12-8 別れ
― 天精の年、3月8日 午後5時、ファーマーン郊外アイラン軍総司令部
エリアは完全に意気消沈していた。
「ぐ、『グラン=ドーファン』が沈むなんて……」
クサヴィエから通信機でその報告を聞いた彼女は、半日間塞ぎこみ、今ようやく今後の方針を決める会議が可能な状態となったのである。
何より、政権を支えてきた大貴族であるパンデスクィーヌ公の戦死は、今後の彼女の王国統治に大きなマイナスとなっただろう。
更に先ほど、アスウァンに対する共和国軍の攻撃が開始された事、ラヌカバードがファーマーン軍の手に落ちたことが伝令によって伝えられる。
『チェザレア作戦』の要点たる『首都のアイラン軍を釘付けにして他所の援軍へ向かわせない』は、こうして完全な成功を見たのである。
「陛下、恐れながら申し上げます。……敵の要求を飲み、『停戦』するべきです」
ホッツは自身の意見を歯に布着せずに言う。
「な、何を言い出す!そもそも貴様が物資集積所を焼かれるから、精霊宮にこもる敵に攻勢がかけれないのだろう!」
「それは大変申し訳ございませんが、現状を受け入れるべきです。5日後には、我々は『停戦』ではなく『降伏』せざるを得ない状況に追い込まれるでしょう」
「このファーマーンでは我々の方が数で勝っている、何故降伏する必要があるのよ……って、まさか!」
言ってエリアは気付いた……それ自体が、敵の作戦の目的であることに。
「……そうか、このファーマーンの戦力を他に回させない、それ自体が敵の目的だったのいうの……」
エリアは考える、ならばアスウァンが無事な内に野戦でその包囲軍を撃破することに最後の望みをかけるべきでは、と。
しかし、ファーマーンは首都。それを放棄したとなると自らの傀儡政権の正統性は完全に失われる……
「……精霊宮へ使者を。停戦の協議を開始するわ。……但し、但し、……此処の軍の中からホッツ、あんたのも含めて3個連隊6000人をアスウァンに増援へ回し、ここには2個連隊4000人だけを残す」
エリアの言ったのはいわゆる完全充足人数だった。実際の総兵力は交戦時の消耗と兵糧が焼かれた結果としての脱走により9000人程度となっている。
「そ、それでは逐次投入です。我々が到着するまでアスウァンがそもそも無事かどうか」
「無事じゃなくとも、やらなきゃならない時があるのよ」
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結局、ホッツの見立ては当たっていた。
城塞都市でもあったアスウァンだが、砲兵の火力の前に刀剣や魔法による攻撃を前提とした壁はもろかったのである。
半日間の砲撃の後、翌朝、3月9日午前9時に城壁の各所に空いた穴から総攻撃が開始され、更に蜂起していたファーマーン軍も彼らに合流。
ホッツ達3個連隊が現場にたどり着く午後2時には、既にアスウァンは白旗を上げていたのだ。
「あちゃー、言わんこっちゃない」
ホッツは伝令を出しアスウァンの陥落をエリアに報告、その後敗残兵を回収しつつ退却した。
こうして、アイランの王子をファラオに迎え入れようとした元凶である神官団は、その象徴たるアスウァンと共に没落への道をたどり始めた。
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― 天精の年、3月9日 午後5時、ファーマーン精霊宮
「大統領閣下、アスウァンが陥落した模様です」
伝令からの報告を受けたルジェは、チェザレアにそれを伝達する。
戦争開始から4日。『解放軍』はその目的を達しつつあった。
「それなら、妥協は必要ないわね。あの時放送で言った内容を、連中に確実に飲ませるわ」
既に停戦協議は開始されていたが、双方より有利な条件で講和できるよう模索が始まっていた。
「カシュナート高原周りの情報も引き出すべきね」
チェザレアは、今日『権威者』への謁見を申し出た、カシュナートの遊牧民ライタイ氏族の使節を見て、アイラン王国がそちら周りで増援を回して来る可能性も考慮に入れるべきと考えた。
