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勇者の従者は優しいアサシン  作者: SHOーDA
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第二章 大月の祭り

第二章 大月の祭り

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 俺には前世の記憶はない。転生者らしいけど、ここの族長たちに勝手に呼ばれて、そして勝手に失望されて捨てられた。高名なトロフィーハンターの家に里子に出されたのは幸いだったけど、しかし俺には弓の才能もなくて、やっぱり親父を失望させた。それでも親父は罠のこととか森のこととか、そこで生きていくために必要なことを丹念に教え続けてくれた。そういう意味でも猟師の親父がこの世界での唯一の俺の親父だ。ま、血がつながってなかったって思い出したのは、その本人が死んじまってからだけどな。

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 その巨漢は、その巨躯にふさわしい大きな銃を、分解清掃していた……バレットM82?今の俺なんかじゃぜってえムリ。だって、あれ、狙撃用ライフルっていうより対物ライフルってカテゴリーだぜ?

 12.7㎜の50口径弾をぶっぱなしながら無二の正確さを誇る、重狙撃ヘビースナイパーの傑作だ。そもそも狙撃という概念は古いが、狙撃専用の銃の歴史は意外に新しい。第二次大戦以降って聞いてる。それまでは通常のライフルを使ってたけど、その性質上、一層精密射撃に適した銃をつくるようになったわけで、どっかの伝説の殺し屋みたいにM16でキロ単位の狙撃をふつ~にやってるのは、まあ、作者も言ってるけどムリだね。

 飽きもせずに丁寧に整備する男だったが、ようやく作業が終わり、図体に似合わない几帳面さで工具をしまう。まだガンオイルのにおいが漂う中、男はグラスをあおる。ケンタッキーウイスキー特有の甘さと豊潤さが、見てる俺の口にまで広がった。ボトルのラベルは……カラス、か。いい酒だ。

 この世界の俺は酒が嫌いだけど、それは酒を飲んで見せるという行為が、職業柄、周りを油断させるって意味があるからで、酒そのものが嫌いってこととは少し違う。

 ゴトリ。男は脇に置いてあったごっつい拳銃ハンドガン、S&W モデル50を机にしまう。なんて50口径が似合うやつだ。でかけりゃいいってもんじゃねえだろ?いや、も一つ置いてたコンバットナイフは、よく手入れされてるが普通サイズで、男の巨躯からすればおもちゃに見えちまうが。

「そうか、コイツ……一仕事終えたんだな」

 これが男の儀式だったはずだ。オンとオフ。仕事の前と後を切り替えるために、使った銃や装備を手入れして、その後に愛用のバーボンを一杯だけあおるのが。

 そして、使ったグラスは洗わず、そのまま棚に飾る。つまり、それがこいつのトロフィー代わり。

「なんて特殊な趣味してやがったやら」

 我ながら。そう浮かんだ思いはねじ伏せる。だが、俺にはわかっていた。これは前世の俺の姿だ。そして……俺はこの後、死ぬ。


「パシリ!」

 うそ!?仮にもこの俺が、寝てる間にこんなに人を近づけさせるわけがない……って、ウソじゃねえし!?寝台上の俺は、ペラペラの寝布をはがされ、下着姿で!いや、男の生理現象は……大丈夫だけど。

「いつまで寝てる!今日から姫様方を起こさなきゃなんないの!寝てる暇があるか!」

 しかもミュシファさん相手に?いや、この子、一応スカウトってシーフの親戚みたいな専門職クラスだけど、ほとんど素人同然で、気配どころか足音は消しきれないしバランス悪いし、しかも朝はなぜか鬼軍曹モードだ。

「寝ぼけてると死ぬぞ」

 いや、確かに戦姫様を起こすのは、死にそうだけど。そのまま勢いに押され、俺は上着を慌てて着込んで、そのまま部屋から連れだされた。

「いいか、いつものようにお前は右から行け。こっちは左からだ。先にクリアした方が真ん中もやる」

 いや、俺なんかよりよっぽどその筋の人みたいなミュシファさんだけど、口だけで朝だけだから。

「了解です、先輩」

「では、いいか……3,2,1。作戦開始!」

 ノリノリだな。まあ、こうでもないとやってらんないんのかもしれないし、実際下手なトラップ部屋に乗り込むよりよっぽど危険なんだけど。


 コンコンコン、トントントン、ドンドンドン、ガンガンガン!

