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半亜人(ハーフ)と共に行く精霊世界ーエスティールに吹きあがる炎  作者: 水素(仮名)
第12章 5日間戦争
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12-6 望んだ膠着状態



― 天精の年、3月7日 正午 ファーマーン精霊宮


 あのファーマーン全土への即位宣言、アイランへの宣戦布告から丸一日。

 

 戦線は膠着状態となっていた。

 

 数で勝るアイラン王国軍は、あの大精霊での攻勢以来積極的な攻撃に出てこず、散発的な戦闘が包囲網全体で続いている状態だった。

 

「こちらの疲弊を待っているな……」


 兵員の数と質で劣り、しかもこちらは包囲下、精霊宮に貯蔵された兵糧や弾薬も限られている。ルジェは危機感を禁じ得ない。

 

「大統領閣下。我が軍が持ちこたえられるのは、このままでは後2、3日です。共和国軍の増援が来るまでは、とても士気が持ちそうにありません」


 ルジェは重傷を負った体を魔法で治療され、今日も各部隊を回って督戦しているが、戦死者の補充が効かないのが致命的すぎる。

 

「兵力が少なくなればファーマーン軍の精鋭だけを集めて精霊宮のみでの籠城策を取るわ。元よりそれが本来の作戦……入りきらない兵士は、見捨てることになるわね」


 チェザレアは非情な決断も考慮に入れていたが、


「我々の為に蜂起してくれた人々を見殺しには出来ません。俺は反対です」


「ではどうすると?」


「この位置……包囲網の『D集団』区画より南100メーの場所に、敵の物資集積所があるという未確認の情報があります。俺が単身で確認し、その後攻勢をかけて此処を奪取します」


「危険すぎるわ、罠の可能性がある」


 激しい意見が交わされる中。

 

「すみません、二人とも」


 アナーリが二人の間に割って入った。

 

「……私に案があります。聞いていただけますか?」



 アイラン王国軍とて、一万人の軍隊を補給するための十分な兵糧を所持している訳ではない。

 

 そこで、彼らは大量の紙切れを用意していた。いわゆる『軍票』である。

 

 戦後に同額の金品と交換できることを保証したうえで、これを使って民衆から兵糧を買い付けていたのだ。

 

 ただし、額面通りの金品を払うつもりはアイラン軍側には毛頭なく、これは形を変えた略奪と言える行為である。

 

 ……そして、その包囲軍用の兵糧は、北と南の市内2箇所の集積所に集められていた。

 

「……やはり、水路はノーマークですね、甘い、甘いです。噂で私が半人魚ハーフマーメイドであることは知れ渡ってるはずなのに……」


 人魚の姿に戻ったアナーリは市内各所に走る水路を伝ってひそかに移動、橋の下を隠れ家としてそれを偵察し、夕方までにその事実と集積所の具体的な位置を割り出した。

 

 この過程でルジェが掴んだのが偽情報であり、攻勢を誘っていることも露見し、実際の集積所はより50メー南に置かれていることが分かったのである。

 

 

「全く無茶をなさる……捕まったらどうするつもりだったのです」


 チェザレアはあきれ顔で言う。

 

「最前線でエアブレードを詠唱したお嬢様には言われたくありませんね」


「うー」


 チェザレアのふくれっ面も可愛いとルジェは感じた。


「では大統領閣下、ラフハーンの立案した集積所奪取作戦案を上申します」


 ラフハーンの作戦案はこうだった。まずは『D集団』による夜襲を偽の集積所の地点にかけ、敵の攻勢を逆に誘う。


 そして、昨日の負傷兵の治療が完了し、担当区域がマグマだまりになったために予備戦力となった『A集団』の兵力を、『D集団』の後方と攻勢の真の主力である2つ隣の『F集団』へ配置。

 

 わざと逃げ帰って来た『D集団』と『A集団』の半数が敵の攻勢を受けるとともに、隣の『E集団』と『F集団』が時間差で攻勢を開始、物資集積所を奪取、『A集団』の残り半数が持てる分の物資を精霊宮へ運び入れ、残りを燃やす。


 『F集団』はルジェの直卒、『D集団』はラフハーン自身が担当することとなった。

 

「攻勢開始時に私もエアブレードで援護するわ」

 

