はじまり
書いてる小説が進まなくて息抜きに書きました。
私、目黒愛。都内在住のアニメオタクで27歳のOL。明日お休みだから仕事から帰って晩酌しながら撮り溜めてたアニメを見ていたら寝落ちしちゃった。
目が覚めるとそこは。
「メア王女! 貴女との婚約を破棄する!」
「…………えっ?」
(いやいきなりそんなこと言われても困るんだが!?)
私がイケメンに婚約破棄を言い渡される場面だった。
(待ってなにこれどういう状況。ここはどこ?)
イケメンが私の好きな声優に似てる声で、僕はなんとか王女と婚約を、とか言っているけど頭に入ってこない。
理解する為に周囲を見渡す。煌めくシャンデリアに小さくて美味しそうな料理が並んでるテーブル、礼服やドレスを纏った多数っていうか無数の老若男女……前に参列した友人の結婚式とは比較にならないくらい豪華絢爛だ。パーティ会場であることは間違いないな。
オシャレなお洋服の人たちは一様に困惑している。私も同じ気持ちだよ。連れであろう人と顔を見合わせるのはいいけど、同情や憐憫の目で私を見ないでほしい。
その私も、めちゃくちゃ綺麗だけど歩きづらそうなドレスを纏っている。髪だって綺麗に巻いてある。就活出来ないくらい真っ赤だけど。腕とか細すぎて枝かと思ったわ。あんなに綺麗なのに、なんて声が聞こえてくるから顔も良いんだろう。中肉中背平々凡々な私はまずこんなことを言われない。
(……これって、もしかして)
この場所。この格好。この状況。間違いない。
私、悪役令嬢物の世界にいる。しかも悪役令嬢ポジションで!
(アニメ、いやラノベかな。とにかく二次元の世界に入れるなんて夢のようだわー。悪役令嬢物ってそんなに見たことないけど。……いやちょっと待てよ。悪役令嬢ってブラックに勤めてた人が過労死して転生がテンプレってイメージあるけど、私の会社まあまあホワイトだし私死んでないし。あっこれ夢のようっていうか夢か。やだちょっと舞い上がっちゃった。とりあえずほっぺつねって……)
「いてっ」
「ハンッ。頬をつねったところで現実は変わらないぞ。そもそもいくら遺言と言えども、親が決めた見知らぬ相手との結婚なんて僕は不本意だったんだ」
「王子! 殿下の遺言を無下になされるおつもりですか!?」
「遺言なんて関係無い。僕は僕の意思で彼女と結婚するんだ! 愛する人を親に決められてたまるか!」
「そんな、王子っ!」
(まぁ一理あるわな。私だっていくら遺言でも親に勝手に結婚する相手決められたら嫌だわ。てかこれ、どう収拾つけるんだろう……)
視線もざわめきも気にせずに王子と従者が延々と押し問答を続ける。
どうせ夢じゃないなら悪役令嬢じゃなくて日常系アニメに出てくる通学路の板垣になりたかったな、と他人事故に……まぁ他人事じゃないんだけど、冷静な頭で思いながら綺麗に整えられた爪を見つめて暇を潰す。
(二次元だからって言っちゃえばそれまでなんだけど、この時代の美容ってどうなってるんだろう。現実の私の爪よりピカピカだし指毛も生えてないし。……うっ)
鋭くもネットリとした視線を感じ、漫画や同人誌だったら背景にでかい擬音が描かれてるくらいの悪寒が走る。漫画とかそんなに読まないけど。
あまりにも粘着質なそれに目を向けると、王子の腕を力一杯抱き締めている可愛いドレスを着た高校生くらいの女の子が……怨嗟を込めてこちらを見ている。
(怖い怖いっでも眉間にシワ寄ってても可愛いな!? ってそうじゃなくて私なにかした!? いや私じゃなくてメアだけど!)
さっきの冷静が嘘だったのかなって思っちゃうくらい動揺が止まらない。こんなに誰かに睨まれるなんて生まれて初めて。王子が結婚する相手って、悪役令嬢が婚約破棄されてメシウマの立場じゃないの? なんで私を睨むの? なんでまだ押し問答続けるの!? わかんないよ、もっと悪役令嬢物のアニメ見とくんだった!
(マジで、マジでメアはこの子になにしたんだよ……!)
