10話06
下り階段は途中で途切れていました。
えっとですね……今、私が視線を少し下に向ければ、そこには広く殺風景な地下室が見えています。しかし、そこに降りるべき階段は地下室の床に届いてはいません。この状況を地下室側から見たのなら、3mほどの高さの壁にポッカリと空間が出来ているように見えるんでしょうね。私達は今、そこにいます。とにかく、この階段はここで切れてしまっているので……降りる為には何らかの手段を講じなくてはいけないでしょう。
「えっと……どうします?」
私がコムさんに尋ねると……
「僕は飛び降りれそうだけど……おゆきさんはどうする?」
逆に、私に尋ね返されるのでした。うーん、どうしましょうね。ちょっと飛び降りるには高過ぎるんですが……
「小紫はんがおゆきちゃんを抱きかかえて、降りればええんちゃう?」
私がどうするべきかと考えていた……その時、背後の平安名さんから提案がされたのです。
「僕はそれでもいいけど……」
これは……面倒な展開になりそうです。私は、コムさんが言い終わる前に……華麗な3mジャンプを決めてやるのでした。
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着地は成功しました。しかし……両足の裏はジンジンしています。今の私は……まるで体操選手の着地のように余韻を楽しんでいるように見えるでしょうね……しかしそれは、ただ痛みが消えるのを待っているだけなのです。
そして、ようやく痛みが取れると……私は着地点を譲ります。ここにいたままでは、残りの人が降りてこられませんからね。
まずはコムさん。続いて平安名さんが飛び降りてきました。コムさんはキレイな着地を見せましたが、平安名さんは勢い余ってか……着地の衝撃に膝から崩れるとゴロゴロと転がるのです。
「だ、大丈夫ですか?」
「すまんすまん。大丈夫や……よっこいせ」
平安名さんは、そう言いながら立ち上がりました。さあ、これで地下室に三人が並び立ちましたね。それでは……探索を始めましょうか。
とりあえず周囲には……何もありません。広さは先程の広間と同程度でしょうか。しかし、この地下室には無数に扉があるわけでもなく……広間と比べれば……何もないと言うのが相応しく思えますね。なんだかんだ言っても、あの広間には人を迎えるような雰囲気はあったのですが……この地下室の壁は味気のないコンクリートが無装飾のままなのです。
あと、強いて言えば……部屋の中央。そこには円形の柱が生えていました。
「ああ、その柱は煙突やで」
私の視線に気付いたのか、平安名さんがその柱を煙突だと訂正してくれました。
でも、普通……煙突って暖炉から生えてたりするものじゃないでしょうか。となると……実はこの地下室の下には部屋があって、そこに暖炉があるのかもしれませんね。これ……ひょっとして、とても重要な情報だったりするんじゃないでしょうか。それでは、さっそく確認をしてみましょう。
「その柱……じゃなくて煙突は何処に繋がっているんです?」
隠し部屋の気配を感じた私は、ここぞとばかりに平安名さんに疑問を投げかけました。ふふっ……これはファインプレーですね。
「見りゃわかるやろ。床や」
「いやいや……だって、それじゃ煙突の意味がないじゃないですか」
平安名さんからは、求めていた解答が引き出せませんね。ここはなんとか食い下がってでも……隠し部屋の存在を認めさせてみせますよ。
「せや、意味なんてあらへんで。そもそも、これは煙突の役割どころか柱の役割も果たしてへんのや。これは。煙を排出するわけでも、荷重を支えとるわけでもあらへん。ほんまもんの無用の長物なんや。でも、だからこそ……芸術って感じがせーへんか?」
あれれ……言われてみれば、そんなような気がしてきました。すごい芸術なんですねぇ……。
って……いつの間に隠し部屋を認めさせるどころか、この無用の存在を芸術だと認めさせられそうになっていました。平安名さん、やりますね。
さてさて……地下室の捜索はそろそろ打ち切りでしょうか。これ以上、特に何も目を引くものはありません。私は一階の広間へ戻ろうとするのですが……あれ?
「これ……どうやって戻ったらいいんでしょう?」
そもそもですが……この部屋には3m程の高さから飛び降りてきました。そして、この地下室の捜索の結果……目ぼしい物は発見できませんでした。それは隠し部屋だったり、隠し通路も含みます。つまりですね……戻るには、あの階段に戻るしか手段がないのです。|
「どうしようね。とりあえず、担ぐから……おゆきさん、階段登って見てきてよ」
「へ? ……うわ!」
コムさんはそう言うと、いきなり私を肩車するのです。視界が急に高所になったのも驚きましたが、肩車された方がよりビックリです。そしてコムさんは、私を肩に担いだまま、階段の方へと歩みを進めるのでした。
私は、階段の縁へと手を伸ばします。しかし……わずかに届きません。
「届かない? じゃあ……肩に立っちゃっていいよ」
そう言われたので、恐る恐るコムさんの肩に右足の裏を乗せます。コムさんは足首をしっかりと抑えていてくれました。次は左足ですね。おお……グラグラする。でも……これで途切れた階段に、ギリギリ手が届きました。これで……行けるかな?
「おゆきさん……重いから、もうちょっとバランス良く立ってくれない?」
勝手に担ぎ上げておいて、この言い草です。こういう人だとはわかっていましたが、ちょっと不愉快ですね。私は仕返しとばかりにコムさんの肩を強く蹴ると……その反動を使うことで階段への帰還を果たしました。
「えっと……その階段の付近に、何かないか探してくれる?」
コムさんから指示が飛ばされました。私はそれに従い、周辺を探してみます。えっと……何かありますね。それは階段の段鼻と呼ばれる出っ張った部分の下、蹴込み板と呼ばれる階段の高さになる部分の横。そこに隠されるようにして置いてありました。これは……縄梯子でしょうか。良かった。これでコムさん達も上がってくることが出来ますね。
私は縄梯子を片手に、途切れた階段の縁まで来ました。コムさんは縄梯子を下ろすように言っていますね。お? いいんですか、そんな態度で。今……コムさんの命運は私が握っているも同然なんですよ。そう……縄梯子を握っているように。
そんな感じで私はもったいつけるように……ゆっくりと縄梯子を下ろすのです。コムさんと平安名さんはそれを伝って登ってくるのですが……私はその間、見下ろす側の立場の気持ちよさに浸っていました。