 貴人のお客さん用の個室は、ドアの建付けからして重厚で、しかし俺は、その重厚な扉にそぐわない勢いでドアノッカーを連打した。そして返事も待たず

「戦姫様、従者パルシウス、入ります!」

 いや、仮にも15歳の女子相手にどうなのって思われそうだけど、こっちはこっちで勢いで飛び込まないと入れなくなるんだ。

 で、入ったらまずは警戒姿勢。そして部屋の中央に目を向ける。

「……いた」

 しっかし、一応こっちは気を使って見て見ぬようにしてるってのに、それがバカみたいに思える、大胆な寝姿だ。これまたバカでっかくて豪華な装飾のベッドの上で、半裸で大の字姿の女子である。ほんとに15か?やべ、ガンミしそう。男子の本能を押さえつける。強靭な自制心は密偵で暗殺者だった俺のトリエの一つさ。そもそも見るほどねえけど。

「……にしても、いい加減、少しは警戒しろっていうか……バカ族長どもめ。いくら族姫でも羞恥心くらいはしつけろよ」

 できるだけ見ない、見ない……で、部屋の遥か隅っこに飛ばされてる寝布を……エルフの里産の高級品……を拾って紅金の髪の少女に近づく。ちなみに下帯は真っ赤である。毎日赤だから、毎日勝負パンツなんだろうけど、こいつの勝負の意味に色っぽさはかけらもない。

 あれを履き替えさせる苦労で気が遠くなった。いや、まだ姉たちとくらべりゃ楽な方なんだけど……勇者様ときたら……やば、思い出しちまった。

「すきあり!」

 え?声が飛ぶと同時に、俺の目に火花が散った。いや、これ、ひょっとして人生最後の景色じゃね?


 人生最後の景色。前世の俺にとって、それは突然訪れた。床に転がった、飲みかけのグラス。人を殺すことへの躊躇もなにもない、単調な生活の唐突な終着。

「ち……まあ、いいさ」

 どうせいつかは死ぬ。無数の人を殺して、だから、自分も。そう。死を見ることたちまち帰るが如し。だから、家に帰るように、俺は旅立ったはずだった。


 今にして思えば、当時の俺が仕事の後にすることなんか、一人しか知らないはずで。

だけど、それもみんな些細なことで。恨みも後悔もなく、俺は死んだんだ。


「おい、パシ公!」

 で、今度は死に損なったみたいだ。思いっきり脳を揺さぶられて、そりゃ介抱じゃなくてトドメじゃね?って思ったけど、まあ、悪意はないんだろうし。

「お目覚めですか、戦姫様」

 軽やかに笑顔で言える俺ってすごくね?なんて思って、後悔まで、昨夜の最短時間更新。

「バカ野郎!」

 ごつ!いてえよ!今度こそトドメかよ?いや、天罰てきめんの俺だから殺されるのは本望だけど、でも俺を殺すのは勇者様がいい!親友だったアイツでもいい。正直戦姫様に殺されるのは、少々心残りになりそうなんだ。それ、未練でアンデッドになれるレベルだね。

「なにきれいに食らってやがる!あんな寝たふりなんかいつものおめえならすぐ見抜いただろ!」

 いやいや、寝起きが悪い戦姫様の寝たふりは、いつもの俺でも意表を突かれてやばいかも?だけど、まあ、こんなクリーンヒットはなかったかな?