「最も、一切の妨害が無い前提でも一か月かかるルート。普通増援を回すなら海路を使いたいわよね……」
そして、彼が無事『権威者』であるアナーリに謁見出来たという事実そのものが、アイラン王国軍の包囲網が弱まっていることを示していた。
かくして、翌日。天精の年、3月10日 正午。
アスウァンを陥落させた共和国軍主力が自らの元に迫る中、ついに女王エリアは供回りと共に精霊宮を訪れ、ドゥネ=ケイス共和国大統領チェザレアとファーマーン国政府の出した停戦協定に調印。
「こ、ここ、これで、これで勝ったと、思うなよぉーッ!!!」
極めて大人げないこの台詞を、エリアは平然とチェザレアに向かって言い放ったという。
かくして彼女とアイランの敗残兵たち、そしてファーマーンからの避難を求めるアイラン人たち、合わせておおよそ3万人がベルベル港よりこれまた半壊したアイラン王国海軍によって運ばれていく。
それらの後始末も3月15日にはひと段落し、ファーマーンの新体制は完全にスタートした。
同日、アイラン王国側から講和の使者としてノーマンディア候クサヴィエが王都ファーマーンを訪れ、ドゥネ=ケイス共和国、ファーマーン国、アイラン王国の3国間の正式な講和条約が締結される。
1・ドゥネ=ケイス共和国とアイラン王国は、権威者アナンタをファーマーン国の統治者としてこれを認める。
2・アイラン王子3名のファーマーン王位継承権は、これを完全に放棄する。
3・ファーマーン国がアイラン王国と結ばされた、不利な条件の貿易協約は、これ全てが破棄される。
4・ファーマーン国内で現在頻発しているアイラン人への弾圧は、以降軍を持って取りしまる。
5・上記4点が守られる限りにおいて、締結国3国は和平を維持する。
上記の内第4鋼を厳守するため、共和国軍は早期の撤兵が決まり、ファーマーン軍による治安維持活動により以後アイラン人への略奪はほぼ停止された。アイラン人への略奪を野放図としたのも、これを取引材料にしようというチェザレアの計算だったのだ。ここに、後に『5日間戦争』と呼ばれる事となった、エスティール南部の3国の戦争は、権威者アナンタの支配権確立、共和国とファーマーン連合軍の勝利という形で終結したのである。
そしてそれは、一つの別れでもあった。
「アナーリさん。あなたに俺たちは重い責任を背負わせることになってしまった。その点に関しては、大統領ともどもお詫び申し上げたい」
ルジェとチェザレアは国家の指導者となった彼女に、頭を深く下げる。
「頭を上げてください、ルジェ君、お嬢様。……大丈夫ですよ、私は」
「しかし」
「私の前ではかしこまらなくて結構です。あなたの主はあくまでお嬢様、いえチェザレア大統領なのですから」
「そう……ですね」
最後の挨拶は、ぎこちないものだった。
「……また、いつか一緒に冒険しましょうね、ルジェ君」
「はい」
「元気で、アナーリ……」
その言葉が果たされる事がないとは分かっていても。そして決して、いい思い出だけがあるわけで無いことも承知の上で、
ルジェは、彼女との思い出をセピア色の心の引き出しにしまい込み、精霊宮を後にした。
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― 天精の年、3月17日 ベルベル港
「何ですって……それは、それは本当なの!?」
帰国の途に付こうとしていたルジェ達に、セトから通信機によって驚くべき情報が通達された。
「はい。本日、市民公会にてサンドラ議長の不信任決議案が可決しました。明日、市民公会の議席は……!!」
そうセトが言いかけた時、通信機のマナ残量が切れる。
「……なんて、事……」
肩を落とすチェザレア。
「大統領閣下、気をしっかり!兎に角、本国へ急ぎましょう!!」
陸上部隊と大統領一行の収容を完了した共和国海軍は、そそくさとベルベル港を出航し、本国、バイハラへと舵を切った。




