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半亜人(ハーフ)と共に行く精霊世界ーエスティールに吹きあがる炎  作者: 水素(仮名)
第1章 小鬼の姫君
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1-3 犯人と半人


「このっ、このっ、このっ!!」


 少女……チェザレアは彼女より二回りも小さい女の子に襲い掛かろうとその液体の体を伸ばす、生滴スライムをその右手に持つ、装飾の施された銀色の杖ででめった打ちにする。

 

「はぁ、はぁ……」


 彼女の顔に、疲れの色が見えた。ルジェ一行も彼女に追いつく。

 

「……無理が顔に出てるぜ、後は俺たちに任せて休んでな」


 ルジェは彼女の手を取ろうとするが、

 

「うるさいっ!!」


 チェザレアがそれを撥ねのけたときに、彼女の顔が緑色がかったのをルジェは見逃さなかった。彼女の顔の色が、生滴スライムに襲われそうだった女の子の顔の色と一致したのである。

 

「……驚いたな、あんた自身もハーフだったのか」


「あっ……」


 羞恥心からか動揺するチェザレア。顔一面に緑色が広がっていく。あんぐりと開けた口元から見える下の歯も、犬歯が普通の人間なら1対のところ2対あるようだ。

 

「そ、そうよ、正確にはクォーターオーク。そんなことより、あなた方の助けなど……」


 チェザレアの顔色が元に戻っていく。


「要らないって言える状況じゃなさそうだな」


 ダグがチェザレアの言葉を遮った。周囲には植えて一年ほどか、育ち切っていないリンゴの木の苗が等間隔に植えられているが、その根元から1匹、また1匹と生滴スライム達が這い出して来る。

 

「あたしの出番のようね」


 うっきうきで背中に担いでいた大剣を振り出すリコレッタ。ブォンという風切り音とともにくろがねの塊が姿を現す。

 

「待ってください!そんなものここで振り回したら、苗ごと切られてしまいます!」


 チェザレアは静止するが、

 

「いずれもう枯れてるよ、こんだけ生滴スライムに養分を吸われちゃね。それより身の安全を考えな」

 

 バークスもそういいつつ、獲物のカトラスを腰に付けた鞘から抜く。

 

「けぇーっ、こいつら相手じゃ自慢のコイツが錆びちまうぜ。ま、仕事仕事」

 

 ダグもダガーを構えた。ナックルガードに描かれた派手な装飾が目に付く。

 

「魔石付き……!」


 チェザレアが驚く。

 

「そんなにこれが珍しいのかい、嬢ちゃん。ま、見てなって」

 

 

 不意に戦闘が始まった。敵の先方は3匹、飛び跳ねてリコレッタを囲もうとするが、

 

「フンッ!!」


 風切り音。大剣の一振りですべて両断されてしまった。ついでに周囲の苗もスパスパっと両断されてしまう。

 

「口ほどにもないね」


「待てよ姉御……こいつら、核を持ってねえぞ」


 襲い掛かってきた生滴スライム一体をカトラスで袈裟懸けにしながら、バークスがリコレッタに話しかける。

 

「核がない?そんな馬鹿な」


 そういいつつ、チェザレアに近づいていた一体を、ルジェが仕込み刀で切りつける。

 

「……確かに、なんというか、手ごたえを感じない」


 チェザレアは仕込み刀を凝視する。

 

「……面白いものを持っているのね」


「気になるのか?」


 ルジェの死角から、二人ににじり寄る生滴スライム


「そうね……ラ=クラウレア=フィン、風で切り裂け!ストームッ!!」


 その生滴スライムを、チェザレアが魔法で呼び出した風の刃がバラバラにし、巻き添えで近くの苗も吹き飛んだ。

 

「……あの時に、私に襲い掛かろうと思えば襲い掛かれたってことね?」


「あの時?」


「昨日のパレード」


「あ、ああ……」

 

 ルジェは思い出した。パレードの3台目の馬車にいた、ドレス姿の少女は彼女だったのだ。

 

「危ないッ!!」


 今度はチェザレアの背後、すぐそこにある苗木を伝って彼女の無防備な背中に襲い掛かろうとしていた生滴スライム

 

 ルジェはチェザレアをかばおうと、とっさに飛び出して彼女に覆いかぶさる。

 

 直後、ルジェの背中に熱く、ぬるっとした感触がマント越しに伝わる。

 

「ちょっと、無茶しないでよッ!!」


「あんたの方こそ、足手まといになっているの自覚していないのか」


「どういう事よ」


「俺たちは生滴スライム退治として依頼を受けてる、だけどこの場に依頼主の娘のあんたがいるせいで、あんたを守らなき……ンンンッ!!!」


 生滴スライムが、その伸縮自在の体でルジェの首筋に巻き付いた……

 

「足手まといはどっちよ、新米冒険者君、いや、へっぽこ暗殺者君と呼ぶべきかしら」


 ルジェの首筋が締め付けられる。

 

