9話03
「私、俗に言う……腐女子なんです」
はい。そんな気がしていました。栗原さんは恥ずかしそうというよりは、開き直ったように見えますね。先程までのうつむきがちだった顔は水平に、正面を見据えていました。
「あ……私もですから、お気になさらず」
何故だか、私の方が恥ずかしげにカミングアウトしてしまいました。いや、別に恥ずかしくはないんですけど……何と言えば良いのでしょう。私はうつむくより他にありません。背後からの視線が……やけに生暖かく刺さってきます。
「おゆきさんは知ってたし、そもそも僕は腐女子さんだからって……何か思うことはないよ」
え……知ってた? うぅ……視線が痛い。もはやこれまで……私は潔く、開き直ることにしました。
「ですよね! これは立派な趣味なんですよ。だから私は、なーんにもやましい気持ちだとか、恥ずべきだとか、後ろめたいとか、罪悪感だとかは感じてないんです。そもそもが、私が心の中で何を思おうが、想像しようが、妄想しようが自由じゃないですか。そう思いません? そう思いますよね?」
よし、開き直り成功でしょう。勢いで乗り切ってしまえば何とでもなります!
「おゆきさん……早口過ぎて、何を言っているのかわからないよ」
あぅ……。
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「それでですね……私の現世での死因は【圧死】なんですけど、何に潰されたのかといえば……同人誌だったんです。いわゆる【うすい本】ですね。高く積まれた【うすい本】の倒壊に巻き込まれました」
バベルの塔ですね。わかります。わからない方に説明しますと……バベルの塔を英語表記すると Tower of Babel となります。そして Babel を省略するのです。すると…… Tower of BL ってなりますよね。なりませんか? それにしても、まあ……さぞや凄惨といいますか、不名誉な現場だったでしょうね。死してなお、辱しめを受けているようなものです。
「現世では……あの事件の現場検証が行われていたと考えると恥ずかしくて恥ずかしくて、こちらの世界に来てからも、しばらくは人前に出られませんでした」
穴があったら入りたい状態ですね。そのお気持ち……痛いほどわかります。
「ですが……よく考えてみれば、おかしいんです。私は【積み本】のバランスには気をつけていましたし、地震でも倒れることはありませんでした。だからですね……ひょっとしたら、倒れるように仕組まれていたのではないかと、そう気付きました」
おぉ、急に事件性が浮上してきましたね。そろそろ【謎】の始まりでしょう。私はスイッチを真面目モードに切り替え、話に聞き入る姿勢を整えます。
「それで容疑者を考えてみました。そしたら……犯人が絞り込めてきたんです。おそらくは……【同担】の誰かでしょう。隠れ【同担拒否】だった可能性が高いです」
あ……はい。そうですか。いや……その言葉って、コムさんに伝わるんでしょうか。伝わらないでしょうね。
「ええとですね……【同担】と言うのは、推しを同じくする人って意味です。そして【同担拒否】は、同じ推しの人とは交流したくないって人です。【同担拒否】過激派の方だと、確かに……【同担】に悪意を向けることがあるそうですよ」
とりあえず私は、背後のコムさんに用語の補足説明をしました。案の定ですが、コムさんは【同担】を知らなかったようですね。まあ、当たり前でしょう。そして、私の補足説明が終わった後、栗原さんは【圧死】事件の容疑者の話題を続けます。
「犯人は……【四天王】の誰かです。理由は単純明快、私は友達が少ないので……自室には【四天王】しか呼んだ事がありません。つまり私の部屋の【積み本】に細工ができる人は、彼ら以外あり得ないんです」
【四天王】にツッコミを入れるべきなのか、友達が少ない所に同情するべきなのか迷います。そして、その迷いが遅れを生じてしまいました。栗原さんは早口に言葉を続けます。
「それでは【四天王】を紹介しますね。まずは……私です。腐女子が最も好む属性の【ショタ】を愛する事に関しては、誰にも負けない自信があります。他にもですね、腐女子が最も好む属性の【メガネ】も大好物です。白米が食べられるくらいには好きです」
えっと……今回こそはツッコミを間に合わせないと。私は急いでツッコミを入れようとしましたが……
「ちょっといいですか? 最も好む属性が二個あるんですが……そういうものなんでしょうか?」
コムさんに先手を打たれてしまいました。私の用意した渾身のツッコミ……【メガネ丼】は日の目を浴びることなく霧散するのです。悔しいですね。
「そういうものなんです。よく言いますよね……【one of the most】って。つまり【No.1】は、二つ存在できるんです。そもそも世界に無限に存在する【推し】の中で、最高を選ぶなんて不可能じゃないですか。だからこそ……最高は並び立つ事が可能なんです。そして……そうやって並び立つ事も、また【尊い】ですよね。わかります?」
栗原さんは、これまた早口に語るのでした。私も、さっきはこう見えていたんですね。今後、気をつけることにしましょう。
ああ、ちなみに私は……わかりますよ。