1-4 成れの果て
「……幻術!?生滴がそんな高度な事をするはずがないだろ」
ダグの疑問ももっともだ。連中は極めて単純な生き物で、生命としての単純な反応以外の知的行動をとることはない。
それに答えたのは、意外にもリコレッタだった。
「いや、……生滴はもともとマナの揺らぎそのものが意思を持って産まれるものよ。下水やゴミ捨て場でよく見られるのも、そこが汚いマナのたまり場になるから」
「……そうなのか?」
バークスはルジェに聞くと、彼はうなづいた。
「そしてそういうたまり場以外に、生滴が産まれる状況がある。……それは、魔術師が術式を失敗したとき。マナの揺らぎに術者が取り込まれるのよ」
「つまり奴さんは、魔術師の成れの果てだと?」
「……可能性は高いわ。ただし、呪文の知識は覚えていても、おそらくは本能に逆らえない唯の怪物と化している」
「……ふん、ま、姉御のいう事なら信じることにするぜ」
ダグは、とりあえず納得したようだ。
「とりあえず次に奴と遭遇した時、ディスイリュージョンの魔法を発動させるぞ、どこの幻覚を取り払うかは指示してくれ」
一行は一旦門に戻り、救助したハーフの女の子を執事に預ける。
「あんたはどうするんだ?……えっと、ティダニアさんだったっけ?」
「チェザレアよ、間違えないで。お金を支払う以上、私にはあなた方が依頼をこなすところを見届ける義務があります。ジェラルド、その子をお願い」
「承知しました、お嬢様」
女の子と先に救出されていた男の子、そして執事を残して、一行はそのまま簡素な木の板で造られた果樹園の門を再びくぐった。
「何か、奴をおびき出す手がいるな……」
太陽の位置を確認すると、すでに真南の位置を過ぎて西へ傾き始めている。
「ふむ、なら……そろそろ食事にしないかい。みんな持ってきてるよね」
ちょうど果樹園でも育ち切った木々が並ぶ場所に差し掛かった時、リコレッタの提案で手ごろな木にもたれかかって、持ち寄った食事をみんなで食べることにした。
「ん、ルジェは何も持ってきてないのか?」
バークスが突っ込む。
「あー、その、金欠で……」
「全く、食いものの準備は基本だぜ」
バークスはそういいながら、ルジェに肉団子一つをおごる。
「ありがとう。ところでリコレッタさん、ただメシを食うためにこうした訳じゃないよな」
「もちろんよ。……生物の本能に訴えかけるには、餌を見せるのがちょうどいいでしょ?先にあいつを退治しなきゃ、孤児院の子たちがまだ居るとしたら探す障害にもなるわ」
「……元魔術師ならば、こちらの裏をかいてくる可能性もあります、少し浅はかでは?」
チェザレアが疑問を呈したが、
「さっき見境なくこっちを襲ってきた相手が、生前の知能を持っているとは思えない。あたしは有効だとおもうわ」
「どうでしょうかね……」
そういいつつ、彼女も持ってきた黒い飴を取り出し、口に頬張る。
「嬢ちゃん、変わったものを食べてるな」
「父のカハン土産です。眼帯おじさんもよろしかったらどうぞ」
「が、眼帯おじさん……」
チェザレアがバークスに黒い飴を差し出した、その時だった。
「来たぞ……!!」
先刻と同じように、生滴が地面から染み出してきたのを、ダグが察知したのは。
「どうする、どこに魔法をかけりゃいいッ」
「もう少し待ってくれ、それまではみんなで応戦だっ」
ルジェが答え、仕込み刀を抜く。
「分かった」
次々と染み出す生滴。ルジェは観察しつつ応戦する。
「でやあああっ!!」
リコレッタの大剣が襲い来る生滴を吹き飛ばすと……
「そこだ、そこに頼むッ」
ルジェは、生滴達の出現位置を円状に並べた中央を指さす。
「おぅっ!!『ウン=ラシュ(解き放て)』、ディスイリュージョン!!」
ダグの短剣にはめられた魔石から、『解き放て』の声に反応してマナが解き放たれ、呪文名に応じた術式に流れる。
すると、ダグの短剣が差し向けられた先の空間が、ねじれていく。
ねじれは、球状の形となり……水玉のような形を作っていく。一行の眼前に生滴の本体が姿を現した。
「……なんだ、こりゃ」
端末というべき、これまで相手してきた核なしの生滴が、『腕』と呼ぶべきか、細長い粘液の線で核のある球状の本体とつながっており、本体は魔法か何かの力で50cmほど宙に浮いた形となっている。
本体の直径は1m程度、しかし、一行は強い威圧感を感じていた。
「よーし、総員、核を……うわっ!!」
号令をかけようとしたリコレッタの方に、敵本体が体液を吹きかけてきた。すかさず彼女は大剣で受けの体制をとるが……
「げげっ、あたしの剣が……!!」
体液のかかった部分が白煙を上げて黒くさび付いていく。
「ちいっ、幻覚を破られてなりふり構っていられなくなったか」
ルジェは早速核を狙い、仕込み刀で突きを繰り出すが……
「か、核まで通らない……!?うわっ!」
刀は核を貫くことなく、ルジェは端末がとびかかってきたのを間一髪で回避し、いったん退避せざるを得なかった。
「くっそ、このままじゃ……」
本体から抜かれたルジェの刀も体液を浴び白煙を上げる。あと一突きするのが限界だろう。
体勢を立て直したリコレッタは改めて指示を出す。
「みんな、核なしと本体をつないでる『腕』を狙え!」
「了解ッ」
リコレッタは改めて作戦を号令すると、バークスとダグがそれぞれの獲物で次々と敵の『腕』を切り取っていく。
本体から切り離された核なしの生滴達は、地面にぐでーっと伸びて活動を停止した。
「ララレアさん、俺が核に刀をぶち込むけど、それには奴のあの酸の体液が流れているだろう体組織が邪魔だ。魔法で削り取ってくれないか」
「だからチェザレアですって!!ま、まあ作戦は了解したわ。やるわよッ!!」
そういうと、早速チェザレアは目を閉じ集中を開始した。呪文を使うために呼吸を整え、体にマナを取り入れる準備をするのである。
「ラ=クラウレア=フィン、風で切り裂け!ストームッ!!」
形成された風の刃が、敵の本体である球体に直撃し、体組織が削げ落ちる。
酸の水滴となって降りかかるそれを少しまともに浴びるルジェ。頬が白煙を上げて焼ける。慌てて閉じたマントのところどころに穴が開く……
「グッ……」
「大丈夫!?」
「このくらい……何ともないぜッ!!」
いうや否や、ルジェは飛び出し、むき出しになった生滴の核に、
「でやあっ!!」
刀を突き立てた。ズギィイイインという金属音、そして
「BAAAAAAAAAAA!!!!」
叫びのような断末魔。
生滴の本体を構成していた核と体組織は、地面へ落着し、伸びて動かなくなった。
核から刀を抜くルジェ、抜いたなりその刃が白煙とともにボロボロと崩れ落ちる。限界が来たのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……とりあえず、一番のデカブツは片付いた、のかな?」
チェザレアに尋ねるルジェ。
「……のようね。この調子で、果樹園全体を見回ってもらうわ。早くしないと、あの子たちが心配よ」
「元気だなぁ……だけどとりあえず、メシの続きにしようぜ。腹がすいては戦は出来ぬ」
一行は、ダグからの建設的な提案に従った。