 にしても……もう痛みは消えて、ほんとにきれいに意識が飛んでたけど。

「なんだって、寝てるふりなんか?」

 起きてるんなら、普通に起きて身支度してほしい。従者ならではの心の狭い本心だ。

「本当です!戦姫様の一撃で生きてるなんてパシリくらいです!あたしなら首ごと飛ばされて伝説の復活魔術でも生き返れませんよ!」

 赤毛の気弱気な首を抱えたデュラハン姿が浮かぶけど、なんでキミが怒ってるの?

「そうだよ、ソディ姉様。いくら丈夫なコイツでも、少しは大事にしないとそのうちアイソつかされますよ」

 で、義姉に苦言を呈するアル。珍し。仲の悪い二人が同調して戦姫様に食って掛かってるなんて。おかげで当事者の俺は怒れない。まあ、もともと怒ってないし、俺の油断だし。

「ねえ、キミ。もしもの時はボクがキミを引き取るから安心して」

「……何気にそこで引き抜きですか?アル様、やっぱり腹黒いです」

 あれ?共同戦線は所詮、一時の幻で、このまま年少組三人とも分裂?そりゃいかん。三國鼎立は結果として国全体の国力を弱め、異民族に征服されちまうわけで、仲良きことは麗しき哉、だっけ?……時々自分でも意味不明のワードが浮かぶのは転生者にありがちな前世ワード症候群だ。

「まあまあ、二人とも。戦姫様も別に殺意があったわけじゃありませんし」

 あったらさすがにわかってるって。あれは、まあ、だから子どもの遊びだね。こいつは覚えていないけど、昔はこんなお転婆じゃなかったソディだけど、俺にだけはこういうイタズラしてたし。

「だって当たるなんて思わねえだろ?パシ公のヤツ、俺の攻撃なんかいつも余裕でかわしやがるだからよ」

 それで、昨夜暗殺集団を俺一人で処理されて欲求不満になったハライセに、ってことらしい。それにしても……せっかく早起きしたのに、それをこんなことに使うかね?

「早起きは三文の得なんですけど……俺を蹴るのがその得?さすがは戦姫様です。俺もかわいい寝姿に気を抜きましたかね?」

 なんてまあ感心半分、呆れ半分にジョークでフォローしたのに。

「おめえ、どうせ俺のオッパイに見とれてたんだろ?」

洗濯板のくせに、なんてこといいやがる!このチッパイ!

「いつも見ないようにしてるんです!」

「ムリすんなって」

 チクショー、今度からじっくり見てやる!絶対だぞ!……見るほどもないけど。

「パシリのエッチ」

「なんだ、キミ、見損なったよ」

 だけど、まあ、いろんな意味での俺の尊い犠牲と引き換えに朝の静穏がよみがえった。三人一緒に俺を責めるのは、この際ガマンだ。

俺はベッドから起き上がって……って、ここ、戦姫様のベッドじゃん。

「あ、俺、勇者様を起こさなきゃ!」

「あたしも!?護姫様のお部屋にいく途中だった!」

「待って、キミ……まさかエン姉様を起こしに行くのかい?男のキミが?」

 だって、この姫様方、宿屋じゃ自分で起きねえし、羞恥心ねえし、自分じゃ身支度も

ろくにできねえし。

「……キミは先に行ってて。エン姉様はボクが起こしてくるから」

 一瞬悩んだ俺だけど、それは勇者様が平常運転中な時は、勇者様の寝室に精霊界が接続してそこに入り込んだ者をその主観時間にして数日間弄ぶからであって、そのトラウマがよぎったからだ。だけど、ねえ?