 ― 目の前がくらくらする、やばい、俺、こんなところで死ぬのかよ……

 

 ルジェが絶望に浸った時、一筋の希望の光が生滴スライムを断ち切った。

 

「おいおいお前ら、夫婦漫才は事が終わってからにしやがれよ」

 

 ダグの突き出したダガーが、ルジェの首筋を切ることなく、巻き付いた生滴スライムだけをを突き通してはがしたのだ。

 

「かはっ、はー、はー……」

 

 締め上げから解放され、大きく息を吸うルジェ。チェザレアに倒れ掛かる。

 

「……夫婦漫才とは心外ですね」


 ルジェをよかして立ち上がるチェザレア。埃を振り払う。


「もう一手遅れてたら酸の体液がにじみ出てきて、ルジェの首が体からおさらばしちまうところだったぜ。そうなりゃ次は嬢ちゃんの番だったところだぞ」


「それは失礼しました、お心遣いに感謝」


 チェザレアは倒れこむ青髪の青年に、手を差し出した。

 

「……ほら、寝転んでないで仕事をしなさい。かばってくれた分は報酬に加味してあげるから」

 

「……あ、ありがとう」


 ルジェは彼女の手を取り、起き上がった。

 

 

「……せっかく孤児院のみんなが植えてくれた苗が……」


 一行は生滴スライムの群れを難なく撃退した……ただし、多数のリンゴの苗を巻き添えにして。

 

「生命力のある木ならまた伸びるよ。それより、孤児院で引き取ってる子って、まだ何人かいるのか」

 

 リコレッタがチェザレアに尋ねる。


「はい、あと4人……ジェラルドには、今日は作業に出さなくていいと何度も念を押したのですが」


 小鬼オークのハーフだろう、緑色の肌の女の子が、おびえた目でリコレッタを見る。

 

「……そんな目で見ないでよ、小鬼オークと違って取って食いはしないから」


 食人行為……小鬼オークが人間から敵視される理由は多々あるが、これほど禁忌に触れるものはあるまい。

 

「自治領では食人は法律で厳格に禁じられています。あなた方は小鬼オークに偏見を持ちすぎです」


「だけど、時折欲望に抗えない連中が出てくるだろ。自治領じゃ一日に一件は食人を目的にした殺人が起きているって統計があるらしいぜ」


 ルジェは学校で習った事実を言うが、

 

「その犯人は犯行をしでかした時点で私権をはく奪されるわ。あなた達冒険者に討伐依頼が来たりするでしょ」


「……だけど、こうしてあんたが孤児院を作らなきゃならないほど、人間と小鬼オークが一緒に生活して不幸になることが多いんだろ」


「それは……」


 通常、小鬼オークは雌雄同体だが、基本的な性質は雄だ。……すなわち、ここにいる子供たちは、


小鬼オークに誘拐されて、あまつさえその子供を孕まされた女の子を、俺は知っている。……彼女は自ら命を絶ったよ」


「だけど、……生まれてくる命に罪はないわ。だから孤児院を作って、この果樹園で彼らに作業させているのよ」


 二人の間に、ピリピリとした空気が走る。

 

「はいはい、脱線した問答はそこまで。続きは生滴スライムどもをどうにかしてからにしてくれ」


 パンパンとダグが手を鳴らし、エスカレートしていた二人を止める。

 

「……それにしても、連中核を持っていなかったな……」


 バークスが最も奇妙な部分に気を回す。

 

「連中は身体機能を維持するために核が必要……学校じゃそう教わったけど……」

 

 ……一行は、考え込んだ。

 

「……待てよ」


 ルジェは苗木の倒れ方、すなわち戦闘の行われた場所を確認して一つのことに気づいた。


「円状に、苗木が倒れている……?だとすれば、核は……」


 おそらく、円の中心に核があるはず。しかしそこには何もいなかった……いや、『いないように見えた』のだ。


「この中に、Cランクの地精魔法を使える人はいるか?」


 ルジェは、過去に経験したあることを思い起こした。

 

「お、おう。俺自身は使えないけど、ダガーの魔石に術式を組み込んであるぜ。だけどそれがどうしたってんだ?」


 ダグが聞き返す。

 

「昔、サーカス団が村に来た時だったか、サーカスの象が何の前触れもなく突然消えて、乗っていた人がまるで空中浮遊しているようになったんだ。みんな驚いていたんだけど、村長の娘、カーラだけはそのからくりに気づいて、土精魔法『ディスイリュージョン』でその幻覚……すなわち、象が消えているという幻覚を破ってしまった」


 あの時のみんなの『なぁーんだ、魔法で消していたのか』という残念な顔がルジェの脳裏に焼き付いて離れない。

 

「何が言いたいんだ、ルジェ」


「……つまり、いま撃退したのは生滴スライムの群れじゃない。一匹の大きな生滴スライムが、自分を群れだと幻覚で俺たちに思わせているんだ」

 

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