東1局3本場:欲望
「……この大福旨いな」
食堂はなおかで元上司のシゲさんと夕飯を食べながら、この間の雀荘で起きた顛末を相談する。
俺が恨みを持っている相手に関連しているかどうか。それを調べるために、裏事情に詳しいシゲさんは頼りになる。
「小豆が大納言に変わったのか。で、甘さを控えめにして上品に仕上げておるのか。良い仕事しとるのぉ」
シゲさん。加藤茂索さんがそう大福を評する。
「そういえば、白夜。お前が言っていたとこじゃが、『奴ら』の組織ではあったが、下部も下部。あってもなくてもどうでもいい枝葉じゃった」
「……ですか。道理で『雑魚』しかいなかったわけだ」
お世辞にもうまいとは言えないイカサマ。というか、あんなものをイカサマと言ったらイカサマが得意な人に怒られるだろう。
素人をハメてあくどく稼ぐのであればありだが、玄人相手だと勝負にならずに逆にハメられるだろう。実際、俺はイカサマなしで余裕で勝てたわけだし。
「あの程度の実力の奴らじゃから、一色の耳には入らないじゃろう。じゃが、上納金を払えない理由を一色が聞いたらお前が名を変えて、奴らの組織を荒らしているのがバレるじゃろうな。そろそろ危ないじゃろ」
「……もとより覚悟のうえでこの修羅道を進んでいます」
「白夜。いや、六道軍星よ。お前はまだ30そこそこじゃろ? その年で人生を捨てるのは早すぎるとは思うのじゃが、お前の味わった地獄にワシは最後まで付き合おう。それが、白崎舞への供養になるじゃろうから」
白崎舞。
その人は、俺にすべてを与えてくれた女性。
もともと麻雀が好きなだけな自堕落大学生だった俺に、麻雀で生きる術を教えてくれた人。
そして、ある日理不尽にその命を奪われてしまった人。
「……俺は一色清美のことを忘れた日は一日だってありませんよ。今の俺が生きる。生きていられる理由ですから」
「復讐か。一応聞いておくが、お前はもしすべてが終わったらどうするつもりだ?」
そのシゲさんの愚問に対する答えは決まっている。
「……舞のところへ逝きますよ。元からそのつもりですから」
「はぁ、じゃから人生を捨てるのは早いと言っておるのじゃが、すべてが終わったといっても、すべてを終わらせる必要はないんじゃが……」
「……くどいですよ。この4年間。俺はそのために生きてきた。名前を捨て、利き腕を右に変え、舞に倣った『自衛』としてのイカサマさえ『武器』にして。それで、やっと見えてきたんです。だから、俺はっ!」
殺していた感情が溢れ出す。その感情は怒り。
意図せず力が入ってしまい、机をたたいてしまう。
その音で振り返る有象無象の俺に関わらない人たち。
睨みつけると、そそくさと立ち去っていく。
その様子を見て、俺は――イライラする。
どんなに仕事がクソだ。勉強が面倒くさいといっても、所詮それは「大切なもの」があるから言える世迷言だ。
口を開けば不平不満罵詈雑言、聞くに堪えない意味不明支離滅裂な言動。
そんなものだって、お前が持っている「大切なもの」を守るために感じるものに過ぎない。
……俺にはそれが無い。壊されてしまったから。一色清美という女に。
俺に存在するものは、
必ず一色清美を倒すという悪意
その怒りが覚めてしまう事への恐怖
かつての情けなかった自分への憤怒
一色清美への憎悪
舞を失ったことへの絶望
最後に残った純粋な――欲望
「一色清美は俺が必ずっ!!」
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