「今ならいいかな?」

「うん、いいかも」

 思わずミュシファ先輩と顔を見合わせて、うなずき合うわけだ。だって今は、精霊たちが訪れない。これは世界にとって大問題なんだけど、朝の俺たちに限って言えば……ラッキー?ってなるわけで。

「キミ!なんでそんな女とうなずき合ってるんだい!」

 なんて文句は聞こえないくらい。


 で、やっぱり憔悴しながらも無事生還したミュシファ先輩と、何事もないみたいに戻ってきたアルだ。もちろんその背後には護姫様と勇者様がのんびり歩いていた。

「それにしても、従者パルシウスよ。ソディの不意打ちを食うとは、お前としたことが油断したものだな」

 俺に話しかける護姫様と、うんうんとうなずく勇者様だけど、勇者様は少し、そう、かすかに不機嫌そうなのが俺にはわかる。

「あ、勇者様、おぐしは後で整えますね。食後でよろしいですか?」

 アルのヤツが俺の足を思いっきり踏みやがったが、誰にも気づかれてないように巧妙だ。コイツ、こういう小細工が絶妙にウマイ。きっと苦労して育った成果だろう。ただ、俺だってほとんど気づかなかったのは、勇者様が俺に向かって微笑んでくれたからだ。


「果物が少ねえな」

 もぐもぐむしゃむしゃという擬音が聞こえそうな室内だけど、確かにここの朝食にしては、食材が乏しい。しかし、貴人用の宿「大山塊亭ここ」だからこれくらいですんでる。昨夜厨房でちょろまかしたリキュールやら夜食やらも、特段請求されないだろう。

「さすがに仕方ないであろう。いや、街中はもっと深刻な食糧難かもしれぬ」

 なにしろ、城内の食料が根こそぎ盗まれてたってのがほんのひと月前だ。その後各地から余剰食糧を送ってもらったとしても、そりゃ一時しのぎだ。相対的には食糧難はマシになったけど客観的には解消してない。

