7話02
ドアの先、お客様は白髪の混じった初老の紳士さんでした。私とコムさんはお客様を歓迎し室内へと迎えます。そして、いつものソファーを勧めるのでした。
「これは、ご丁寧に……ありがとうございます」
ご老人は物柔らかな笑みを浮かべ、ソファーに腰を下ろしました。コムさんは丁寧にお茶出しをしています。お客様はそれに口をつけると、一息着いた様子ですね。私達も両脇に腰を下ろしましょうか。
「本日はご足労いただきまして、本当にありがとうございます」
コムさんは、そう言うと頭を下げました。私も同じく頭を下げます。
「いえいえ、私のような者を丁重にお招きいただき……こちらこそありがとうございます」
私のような? 何でしょうか……謙虚というか、自身を卑下してるような言い回しに聞こえますね。ちょっと気になります。
「私は大野知能と申します。漢字では【知能】と書きますが……名は体を表さず、頭脳に優れているわけではありません」
大野さんはそう言うと、穏やかに笑いました。先程も思ったのですが優しい笑顔をされる方ですね。そして、名前の読み方は【おおのともよし】さんと読むみたいです。あ……これは失礼しました。我々も自己紹介をしないといけませんね。
「僕は小紫祥伍と言います。こちらの小さいのは堀尾祐姫です。どうぞよろしくお願いします」
コムさんが先手を打って自己紹介を済ませてくれましたが……子供扱いに不服な私は頬を膨らませます。それを見て大野さんは紳士的に笑ってくれました。大野さんはいい人ですね。まったく……誰かさんとは大違いです。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
大野さんはそう言うと、膝に手を当て深く頭を垂れました。本当に礼儀正しい方のようです。もう一度だけ言いますが……誰かさんとは大違いですね。
「それでは……私の持参した【謎】をご披露させていただきましょうか」
頭を上げた大野さんは微笑んだまま、物語の開始を告げるのでした。
「私は、現世で人を多く殺めてしまいましてな……言うなれば、大量殺人犯なのです」
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「へ?」
優しそうな表情から出た意外な発言に、思わず声が漏れてしまいました。だって、こんなに穏やかな笑顔を見せる人が……自身を大量殺人犯だなんて言うとは微塵にも思いません。
ほら、目じりには笑い皺が刻まれていますし、何と言いますか……好好爺と表現するのが最も適して見えるんですよ。服装も地味な色合いのポロシャツにベスト、ズボンも靴も地味な感じです。はっきり言いますと、殺人犯と言われても信じられません。しかも、大量なんて形容がついてくるんですから……それはもう尚更です。
「驚かれましたか?」
「はい。そのようには思えませんでしたので……」
コムさんは素直にそう答えました。私も同意します。
「いやはや……こちらの世界に来て、よく言われたものです」
そう言って笑う大野さんは優しい顔をしています。やはり私には、彼が大量殺人犯だとは信じることは出来なません。そんな私の半信半疑な表情は、大野さんにバッチリと見られていたようです。
「人にはですね……ふと思い立った狂気に全てが支配されてしまう事もあるのです」
微笑みと共に大野さんは仰いました。そして……
「これは景気のいい話でもなければ、楽しい話でもない。ただの男の狂気な【物語】なのです……それでは始めましょうか」
静かに事件の始まりを告げるのでした。