10話03
「ワシな、現世では好事家として有名やったんや」
平安名さんは現世での自身について語り始めました。まあ、ど派手な原色スーツを着ているくらいですし……好事家じゃなかったとしても、有名だったんじゃないでしょうか。
「ほんでな、特に……妙ちくりんな建築物とかが大好物やってん」
ほうほう、建築物ですか。たまにですが……デザイナーが張り切りすぎた結果でしょう、周囲との調和が崩壊しているお家があったりしますよね。平安名さんの言う建築物も、そういった類の物なんでしょうか?
「それって、いわゆるデザイナーハウスみたいなのですか?」
私は何の捻りもない質問を平安名さんに投げかけました。
「ちゃうねん。何ちゅうたらええんやろか……せや、ちょっと、すいまへんな」
平安名さんは周囲を見渡すと……何かをしたみたいです。
「そしたら、おゆきちゃん。申し訳あらへんけど……入り口の扉、開けたってくれるか?」
ん? 入口の扉ですか? どうしてでしょう、換気したいんですかね。 私はソファーから立ち上がると、扉の方へ向かいます。そして、ノブを握ると、軽く捻り……ドアを手前に開きました。
「あ……あれ?」
ドアを開けた先には、外の光景が広がっては……いませんでした。ドアを開けた先は【壁】だったのです。室内の壁と同色の壁が、ドアを開けた先にも続いていました。
「これ……確認せずに外に出ようとしたら、頭をゴチーンとしちゃいますね」
私はドアの向こうの壁を触ってみましたが……はい、紛うことなき壁です。硬いですね。
「まあ、こんな感じの物が好きなんやな。ほら……扉があるのに、それは何処にも繋がっとらんとか……どや、おもろいやろ?」
面白いかと言われれば……どうなんでしょう。言うならば……痛快な面白さなんでしょうね。だって、壁に当たったら痛いですもん。
「僕はこういうの好きですよ」
コムさんが平安名さんの発言に応えています。きっと、私が微妙な表情をしていたからなのでしょう。フォローを入れてくれたみたいですね。ありがとうございます。
「私も嫌いじゃないですよ」
コムさんの発言に乗っかるように私も同意を示しました。いや、これって同意になるなんでしょうかね。【好き】と【嫌いじゃない】はニュアンスが違うのかもしれませんけど……まあいいや。気にしないことにします。
「まあ、そういう事もあってやな。ワイは山奥にそういった趣向の館を作ったんや」
出た。山奥の館。定番中の定番。何故に、お金持ちは館を建ててしまうのでしょうか。もはや、殺人事件を呼び込みたいが為に造っているのではないかとも思ってしまいます。でも……絶海の孤島に造るよりはマシでしょうか。だって、それだと施工業者が大変ですからね。
「それでやの……せっかくやから、小紫はんとおゆきちゃんにもワイの館を体験してもらおうと思うんやけど……ええか?」
お、いいですねぇ。体験型アトラクションみたいで楽しそうです。ミステリーツアーの時のような感じになるんでしょうか。私、最近は安楽椅子探偵のように、このソファーで【謎】を解決してばかりでしたからね。うん、挑戦してみたいです。
「ええですよ!」
私は元気良く、エセ関西弁で応えました。
「……ええで」
コムさんは少し恥ずかしそうにした後……エセ関西弁で同意を口にするのでした。
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今、私とコムさん、そして平安名さんは……山奥の駐車場にいます。この状況は平安名さんが具現化しました。彼は私達の事務所を消去すると……周囲を山奥の景色へと変化させたのです。
周囲の景色から近場へと視線を向けると、ここは八台程が駐車できそうなアスファルト路面……つまりは駐車場ですね。駐車スペースが白線に区切られています。そして、そこには一台だけ車両が置かれていましたが……他は空車でした。置かれていた車は国産の、街中でもよく見かける乗用車ですね。
「ああ、その車はワイのや」
なるほど、そちらの車は平安名さんの物でしたか。失礼ですが……その衣服に比べると地味というか、あまり大衆車に乗ってそうなイメージではないので意外です。
「ちなみに……ワイは免許なんて持ってへんけどな」
え? 免許がないのに車は持ってるの? どういう事でしょうか……私の表情は、困惑を物語るのです。
「買うだけ買って……納車の時、ディーラーにそこまで運んどいて貰ったんや」
ん? いや……確かに、その行動が現実的に成立するのはわかりますよ。でも……その行動の意味はわかりません。私は首を捻りました。すると、駐車場のワイヤーフェンスに様々な看板が貼られているのが視界に入りました。ちょっと気になったので、近寄ると、その看板を見てみますと……
【交通事故死 を目指す日】
そんな……物騒な交通標語が記されていました。
「いやいや、そこ目指すとこじゃないですから……」
思わず、ツッコミが漏れてしまいました。いや、でも……誰だってツッコむんじゃないでしょうか。この看板は、それほどのインパクトを与えてきます。
「お……気付いたようやな。その標語は、お国が設けた交通キャンペーンやで」
「なんでやねん!」
またしても、ツッコみが口から飛び出してしまいました。だって……流石に国がそれを推進するのは間違っていますからね。
「ほな……ちょっと近づいて、穴が開くほど見てみーや」
私は言われるまま、その看板に近づきました。そして……気付くのです。
「これ……【交通事故死ゼロを目指す日】の【ゼロ】が消えちゃってるんですね」
「せやせや。ゼロを強調したかったばかりに、そこを赤字にしといたのが劣化したんやろな。やっぱ赤字はアカンのぉ、ワイは黒字の方がええわ。読みやすいし、何より……お財布的にも黒字の方がええやろ」
ちくしょう……なんだか上手いこと言われてしまいました。悔しさを紛らわすためにも、私は他の看板も見てみます。
【当駐車場は 駐車禁止です】【制限高 m】
駐車場という設定はどこに行ってしまったんでしょうね。そして、もう一つは……肝心な数字が消えています。
【飛び出し ・ お願いします】
そこは……お願いしちゃダメなヤツですね。
【ただいま です】
はい、おかえりなさい。
看板を見ていたら……隣からは堪えきれず出た笑い声が聞こえてきました。私は隣を見てみます。すると、そこにはコムさんがいました。笑いのツボに入ってしまったんでしょう。クスクスとした笑いが止まらないようですね。それを見た私は……逆に、冷静になっていくのでした。
そうですね……しばらくの間、隣の人は使い物になりません。
ちょっとした時間潰しに……この看板が元々は、何を記していたのかでも考えてみるとしましょう。