3話12
今回の出題は、私にとっては極めて易しいものでした。ですが、コムさんには見えていないようですね。たまには……コムさんが解けないまま苦しんでいるのを見て楽しむとしましょう。
コムさんはコンクリートの床に腰を下ろし胡坐をかくと、目を閉じます。きっと思考に集中しようとしているんでしょう。でも、それじゃ……ダメですね。そんなんじゃ正解には到達できませんよ。私はニヤニヤとした目つきで、コムさんを鑑賞するのでした。
私の隣には乃済さんがいます。きっと彼女も……先程見せていたような悪女的な表情を浮かべたりしているんじゃないでしょうか。彼女の表情を拝見してみましょう。あれ? 彼女は私が思ったような面持ちではありませんでした。なんだか……その眼差しは優しくも見えるんですけど、何か別の形容もできそうな……そんな感じです。その視線はコムさんを捉えて離さないのですが、コムさんは意に介さないというか……まったく気づいていませんでした。
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考えることに疲れたのでしょう。コムさんは気分転換がてら、密室内を歩き回り始めました。天井や床、コンクリート壁をボケーっと眺めたりしています。多分、今のコムさんの脳内は空っぽでしょう。
いやぁ……惜しいですね。そこを見ていても正解は見つかりませんよ。
コムさんは特に床が気になったのでしょう。座り込むと……何か細工でもないかとペチペチ床を叩いています。
これも惜しい。あとちょっとですね。
そして、コムさんは床を調べている体勢のまま、トレーラーハウスの外壁の方を眺め始めました。
そうそう……それです、それ。
「あ……わかった」
気づいたようですね。さあ……それでは答え合わせといきましょう。
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「これ、ズルいよ。だって、おゆきさんだったら目の前なんだし……」
コムさんは不満そうに不公平を訴えています。ですが、私はその抗議を気にもしません。だって、目の前であろうが何であろうが……気づいた者こそが勝者なのです。私はトレーラーハウスに近づいていくと、床にペタンと這いつくばりました。そして……その床下を這っていくのです。
お分かりになりましたでしょうか。答えは【トレーラーの下はくぐれる】でした。トレーラーハウスから出るのに段差があったぐらいですからね。その車輪分の高さは浮いているんです。その空間はそこまで高いものではありませんが……私の体格なら、なんの苦もなく這っていけますね。
トレーラーハウスの下を匍匐前進し……通り抜けた先は完全な漆黒の闇に包まれていました。私は懐中電灯を持ったコムさんの到着を待つしかありません。
コムさんは匍匐してくるのに難儀してきたようですね。体格の小さい私と違って、トレーラーハウスの下の空間で色々と引っ掛かっていたみたいです。そして、ようやく私の側へと到着しました。何処かでぶつけたんでしょうね。片手で後頭部を抑えているのがそれを物語っています。もう片手は最後の匍匐者である乃済さんの為に、くぐり終えた場所を懐中電灯で照らしていました。
乃済さんはコムさんほどは苦労せず……むしろスムーズに出てこられました。頭を打った様子もなく立ち上がると、汚れた服の前面を手で払っています。彼女は現世で一度、こちらの世界では複数回の匍匐移動経験者なのですから慣れたものなんでしょうね。ですが、それだけが理由じゃないのは……私、わかっちゃいましたよ。
「そりゃ、引っ掛かるような出っ張りがないですもんね」
私はボソリと呟いてやりました。
「あ゛?」
敢えて聞こえるように呟いた言葉は、しっかりと彼女へ届いたようです。濁点付きの【あ】を返答として頂きました。真っ暗だったので、その時の表情が見えなかったのには悔いが残りますね。
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私達はトレーラーハウスをくぐった先の空間を調べてみました。まず、真っ先にわかった事をお伝えします。
【トレーラーハウスの密室の先の密室を抜けると密室であった】
はい、密室です。具体的に説明しますとですね……漢字の【臼】を思い浮かべて頂けるといいんじゃないかなと思います。臼の真ん中の横線、穴が開いてる部分があるじゃないですか。そこにピタリとトレーラーハウスが設置されていたと考えてください。そして、そのドアから出られるのは臼の下側の四角い空間だったんです。はい、そこが先程までの空間です。
そして、私達はトレーラーハウスの下をくぐり……今は臼の上側の四角い空間に辿り着いたのです。そして、残念なことに上部の横線の隙間はありませんでした。上部だけは【曰】みたいなイメージですね。
要は、臼と曰の合せ技みたいな密室なんだと思ってください。臼曰くって感じですね。ひょっとしたら……今後、あの臼が喋るのかもしれません。
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さあ、こちら側の密室の詳細な調査を始めましょう。私はコムさんの後ろに付いていきます。
こちら側の密室も……天井・壁・床のすべてがコンクリートで出来ていました。外壁は臼の下側の部屋と同様に分厚く造られているようです。そして真ん中の線に当たる部分も同じ程度の分厚さのコンクリートとトレーラーハウスで塞がれています。まあ……下をくぐることは出来るんですけどね。
「基本的な造りは同じみたいですね」
「そうだね。元々は一つの大きなコンクリートの立方体を、真ん中の壁とトレーラーハウスで区切っただけなのかな」
私が発した感想に、コムさんが頷きながら同意を示してくれました。
「ただ、これは……ちょっと雑な仕事だね」
そう言うと、コムさんは壁際を照らし示します。そこには建築用の資材が山積みにされていました。おそらくは、この建物を作った時の建築資材の残骸かと思われます。
そこにあった物は……工事現場でよく見る手押し車。これ猫車って言うんですよ。カラーコーンに沢山の材木。ホームセンターで売っているインスタントコンクリートが積まれていたり、空袋が散乱したりしています。他にもスコップや吸殻入れ、輪郭が凸凹になったドラム缶や一斗缶。土に汚れたバケツなどが乱雑に置かれていました。
「どうせなら……これ、片付けておいてほしかったですね」
私の口からは率直な感想が漏れます。
「多分、工期とかが厳しかったんじゃないの」
コムさんは現場の残酷さを指摘しました。殺人現場用密室工事、工期要相談とかで営業取ってくるんでしょうか……。そして現場が苦労したと。
私がどうでもいい事を想像している間に、コムさんは少し離れたところへ移動していたようです。私は小走りにコムさんの方へ行くと、コムさんが懐中電灯で照らしている壁に視線を向けました。
「やっぱり、手がかりはこれしかないみたいだね」
「はい……そうみたいですね」
私は気が進まない声色で返答をしました。なぜかと言えば……この壁には先程同様、血液を思わせるような赤い色で文字が書かれていたんです。先程の文字が乃済さんの本質を明かしたように、今回は何が判明するというのでしょうか……気の乗らない推理が始まりそうですね。
その壁には、【次丁巳 日乙巳】と書かれています。
「この文字の意味……分かりますか?」
いつの間にか背後にいた乃済さんは、落ち着いた声で……壁の文字の謎について出題するのでした。