2話06
「家督が次郎へと引き継がれると、殿の覚えのよかった拙者は家中の世継ぎのおらぬ家……大庭の家へと養子縁組されもうした」
これが杉家に産まれた二郎さんが、大庭さんを名乗ることになった理由なんですね。
「その後、拙者は戦場では槍を振るい、頻繁に領内の整備へと足を運び……気づけば、大庭の家は杉家を越える家格となり申したのでござる。加えて縁組した相手、大庭の長女との間には男子を三人ばかり授かりまして、まさに一期栄花でござった」
大庭さん、やっぱり凄い人だったみたいです。自画自賛していただけはありますね。そして、ちょっと確認したい事があるので聞いてみましょう。
「養子縁組で大庭の家を継いだということは、大庭の長女さんが正妻だったんですか? 子供は男子三名のみです?」
さっきの推理で懲りたので情報収集はしっかりと行っていきましょう。三人目の【じろう】さんが出てきたら困ってしまいますから。
「正妻でござる。いやはや奥は嫉妬深いものでして、妾など囲おうものなら……拙者の命など幾つあっても足らんぐらいでした。よって、子も正妻との間にもうけた男子、三人のみでござる」
奥と言うのは奥さんの事を言うのでしょう。嫉妬深かったみたいですね。だとしても……大場さんはお妾さんを囲わなかったんですね。偉い! 子供の数も少なくて、さっきの騙りのような謎が発生しなさそうなのも高ポイントです。
「産まれた男子は順に、小二郎・太郎・三郎と申します」
あれ? 何だか順番が違いますし……何か一人だけ小さくなっちゃってますね。私は困惑の表情を浮かべました。
「小二郎と申すのは、拙者同然になってしまうが故でござる。他者から見た際、拙者と長男のどちらもが大庭二郎と名乗っては呼ぶ方も難儀でござるからな。かくして嫡子は、拙者の子として小二郎と名乗らせておりました」
私の表情はいい仕事をしたようですね。先程の【じろうさん二人いる問題】を事前に食い止めました。更には三人目もいないでしょう。ですが……もう一つ謎は残されていますね。
「えっとね、多分だけど……大庭さんの家の家督継承者は、幼名も二郎の名を継ぐんじゃないかな。例を挙げると後北条の初代、北条早雲は幼名新九郎でね。以下、嫡男は九男ではないけど新九郎と名乗っていたんだ。当時によく見られた風習だよ。だから大庭さんのところは、長男を嫡男小二郎と名付け、次男に太郎と名付けたんだ。大庭さん、そうですよね?」
コムさんが解説をすると、それに大庭さんが正解の意を示す頷きを返しました。
「その小二郎ですがな、これが拙者に似て非凡でありました。親の目は贔屓目と申しますが、小二郎こそ十年に一人出るか出ないかの天才、いや……神童だったのでござる」
私知ってますよ。十年に一人シリーズは大抵、二・三年おきに現れるって。
「小二郎も拙者同様、若殿の覚えがよく……なんと側用人に取り立てられたのでござる。もはや拙者には悔いはありませんでした」
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「時は流れ、小二郎は元服し若殿より一字拝領致して大庭隆直と諱を与えられました。そして主家も若殿へと代替わりがなされ、拙者も隠居を考える齢になり申した。ですが、此度は杉の家の際とは異なり、家督の継承に何の謎も存在し得るところはありません。家督は隆直へ譲るのであります故、当然至極でござる」
家督の継承が安泰なら、もはや残された謎はありそうもないですね。今度こそ……勝ったな!
「その頃、若殿が領内で鷹狩を催されたのです。鷹狩というのは狩猟というよりは軍事訓練の意味合いがありまして、我が大庭の家もそれに共じたのです。拙者と太郎、三郎は馬に跨り、隆直は儂の側に控えておりました」
あれ? 何か違和感ありますね。なんで小二郎こと隆直さんを差し置いて、太郎さんと三郎さんが騎乗しているのでしょう。大庭さんの側に控えている方が嫡男の仕事なのかと言われたら、そうなのかも知れないですが……ちょっと、よくわからないですね。
「ああ、隆直が馬に乗りませんでした事を奇怪に感じられましたか。そう……其れこそが【謎】なのです。あいわかりますかな?」