10話04
そんなに考えなくても……【当駐車場は 駐車禁止です】。これは、わかりました。消えた部分は何種類か候補がありそうですけど……例えば、前向き・後向きと入れても成立しそうです。でも、正解は大型車でしょうね。【制限高 m】が隣にあることからも、大型車が正解だと思います。
次の【飛び出し ・ お願いします】……これも簡単ですね。【飛び出し注意・徐行お願いします】でしょう。他の選択肢はなかなか思い浮かびませんよね。強いて言えば……【飛び出し坊や・対戦お願いします】。面白さはあるんですが、これが正解とは思えません。
さあ、問題は最後の……【ただいま です】。この字面は、一見完成して見えるので考えるのに苦労しました。まずは【ただいまお帰りです】……ちょっと苦しいでしょうか、間に句点を入れたくなりますね。次は【ただいまお土産です】……頭の中には出張帰りのサラリーマンが思い浮かびます。お土産は嬉しいんですけど……これも正解には、程遠いでしょう。
そこで、私は思考の方向性を変えてみました。【ただいま】は帰宅の挨拶ではない。そう読めば……あら、簡単。答えは【ただいま作業中です】でしょうね。工事現場近くでよく見かける文面ですが、作業中が色褪せしただけで……こんな面白さを生み出すとは思いもみませんでした。なるほど……平安名さんが仰っていた事、私にも少しだけ理解できたような気がします。
そんなこんなで看板の空欄に思いを巡らせていると………隣の人はようやく落ち着きを取り戻したようです。私はコムさんの袖をクイクイ引っ張ると……
「もう大丈夫ですか?」
そう尋ねました。コムさんの顔は、まだ紅潮しています。
「うん……もう、大丈夫。ごめん……ああいう笑いには……弱いんだよ」
コムさんからは……今にも思い出し笑いが再噴火しそうな雰囲気が漂っています。これはマズい。看板が見えない場所に急ぎましょう。
「はいはい。知ってました。それじゃ……さっさと行きますよ」
私はコムさんの袖を引っ張ったまま、彼を連れ出すようにして歩き出しました。急いで駐車場から出ないといけません。噴火が始まってしまいます。私は、コムさんを引っ張ったまま……駐車場を囲うワイヤーフェンスの切れ目を探します。
この辺にはありません。あちらの辺かな……ない。じゃあ、そっちには……ない。最後にも……ない。
「え……出口がない?」
駐車場の四辺はワイヤーフェンスで囲まれていました。外に出ようとしても出れません。それどころか……これじゃ中に入ることも出来ませんよね。駐車場を名乗っておいて、出入り口がないのはどうなんでしょう。私は平安名さんに視線を向けました。すると……
「出入りできない無用の駐車場に、免許を持っとらんワイの無用の車が止まっとるっちゅうわけや、どや。面白いやろ」
まったく面白くありません。私は急いで後ろの人を安全圏へと誘導しないといけないのです。あぁ……背後からは笑い声が聞こえてきました。
「しゃーないのー。ほな……これで出れるで」
そう言うと、平安名さんはワイヤーフェンスの一部を消してくれました。私達はそこへ向かうのですが……その場所は最悪の場所だったのです。出入り用にワイヤーフェンスが消去された場所のすぐ横、そこには……【ただいま です】の看板が堂々と鎮座していました。
後ろからは……遂に堪えきれなくなったのでしょう、コムさんの爆発的な笑いが聞こえてきました。
私はコムさんの袖を放すと……その場に無力に立ち尽くすのでした。
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
それからコムさんが平静を取り戻すのに、多少の時間を要しましたが……私達は駐車場を後にすることが出来ました。そこから山道を少しばかり歩くと、周りの新緑眩しい木々の風景は開けていきます。そして……遠目に、お目当ての館が見えてきました。遠近法でしょうか、それほど大きな館には見えませんね。一般の住宅より少し大きいかな、といった感じです。強いて言えば……屋根から伸びる煙突ぐらいでしょうか、物珍しいものは。
私達は館に近づいていきます。すると、見た目に気になるところが増えてきました。えっとですね……屋敷の外壁はコンクリートみたいなんですが……その二階の高さにドアが付けられているんです。あのドアは室内へと繋がっているのでしょうか。ですが……繋がっていようが入れません。だって……そのドアへと向かうための階段はないんです。それは、まるで絵画のようにポツーンと……屋敷の外壁にドアが嵌まっているのです。これ……室内側から開けたら、外に落ちちゃうんじゃないでしょうか。しかも、ご丁寧に落ちそうな地面には……何本もの突起物が生えていました。
さらに、一階部分の壁には……壁の色が異なっている場所が散見されます。えっと、この部分は……元々は勝手口だったと思われる場所を、外壁の色と少し風味の異なる色で塗り固めていますね。あちらは……窓があったであろう場所を塗り固めています。この塗り跡からは、元々は何があったのかを想像
させるような意味合いがあるのでしょう。その、わずかな色合いの違いから……強い主張を感じました。
「これがな……トマソン言う芸術なんや」
私達が、あらかた館の外観を眺め終えると……平安名さんは語り始めます。
「とある芸術家が発見した芸術の概念とでも言うべきやろうか。まあ、言葉で説明してもわかりにくいやろうし……例えばやな、あの二階の扉を見たってーな」
平安名さんが指差す方向には、先程見た二階壁面の扉がありました。外からは入れないし、内からは転落してしまう危険な代物です。
「あれはやな……トマソンの中でも【高所】と呼ばれる分類に当たるんや。【高所】にあることによって、使用用途に違和感を覚える存在を定義しとるんやで」
ほうほう……ちゃんと聞かされてみると、なんとなく芸術の匂いもしてきますね。見た瞬間に意識を持っていかれると言う意味では……確かに芸術なのでしょう。
「ほんで、あっちの色の違う壁。あれは【ヌリカベ】言うんや。入り口や門、窓のあった場所を塞いだ時に出来る領域でな……周囲の色と少しだけ違っとるんが素晴らしいんや」
あー。うん。それはわかります。さっき見たときにも、色合いの違いから主張の強さを感じましたし……これは、ひょっとしてスゴイ芸術なのかもしれませんね。なんだか美術館を鑑賞しているような気持ちになってきました。コムさんも外壁を物珍しそうに眺めています。興味を惹かれたのでしょうね……その瞳はキラキラしていました。これは……よろしくない展開な気がします。
「ほな、館に入ろか」
平安名さんは、私達を先導するように歩いて行きました。そして橋を渡るのですが……。
え? この橋……何かがおかしいですよ。だって……渡るべき川や段差が存在していないのに、橋は渡されているんです。
「えっと、この橋って地面にベタ置きされているように見えるんですけど……何か意味があるんですか?」
その橋の存在意義がわからなくなった私は、平安名さんに問いかけました。
「ん? あるで。これは【無用橋】いうんや」
えっとですね……私は存在意義を聞きたかったんです。その答えは【無用橋】でした。繰り返しますと……存在意義は【無用橋】。なんだか哲学めいてきましたね。私……ちょっと混乱してきました。
そして、ようやく到着した館の玄関。その豪華で重厚な両開き扉は、到着前から開かれていました。それはまるで……私達を一口に飲み込もうとしているかのように。
「ほな、ようこそ……超芸術トマソン館へ」
平安名さんは軽く頭を下げると、片手を玄関へと向け……私達に入館を勧めました。