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11話02




「それ……【増やし中華】って言いたいんじゃありませんか?」


 コムさんの出題は……簡単すぎましたね。一瞬で解けてしまいました。


「正解。よくわかったね。そのお店は夏になると量が増えるんだよ。案外、好評な気がするんだけど……どうかな?」


「いやいや……それってただのデカ盛りじゃありませんか。それに、そんなのをやったら夏場以外は損をした気になっちゃいますよ」


「あ……そっかぁ」


 こうして……(アタシ)達は再びデスクの上に頭を預けました。なんなんでしょうね、このやり取り。そんな事を考えていたら、(アタシ)の頭の中には【悔し中華】なる謎メニューが浮かび上がってくるのでした。




 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




 長くの時を過ごしました。その時間を(アタシ)は【ハヤシ中華】や【怪し中華】というメニューを考案する事に費やしたのです。まず【ハヤシ中華】は……皿うどんのあんかけの代わりにデミグラスソースを用いることで完成します。どうですか? 結構、美味しそうな感じがしますよね。


 そして【怪し中華】。こちらは闇鍋風の食べ物です。各自がそれらしい食材を持ち寄り、それを中華鍋に放り込む。この料理の肝は鍋と違って焼く事なんです。そうすることで鍋とは異なり……視覚でも味わうことが出来るのです。ほら、闇鍋にデザートを入れるような人っているじゃないですか。それを【怪し中華】で試すと……どうでしょう。はい、食材を無駄にするのはよくないですよね。ということで、このメニューは没です。


 その時……入り口の方からチャイムの鳴る音が聞こえてきました。お客様みたいですね。(アタシ)は立ち上がると入り口の方へと向かいました。コムさんも向かっていますね。それにしても、久しぶりのお客様ですね。これは【怪し中華】で歓迎するべきでしょうか。そんな事を考えていたら、いつの間にか入り口へと辿り着いたのでした。


「お待たせしました。どうぞお入りください」 


 ドアを開いてお客様を招き入れたのはコムさんです。(アタシ)は頭を下げて来訪への謝意を示しました。


「ご丁寧にありがとねー」

 

 そう言って入ってきたのは……頭に三角巾をつけ、少し油で汚れた前掛けを纏った女性の方でした。若い頃の可愛らしさを少し残しながらも、笑い皺が深く刻まれた人の良さそうな印象のおばさん、そんな印象ですね。髪の毛の長さは三角巾とフィットしたショートヘアーです。そして足元……これは厨房用の長靴ですね。こちらも油で汚れた跡が残されていました。まあ、一言で言えば……厨房の中の女将さんって感じです。


「本日はお越し下さり、誠にありがとうございます」


 コムさんは頭を下げると、お客様をソファーの方へ案内していきました。(アタシ)もその後ろに続きます。


「あらあら、いいのかい? こんな高そうなソファーに座っちゃって」


 お客様はソファーに座るのを少し躊躇しましたが、コムさんが是非にと勧めると……ソファーに腰を下ろしました。ソファーの凹み方からは少し重量感を感じますね。(アタシ)達も両隣に腰をかけました。そして自己紹介をします。


 (アタシ)達がそれぞれの自己紹介を終えると、お客様も続いてくれました。


「私は一丸久仁子っていってね、現世では夫と中華料理屋をやってたのさ。とは言っても、家族経営の小さな店なんだけどね」


 そう言うと豪快に笑っています。彼女は【いちまるくにこ】さんと仰るみたいですね。中華料理屋さんを営んでおられたそうで、頭の三角巾や前掛け、長靴や、それに油汚れの跡が残っていたのにも納得がいきます。それに……その愛想の良さが、なんだかいかにも小さな中華料理屋さんの女将さんを思わせていて、なんと言えばいいんでしょうかね……団欒(だんらん)というかアットホームな雰囲気を感じさせてくれますね。


 さて、自己紹介を済ませた我々は……本菜が【謎】を含んだ【物語】とするならば、食前酒とばかりに世間話に興じます。まずは中華料理の話で盛り上がりました。一丸さんのお店、店名は【蘭丸】と言うそうなのですが……名物はラーメンだったみたいです。煮込みに煮込んだ豚骨のスープが大評判だと聞かされた(アタシ)は空腹感を抑えるのに必死でした。


「なんだか聞いてるだけでも、お腹が減ってきちゃいますね」


 思った事をそのまま口に出す(アタシ)


「嬉しいこと言ってくれるねぇ。でも……私はそれを思い出すと、豚骨を運んだり、中華包丁で叩き折ったりの手間を思い出して……腹が減るどころか腹が立ってくるくらいだよ」


 と、一丸さんは笑いました。いい笑顔ですね。しかし……どうやら一丸さんはおしゃべりが大好きなようで、彼女の語りはまだまだ続きます。


「あぁ、そうだそうだ。腹が立ってくると言えば……ウチの亭主。アレにはいつも腹が立ったもんだよ。一丸昭一郎っていうんだけどね、あの腹黒はいつも面倒事ばかり言ってくるのよ。考えなしに新メニューをやろうとかさ。あぁ……思い出す度に腹が立ってしょうがないね。しかもさ、それで夫婦喧嘩になってるのを見て、娘は腹を抱えて笑ってるのよ。あの娘も腹が据わっているというか、親を親と思っていないような感じでさぁ。もう、私の腹は立ちすぎちゃって……そのせいなんだよ、私のお腹がこんなに出っ張っちゃったのは」


 そう言うと、一丸さんはご自身のお腹をポンと叩きました。響きの良い音が辺りに広がります。


「そうだそうだ。娘は一丸蘭って言ってね。店名の【蘭丸】ってのもそこから付けたんだよ。蘭が丸々と育ちますようにと思ったのに……丸くなったのは私の腹だけだったって、そういう訳なんだよ」


 喋っている内容は愚痴なのに、ずっと笑顔で話している一丸さん。ホント、気のいいおばさんと表現するのがピッタリですね。彼女の話はまだまだ続くのですが、少し情報をまとめるとしましょうか。


 まず、彼女の夫……一丸昭一郎いちまるしょういちろうさん。久仁子さんの腹を立てさせる腹黒な方みたいです。次が娘さんの一丸蘭(いちまるらん)さん、腹を抱えて笑う、腹の据わった方だそうです。いやはや……一家全員がお腹エピソードで語られるのは凄いですね。


「それでさぁ……働けど働けど、たいして儲からないわけよ。それなりに人気店だったとは思うんだけどさ、私腹を肥やすだなんてのは夢のまた夢って訳だね」


 えっと、お店にもお腹エピソードが出てきちゃいましたね。そんなこんなで一丸さんの世間話は尽きることなく続いていったのでした。




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