10話08
二階は細長い廊下のような造りをしていました。案の定ですが、沢山の扉が付けられています。更に廊下の長い壁面には、棒状の木製手摺りが付けられていました。これは親切心から付いているのかなとも思ったのですが……よく見ると、手摺りの奥には屋内消火栓格納箱が設置されていたんです。つまりですね……この消火栓格納箱は開きません。いや、むしろ……これを開かせない為だけに手摺りを付けたんだと思います。
「はぁ……」
思わずため息が漏れてしまいました。仕方ないですよね。
「それは【無用消火栓】やで」
平安名さんは私の視線とため息で判断したのでしょう。そう説明してくれます。言われずとも……わかりますよ。
さて、それではニ階の探索を開始しましょうか。今……私達は廊下の中央にいます。まずは左側から行ってみましょう。
左側に進むと……すぐに手摺りが途切れ、扉があります。私は扉の取手を握ると手前に引きました。その先は壁です。もう慣れました。私は、その扉を閉めると先へと先へと進んでいきます。
今度の扉はどうでしょうか。と……その前に、ドアに看板が付いていますね。なんて書いてあるんでしょう、見てみると……
【お手洗い 】と書かれていました。これ……本当にお手洗いなんでしょうかね? 多分ですが……開けると壁な気がします。なぜならですね……例えば、トイレに行きたくて急いでいる人がいたとして……急いで扉を開けたら壁なんですよ。想像してみると……他人事ですが、面白いですよね。
私がそんな事を考えていたら、お手洗いの扉はコムさんが開けていました。どうせ壁でしょう? そう思った瞬間、コムさんは扉の奥に入っていくのです。え? 予想外の展開にビックリしました。そして私も、コムさんに続こうと扉の先へ向かおうとしたのですが……その矢先。
ドシーン
扉の先に向かおうとする私は……扉の先から慌てて戻ってきたコムさんと、見事にドア枠の所で激突したのです。体躯の小さい私は、そこそこな距離を吹っ飛びました。なんだか、今回の事件は散々ですよね。
「おゆきさん……ごめんね」
コムさんは近づいてくると、手を差し伸べてくれました。私は、その手を取ると……コムさんの力を借りて立ち上がります。そして……
「不意打ちは酷いですってば」
ドアの向こうへ行ったと思ったら、勢いよく戻ってきた事への抗議を口にしました。
「ごめんごめん。だってさ……」
コムさんはそう言うと、扉の看板を指さしています。その部分は【お手洗い 】の、ちょうど空欄の所。よく見てみると……あ、女性用ですね。空欄には、うっすらと……ユニバーサルデザインとでも言うのでしょう、女性を形どったマークが描かれていました。そっかそっか、確かに、あのマークは赤で描かれるのがほとんどでしょう。そして、それが色褪せ消えていた。これこそが……私とコムさんの激突事件の真相だったのです。
「じゃあ……ここは私が見てきますよ」
こうして、女性用のお手洗いには私一人で入っていくことになりました。
入った先は個室が並ぶ……いかにもな女性用トイレですね。個室が3つと手洗いがあります。小規模スーパーのトイレといったくらいのサイズでしょうか。さて、それではトイレの探索に入ろうと思うんですけど、壁には……例のごとく看板が貼られていました。そこには……
【痴漢 実施中】
と、書かれています。
「はぁ……」
思わずため息が漏れてしまいました。これにはドン引きです。あ、ちなみに空欄の部分には……うっすらと【警戒】の文字が残っていました。そうですよね。そこを強調したくて赤で塗ったから……いずれは消えてしまうんでしょう。そして、残された文章からはモラルも一緒に消えていました。
そんなこんなありながらも、着実にトイレを調べていく私。他には、特に不審な場所はみつかりません。もう大丈夫かな、そう思ってトイレを後にしようとした時、ふと……タイル床に半径10cm ほどの塩化ビニルの蓋があるのを発見しました。これは見たことがあります。【おすい】と書いてある蓋ですよね。一応、確認してみますと……
【おす 】
はい。【い】が削れて消えていました。だから何だというのでしょう。押せばいいんでしょうか? 私は、試しにその蓋を押してみましたが……ビクともしません。ハズレみたいです。
そして私は、何の手がかりを得ることも出来ず……トイレを後にするのでした。
「どう? 何かあった?」