「しかし大統領」


「大統領命令です」



 午後7時。


「莫迦め、やはり奴ら物資を欠乏してやがった!!」


 アイラン軍の包囲指揮官の一人、傭兵隊長ホッツは偽情報を流す作戦の立案者である。

 

 夜襲に出てきた『D集団』を広場へ誘導し、其処を3方から叩く……筈だった。

 

「やっちまえッ!!」


 傭兵部隊が剣を抜き、一斉に『D集団』へ襲い掛かる。

 

「罠にかかったか……ひるむな、槍兵小隊を殿に防戦し、他の者は広場の入口へ急げッ!!」


 ラフハーンの的確な指揮で、退路は確保され『D集団』の損害は最小限に抑えられた。

 

 彼自身も広場に残り、敵の注意を引く。

 

「あれが敵将の一人だ、討ち取って手柄にしろッ!!伝令兵、女王陛下に伝えろ、もう直ぐ敵陣に大穴が開くってな!!」


 ホッツはノリノリでラフハーンを討ち取るべく周囲の部隊を増員に回し、更に『D集団』の退路を読んで部隊を回り込ませようとする。

 

「よし、引き上げるぞ!」


 ラフハーンはそれらの部隊を引きつけつつ槍兵たちと後退を開始、

 

 結果的に、ホッツの部隊は縦に伸びた遊兵だらけの状態になってしまった。

 

「しまった、こりゃまさか……」

 

 ホッツは逆に罠にかけられた可能性に気づく。

 

 ― その刹那……彼の頭上を、エアブレードの斬撃が通過した。

 

「な、何だッ!?」

 

「報告します!敵中央、敵右翼が攻勢を開始しましたッ!」


「糞ったれ、伝令、伝令ッ!!奴らを追っている部隊を下がらせろ、早くッ!!」


 しかし勢いの付き過ぎた攻勢を直ぐに停止することは難しかった。ラフハーンにひきつけられた彼の部隊の先方は、予備として待機していた『A集団』の一斉射撃で大きな損害を出し敗退。

 

「俺に続け!」

 

 そして、ルジェを先頭に攻勢を開始した『E』、及び『F集団』はラフハーンの方へ増援を供出したため手薄になった前線を突破し、物資集積所まで一気に到達した。

 

「閣下、このまま南翼の逆包囲が可能なのではないでしょうか」


 A集団の伝令兵、セッカがルジェに提案するが、

 

「いいや、敵はまだ予備兵力を残している。何よりこっちの目的は増援が来るまで耐える事、ここは作戦通りにするんだ」


「ハッ、失礼しました」

 

 ルジェ達はそのまま『A集団』の要員に物資を運べるだけ運ばせると、『F集団』が残った物資に火を放つ。

 

「よし、引き揚げろっ!!」


 こうして、精霊宮の部隊は物資の欠乏の危機は脱した。

 

「皆さま、お疲れ様です。これらは市民からの徴発品であることを忘れぬように、大切に使いましょう」

 

 自らも作戦の立役者である権威者スルターンからのねぎらいの言葉と共に、夜は深まっていく。

 

 ルジェを含む兵士達は、精霊宮の柱や前線近くの家の壁など、思い思いの場所で眠り始めた。勿論夜襲の警戒を命じられた兵士もおり、夜襲があった場合は彼が火魔法Cクラス、ウェイクアップの魔法で皆を起こす形になっていた。


 2日目は双方、決定的な損害を受けることなく過ぎ去っていく。しかしアイラン軍の兵糧の半数が失われた事は、彼らに確実に動揺を与えていた。

 

 

― 天精の年、3月8日 朝



 アイラン側からの攻勢は散発的なものも無くなり、前線には不気味な静寂が訪れた。

 

「包囲を抜けることが、今なら可能なのではないでしょうか?」


 アナーリが提案する。そもそも、彼女一人ならいつでも逃げられることが昨日発覚したばかりだったが。

 

「いえ、我々の目的はここに留まり、我々を包囲している兵を他所の増援に回さないことです。このまま防戦を継続しましょう」


 チェザレアは思う。恐らく、今日がこの戦争の最大の正念場となるだろう。

 

「頼むわよ『弓覇王』。我が国の運命をあなたに預けるわ」

 

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