俺、宮田清晴。上京して新卒で入った会社がブラック会社だった22歳。今日は数分と言えど日付が変わる前に退社出来たと喜んでいたらトラックに轢かれた。全身に激痛が走り、死ぬ前に両親に感謝と別れを言いたかった……と思っている間に意識が無くなったが、気が付いたら。
「あっ。目をさましたんですね! よかったぁ……」
椅子に腰を掛けている青い髪の美少女が安堵の表情で俺を見ていた。
「えっ……俺……生きてる?」
「はい。生きていますよ」
窓から入る日光に讃えられた、一枚の布と腰にベルトという古代ギリシャ人のような服装の彼女は、ベッドに横になっている俺の手をシーツから引っ張り出し小さく柔らかい両手ででぎゅっと包み、ピンクの瞳を細めて慈愛の微笑みを向ける。
一連の動作にクソ上司に連れていかれたキャバクラのキャバ嬢の媚びのようなものを感じたが、それはさておき、彼女の体温は俺に生の実感を与えてくれた。
トラックに轢かれたけど、俺は生きているのだ。
(……いやなんで生きてるんだ?)
生きていたことは嬉しいが、不気味なくらい痛みや倦怠感がない。おまけに五体満足だ。それにここはどこだ、だとか色々な何故と疑問が巡るより先に彼女の血色の良い唇が言葉を紡いだ。
「びっくりしたんですよ。村のみんなと森でスライムを倒していたら人が倒れていたんですから。見たところ無傷のようでしたが念の為に急いでここまで……村にはお医者様がいないから、村長の家のまでお連れしたんです」
「…………は?」
素頓狂な声が出た。森に村にスライムだって? 俺はトラックに都会からどこかの村の森まで飛ばされたのか? スライムって子供が遊ぶネバネバしたやつだろ。それを倒すだって?
増えた疑問を頭でこねくり回している間、俺は口を閉じる余裕も彼女を瞳に映す意識もなかった。だが顔は彼女の方を向けていたからか、手に力を込め上擦った声を上げた。
「そ、そんなに見ないでください……っ。恥ずかしいじゃないですか」
いやに甘い声へ意識を向けると、真っ赤な頬に出迎えられる。あのときに見る動画の女優のような官能的な照れた顔は、なんとなく気まずい。
話題を変えよう。あぁそうだ一番大事なお礼を言ってなかった。スライムだなんだの疑問は解決してないけど、助けてもらったらしいのにお礼のひとつも言わないのは人として駄目だ。
「すみません。失礼しました。というかお礼がまだで……」
「あっそうだ村長呼んできますね! とりあえずそのまま寝ててください」
「え、は、はい」
流石に寝たままではまずいな、と上体を起こそうとしたが胸の真ん中をそっと押され遮られる。赤ら顔のままぱたぱたと部屋を出ていった彼女の言うとおりにベッドに体重を預け、深く息を吐いたら。
「……あっ!」
忘れていたかったような忘れちゃいけなかったようなことを思い出してしまった。
(何日寝てたんだ。いや何日も寝てなくても日が高いから今は昼……どっちにしたって無断欠勤だ! ヤバいヤバいっ会社に連絡しなきゃ。部長になんて言われるかわかんねぇ! いっそクビにしてほしいけどせめて転職先決まってからにしてほしい!)
浮かんできた手汗を無視して飛び起き、スマホを取り出す為にスーツのポケットに手を突っ込む……が、スカって脇腹あたりを撫でることになった。
スーツを着ていたはずがさっきまで居た彼女と似たような服装になってる。その上、部屋を見渡してもスーツも鞄も、それに靴も見当たらない。
テンパった頭では、看病の為に脱がせ厚意で洗濯してくれているのかもという憶測すら立てられずに頭を抱えていると、長い髭をたくわえた村長とさっきの彼女、それに何人かの村人が来た。
村長たちの話を聞くに、結論から言うと俺は異世界にいる、らしい。
俺のようにトラックに轢かれ日本からこの世界に来る青年がたまにいるらしいが……。動画の広告でたまにそういう漫画の広告が出てくるが、漫画は漫画だ。現実となると話はまったく別。ありえない、にわかには信じがたいという否定の気持ちが強い。
しかし彼女の容姿……派手髪もカラフルな瞳も地毛と裸眼らしく、というか毛染めもカラコンもこの世界にはないらしい。現実じゃあり得ないそれと、持ってきてもらった圏外のスマホと森で倒したという俺の想像とはかけ離れていたスライムという名の生き物の死骸。それでも訝しむ俺に、これなら信じてもらえる? と神妙な面持ちの彼女の手のひらから急に現れた火の玉。信じざるを得なかった。
俺は本当に、異世界にいるんだ……。
(会社行かなくていいの嬉しいけど、俺の扱いってどうなってるんだろう。行方不明だったら父さんと母さんに無駄な心配かけるよなぁ)
