2話03
いきなり【謎】が放り込まれてきました。なんと……目前の大庭さんと、その父親とは苗字が違っているんです。これはどういう事なんでしょう。ひょっとしたら……父親は浮気の挙げ句に家族を捨て、母は子供達を連れ実家へと戻ると旧姓復帰。そして浮気をして家族を捨てたはずの父が、なぜか息子達を呼びたてている。きっと、そこで事件が起こるんですよ。そこで判明する家族の歪んだ愛情……うん、割と面白そうですよね。適当に考えたはずのストーリーなんですが、少し気に入ってしまいそうです。
と、おふざけはこれまでにして……私知ってますよ。そもそも大庭さんのお姿を見ればわかるようにお侍さんの時代の事でしょうから、親と子の苗字が違っているのは日常茶飯事です。例えば、中国地方で有名な毛利元就さんのご子息は吉川、小早川、穂井田等を苗字として後世に名を残していますからね。大変なのは、それを覚えないといけない日本史専攻の学生なだけで、私には関係ありません。
「これはご無礼致しました。最近の方にとっては父子の苗字が異なるのは面妖に思われるやもしれませんな」
どうも私は口で物を語るタイプではなく、顔で物を語るタイプみたいですね。私の表情を見た大庭さんは、謝意を述べてくれました。いやいや、謝られるような事ではなくて……ただ、私が変なストーリーを脳内で作成してたから、表情に出ちゃったんでしょう。こちらこそ、相済みません。
「杉でなく大庭を名乗っておる故は……拙者、婿養子でござりましてな」
だいたい予想通りです。毛利さんの所と同じ感じでしょうか。これは勝ったな……勝ったなというのはコムさんに対してですよ。今回は私の知識の方が、コムさんに勝っているに違いありません。コムさんとは長い付き合いですが、こういった謎解きでは、なかなか勝つことがないんです。でも……今回は私の勝ちは間違いないです。重要なことなので、もう一度言っておきます。……勝ったな。
「実はでござるな……其れが最初の謎にてござる。おのおのには其れを案じていただきたく存じ候ふ」
よし、いいですよ。私有利の展開ですからね……何処からでもかかってきなさい。自信満々の私に対して、表情不変のコムさん。この人……ひょっとして現世に表情筋を忘れてきたんじゃないでしょうか。
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「拙者、杉家にて生を得ました。幼名は二郎でござる。恥じ入りながら申しませば、幼し頃より四方から麒麟児などと称され生ひ立ちましてござる」
えっと……杉家に生まれ子供の頃は二郎さん。そして麒麟児と称されるような天才だったと言ってますね。
「他の兄弟と比しても、拙者は文武共に達者であったと考える次第でござる」
自画自賛ですね。自画自賛はあまりいい趣味とは言えないので、やめた方がいいですよ。
「さて、我が杉家には嫡男がおりませぬ。嫡男太郎は既に夭折。【七つまでは神のうち】とあるように、幼くして去ぬりてござる」
杉家の長男の太郎さんは生まれてすぐに亡くなったみたいですね。ちなみに、大庭さんが仰った【七つまでは神のうち】という言葉ですが、近代医療の発達までは七歳までに亡くなる子供が多かったんです。そして、亡くなった子は神に呼ばれたのだと……そう解釈する事によって、子の死を受け入れたという時代背景があるんですよ。だから節目として三・五・七歳を迎えたら、それを神へと感謝する行事が行われるんです。はい、それが現代にも残っている【七五三】という行事になります。
「されど、拙者を含む三郎以下総べてが妾腹の子でござった」
杉家の兄弟は、大庭さんを含めて全員がお妾さんの子みたいですね。側室と言えば伝わるかもしれませんが、遊女や下女に産ませた子供と言うのが近いんじゃないかと思います。女性的には少し不快なものがありますが……時代的には仕方ないでしょう。
「正妻も既に去ぬりており、また主たる父も老いたる事甚だし。されば家督の継承いかならむと……」
んー……正妻も亡くなっていて、さらには父も年を取ってきた。はたして家督はどうなるのだろう? そんな感じですかね。頭の中で古文を理解しやすく変換するのも大変ですね。私は深く一息つきました。
それを見て、察したのでしょう。大庭さんは……
「申し訳ない。かつての事を語りますと……どうしても口調までもが、そのようになってしまいます。拙者もこちらの世界に来て、後の世の方々と語る内に現代風の言葉遣いというものは理解しております故、なるべくそのように致しましょう」
そう仰ってくれました。正直、ありがたいです。
「ありがとうございます」
私とコムさんは同時に声を揃えて、そう発しました。コムさんも古語に苦労してたんでしょうね。
さあ……これで現代語訳作業に気を取られなくても済みそうですし……集中してお話に耳を傾ける事が出来そうですね。
よし! 今回は私が勝つんですから、気合を入れて傾聴しましょう!