2話02
「お侍さんだぁ……」
コムさんが室内へお客様を迎え入れると、そのお客様の容貌に私は思わず口を開いてしまいました。その方は、月代と呼ばれる頭髪の前部から後頭部にかけての剃り上げに、服も和服と言いますか……小袖の着流し姿だったんです。これぞお侍さんと言わんばかりの姿だったんですから……仕方ないですよね。
コムさんはお侍さんを部屋の片隅のソファーへと案内していますね。そして、その中央に座るよう促すと……お侍さんはそれに恐縮しながらも腰を下ろしました。いかにもお侍さんらしいと言いますか、ソファーであっても正座で座るようです。
えっと……先程は『これぞお侍さん』と表現したのですが……すいません、前言撤回します。
お侍さんは正座する際に履物をソファーの前に置いたんですが、それは草鞋ではなく……健康サンダルでした。多分、この方が履きやすいんでしょうかね? 立っているとわかりにくかったんですが、座ると足元だけ楽をしていたというのがバレバレです。
「ああ、これは草履より履きやすいからでござる」
私の視線はバレていたようですね。自己紹介より前に言い訳させてしまいました。面目次第もございません。
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「拙者、大庭政直と申す」
お侍さんは自身を大庭政直と名乗りました。私とコムさんも自己紹介を返します。良かった。自己紹介で、『やあやあ、我こそは』みたいな口上を述べられたらどうしようかと思いましたよ。
「本日はお越しくださいまして、恐悦至極です」
コムさんが大庭さんに来訪していただいたお礼を述べていますが、発言がお侍さんに引っ張られて古風になってますね。ちょっと面白いです。私は『苦しゅうない』とか言いたくなったんですけど……それは我慢してお礼を述べましょうか、現代風にですけどね。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそお招きいただき、かたじけなく存じます」
これで社交辞令的なやり取りは済みましたね。そこからは井戸端会議か世間話かと言った会話が始まるのです。
やはりというか……当たり前ですけど、大庭さんはお侍さんでした。何でも戦国時代末期から江戸時代にかけて活躍していたようです。私が現世にいた時の日本史で言えば、人気ランキング・ナンバー1の時代だけに……これは面白そうな話が聞けそうですね。コムさんも期待しているのでしょうか、普段はやる気の感じられない表情なのに、今は目を輝かせている少年のようにも見えます。風貌はおっさんだというのに、身の程をわきまえてほしいですね。
「どうですか、お飲み物でも……。獨酒でよろしいですか?」
世間話の途中、大庭さんが語る際の潤滑油としてでしょうね。コムさんは大庭さんにお酒を勧めました。私知ってますよ。戦国時代のお酒は獨酒と呼ばれる、にごり酒が一般的だったんです。だからでしょうね、コムさんも獨酒を勧めたのでした。
「いえ、拙者はお茶を所望いたす」
大庭さんは下戸なのでしょうか……お酒を遠慮して、お茶を希望されました。コムさんはそれに応えてお茶を具現化させます。いかにも時代劇で見るような上品な茶托と、同じく上品な湯呑み。コムさんが丁寧に急須からお茶を注ぐと、その色は新緑が鮮やかに映えていました。
透明感のある緑色の液体を喉に流しこんだ大庭さんは、その液体を形容するに相応しい爽かな表情を見せます。良いお茶というのは心を落ち着け、朗らかにするものなのでしょう。私も、なんとなくわかりますよ。
さあ、世間話も一段落付きましたし、お茶の提供も出来ました。本題がそろそろ始まるのでしょう。そういう空気になってきています。私とコムさんもソファーに腰掛けました。
そして……大庭さんはひと呼吸置くと、自身の持つエピソードを晴れ晴れとした表情のままに語り始めるのです。
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「時は天正年間。拙者……大庭二郎政直は兄弟と共に、父の杉清政に呼ばれておりました」