13-1 静かなクーデター
― 天精の年、3月25日 バイハラ
帰着したルジェ達を待っていたのは、驚くべき『政変』だった。
3月7日の投票によって発足した庶民院の議員たちは、早速市民公会の『新市民派』を促し、『予算を通して大統領に戦争遂行のフリーハンドを与えた』サンドラ議長の不信任決議案を議会に提出させたのだ。
彼らは、戦争が拡大することによっていずれ自分達が戦場に行かされると恐怖している二等市民たちの多数派の支持を集めており、『新市民派』との連携で市民公会の主流派に政戦を挑んできた。
こうして3月17日、庶民院での議長に対する問責決議案の可決に引き続き、市民公会では『新市民派』の切り崩し工作により与党側から造反議員が多数出て、不信任決議が可決してしまったのである。
議長はこれに対して市民公会の解散を宣言し、翌日全議席が改選。
……こうして、選挙で多数派となった『新市民派』が、政権を奪取したのである。
『新市民派』はバイハラ時代からの基本法を改憲し、市民公会議長が行政のトップを選ぶのではなく、庶民院から首相を選び、彼が行政のトップを選ぶ責任内閣制をスタートさせた。
こうして、伝統ある市民公会の権威と権能は低下し(残る庶民院に対する特権は法案提出権のみである)、庶民院が政治の優先権を得たのである。
それと同時に、大統領の権限も大幅に削減され、特に軍権はバイハラに帰還した同日を持ってあらゆる作戦行動に内閣と議会の承認が必要とされた。
つまり、軍の最高司令官としての大統領は、かってのメッシ総司令官以上の枷を議会により嵌められたのだ。
結果として、二等市民による庶民院の形成は、市民公会の思った以上に政界に変化を与えた。……しかし、これは有事において明らかに悠長な、危険な方向性の変化であった。
上記の報告を執務室でセトから受けたチェザレアの肩が、プルプルと震える……
「こ、これは……これは『新市民派』による独裁制の始まりよ!!大統領府長官のあなたには私に代わってこれらの法案に拒否権を出す権限があったはず、どうして通したの!」
「……それが、この程戦時の予備戦力として発足した新市民軍、つまりは二等市民を動員した市民軍ですが……彼らの温床となりまして、拒否権を行使した場合はクーデターを起こされる可能性がありました」
「な……軍は彼らに一体どんな教育をしてる訳!?」
チェザレアはショックを隠しきれない。誰よりも自治領の、共和国の発展に尽くしてきたサンドラ議長の政治キャリアの最後がこれだとは……
一方、ルジェはチェザレアとは違う見解を持っていた。セトとチェザレアが話したいくつかの事は、戦争前1ヵ月間のチェザレアとサンドラの2枚看板体勢にも言えたことだったから。
「……いっそ、彼らに好き勝手にやらせればどうですかね。二等市民の俺が言うのもなんですが所詮は素人、いずれボロを出して事態を収拾出来なくなりますよ。その時に、サンドラ議長なり他の人間なり、元の体勢に戻せる者をあなたが後援すればいいんです」
「それでは……それでは遅すぎるの!というか求められていないときに意見しないで!」
「……それは失礼しました」
ルジェは思うのだ。果たして、本当に魔神信仰派に海を越えてバイハラまで侵攻する意志があるのかどうか。寧ろチェザレアの方が、精神が滅入って強迫観念に縛られているのではないか。
……何より、イーズ大陸の北にはクーデターが起こったばかりで何をしでかすか分からないウィンダリアがいる事。
連中にとっては、彼らを傅かせる方が先なのではないか?……だからこそ、そのままでは1年以内に手を出してくるだろうアイランとファーマーンを優先したのだろうが。
「……ま、俺が考えていることくらい、チェザレアと軍が考えていない訳がないか」
「そこ、独り言しない!あと言葉遣いに気を付けなさいよ」
「はい、すみませんでした」
そういう訳で、帰還最初のチェザレアの仕事は、(形式的な)現在の庶民院、市民公会議員と内閣の面々の任命であった。
セトとの通信が出航前以降出来なかったこともあって、チェザレアとセトは両議院で行う演説の原稿をこの時までに用意できず、官吏の用意した当たり障りのない開会の挨拶を行うしかなかった。
そして、
「……」
首相の任命式。チェザレアが怒りをこらえている様子なのが、ルジェにもはっきり伝わる。
「我、チェーザレ=アージュ・ム=バイハラは全市民の、全市民の信認の元、汝、カルバリーノ=ミルザ・ド=クナウハラを首相に任じる」
