表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/108

2話02



「お侍さんだぁ……」


 コムさんが室内へお客様を迎え入れると、そのお客様の容貌に(アタシ)は思わず口を開いてしまいました。その方は、月代(さかやき)と呼ばれる頭髪の前部から後頭部にかけての剃り上げに、服も和服と言いますか……小袖の着流し姿だったんです。これぞお侍さんと言わんばかりの姿だったんですから……仕方ないですよね。


 コムさんはお侍さんを部屋の片隅のソファーへと案内していますね。そして、その中央に座るよう促すと……お侍さんはそれに恐縮しながらも腰を下ろしました。いかにもお侍さんらしいと言いますか、ソファーであっても正座で座るようです。


 えっと……先程は『これぞお侍さん』と表現したのですが……すいません、前言撤回します。


 お侍さんは正座する際に履物をソファーの前に置いたんですが、それは草鞋(わらじ)ではなく……健康サンダルでした。多分、この方が履きやすいんでしょうかね? 立っているとわかりにくかったんですが、座ると足元だけ楽をしていたというのがバレバレです。


「ああ、これは草履より履きやすいからでござる」


 (アタシ)の視線はバレていたようですね。自己紹介より前に言い訳させてしまいました。面目次第もございません。




 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




「拙者、大庭政直(おおばまさなお)と申す」


 お侍さんは自身を大庭政直と名乗りました。(アタシ)とコムさんも自己紹介を返します。良かった。自己紹介で、『やあやあ、我こそは』みたいな口上を述べられたらどうしようかと思いましたよ。


「本日はお越しくださいまして、恐悦至極です」


 コムさんが大庭さんに来訪していただいたお礼を述べていますが、発言がお侍さんに引っ張られて古風になってますね。ちょっと面白いです。(アタシ)は『苦しゅうない』とか言いたくなったんですけど……それは我慢してお礼を述べましょうか、現代風にですけどね。


「ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそお招きいただき、かたじけなく存じます」


 これで社交辞令的なやり取りは済みましたね。そこからは井戸端会議か世間話かと言った会話が始まるのです。


 やはりというか……当たり前ですけど、大庭さんはお侍さんでした。何でも戦国時代末期から江戸時代にかけて活躍していたようです。私が現世にいた時の日本史で言えば、人気ランキング・ナンバー1の時代だけに……これは面白そうな話が聞けそうですね。コムさんも期待しているのでしょうか、普段はやる気の感じられない表情なのに、今は目を輝かせている少年のようにも見えます。風貌はおっさんだというのに、身の程をわきまえてほしいですね。


「どうですか、お飲み物でも……。獨酒(どぶろく)でよろしいですか?」


 世間話の途中、大庭さんが語る際の潤滑油としてでしょうね。コムさんは大庭さんにお酒を勧めました。(アタシ)知ってますよ。戦国時代のお酒は獨酒と呼ばれる、にごり酒が一般的だったんです。だからでしょうね、コムさんも獨酒を勧めたのでした。


「いえ、拙者はお茶を所望いたす」


 大庭さんは下戸なのでしょうか……お酒を遠慮して、お茶を希望されました。コムさんはそれに応えてお茶を具現化させます。いかにも時代劇で見るような上品な茶托(ちゃたく)と、同じく上品な湯呑み。コムさんが丁寧に急須からお茶を注ぐと、その色は新緑が鮮やかに映えていました。


 透明感のある緑色の液体を喉に流しこんだ大庭さんは、その液体を形容するに相応しい爽かな表情を見せます。良いお茶というのは心を落ち着け、朗らかにするものなのでしょう。(アタシ)も、なんとなくわかりますよ。


 さあ、世間話も一段落付きましたし、お茶の提供も出来ました。本題がそろそろ始まるのでしょう。そういう空気になってきています。(アタシ)とコムさんもソファーに腰掛けました。


 そして……大庭さんはひと呼吸置くと、自身の持つエピソードを晴れ晴れとした表情のままに語り始めるのです。




 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




「時は天正年間。拙者……大庭二郎政直は兄弟と共に、父の杉清政すぎきよまさに呼ばれておりました」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