一抹の、どころか相当の不安がよぎったが、ありがたいことに村人総出で元の世界に戻る方法を探してくれるというし、その間はここで寝泊まりしていいという。俺なんて異星人もいいとこだろうに、なんて良い人たちなんだ。上京してからこんなに優しくしてもらったことは数えるくらいしかない……あぁ、目頭が熱くなってきた。
「村の案内や身の回りのことはわしの孫娘のスーにやってもらおうかのぅ。キヨハル殿もむさ苦しい男衆よりも若いおなごの方がええじゃろうし」
「それもそうだね。任せてよおじいちゃん」
「えっ」
「もしかしてスーちゃんと良い仲になったりしてなっ」
「なっなんてこと言うのっ。キヨハルさんに失礼でしょっ」
「スーったら赤くなってるー。満更でもないんじゃないのぉ?」
「もぉっ! みんなしてからかわないでよぉっ」
まるで大昔のドラマだ。目の前で展開される、ツイッ○ーだったら秒で炎上するであろう時代錯誤ないじりに顔がひきつる。
(この村のコンプラって俺の地元あたりとたいして変わらないのか……。俺のこと助けてくれたからめちゃくちゃ良い人たちなのは間違いないけど)
でも悪意のないコンプラ違反って一番タチが悪いんだよな、と負の思考に飲み込まれそうになっていると、スーと呼ばれる彼女はまた俺の手を包み、鼻先同士がが触れるんじゃないかってくらいに顔を近づけてくる。いくらなんでもパーソナルスペース狭すぎる。距離を取ろうにもベッドの上では逃げ場がない。
「と、とにかくっキヨハルさん! 私が貴方を全身全霊いついかなるときでもつきっきりでお世話しますから安心してください!」
新入社員のようキラキラした気合いと気概に溢れる彼女は発言の意味をわかっているのだろうか。それとも異世界はこういう感じが当然なのか?
美少女にぐいぐい来られるのは正直嬉しいけど、見た感じ彼女は高校生くらいに見える。成人の俺と未成年の彼女の距離がまばたきの音さえ聞こえそうなくらい近いのは、俺の中の常識が許せない。
「ご、ご厚意は本当にありがたい限りですがつきっきりじゃなくとも。色々とまずいで……」
「キヨハルさん、敬語はやめてください。私より年上でしょう?」
「まぁ、おそらくは。しかし他者には敬意を持ってなるだけ敬語で接しろというのが両親の教えで……」
「名前も呼び捨てでいいですから。ねっみんな?」
「そうじゃとも。ワシらにも気軽に話しかけてくだされ」
「そうよそうよ」
「敬語とか堅苦しいだけだぜ? フランクに行こうぜ!」
「男なんだからどっしり構えるくらいが良いのよ」
食い気味に、しかも村人総出で畳み掛けられて俺は圧に屈した。
「ぜ……善処しま、いや、わかった」
父さん、母さん。教えを守れずにごめんなさい。
「今から別れの日が来るまで、おじいちゃんと私とキヨハルさんは同じ屋根の下で寝食をともにするんですから慣れてくださいね? あっ。寝室は別ですからねっ!」
「まぁわしはスーに頼まれれば別棟でも建ててこんな老いぼれは出ていくがのぅ」
「なに言ってるのおじいちゃんったら!」
「いてっ」
村長のからかいに勢いよく振り向いたから、なびいた髪が顔面をはたき目に刺さる。それによほど驚いたのか、いまだ握られる手に痛いくらいの力がこめられる。顔が離れたのはいいが、彼女の想定外の握力が辛い。なるだけそれを表に出さないように慎重に声を出す。
「とりあえずスーさん。手を離してくださ……離してくれないかな」
「そんな呼び方じゃ離せるものも離せませんよ」
「っ……?」
さっきまでの彼女が消えたのかと錯覚するくらいに、あまりにも波のない無感情な声に怯む。
「なーんてっ冗談ですよ。ごめんなさい。びっくりしましたよね?」
「ま、まぁ」
「でも、スーって呼んでほしいことは本当ですよ?」
こちらを向いた眉を八の字にした彼女は俺に詰め寄り手を重ね、柔い微笑みでひとつ囁くと、村長たちの輪へと入っていった。感情の落差がすごくて戸惑いがヤバい。なんなんだこの少女は……。むしろ俺が女を知らないだけでこれが普通なのか?
まぁ、それはさておき。これからの生活は色々な意味で心臓に悪く先行きは不安だが、恩を仇で返す気はない。俺が出来ることは可能な限りなんでもするつもりだ。
しかし今は決意よりも、全力でこの環境に馴染むところから始めないおいけない……。そうじゃないと、元の世界に戻る前に確実に病む。
(あれ?)
ふと村長たちを見ると、村人がひとり減っている。トイレだろうか。
……ここの衛生面は少しでも元の世界に似てたら嬉しいなぁ。
村長の家の裏口に、影がふたつ。
「……どうだった?」
「まだなにも」
「そう……」
「君が不安なのもわかるけど、こればっかりは仕方ないぜ」
「うん。わかってる」
「なにかあったらいの一番に知らせるぜ」
「ありがとう」
そして、影は別れた。
続きます。