「でも、街の雰囲気が全然すさんでないのは不思議だよ」

 そういやザラウツェンも貧乏だったな。その領主様は、昨日のわずかな時間で街の様子を感じ取ったわけだ。さすがにアルだ。ケチで腹黒なのは政治家にとっちゃトリエだし。

「まあ、それは、コヤツのおかげであろう」

 そこでエッヘンするのは勇者様だ。口ン中がパンやらハムやらで埋まってるけど、かわいいから俺は許す。

「勇者様、口をお拭きしますね」

 すかさずナプキンで口まわりをフキフキする俺だ。

「キミ……いつも思うんだけどエン姉様に甘すぎないか?」

「うむ。従者パルシウスよ、これではいつまでもエンが自立できん」

「ほんとだぜ。たまには俺の攻撃をくらいやがれ」

 方向性の違う苦情を混ぜてくんな。朝不意打ちくらったじゃねえか、人食いライオンの女王様め。

「あんなんじゃねえよ。ちゃんと勝負して殴られろってこった」

 やだよ。だって、それやったら、俺死ぬもん。今朝だって生きてるのが不思議だね。

「あの、その、ええっと……護姫様。街の雰囲気がエンノ様のおかげってどういうことでしょう?」

 あ、ミュシファさんが、オドオドしながらも聞いてきたし。先輩、最近勉強熱心なんだよな。

「ああ、従士ミュシファよ。それはコルン師とセウルギン師の言に拠るのだが……」

 二人は、勇者様の仲間で俺の恩人だ。大人で、知的で、美男美女……ち、うらやましい。今はザラウツェンの後始末に追われて俺たちと別行動してるけど。

そういや、俺たちとの別れ際に、こんな話をしてたっけ。

「あの戦役で勇者エンノが呼んだ勇気の旗は、人族の種族特性勇気を具現化したというの?」

「そうなのでス。失われた勇気のルーンが、あのような形で、一時的にすら復活するとはワタシも思いませんでしたガ」

「失われた勇気が、この後ホルゴスの人たちにどんな影響を与えるのか、楽しみね」

「確かに興味深いですが、『まず解より始めよ』ですネ」

 ルーン研究の第一人者からすれば、もう答えは出てるってことなんだろうけど。

「やっぱりチンプンカンプンだぜ。特に最後のセの字がよ」

「……そうだね。ねえ、キミ。僕らにわかりやすく教えてよ」

「あの……あたしも聞きたいな」

 年少組は、自分で考える癖をつけてほしいんだけど。

「……キミは僕らにはムダに厳しいな。エン姉様にはあんなに甘いくせに」

「そうだぜ、もったいぶんなよ。減るもんじゃねえし」

 減るんです、あなたの頭の脳細胞が!筋肉つける場所、間違ってるから。

「……お願い。教えて、パシリ」

 ……ち。仕方ねえな。

「今度だけですよ」

「あ、うん!ありがと」

「キミはこの女にも甘いと思うぞ」

 

「……コルンさんはこうも言ってました。勇気を失った人族は、その種族特性の知力も技術も多様性も、すべてその力を生かせなくなったって」

 勇気なき知力は打算となり、勇気なき技術は模倣で終わり、勇気なき多様性は不和を生むだけ。だから亜人たちに技術が流出するわ、味方同士で足の引っ張り合いを続けるわ……それで逆転されたわけだ。しかし、もしも勇気が戻ったら?

「知力は発見を、技術は発明を、多様性は可能性を生むわ。人族は再び前進するの。そして……勇者エンノの勇気の旗は、それを見た者に勇気を呼び起こした」

 だから、そう。食料もなく敵に囲まれた逆境でも、みんなが己のなすべきことを揺るがず行えた。それがホルゴス戦役での勝利を呼んだんだ。勇者様はそのきっかけをつくったけど、決して一人で勝ったんじゃない。まあ、敵将を打ち取ったも勇者様だったけど。

「ええっと、まだわかりにくいんだけど……キミが言う通りなら、エン姉様のおかげでここの人たちは多少のことじゃ揺るがない強さをもったってことなのかな」

「大正解ですよ、アル様」

 つい褒めちまったら、コイツ珍しく年相応に顔を赤くして喜んでた。

「そっか……だからまだいろいろ足りてないのに」

 食料だけじゃない。服はツギハギだらけで、武器も薬もすごい値上がりしてたけど。

「みんな明るくふるまってやがるんだな」

 街のみんなは、うつむかず、きっとくる収穫の日を待って頑張ってた。状況を理解して、でもその中で最善の行動をしようとしてるんだ。もちろん、個人差は大きいんだけどね……中には勇者様を暗殺しようなんて、オオバカヤローもいるわけだし。

「だけど……それだけでもないんですよ。今日はホルゴスじゃお祭りですし」

 これが、俺の失言だった。


 今日は大月のつごもり、つまりは最終日だ。明日からは聖月に入るわけで、年に一度の完全な満月が近づいてくる。秋の大収穫までもあとひと月くらいで、族長連合の多くの村落では、ここらでお祭りシーズンに入るんだ。ここホルゴスでも御多聞にもれず、聖月の前夜祭だ。

「お祭り!」

 とは言え、俺たちは、聖月の7の日までに主都に行かなきゃなんなくて、俺の中では今日のうちにさっさとここから出たかった。ホルゴスじゃ俺たちの顔が割れてて、窮屈だってのもあるし。もう親友に会えない今、ここに長居は無用なわけで。

「待って!せっかくのお祭りなんだから、僕、見てみたい!」

 ち……なのに、この新興国の盟主様は子どもかよ……いや、この一行じゃ最年少の13歳、子どもみたいなもんだった。

「うむ……アルはザラウツェン時代から苦労していたのだったな」

「そうかぁ、おめえ、でっかい街の祭りなんか見たことねえのか?」

アルの援護に入る護姫様と戦姫様だ。いや、二人ともアルにかこつけてるけど自分が祭りを見たいに決まってる。

「そうです、姉様方。だから僕……ねえ、キミも、いいだろ?」

 チクっと胸が痛む。コイツは俺の死んだ弟と妹と同い年のそっくりで、弟たちは、俺と街に行く前の日にオーガに襲われて死んだ。アルだって、家族をみんな失って、子どものころから貧乏な街の領主として、ガマンばっかりしてたはずで。いけない、ほだされそうになっちまう。しかし、勇者様が精霊とのつながりを失った今、事態に俺の感傷が入る余地はないのだ。

「しかし、急ぎ主都に向かわないといけません。勇者様の、精霊たちとの会合をなんとか成功させるには、時間の余裕が必要なんです」

 なのに!人族の命運を左右する、この重要性を訴えた俺なのに!

