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半亜人(ハーフ)と共に行く精霊世界ーエスティールに吹きあがる炎  作者: 水素(仮名)
プロローグ 世界を変え損ねた青年の話
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プロローグ3 覇者の威光


 遥か西、プレイリア小大陸の文化国家アイランの王都は貴族たちの邸宅が立ち並ぶ優美な大都市だという。

 

 その北、新興のホークガルドの王都ウェスタはもともと要塞として計画された、整然とした街並みを持つ。

 

 今やオーク共の帝都となったイーズ小大陸の首都カハンもまた、奴らなりの美学によって建てられ、奴らから見れば美しい都市らしいのだ。

 


 ……だが、このバイハラは違う。共和国時代の建物、占領後に建てられたオーク共の邸宅、そして遥か昔、かってはこのカジャーン小大陸全体を支配したという西のファーマーンによって建てられた古い建築群。それらが全く無秩序に打ち立てられたそれは、おぞましい混沌のエネルギーを抱えた怪物のような存在にルジェには思えた。


「……この街をこの空気から解放するために、俺たちはやってきた」


 しかし、通りからおいしそうな匂いが漂ってくると、そこは田舎者の悲しいサガ。


「凄いねルジェ、あっちにも、こっちにもお店がある!」


 一足先に匂いにつられたカーラが、駆け出してあっちやこっちを指さす。ルジェも、朝から自分が一食もしていないことを思い出した。


「ああ、これがバイハラだ。探し回る根気さえあれば、ここで手に入らないものはない」


 道の両脇にある市場では果物、野菜、海産物、民芸品まであらゆるものが取り揃えてある。

 

 赤く色づいたリンゴが二人の目を盗んだ。思わず手を伸ばそうとするカーラ。

 

「おっとそこまでだ、あまり目立つマネはするなよ」


 その手をつかみ、ルジェはカーラにくぎを刺す。


「うー、ルジェの意地悪……」

 

「ほら、そこの店で腹ごしらえするぞ。腹が減っては戦は出来ぬ、だ」


 匂いのする先に食堂の大きな看板を見つけると、そのままそこで食事としゃれこんだ。

 



 カハンとファーマーン、二つの都市圏を中間点として結ぶバイハラは大陸屈指の大都市だ。

 

 天然の良港と、大河バイハラ川の恵みを受けた豊かな農地。この地では大陸各地のあらゆる品物が手に入る。

 

「おいしー!」

 

 近くの食堂『青海堂』で海鮮スープをずずずとすするカーラ。どんぶりにドカンと乗った大きなエビが食欲をそそる。

 

 青く塗装された(青い塗料は貴重なはず)小奇麗な店内には多数の人間と小鬼オークが各々に食事を楽しんでいた。

 

 この光景はバイハラでしか見られないものだ。帝都カハンでも、召使となった人間と主人の小鬼オークの生活スペースは厳密に分けられている。

 

 緑色の肌の小鬼オーク共が犬歯や乱杭歯をむき出しにして、食器にまでかぶりつく姿がおぞましい。

 

「それにしても……」

 

 ルジェの手持ちのお金は80ディルハム。そのうち40ディルハムをここで使う羽目になってしまった。

 

「まあ、いいか」

 

 自宅では食べられない、ふわふわのパンを頬張りながらルジェは思う。これが、人生最後の食事になるかもしれないのだ。可能な限り贅沢に行こう。

 

 しかし、これだけ旨い飯を食べるとどうも決意が鈍る……



 大ハーンのパレードの詳しい行程、時間は秘密にされていたが、始まる合図として花火が上がるのは聞き及んでいた。

 

 花火が上がってから2分後、カーラが港で騒ぎを起こす。それを合図にルジェが大ハーンへ切りかかる。

 

 ……その、予定だった。

 

「いいか、花火が上がってから2分後だぞ」


「うん」


 港の薄暗い路地裏。ここをルジェはカーラの待機位置に選んだ。

 

「ルジェ……そ、その、また後でね」


「ああ」


 後で、が死後にならないとは限らない、むしろその可能性の方が高いだろう。

 

 その小柄な長耳の少女をそこに残し、ルジェはパレードのメイン会場となる大通りへ向かった。

 

 

 港から大通りに出たルジェの眼前に、白亜の大理石で建てられた市民公会議場の威容が姿を現す。

 

「こんな建物まで立てて、ここにいる奴らは小鬼オークを追っ払う手立ての一つ出せなかった」


 二等市民であるルジェの家系に参政権はない。参政権のある一等市民になるには毎年50ディナール(50000ディルハム)の市民税と、市民軍への2年の従軍義務。

 

 田舎育ちの農民にとっては重過ぎる負担だった。

 

 その二軒となりには自治領総督府が見える。パレードの起点になるはずの場所だ、入り口に3台の馬車が止まっている。

 

 いずれ、このあたりの警備は厳重すぎる。警邏の兵士が背筋をピンと伸ばして何人も立っていた。

 

「……花火が上がって2分。パレードは先導車が1両目、大ハーンの馬車が恐らく2両目になるから……」


 ルジェは舌打ちをした。恐らく今自分がいるこの当たりで待ち受けなければならない。自分の計画の無茶さの一端を、彼は無い脳みそでようやく理解した。

 

 ……少しずつ、道路わきの見物人が多くなってきた。決行の時は近い。

 

 数刻後……

 

 

 ドン、ドンドン!!

 

 

 花火は上がった。

 

 それと共に、軍楽隊が総督府から現れた。赤と青の線の入ったカラフルな色の軍服を着た小鬼オークはルジェには滑稽に見える。

 

 マーチの演奏が始まると共に、街路沿いからは拍手が上がる。

 

 パレードの始まりだ。

 

「…………」

 

 冷や汗が出る。やがて、30体ほどのオークによる軍楽隊と共に1両目の馬車がルジェの眼前を通過する。

 

 ……もう、2分だ……

 


 騒ぎは、起きなかった。

 

 

 続くのは、多数の護衛兵に囲まれた、漆塗りの天蓋付きの豪華な馬車。これこそが、大ハーンの馬車だろう。

 

「…………」


 ルジェは、例えカーラが途中で逃げたとしても、自分ひとりで決行する覚悟だった。

 

 恐らく、仕込み杖に手を掛けた瞬間に護衛に捕まって終わるだろう。それでも何もしないより……

 

 その時だった。

 

 

「!!」

 

 

 絢爛豪華な馬車、その上の人物を、ルジェが見たのは。

 

 歳のころは小鬼オークとしては極めて高齢、60歳代だとされる。金糸で刺繍された紫色のトーガをまとうその姿は神々しい。

 

 他の小鬼オークと違い、全身を長毛に覆われている……ルジェも知っていた、100体に1体の割合で小鬼オークには長毛種が誕生すること、

 

 そして彼らは非常に知的な、産まれながらの支配階級であることを。

 

 金色と見まごう、美しいクリーム色と白の毛並みは、ルジェには触れてはならない神聖なるものに思えてしまった。

 

 街道沿いに集まる人々に威風堂々と左手を振りかざせば、美しい毛並みにさす日光がきらびやかに輝跡を形作る。今自分は恐るべき存在と対峙しているという自覚がルジェに形成された。

 

 不意に、大ハーンの双貌が、ルジェを貫く。畏怖と恐怖が、青髪の青年の精神を支配した。


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