新たな首相、カミーノはバイハラの北にある衛星都市クナウハラの出身。地元のエリート階級のボンボンという雰囲気を強く醸し出している。
立ち並ぶ閣僚の面々には、人間や有毛種に混じって、一人だけ通常種の小鬼の姿がある。
……チェザレアは思う。確かに、確かに自分の祖父は通常種だ。しかし、彼らに政治が果たしてできるのか……
そして……
チェザレアは、これを機にある決断を行う。燃え落ちた孤児院跡地に、新たな孤児院を建設するのである。
「私モ手伝イマス」
「ワ、タシ、も」
「うわっ、しゃべった!!」
建設予定地を訪れたルジェとチェザレアを待っていたのは、ビビッティと……少しだけ人語をしゃべれるようになったバダラカだった。
「ど、努力したんだな」
「ソ、ほど、デモ」
この2人がいれば、孤児院の子供達も安心だろうと思うルジェ。焼け跡の柱陰から彼をにらみつける視線が一つ。
「……全く」
あの時の北街区の小僧だった。どうやらまだ完全には馴染めていないらしい。
チェザレア立ち合いの竣工式も無事終わり、……そして、大統領の仕事は……
― 天精の年、4月1日 バイハラ
儀礼的な出来事が、そう何度もあるわけではない。以前は軍部とチェザレア作戦に関する綿密な打ち合わせがあったが、それももう内閣の承認なしにはできない。
事務的な仕事は大体セトがやってくれる、となると……
「ねぇ、ルジェ君……暇……」
ほとんどハンコを押すだけの毎日がここ数日続いていた。
「まあ、この2ヵ月間ほとんど休みなしだったじゃないですか。たまにはこんなのもいいかもしれませんよ」
「『新市民派』の連中、私を単なるお飾りにするつもりなのね……はぁ」
いや、チェザレアがきちんとした目的意識を保ち続けていれば、やることがないわけではない。それは今後の計画を練る事だ。
しかし、ここ2ヵ月分の疲労が一気に出たのか、ファーマーンの安定によって当面の危機が去り安心したのか、今の彼女には活力が無かった。
その時。扉がノックされる。
「大統領閣下、失礼します」
入ってきたのはセトだった。彼は入室するなり、大統領執務室の平穏をぶち壊す爆弾を放り投げる。
「ご報告いたします。……アイラン王国が、滅亡した模様です」
その突拍子もない報告に、目を丸くするチェザレア。ルジェも驚きを隠しえない。
「な、なに、それ……どういう事?」
「ファーマーンでの敗戦後、爬虫人小作人らの一斉蜂起をきっかけに、帰国した女王エリアの統治を貴族たちが拒否、群雄割拠の状態になったのであります」
確かにあの戦いで、チェザレア率いる共和国、ファーマーン連合軍はアイラン王国軍を散々に打ち破った。
しかしそれは、あの場にいた総勢2万人程度、アイラン王国の総兵力からすれば10分の1にも満たないはず……
どうして、其処までの影響が出るのか。
「じょ、女王エリアは?」
「未確認の情報ですが……ファーマーンからの敗残兵だけを率いて反乱軍と戦う事になり、そのままデルタイーズで戦死したと……」
「……」
チェザレアは爪を噛む。こんな事態を望んでは居なかった。仮にもアイラン王国は人間国家では最大の国である。そして女王エリア自身も『火の巫女』、世界の安定に必要な存在の筈だった。
チェザレアとしてはこれを機会に講和条約を締結し、場合によっては魔神信仰派と戦う同盟国とする戦略もありえたのだ。
その目論みは、これで儚くも潰えた。
「チェザレア、確かに驚くべき情報だけど、これ不味いのか」
「ええ不味いわよルジェ君。……その、魔神信仰派が干渉した形跡、あるいはホークガルドの干渉があった形跡は?」
「現在調査中です」
「でしょうね……」
北のホークガルドは、かってのアイラン領から独立した経緯からアイランとは激しく不仲だったが、世界征服による平和の実現を目指したという先代、英雄王オットーならともかく、今の女王、「風の巫女」アイーダがそれを望むとは思えない。
そもそもエリアとアイーダには身の上の共通点があり、お互いに個人的な親友関係の筈だった。
「だとすれば、魔神信仰派の介入か……奴らめ」
これで火の巫女が滅び、そして水、地と天も生死消息とも不明。
「巫女の死がどういう状況を引き起こすのか、バイハラ大学の魔術師達に調査させれないかしら」
「はい。以前ドゥネ=ケイス戦役中に3人の巫女がほとんど同時期に亡くなり、戦乱の中て魔神王が降臨寸前まで至りました。巫女の死との因果関係、そして今回これに近いことが起こりえるのか、バイハラ大学へ訪ねましょう」
ようやっと、大統領に新たな仕事が出来た模様である。




