし中華】は存分に威力を発揮するんです!
「その通りだよ。私は自身の入院経験も活かして、健康面を考慮した【癒やし中華】をメニューに加えたのさ。最初はどうなることかと思ったもんだけどね……次第に注文も増えていって、すっかり人気メニューになったって訳よ。しかも……冷やし中華よりは楽だしさ。しかも旦那が退院してきた後もメニューに継続されたんだよ。やっぱりアレだねぇ、旦那も入院して思うことがあったんじゃないかい」
普通、入院ってあまり良くない事なんですけど……一丸さん夫妻に取っては良いことだったんじゃないでしょうか。夫婦喧嘩は犬も食わないとは言いますが、そこから皆さんが食すメニューが生まれたというのは面白い話ですよね。
「さて、それじゃ食前酒のような【謎】も終わったことだし……主菜を楽しんでもらうとするかね」
そして、一丸さんは次の【謎】を含んだ物語を語り始めるのです。