6話01
みなさんは幽霊を知っていますか?
それは死者の魂が現世に残り続けたもの。未練や怨恨、子孫への守護とかの理由で現世に漂い続けていると言われています。ですが……大概の死者の魂はこちら側の世界に来てしまいますので、現世の方々はそんなに心配しなくても大丈夫ですよ。皆さんが思っているほど、そちらの世界に幽霊は溢れていません。ほとんどの方は……こちらの世界で【退屈】を持て余して過ごしているのですから。
しかし、稀にですが……こちらの世界に来ない方もおられるようです。そういう方は大抵、現世でのやり残しを見届けているみたいですね。だから、大谷刑部さんは小早川秀秋さんをずっと見届けていたのかもしれません。菅原道真さんは……もはや怨霊というより神様になっていますよね。平将門さんや崇徳院は何を見届けているんでしょうか。それは。ひょっとして……貴方かもしれません。冗談ですよ。
あれ? ちょっと怖くなったりしていませんか? 安心してください。実のところ、死者はそんなに現世を恨んでなんていないんですよ。つきましては、もし貴方が幽霊を見かけたりしたとしても、そんなに怖がらないであげてくださいね。はっきり申し上げますと、本当に怖いのは……生者なんですから。
本日伺うのは、そんな物語。それは私達の【退屈】を埋める、どんな【恐ろしい】物語なのでしょうか。
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「退屈で死にそう……」
十畳ほどの広さの部屋にはデスクが二つに椅子が二つ、男が一つに幼女が一人。他には乱雑に配置されたキャビネットや白板。全体的に安っぽい物が置かれているなかで、来客用のソファーのみが高級感を醸し出していた。つまりは、いつもと同じ部屋である。だが……一点のみがいつもと違う。何かの変化があるのだ。それは男性のデスクに追加されたB級映画グッズ。そこには大事そうにサメやゾンビのフィギュアを飾ってあったのだが……幼女は、その存在を見なかった事にしている。
男性は小紫祥伍と言い、幼女からはコムさんと呼ばれている。これと言って持ち味を持たないのが持ち味と称するに相応しい、持ち味の無い容姿をしている。
女性は堀尾祐姫と言い、持ち味を持たない人からはおゆきさんと呼ばれている。この部屋に唯一追加されたB級映画グッズだけは決して話題にしない決意を固めていた。そして実行中である。
彼ら二名はデスクに突っ伏したまま……何ら動くことがない。まるで地縛霊のようだ。しかし彼らは自分達の興味の湧く話題には、騒霊のように騒がしくなる。では、いったいどのような話題を前にすると、彼らがポルターガイストと化すのかといえば……それは【面白い】かつ【謎】を含んだ話題の時であった。なぜかと言えば……こちらの世界には時間ばかりが無限に存在して、その時間を消費する手段には欠乏しているからだ。よって、こちらの世界の住人は総じて、そういった話題を探している。もはや、それは怨念のような物だ。要するに……今、目前の男女二名を簡潔に表現するのなら……【暇潰し】の話題を待っている【怨念がおんねん】。そういうことである。
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珍しく小紫は顔を上げていた。その視線はB級映画グッズに向けられている。そこにはゾンビやサメのフィギュアが並べられていた。そこに熱っぽい視線を送る小紫。持ち味のないのが持ち味と評したが、こういう持ち味はいかなるものであろう。
おゆきさんは一切の動作を見せない。今だけは絶対に顔を上げてはいけないのだと……そう認識していた。
「そういえば……僕、思うんだけどさ」
小紫は力技でおゆきさんの興味を惹こうと試みる。だが、肝心のおゆきさんからの反応は皆無であった。
「前さ……ゾンビとサメのどっちが怖いんだろうねって話をして、人間が一番怖いって話になったじゃない」
おゆきさんは動かない。
「じゃあ、人間と幽霊だったらどっちが怖いんだろうね?」
おゆきさんが動いた。頭を上げたのだ。まるで生き返ったようにも見える。
「それでも……やっぱり人間が一番怖いんじゃないでしょうかね」
それだけ言うと……再び頭を下げた。それはゴツンとデスクの天板にぶつかる。発言よりも衝撃音の方が大きかった。
「だったら、人間とサメゾンビの幽霊だったら?」
小紫の質問は空を切る。おゆきさんは、その質問には答えなかった。いや……答えるつもりすらなかった。