5話02
「ああ、これはご丁寧に。おはようございまーす」
そのゾンビは軽やかな挨拶と共に、軽やかな動作で室内へと入ってきました。私とコムさんは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていたと思います。鳩には豆鉄砲なら……ゾンビには何鉄砲が効果的なんでしょう。やっぱりマグナムですかね? ゾンビゲームでは中盤以降に手に入る高威力武器の定番ですし、是非とも入手したいところなんですが……いかんせん、今の私達は無鉄砲です。
「おはようございます。ようこそお運びくださいました。こちらにソファーがありますので……どうぞ、お掛けください」
コムさんはいち早く鳩状態から脱したみたいですね。そして無鉄砲にゾンビさんに歩み寄ると、ソファーを勧めています。命知らずなんでしょうか、って……こちらの世界の住民は元から死んでいるワケですから文字通り、命知らずなんですけどね。つまり、現世の方から見れば……私達もゾンビ同然なのかもしれません。なんだ……別にゾンビさんを恐れる必要なんてありませんでしたね。そして私は、ソファーへと向かうのでした。
「おはようございます」
私は皆さんに続いて、そう挨拶をしました。ところで……何で【おはようございます】なんでしょうね。こちらの世界には朝昼夜が存在しないので【こんにちは】でも【こんばんわ】でも【よるほー】でもいいと思うのですが。
「えっとね……【おはようございます】は芸能の世界とかで使われる業界用語なんだ。どんな時間帯であろうが……まず最初は【おはようございます】から始めようって意味なんだと思うよ。他にも……そういう業界って多いんじゃないかな」
ああ……言われてみれば聞いたことありますね。なるほど、業界用語でしたか。それって【ザギンでシースー】みたいな物ばかりだと思っていましたけど、割と身近に存在しているんですね。ちなみに業界用語システムに則って変換すると【ゾンビ】は【ビゾン】になるんでしょうか? すると【ビゾン】の反応が【微レ存】とか言うんでしょう。わかりにくいですね。
「だから、こちらの方はゾンビではなくて……ゾンビの役を演じていた役者の方なんだよ。ですねよ?」
コムさんはそう言うと、ゾンビさんに向き直る。
「はは、そうです。私……安哲人《あんてつと》と申しまして、しがない劇団で役者をやっておりました」
多分ですが……安さんはニッコリと微笑んだんだと思います。しかし、その表情には変化が見られません。そこで、私は安さんをよく観察してみました。
すると、先程まではたいそう恐ろしく見えていたゾンビの顔……それは安っぽいゴム製のマスクだったんです。よく雑貨屋さんのパーティグッズに置いてあるようなヤツでした。手にも安っぽい手袋を付けていますね……これも雑貨屋さんで見たことがあります。そして胴体の方は、ただの白いTシャツに赤黒い染みが付いただけの……至って普通の洋服だったんです。
「安っぽく見えるでしょ? こんなのでも一応……映画の衣装なんですよ」
「え……ええ!?」
かなりビックリしました。だって、私の想像するゾンビ映画といえば……高度な特殊メイクで肉が剥がれて腐っていたり、そこから骨が見えていたりする印象なんです。それが、今……目前の安さんはというと、雑貨屋でマスクと手袋を買って、更にはコンビニでケチャップを買えば完成する程度だったんですから。
「驚きますよね。皆さん……映画と聞けば、やはり煌びやかな世界を想像されますから。ですが、そのような世界はほんの一握りなんです。私のような売れない役者は……全国放送されるテレビや映画などには滅多に出演できませんからね。そこで出番を求めるのが……所謂、B級映画の世界なんですよ」
B級映画ですか……聞いた事ありますね。たまにDVDレンタル屋さんで特集されていました。私、そういうのには詳しくはないんですけど……どうも、詳しそうな人が近くにいますね。それは……私の隣で目を輝かせている人。はい……コムさんです。
「B級映画に出演なさっているのですか? 僕はB級映画が大好きだったのでお近づきになれまして……光栄です」
安さんに握手を求めるコムさん。安さんは気やすく、それに応えてくれました。そして、今……私の視界には、ゾンビの手を両手で握ったまま感動しているコムさんが映っています。なんなんでしょうね、この絵面は。
「僕はB級映画の中でも、竜巻に乗ってサメが襲ってくる作品が大好きだったんですよ」
「ああ……アレは大ヒット作でしたね。降鮫量という言葉を生み出した名作です」
コムさんと安さんはB級映画について語り始めました。何を言ってるか……ちょっとよくわからないですね。きっと、わからない方がいいんでしょう。こういう時は……話題がこちらに振られない程度の微妙な笑顔で乗り切るのが得策でしょうね。私は口角をあげると、お手本のような作り笑顔を見せ……時が過ぎるのを待ちました。ええ、ひたすらに待つのです。
「後は……エビにボクシングをさせるのも好きでした」
「あぁ、ありましたね。あれに刺激を受けてか……イカにレスリングをさせる作品が日本でも撮影されましたよ」
何を今更……私はこの前、プロレスをする蛇を見ましたからね。
「そんなのあったんですか……うわぁ、見たかったなぁ」
「まだありますよ。カニがサッカーのゴールキーパーをするんです」
心を無にしましょう。考えたら負けです。
「パニック系だと、寿司が襲ってくる作品も面白かったですね」
「流行りましたからね。他にもコンドームやジーンズが襲ってくる作品も出ています。しかし……最初のトマトこそがやはり至高なのでしょう」
落ち着け、私。深呼吸だ。ひっひっふーひっひっふー。
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「申し訳ありません。脱線失礼しました」
安さんはそう言って、私に謝罪をしてくれました。コムさんは……まだまだB級映画談義が名残惜しいのでしょう。話が本線に戻るのを、不服そうな顔で抗議しています。それこそ……先程までの長い時間を作り笑顔で誤魔化していた、私を見習うべきではないでしょうか。
「それでは本題に入りましょうか」
安さんからB級映画談義の終了が告げられました。それはそれは悲しそうな顔をするコムさん。子犬みたいな目をするのはやめてください。
「実はですね……私はB級ゾンビ映画の撮影中に、ゾンビの格好のままで死んでしまったのです」