11-3 砂の大地と政変
― 天精の年、3月4日
ガレオン『グランドト=ハン・ミルアーク』は予定通り、ファーマーンの玄関口であるベルベル港へ入港した。
ファーマーンはいわゆる5大国中、ウィンダリアに次いで国力、国勢の低い国であった。総人口は500万人ほど、そのほとんどは人間である。
一見砂漠だらけで何もない土地に見えるが、あちらこちらに貴金属や魔石の鉱山を持ち、また点在するオアシスでは少なくとも自給は可能な農業生産力を持つ。
かってこの国は、カジャーン小大陸全体を支配するだけの国勢を誇っていた。国家を支える神官団と鉱山や農地を支配する貴族は火の大精霊の子であるファラオの元強大な権威で人々をまとめ上げ、魔神を信仰していたカサ=ハン朝を初めとする敵国を次々平らげた。……そして、そのファーマーン最盛期に小大陸東側の玄関口として建設されたのがバイハラである。
しかし絶頂は、衰退の始まりでもある。神官・貴族・ファラオの国の権威を支えたトリニティはやがて利権を求めて対立し、混乱の中で小大陸東側を手放さざるを得なくなった。
ドゥネ=ケイス戦役中に一度王都ファーマーンを『闇覇王』オ=ドロン率いる死霊軍団に落とされ、王家も王女一人を除いて壊滅。
同国出身の5大英雄の一人、アル=サイードが王女を娶って再興し、これまでの封建的、神権的な治世を改め、ドゥネ=ケイスや北のホークガルドに習った中央集権的な官僚システムの構築を図ったが、それに反対する神官団と貴族は(アル=サイードが彼らからして卑しい身分の出であることも手伝い)王女を核として反ファラオ勢力を形成。
アル=サイードは旧弊を一掃しようと反対派を意図的に暴発させ、両派の内戦がこの砂漠の地を焼き尽くした。
反乱終息後、アル=サイードによる統治が未だ続いていれば今の地位にこの国が甘んじては居なかっただろう。しかし彼は志半ばで暗殺され、王女も反乱の最中に死亡(死因は諸説ある)していたため王家は完全に断絶。
アル=サイードが残した官僚機構がこの地をファラオなしで統治することになったものの、最高意思決定機関を欠いた治世は方向性を見失い、神官団も巻き返しを図り策動をつづけた。
古代の慣例を復活させ、火の巫女の子をファラオに迎えるのは権力闘争において神官団が勝利した証といえる。
……但し、その巫女がアイラン国王である以上、その行為は国家のアイランへの身売りに等しい行為であったが。
一行が桟橋に降りてまず感じたのは、濃厚な砂の匂いだった。
「……コホッ、何度か来たことはあるけど、相変わらずの砂埃ね……」
ファーマーンの砂は、風向きによってはバイハラまで飛んできて大地に茶色いベールを形成する。
しかし、それも本場の砂の海にはかなわない。
桟橋から岸壁に移った先には頭にターバンを巻き、30cmはある長柄の曲刀を構えた儀仗兵が立ち並び、最敬礼をして出迎えてきた。
「なんであんなに柄が長いんだ?そこまでするなら槍にすればいいのに」
とルジェが疑問に思うと、
「投擲時のバランスをあれで調整しているのです。彼らを怒らせてはいけませんよ、ルジェ君」
とアナーリが解説を入れた。
「お待ちしておりました、大統領閣下」
ファーマーン側からの案内人に付き添われ、そのまま一行は明後日の戴冠式に間に合うように王都への旅路に出る。
「ここから先は全部歩きか……」
砂漠地帯は馬車が使えない。マント型の日よけは一行分用意してきてあるので、ここでルジェが配布する。
「今日はアスウァン神殿で一泊し、ファーマーン到着は明日になります」
砂漠の移動手段というとラクダがあるが、気性が荒く素人が乗用に使うことは出来ない。荷物をラクダの背に積み上げ、徒歩2日掛けてファーマーンへ移動するのだ。
厳しい日差しが、一行を照らす。
「こりゃあ、襲撃する側から見たらカモだな」
ルジェはそう思わざるを得ない。砂で足は取られる、暑さで体力は削られる、……リスクの多さはルジェを迷わせていた。
「はぁ、はぁ……」
チェザレアの様子をうかがう。『グランドト=ハン・ミルアーク』の甲板上で多少トレーニングの時間を作ったが、実際に延々と続く砂地を歩くとなると勝手が違う。かなり疲れているようだ。
昼食をとる予定だったオアシスの村に到着する頃には、既に太陽が西へ傾きつつあった。
案内人から役場へ通され、そこで昼食と休憩を取ることとなる。
「……」
出されたのはドライデーツとラクダの乳。質素とまではいかないが、客人をもてなすものとも思えない。ルジェが毒味し、その後で全員でいただく。
疲労からか、まともな会話が交わされることはなかった。しかし、会話がないことが悪いことばかりではない。
「……大統領と聞いてどんな大軍が来るかと思えば、たった6人ぽっちか」
「そう言うな。ああ、アル=サイードがご存命ならば……あの噂が本当なら」
「しっ、言うな、聴こえるぞ」
隣の部屋で案内人と村の若い衆が小さな声で話しているのを、ルジェは聞き取っていた。……あの噂とは、何なのだろうか?
食べ終わったころ、チェザレアが服につけていた羽飾りが光る。
「……向こうから通信?何かしら……」
チェザレアが『オ・ドブロ(乗せよ)』と唱えると、羽飾りの光は役場の壁まで伸び、そこにセトの像を映し出す。
「大統領閣下、身辺をお騒がせして申し訳ありません。……ウィンダリアで政変が発生し、アルバート卿が王位につかれたそうです」
「アルバートが?」
まずそのニュースに驚いたのはルジェだった。彼は妾腹の筈。
「セト、そりゃどういう事だ、他の王族は」
「……魔神ライ=ホーに皆殺しにされたらしいよ。そして、ライ=ホーをアルバート卿が討ち、やがて彼が王の落胤であることが明らかとなって……という事らしい」
まだ何か言いたげなルジェをチェザレアは制す。
「分かったわ、ありがとう。……今のところ、我が国の情勢を大きく左右はしないだろうけど……慎重に彼を見極める必要がありそうね」
「御意。こちらも情報収集に努めます」
「それでは」
通信は打ち切られた。光とセトの像はさっと消える。
「大統領閣下。……私見を述べていいでしょうか」
ルジェが切り出す。
「どうぞ」
「ライ=ホーを使役し、王族を皆殺しにしたのはアルバートで間違いないでしょう。……ただ、その後ライ=ホーを討ったというのは、実際にアルバートが不要になったライ=ホーを討ち滅ぼしたのか、それともそう見せかけたのかどうなのか、……彼が魔神信仰派と繋がりがあるとすると妙な動きです」
「……ふーむ、魔神信仰派に下るのならライ=ホーを始末する理由はないわね」
「……奴は、何を考えているのか」
一末の不安を胸に一行は行軍を再会し、アスウァンへの道を急いだ。




