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13-6 銀髪は散る


 ルジェは、セトと初めて会った時以来彼の邸宅となっている、飾り気のない一軒家を訪ねた。

 

 ドアをノックする。……返事がない。

 

「セトー、いないのか?」


 ……予定通り、踏み込んでみることにした。錠前はないが、

 

「パテ・ティブス(開け)」


 ルジェはセトがあの倉庫に入るときのキーワードを思い出し、それを唱えてみると、自然にドアは開く。

 

「よし、上手くいった…………お邪魔します」


 その家は二階建てで、外見通りの飾り気の無い、ニスを塗っただけの板と白い漆喰の壁で構成されていた。ろくな内装はない。

 

 ……生活感すら、感じられなかった。

 

「ふーむ……」


 部屋に入る。居間と思しき、木のテーブルと椅子が二つだけ置かれた部屋。ほとんど使われた形跡がなく、埃が被っている。

 

「まあ、アイツ大統領府に寝泊まりすることも多かっただろうしな」


 次は調理場。かまどと手洗い、洗濯場、その横にはちゃんと壁で区切られたトイレが設置されている。

 

 ……一番奥、勝手口の隅に、セトから受けた最初の依頼で運んだ荷車が放置されてある。

 

「……あれ?」


 この時点で、ルジェは違和感に気づいた。あるはずのもの、有れば目立つものが無いのだ。

 

 二階に上ってみる。そこは、簡素な寝室だった。洋服ダンスと木製のシングルベッド。いずれも、しばらく使われた形跡がない。

 

「……やっぱり、ない」


 無いのだ。あの荷車で運んだ、最も重要なもの。『魔神王ガム=ド』の木像が。

 

「セト、まさか……!?」


 ルジェは急いでセトの家を出る。

 

「主任!?」


 そこで、ディアナとゴドフリーにばったり出くわしてしまった。

 

「……ひょっとして、我々と同じでセト長官をお探しでしたか?」


「ああ。ここには奴さんはいないけど、いる場所の見当はついた。二人とも、時間はあるか?」


「は、はい」


「…………ちょっと、覚悟をしておいてくれ。万が一の場合、『魔神の眷属』と戦う事になる」


 ルジェは、最悪の可能性を考慮に入れる。

 

「それは、どういう事ですか?」


「セトは魔女とのハーフだ。アイツの肉体には魔神の眷属が眠っている……そういう事だ」


「……分かりました」


 ルジェは二人を連れ、北街区へと足を延ばした。

 

 道中、ルジェはゴドフリーとディアナに今のチェザレアの状態について伺う。

 

「大丈夫ですか?連中の斥候が聞いているかもしれませんよ?」


「構わない、チェザレアの状況を知る方が大事だ」


「……かなり、滅入っています。……万が一、何か逆転の手だてが誰かから提示されれば、それに直ぐ食いつきそうなほど」

 

 ゴドフリーは私見を交えず言い放った。

 

「そうか……本当に『悪魔のささやき』があるかもしれない。その時は皆でアイツを止めてくれ」


「主任は」


「出来れば参上したいが、そもそも俺まだ二等市民だから中央街区に入れないんだよね」


「……なら、市民軍の志願兵になればどうです?」


 ディアナから意外な提案。現在の市民軍は今のところ15歳から19歳の全種族男女に対する選抜徴兵制であり、兵士に選ばれた者には中央街区への通行権、馬車代の免除を始めとした様々な補助が与えられる。

 

 そして。この補助を目当てに志願兵になる道も、25歳までの者に開かれているのだ。

 

「俺が一兵卒であることに、今更耐えられるかな……」


「大丈夫ですよ、きっと主任ならやってのけます。ところでそろそろ北街区ですよ、気を引き締めていきましょう」


 

 ルジェがこの北街区に来るのは二度目となる。相も変わらず、壊れかけの建物が放置された酷い場所だ。

 

「この匂い……やっぱりキツいですね。2月の魔神信仰派の掃討作戦を思い出しますよ」


 ゴドフリーはその時、戦闘に参加していたらしい。いつでも獲物であるダーツを取り出せるよう腰に掛けた小物入れのふたを開けた。

 

 あの掃討作戦以来、北街区の治安は安定に向かっているらしい。むしろ二大政党の私兵が火花を散らしている他の場所より安全なのではという、皮肉な考えがルジェに浮かんだ。

 

「……目的地までは歩いて20分程の距離がある。皆油断するなよ」


 

 そうして、一行はあの『倉庫』の前へたどり着いた。

 

 物音を確認……気配のする様子もない。

 

「二人とも、武器を構えろ……開けるぞ。パテ・ティブス(開け)」


 キーワードを唱えると、あの時と同じように、扉のかんじきは燐光を発して自ら動いて抜けていく。

 

 一行は内部へ突入し、

 

「ディアナ、ライトの魔法。ゴドフリーはいざという時に援護してくれ」


「はっ、はい!ラ=セレスティア=ビステ、照らせよ、ライト!!」


 暗闇に包まれた部屋を、魔法の光で映し出す。

 

 奥の調理場を覗くと、鍋が一つかまどの上に乗せてあり、中のスープ……だったと思われるものが腐臭を放っていた。

 

「臭い……ッ」


「我慢してくれ。本命は右側の寝室だ」


 ルジェは、寝室の引き戸を開けた…………

 

 そこには。

 

 

「セトッ!!」


 瘠せこけた頬。美しかった銀髪が四方へ散る。美青年神官は、無残な姿でそこに横たわっていた。

 

「セトッ、しっかりしろ、セト!!」


 そして、彼の傍らには……

 

「魔神像……!!そんな、セトさんが……!!」


 矢張り、あの木像の天の魔神王『ガム=ド』の彫像が置かれていた。部屋の壁にはあちこちに何かを打ち付けたようなくぼみがある。ルジェの記憶には無かったものだ。

 

 ルジェに続き、ゴドフリーが彼の傍により、腕を持ち上げる。

 

「…………脈はありますな。どうします、主任」


「……ここで俺が面倒を見る。2人は帰ってくれ。もしセトの中の眷属がセトを完全に支配したら、犠牲になるのは俺一人でいい」


「しかし、主任」


「戻るんだ。チェザレアに無用な心配をさせるな。……もし完治したら、俺がセトと共にチェザレアの所に行く」


 尚も抗議しようとするディアナを、ゴドフリーが止めるが、

 

「主任、あなた一人で彼に何が出来るんです?」


「……」


 そう、ルジェには医療的な知識はほとんどない。

 

「我々で医師を呼びます。取りあえず、そこで待っていてください」


「待っていて下さいよ、あなたとセトさんが死んだら誰がカーラさんの面倒を見るんです?」


 ルジェは、二人の言葉に頭をかくと、

 

「ふふ、分かった。頼むよ二人とも」


 と堪忍したようにそれを承諾した。


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