3話07
先程の経験を活かしてか、謎の人物名に対する困惑は当社比50%程度で済みました。言い方を変えれば、先程の半分程度には困惑したのです。
さて……峰仙一さんですか。この読みは【みねせんいち】でいいでしょうね。さっきのカードに記載されていた九十九百恵さんよりはわかりやすいです。しかし、この方もすごい名前してますね。だって、峰で仙一ですよ。まさに中国の神仙思想を体現しているかのようです。
えっと、神仙思想というのはですね……簡単に説明すれば、山に入り修行して不老不死を手にしようという思想です。はい、皆さんのイメージの仙人様ってのはここから来ているんですよ。
ここまでに入手したカードは三枚。そこに記されていたのは【次丁巳】・【九十九百恵】・【峰仙一】ですね。はっきり言いまして、何も思い当たることはありません。ちょっと情報収集してみますか。私は、コムさんが四苦八苦しながら調査している方を、高みの見物している乃済さんに質問を投げかけます。
「【次丁巳】・【九十九百恵】・【峰仙一】って書かれている3枚のカードを見つけたんですけど、これって人名ですか?」
「さあ……どうでしょう」
乃済さんは柔和な微笑みを崩すなく返答をしてくれました。返答といっても内容は皆無でしたけどね……あ、【内容がないよう】ですね。
「乃済さんの知り合いの人だったりとか?」
【内容がないよう】な回答では、私は満足しません。さらなる情報を求めて質問を続けました。
「私の知人には九十九さんや峰さんはいなかったと思います。珍しい名前なので……いたとしたら覚えているでしょう」
知人ではないという回答を頂きましたが、知人ではないだけで……珍しい名前とは言っていますね。間接的には人名だと認めていますね。
とは言っても、現段階の3枚のカードでの推理は難しそうです。まだ調べていない所もありますし、そちらの調査に向かうとしましょうか。
そうして私は現時点での【謎】への挑戦は諦め、リビングの探索を続けるのでした。
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リビングの探索は芳しくありませんでした。ソファーに置かれていたクッションの中身までも調べましたが、何も見つかりません。ラグをめくってみても、そこには床しかありませんでした。液晶テレビの裏側に貼ってあったりしないかなと思って見てみましたが、配線が巡らせてあっただけです。テレビ台の引き出しも空振りでした。リモコンが入っていただけです。ちなみにテレビは付きませんでした。
かくして、私はリビングの探索を切り上げました。次は……行きたくなかったけどトイレの調査です。気が進みませんね。でも、謎の解決の為です。私は覚悟を決めると、トイレのドアを開くのでした。
トイレのドアは軽い力で開きました。トレーラーハウスのドアの重厚感とは大違いです。当たり前ですね、力を込めなければトイレのドアが開かないとなると大変な事態を招くに決まってます……ええ、大惨事でしょうね。
さあ、ドアを開いた先には蓋が閉じられた一体型トイレが配置されていました。一体型トイレと言うのは、トイレ本体部分と手洗い兼貯水タンク部分とが合一になったものです。流線型のフォルムがオシャレな感じですね。こういうトイレだったら落ち着くのかもしれませんが……今の私には落ち着く暇はありません。
「蓋を開けたら……ありそうな気がしますね」
カードの今までの隠し場所を考えても、前兆として蓋が閉じられていました。そして、目前のトイレも蓋が閉じています。もはや私は予言者なのでしょうね。多分……きっと……絶対にあるはずです。私の左手は蓋を掴むと、勢いよくそれを上へと引き上げました。
「ほら……あった」
どうしましょうね、これ。水を流したら見なかった事に出来ないかなとも思ったんですが、蛇口から水が出なかったくらいです。これも水が流れるとは思えません。私は深い溜息を一つすると……意を決して便器に手を突っ込みました。その瞬間、背後に気配がします。私はカードを取ると振り返りました。そこには乃済さんがいました。彼女は便器に手を突っ込む私を見て……ほくそ笑んでいたのです。
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私は、トイレに手を突っ込んでも全然平気ですよーという様子を演じながらトイレを調査しました。はい……本心はすごく恥ずかしかったです。そして……トイレには、他のカードは見つかりませんでした。トイレの水が流れるのかなという疑問も試してみたら流れなかったです。でも、これって……乃済さんが体験した本番の時、トイレに行きたくなったらどうしたんでしょうね。
「ミネラルウォーターがありましたので、それをタンクに流し込めば大丈夫ですよ」
乃済さんは読心術の心得でもあるのでしょうか……私の表情を見ただけで、そう言ったのです。私が予言者だとしたら、乃済さんはエスパーなのかもしれません。つまり、この謎解きは超能力者大決戦の側面も……あるわけないですね。はい、すいません。
それじゃあ戦利品の確認をしましょう。私はトイレから取り出したカードを裏返すと……そこに書かれている文字を確認しました。
【戊辰】
「何?」