コムさんからは探索の成果を問われますが……
「何もないがあったくらいですかね」
私は、そう答えたのです。
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その後も廊下の探索を続けるのですが、ほとんどの扉は開けた先が壁でした。たまに通路があっても、すぐに行き止まりなのです。そんな時に限って、看板が付けられているのですが……そこには【通 路】と書かれていました。わかりますか? これ、通学路の学の字が消えているんです。
他にも……廊下の壁には蛇口が付けられていました。平安名さんが言うには、それは【でべそ】と言う概念だそうで……壁から無用の長物が飛び出るように取り付けられいる事を言うみたいです。そして、無用の長物である事を証明するかのように……蛇口から水は出ませんでした。
そして、遂に突き当りへと辿り着きました。突き当りの壁にも、やはりというか……扉が付けられていますね。私は手慣れた手付きで、その扉を開けました。どうせ……これも壁ですよね。そう思いながら見た先には……なんと、外の景色が広がっています。それは山々を彩る緑色の景色。そして……外の新鮮な空気は、勢いよく廊下へと流れ込んでくるのでした。
「これ……入る前に説明した【高所】の扉やで。覚えてるか?」
あ……そういえば館に入る前に聞いていましたね。あの外壁の高い位置に取り付けられていた扉……ここに繋がっていたんですか。あぁ……それにしても入り込んでくる外気が美味しく感じます。それもこれもは……あのエスカレーターのせいでしょうね。
しかしですね、これ……ここから飛び降りれば脱出成功なんではないでしょうか。ひょっとしたら、もはや【謎】は解決したのかもしれません。私は扉から下を見下ろしてみました。すると、おそらくは飛び降りたときの着地地点……そこには無数の突起物が生えていたのです。
「あれはやな……【アタゴ】いうんやで。地面から飛び出している謎の突起物を、そう言うんや」
下の方をよく見ますと……頭を赤で塗られた石柱や、錆びてしまった古い手押しポンプ。意味不明に短いガードレールや、単なる鉄の棒が……数多く地面に生えていました。おそらく、ここからジャンプしたら……ただでは済まないでしょう。何らかの突起物に刺さってしまうかもしれません。
「ここから飛び降りるのは……最終手段だろうね」
コムさんも同じように、ここからの脱出を考慮していたみたいですね。そして……結論も同様でした。そりゃ、嫌ですよね。脱出できた代償が、モズの早贄になってしまうなんてのは洒落にならないです。飛び降りるのは……最後の最後にしましょう。
ひとまず、この【高所】扉は閉めると……私達は行き止まった廊下から引き返し、逆側の探索に向かうのでした。
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こちら側の行き止まりにも、やはりというか……扉がありました。そして、その隣には看板があってですね……
【ET 専用】と、そう書かれています。はい……これは、元々は【ETC専用】でしょうね。Cの部分が周囲と同色に塗り潰されていました。
そんな事はさておき、私は行き止まりの扉を開くと……その瞬間、こちらも新鮮な外気が流れ込んできました。やはり、これも【高所】扉のようですね。ご丁寧に着地部分も逆側同様に何かが沢山生やされています。
「はぁ……」
私はため息がしか出ませんが、コムさんは違っていました。何ということでしょう、彼は……肩を震わせて笑っています。
「……これ……面白いよね。だって……ET専用だよ……」
あぁ、そっかそっか……ETですもんね。そりゃ、ETならひとっ飛びでしょう。でも……残念な事に私達はETでもなければ、空を飛ぶ自転車もありません。おまけに人差し指を合わせても光らないです。つまり……ET専用の扉は、まさしく専用の代物ですね。
私は、笑いが堪えられなくなったコムさんを無視したまま……【高所】扉を強く閉めました。そして……
「これで、もう館は調べ終わったはずやと思うで。ほんで、残り時間は1時間ってところや。ほな……この館からの【脱出方法】でも考えてみたってーな。そんで、もし見つけられへんかったら……3人で一緒に【高所】扉から飛び出そやないか」
と、【脱出方法】の【謎】が制限時間と共に提示されたのです。