10話07
私達は地下から広間へと戻りました。地下の探索の成果はありません。ただ時を無駄にしただけです。その間にも、制限時間は刻一刻と近づいてきます。ですから……私は広間の他の扉を、急いでバンバンと開けていきました。
「もー、壁しかないじゃないですかー!」
開けた扉の先は全てが壁でした。私の焦りは大きくなります。もう扉は調べなくても良いでしょう。ならばと……私はエスカレーターへと足を向けました。なぜかと言えば……この広間から見えているのは無数の扉と2つのシャッター、それに無数の階段とエスカレーター。ほら……何となくですがエスカレーターが異質な感じがしませんか? これは言わば嗅覚です。そんなわけでして、私はエスカレーターへと向かうのでした。
エスカレーターに着くと、私は何か変な細工がされていないだろうかと、そんな注意をしながらエスカレーターに両足を乗せました。特に問題はないようですね。そして、そのまま……私は斜め上へと運ばれていくのです。これは……思った以上に長いエスカレーターですね。しかし、なぜでしょう……少しだけ違和感があります。
そんな事を考えている間にも、私はニ階へと到着した……んでしょうか? えっとですね……エスカレーターから降りた場所は……踊り場でした。当然のようにも思うかもしれません。ですが……ここには踊り場しかないんです。この面積にして4平米ほどの踊り場をもって……道は途絶えていたのです。エスカレーター側以外の三方には壁がそびえ立っていました。
私……そこで、先程の違和感の正体に気が付きました。ほら、エスカレーターって上りと下りの2本があるじゃないですか。でも……さっきのエスカレーターは上りの一本だけしかなかったんです。先に気づいておくべきでしたが……時すでに遅しですね。
わかりますでしょうか? 今、私は踊り場という行き止まりにいます。そして、一階に戻れそうな道はと言えば……上りエスカレーターを逆走するしかないんですよ。やられた……。乗る時に細工されているのは気をつけていたんですが……平安名さんに、その上を行かれてしまったようですね。悔しいです。
私は、その悔しさを足を運ぶ原動力として……上りエスカレーターを駆け下り始めます。決して真似はしないでくださいね。私の体躯では、数段を一気に飛ばすような跳躍は出来ません。一段一段を確実に……でもエスカレーターが上がって行く速度以上の速さで進まなくては、下り切ることは不可能です。序盤は快調だったのですが……ただでさえ長いエスカレーター、私が進んだ距離は無情にも、エスカレーターに減算されていくのです。それでも、ようやくゴールを視界に捉えることが出来た……そんな時。
「あっ」
私の小さな足の裏は、最後の最後にして……エスカレーターのステップを踏み損なってしまいました。宙を浮く足からは、しかるべき反動を得られません。そして体勢はバランスを失うと……私はすっ転がるのです。その勢いでゴールの目前まで転がりました。一階の床は……もう目前。私はうつ伏せに倒れたまま、右手を……そこへ伸ばしました。その手はゴールにわずかに触れると、残酷にも引き離されていくのです。悲しい光景でした。一階はみるみるうちに遠くなり……もはや、いくら手を伸ばしても届きません。すると、お腹の辺りに段差が生まれました。そして私は、腰のところで90度に折れたまま……エスカレーターで二階へと運ばれたのです。平安名さんとコムさんは、それを見て……爆笑していました。
その後、私は三度目の挑戦で……ようやく一階への帰還を果たしました。息は切れています。ですが、休んでいる時間はありません。時間は限られているのです。私は荒い呼吸のまま……周囲の階段の調査へと走り出すのでした。
広間から登れる階段のほとんどは行き止まりでした。地下に降りる時は階段が途中で切れていましたが、こちらの場合は階段を登ると天井が近づいてきます。つまりは、二階への開口がなされていないんですね。よって……階段は天井まで接して終わるのです。いったい、この階段に何の意味があるのでしょうか。いえ……愚問ですね。意味がないのに意味があると見出してしまった方の館です。常識を語ったら負けなんでしょう。
「ちなみに、そういう階段は【無用階段】と呼ばれとるんやで」
平安名さんは無用階段に苦しむ私達に聞こえるよう、そう解説してくれました。私達はそれを聞きながらも、探索を続けます。
結局、すべての階段はニ階に通じてはいませんでした。
そこで私は、調べていないままで残されているシャッターに向かいました。広間にはシャッターが2つあって……そちらにはコムさんが向かっています。こっちは私の分担ですね。それでは開けてみましょう。
私はシャッターの手掛の部分に指を入れると、上方に力を加えました。するとシャッターは思った以上に軽く、勢いよく上部へ引き込まれていきます。そして、その先はというと……
「いや……何となくわかってましたけどね」
期待したシャッターの向こう側は、壁でした。ここまで何度も何度も、扉の向こうの壁と対面してきた私にとってが、慣れたもんです。
「そういうシャッターは【純粋タイプ】って言うんやで。だから、これは【純粋シャッター】っちゅう事や」
そうですか……。【純粋タイプ】の芸術を見せられる度に、私の純粋な心が、純粋でなくなっていく気がします。心が擦り切れそうです。
そうだ……コムさんの方のシャッターも【純粋シャッター】だったんでしょうか? ちょっと見てみましょう。私はコムさんが開いたシャッターの方に視線を向けました。すると……その先には階段が見えています。
そして……それは念願の二階へと通じるものでした。
結果としては……私が開けた方は外れで、コムさんの開けた方が当たりだったんです。なんだか無性に腹が立ちますね。
きっと、この怒りは【純粋タイプ】でしょう。