「え?勇者様も見たい?」

 うんうん、だ。右手に菓子パン、左手に早生のリンゴをもって、口からはみ出たソーセージが……まあ、かわいいから俺は許す。

「仕方ありませんね。今夜だけですよ」

 再びナプキンで勇者様の口を拭く俺を、みんなが冷たい目で見てた。


(まったく、あの野蛮な大虎がようやくいなくなったのに、こんな窮屈なところで足止めですか)

「それ俺に言わないでくれる?」

 宿屋の厩舎では、俺たちの馬が俺の世話を待っていて、そこに勇者様のユニコーンもちゃっかり交じってた。

「今日一日だけだよ。なあ、ジェーンはノンビリできていいよな」

 俺の愛馬は賢くて聞き分けがいい。見た目は鬣も短めで足も太くて馬相は並み以下らしいけど、とんでもない。今も目を輝かせて俺にほおずりしてる。ユニコーンなんかよりよっぽどかわいいね。ブラッシングで体を洗ってやると、いい顔してる。

(……あなたは自分の乗馬を勇者様の使いより先に世話するんですか?)

「だってお前、召喚獣の一種なんだろ?」

 呼ばれて飛び出ることに関しては、大虎よりもよほど慣れてるし。普段はどっかの精霊界とか幻想の森とかでノンビリしてりゃいいのに、俺に世話されることを覚えてからはすっかり堕落しやがって。

「急ぐんなら、先輩呼んでくるから世話してもらえば?」

(あ、あなたは私を殺す気ですか!?)

 まあ、そうだよな。ミュシファさんにお世話された日には、いくらコイツだって無事ではすむまい。あの子、一生懸命で勉強熱心だけど、致命的にドジ属性だから。しかももともと馬嫌いで最近やっと一人でも乗れるようになったばかりだから馬の……ユニコーンだけど……の扱いはまだまだだ。この前なんか、あの角、ひっこ抜かれるとこだったしな。

「まあ、少しだけ待ってよ。俺も急いでるから、すぐ済ませるから」

(手抜きは許しませんよ?)

「急ぎだけど手抜きはしないって」

(今日一日街にいるのに、なにを急ぐのです?)

「……これから祭り見物だってよ。もう月の出も早いんだ」

 午前中には家事に追われ、午後から急遽外出用の荷物をほどいたり、着替えやらなにやらあわただしい。で、夕方に近づくにつれて、みんなソワソワしだした。祭りの本番は前夜祭ってくらいだから夜なんだけど、みんなもう待ちきれないらしい。屋台とか大道芸人とかが通りに出てるし、歩く人たちも着飾ってるのが窓から見えて、街の様子が昨日までの落ち着いた雰囲気から浮き立ってるのがわかるんだ。

「キミ、なに、馬の世話なんかしてるんだい!早く早く!」

 ちっ。馬の世話は大事なんだぞ。お前の馬だって俺が世話してるんだから。もちろんアルのヤツはああ見えて、そういう気遣いに理解があるヤツなんだが、今日はもう、タガが外れちまったらしい。いつもは俺にやらせてる掃除を自分から手伝ってくれるくらいだし。さすが貧乏貴族様は身の回りのことくらいはご自分でちゃんとできるってか。少しはどっかの族姫様方にも見習ってほしい。

「どうしよう?この後、お前のお世話までしてると、あの美少女様が不機嫌になっちまうぜ」

(……く……あの娘は私の嗜好から少々外れてるのですが……それでも清らかな娘を悲しませるのは本意ではありません)

