3話05
「私は重量感のある音と共に閉じられたドア、そのドアハンドルを押し引きしたのですがピクリとも動きませんでした。ドアが閉まった時にロックされたようです。そのドアハンドルの上部には暗証番号式のデジタルドアロックが付いており、0から9までの数字のキーと入力を確定するENTERキーが並んでいます。おそらくは、それで謎の解答を入力するのでしょう。傍らには文書が記載されていました。そこには『※入力は1度のみ許可されます』と書かれていたんです」
乃済さんが足を踏み入れたトレーラーハウスで催される脱出ゲーム。かなり本格的みたいですね。確かに語られた通りにドアには暗証番号を入力する装置が取り付けられていました。私とコムさんは周囲を見渡します。ドア以外の壁は無骨な鉄の壁に囲われ、窓は存在していません。室内は所々に裸電球が吊り下げられていて……その独特な薄オレンジ色が周囲を照らしていました。
そして私達が周囲を興味深く窺っているのを見てなのでしょうか。乃済さんから提案がされます。
「せっかくですし……私の体験した脱出ゲーム、皆さんもやってみませんか?」
おぉ……これは面白い試みですね。楽しそうですし、やってみたいです! 私は小さな身体を弾ませて喜びました。コムさんも目を輝かせています。目を輝かせて許されるのは少年までだと思うんですが、まあ……今は放っておきましょう。
「やります!」
私とコムさんは同時に……そう答えました。そして乃済さんはソファーから立ち上がると……私達の方に振り返ります。
「それでは……どうぞ。ご自由にトレーラーハウスの中を探索してください。頑張ってくださいね」
両手を広げながら……私達にそう発した彼女は、それはそれは美しい微笑みを浮かべていました。
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「私右側のキッチンを調べてくるので、コムさんは右側からお願いします」
「ん……了解」
コムさんは適当に返事をすると……私は右、コムさんは左へと別れ、トレーラーハウスの調査が始まります。乃済さんは私達の探求を見て楽しむつもりなのでしょう。こちらの世界の楽しみ方を存分に理解しているようですね。ふふん、見てなさい。私があっという間に解決して、その美しい笑みを苦笑に変えてやりますよ。
さて……私は室内の右端側に来ました。まず目につくのは壁に接するように配置された流し台とキッチンカウンターです。どちらも白を基調とした上品なデザインですね。流し台の方には上面がステンレス加工されたシンクが取り付けられていました。私はとりあえず蛇口を捻ってみます。
「そりゃ、出ないですよね」
蛇口から水が出てくることはありませんでした。それは当然ですよね。設定上は移動中のトレーラーハウスなんですから、上水に接続されているわけがないんです。別に閉める必要はありませんでしたが、私は蛇口を締めました。なんとなくですね……開いたままの状態で放っておくって気持ち悪いんですよ。
そういえば……水は出ないけど、照明は灯っていますね。どうしてでしょうか、ちょっと聞いてみましょう。
「乃済さん、お水が出ないのは理解できるんですけど……電気はどうなっているんですか?」
「それは……私にもわからないんですけど、何処かに発電機があるんじゃないでしょうか」
「多分だけど、外付けで発電機が付いてるんじゃないかな」
乃済さんが明確な回答を返すことが出来なかった代わりに、コムさんがそれっぽい回答を用意してくれたようです。まったく、美人に甘い人ですね。
質問を終えた私はキッチンの探索を再開しました。パッと見、キッチン用品は鍋、フライパン、まな板、おたま、しゃもじ、フライ返し、調理用小型ナイフ、ボウル、ざる等が揃えられていました。ある程度には揃えられたキッチン用品ですね。よほど料理好きな人でもなければ、これくらいあれば生活には困らないんじゃないでしょうか。とりあえず、そのキッチン用品達を調べます。まずは鍋。その鍋蓋を取ったら何か出てくるとかは……定番すぎて逆にありえませんよね。
「って……あった。でも……何? これ?」
まさかの一発ツモ。いきなり当たりを引いて、私は困惑してしまいました。ええ、あっさり見つかったにも関わらず困惑したんです。なぜなら、問題は見つけた物にもありまして……それはA6サイズ、例えるならば文庫本サイズのプラスチック製カードでした。そして、そこには……
【次丁巳】
そう書かれていたんです。なんて読むんですかね、これ……。とりあえず、わからない事は後回しにするとしましょう。私はそのカードを取り出すと、他のキッチン用品も調べました。フライパンには何もありません。まな板は、まるで乃済さんのように平たいですね。おたまをキッチンカウンターに当てると良い音がしました。しゃもじとフライ返しは見た目が似ている。小型ナイフは鋭利ですね。ボウルとざるは被ってみても、何もありませんでした。つまり他には何もなかった……そういう事です。
そして、私はキッチンカウンターの棚も調べたのですが、何もありませんでした。あとキッチンに残された物といえば……電子レンジと冷蔵庫ですね。電子レンジの中には……何もありません。次は冷蔵庫ですが……何か嫌な予感がします。さっきの鍋に似た感覚。ここに何かあると感じた私は、意を決すると冷蔵庫を開いてみました。すると予想通り、プラスチック製のカードは冷蔵庫の中……ミネラルウォータのボトル数本を従えて、堂々と鎮座していたのです。そして、そこに記されていたのは……
【九十九百恵】
「誰?」