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7話06



 これほど【謎】の推理に難儀したのは久しぶりかもしれません。いつもならば【物語】の一部に何処かしらの不審さを感じたりするんですが……今回は、それを感じることはありませんでした。いえ……少し語弊があるかもしれませんね。訂正しますと、不審さが【ない】のではなくて、何となくですが……総じて不審さが【ある】と、そう感じるんです。


 コムさんもソファーの逆側で頭を悩ませているようですね。顔が下を向いたままです。何らかの推理が捗っているようには見えません。こういう時はどうしたらいいんでしょう。そうですね……逆張りして頭を上げてみましょうか。


 すると、(アタシ)の視界には大野さんが映りました。コムさんのデスク上のB級映画グッズに興味津々のようです。まじまじとゾンビフィギュアを眺めていました。(アタシ)は、あのグッズの人気にちょっと嫉妬心を感じるのです。


 それにしても……ゾンビの事件はしょうもない解答でしたね。その後は……【941生】の事件でしたか。最近もたらされる【謎】はホラー案件ばかりです。その時は【幽霊】がヒントをくれましたけど……今回も助けてくれないでしょうか。


「お堂の幽霊が今回も助けてくれないかな。そしたら【籤9U0】って言ってあげるのに……」


 思わず、(アタシ)はそう呟きました。その時です。


「それだ」


 何故でしょう……コムさんがそれに反応を見せるのです。


「どれです?」


 コムさんの反応に(アタシ)も反応を返しました。


「それそれ」


 コムさんの反応への(アタシ)の反応に、コムさんが反応しました。


「いやいや、わかんないですってば」


 反応に反応した反応への反応。流石に話が進みませんね。


「幽霊だよ、幽霊」


 コムさんは脱線仕掛けた流れを……見事、本筋へと引き戻したのでした。


 


 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




「大野さんのおっしゃる【狂気】には見当がつきませんが……ひょっとしたら【動機】はわかったかもしれません」


 コムさんはゾンビのフィギュアを眺めている大野さんに、そう告げました。大野さんは振り返ります。その表情はいつもの笑顔です。


「ほう……お聞かせいただいてもよろしいですか?」


 大野さんは微笑んだまま返答します。それはまるで……試すかのようでした。


「まず……娘さんは二人おられたのではありませんか? そして……ゴーストライターだった」


「如何にも……その通りです」


 


 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




「私には娘が二人おりました。姉の由恵、妹は佐那と言います。由恵の方は文才に優れておりましたが佐那は皆無でした。逆に容姿においては佐那が秀でており、由恵の方は……私に似てしまったのでしょうな、可哀想に」


 大野さんは天井を見上げながら語ります。それは過去の追想と……追葬なのかもしれません。


「由恵の詩は高く評価され編集部の目に留まったのですが、本人は当初デビューを拒みました。本に載る事で己の容姿が世に出るのを嫌がったのでしょう。編集部の方が来られて由恵を説得しますが、由恵は首を縦には振りません。伊能編集長もしぶとく粘るのです。自身の説得が届かないとなれば、年の近い子息を説得に当たらせておりました。そこで……提案されたのです。それがゴーストライターでした。由恵の作品を佐那が書いた事にしてデビューさせようと言うのです」


 これがコムさんの気づいた【幽霊】の正体ですか。【幽霊】の正体見たり【ゴーストライター】……こんな重い話の中では笑えませんね。


「佐那が先にそれを了承しました。そして佐那の説得を受け……由恵も納得したようです。そして彼女らに担当の編集が付きました。それが宇多と和賀ですな。その後、大野佐那の名前で文壇デビューを果たしました」


 なるほど。だから担当の編集が二人いたんですね。(アタシ)の考えは半分くらい正解だったようです。


「ゴーストライターの件は伊能父子と宇多・和賀……そして我々家族だけの秘密となりました。そこから、しばらくは順調に事が運んでいきます。由恵の文章と佐那の秀麗な容貌は互いに評判となると、より評判を高めていくのです」


 シナジー効果ですね。相乗効果とも言われます。


「異変が生じたのは館の建築から少ししての事です。佐那は伊能尊と結婚すると言い出しました。触発されたのかはわかりませんが、由恵も担当編集の宇多司への恋心が抑えられなくなり……そして、その恋心は叶うことなく散ったのです。由恵は悲嘆のあまり、執筆に身が入らなくなりました。これが新刊の出る頻度が低下した理由です」


 あぁ……なるほど。わかります。失恋した時は食事すら摂りたくなくなるものですから……執筆どころではありませんよね。


「それから……由恵の求愛を拒んだ宇多司は和賀渚と結婚をして、和賀渚は宇多渚となりました。そして、由恵はそれを知ると……自らの命を絶ってしまったのです。そして、その寸前に書かれた物が……彼女の遺稿となりました」


 悲恋を詠った長歌でしたっけ。なるほど、そのタイミングで書かれたのなら……内容もそうなるでしょうね。

 

「由恵の自殺で、作家としての佐那は死んだも同然です。そして彼女も出産の際。、母子共に……死亡してしまいました。こうして私は全てを失ったのです。ですが、私は……まだ【狂気】に取り憑かれてはいませんでした。私がそれに出会ったのは【遺稿】を探していた時の事です。娘の部屋を掃除していた際、ふと手に取った【古事記】の【歌謡番号四十三】に目を通しておりました。そこで……気づいてしまったのです。それが【狂気】を産むのでした」


 孫が産まれる事はなく【狂気】が産まれてしまった。何なんでしょう、社会的に成功を収めていたはずなのに……転げる時は刹那。切ないですね。


「私が何に気づいたのか。【古事記】より引用しますと……『宇多多気陀邇(うたたけだに)』 『伊知比韋能(いちひゑの)』 『阿波志斯袁登賣(あはししをとめ)』 これだけあれば十分でしょう」


 読みにくいですが……万葉仮名のようですね。何の意味があるんでしょう。


「さあ、私を【狂気】をはらんだ理由……それがわかりますかな?」


 まさかの再出題です。もう一度……頑張って考えてみましょうか。



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