 アルは、俺の弟と妹に似てるだけあって、中性的な美少女と言える。なのに、こいつの趣味ってわかんねえ。こいつ、ミュシファさんのお世話はもう全然受け付けないし。

「パシリ!姫様方もアル様もお急ぎだって!急いでって!……馬の世話、変わろうか?」

(従者よ、私に構わず早くいきなさい)

 ほら、もうビビってるし、なに、その「俺の屍を超えていけ」って感じの悲壮感?よっぽどひどい目にあったんだな、あの子に世話されて。


「キミ、遅いぞ!」

 夏の長い日が沈むころ、ようやく仕事を終えて自分の身支度も済ませて、玄関に行くと、

いきなり叱られた。そして俺の腕を抱えてさっさと歩きだすアルだ……一応、女なんだよな。正直言うと、ちょっと腕が幸せだ。

「その服……そんなの持ってきてたんだな」

「似合うだろ?キミ、褒めていいんだぞ?」

 鮮やかな青のブラウスにスカート。オレンジの髪に映える白い花の髪飾り……か。

「……迷子には異装ってか」

 誤字じゃねえぞ。セウルギン語録だ。迷子になりそうな子には目印をって意味らしい。

「キ!ミ!はぁ!」

「あ、あたし、もう迷子じゃないから」

 あ、いけね。ミュシファさんに飛び火した!?思わず振り向くと、先輩もけっこう攻めてた。白い清楚なミニのワンピースなんて、夏じゃあ反則だよ、夕暮れ時でも下手すりゃ透けて見えちゃうよ?そして、こんな時でもやっぱり首には白いスカーフ。首筋から肩のライン、きれいなんだけど、もったない。

「従者パルシウスよ、おぬしも今日くらいは子守から解放されて羽を伸ばすがよい」

 そういう護姫様は、長身でメリハリのある曲線美を際立たせるカクテルドレス?いつもの鎧姿が想像できないアダルティさだけど……あれ?

「ち、城から招待が来やがってよ」

 その陰に隠れる戦姫様は、いつもは獰猛さに埋もれてるかわいさが見える!真っ赤なミニドレス姿は、なんだか社交界デビューって感じで、ほほえましい。ぷっ……フリル?

「うむ。前回の不祥事を詫びる意味もあろう。先ほど城主ギルシウス殿からの正式な招待があった。我らはこれから赴かねばなるまいが……」

 前戦役の時は、城主ギルシウス様の大人げない対応が悩みの種だったけど、城主の方から修好を申し出てきたのなら、一族の族姫たちとしては断れない。ち、やっぱ昨日目立ちすぎだよ。

「あのう~勇者様もそちらに?」

 なぜか俺の腕をつねるアルは無視だけど、

「うむ。主役はエンノであろう。だから手のかかる妹たちは我に任せて、おぬしらは予定通り街の祭りを楽しむがよい」

「……それはそれは」

 素直にありがたいって言えない、心の狭い俺だ。だって、アルとミュシファさんのお供って、こっちこそ子守じゃね?俺は、戦姫様はともかく、勇者様のお世話を苦労と思ったことはないんだけど。

 ライトグリーンのドレス姿がとってもきれいな勇者様は眼福で、さすがにおやつもガマンしてるみたいだから、気品と美貌が備わる令嬢にしか見えない。そんな勇者様がにっこり微笑んで手を振ってくださる……複雑だ。

「では僕らは僕らで、一足先に行きますよ、姉様方!」

 なのにグイ。強引に腕を引っ張られるし。

「いてえ」

「さ、急ごう。パシリ」

ドスン。

「わ」

背中は押されるし。なんなの?

「二人ともさっきから随分、息あってるじゃん?そんなに街の祭り見たいの?」

「……それはそうだけど……キミ」

「アル様。パシリはいつも一番肝心なことがわかってないんです」

 やっぱ息あってるし。

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