2-1 冒険者の末路
なんだか最終回みたいなタイトルですが、続きますよ。
「はぁ……俺の愛刀……」
生滴との死闘から一週間後の夕刻、『子羊の戯れ』でエール代わりの冷や水(バイハラは上下水道完備かつ大河の河口にあるので水は安いのだ)をジョッキでがぶ飲みするルジェは、まだ新しい武器を手に入れてはいなかった。
ここ数日は配達などの危険を伴わない仕事で糊口を凌いでいたが、
「150ディルハム?その程度でまともな武器が買えるわけないだろう」
宿の主人の突っ込みが頭から離れない。
「くっそ、あの世間知らずのクォーター娘め、そりゃ買えただろうよ、『4等分』しなきゃな!!」
騙されたわけではない、騙されたわけでは。だけどそもそもが行きずりのパーティ、武器を失った者に重点的に報酬を配るほどの義理はない。
頭にあの子のことが浮かぶ。確かに、生きる世界が違うのだろう。
「はぁ……」
そして、カーラの行方も未だ知れなかった。市内にいると信じたいのだが……
「このままじゃ、駄目だ。何か大きい仕事を受けなきゃ……」
一攫千金の冒険者を名乗る以上、やはり荒事の準備は必要不可欠だ。このままではただの日雇い労働者である。
現状、『子羊の戯れ』での食費と宿代(一日30ディルハム)を出すのがやっと。幸いなのは、値段と比して宿の主人の手料理がおいしいことだけだった。
「あの海鮮スープに40ディルハム払ったのがばからしくなってくるぜ、観光客向けのぼったくり価格だったんだな」
とにかく武器を手に入れ、稼ぐ手段を考えなければならない。手持ちはあと100ディルハム。このままではカーラを探すどころではない。
「それとも、このまま日雇い労働者でもいい……」
かもという考えが一瞬ルジェの頭をよぎるが、すぐに振り払う。それじゃマィオーニを出た意味がない。
しばらくすると、食材の買い出しから宿の主人が帰ってきた。これから夕飯を作るようだ。
「よぉ坊主、昨日今日と足掛けでヴェローナ村まで荷物運びだったな、ご苦労さん」
「はぁ、……マスター、俺って荷物運びするために産まれたんですかね」
「所詮冒険者なんてそんなもんよ。第一荷物を運ぶのだって、途中で荷物を狙う連中に襲われる可能性もあるんだぜ、だからわざわざこの宿に依頼が来るんじゃないか」
そのくらいの理屈はルジェも分かってる。分かっているつもりなのだが……
「得物も持たずにこの宿に居座る根性は認めるが、お前さん、そのうち命を落とすぜ」
じゅーと何かを焼く音がする。今日は目玉焼きらしい。
「だけど……剣を買おうにも先立つものが……」
「なら、お前さんに紹介したい依頼がある。……あるんだが、メシの後でな」
扉が開く。目玉焼きを焼く音と匂いにつられて、ぞろぞろと自称冒険者たちが出先から帰ってきた。
夕飯の時間だ。
バークスとダグ、リコレッタがいつもの席で食事を貪る。
「おやっさん、おかわり!!」
バークスの大声に、
「はーい」
頭巾をかぶった背の低いウェイターの女の子が答える。
「あれ、マスター、あんな子ここにいたっけ……」
「昨日、近所で小鬼に絡まれているところを助けてな、夕方だけ家で働いてもらってるんだ」
……頭巾から、少し長い耳がはみ出していることにその日のルジェは気づかなかった。鈍感なやつである。
夕食が終わり、傭兵崩れたちが自室に戻っていく中、ルジェは宿の主人に依頼を紹介してもらうことになった。
「冒険者の遺品整理……?」
「依頼人の名前はセト。女みたいに髪の長い、お前さんくらいの歳の男だ。どうもおっかさんが冒険者だったらしく、その隠れ家にある遺品の運び出しをしたいらしい。依頼人の要らないものは別に持って行ってもかまわないそうだ」
「おいしい依頼だと思うんですけど、そのためにわざわざ人を雇うなんて、何か特別な事情があるんですか?」
「何か重量のあるものを運び出すことになってるようだな。それと、……隠れ家の位置は、北街区だ」
バイハラ北街区……一度戦火で焼け、再建をなしえぬままスラム街と化したその場所に、素性のいい人間は近づきたがらない。
「なるほど」
「……どうする、受けるか?受けるのなら、待合の時間は明日朝8時30分、北街区につながる目抜け通りのパン屋の前だ」
「……うーん」
もし冒険者の有用な遺品が手に入るのなら、願ってもいないことだ。しかし、場所が北街区というのが気になる。依頼人自身も、犯罪組織の連中とつながりがあったら……
「分かった、受けてみるよ」
しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ず。ルジェは覚悟を決めた。
「そのつもりなら、今日のところはゆっくり休むんだな、荷運びで疲れてるだろ」
「あ、ああ……」
実際、ルジェは少しフラッと来ている。油断をするともう寝てしまいそうだ。
「お休み、マスター」
そのまま、2階の自分の部屋まで歩いていく姿を見つつ、宿の主人は独り言ちる。
「……あのお嬢さんも変わった趣味をしておられるな。あんな坊主を気に掛けるなんて……ま、詮索はせんでおくか」
本当の依頼人がセトとルジェの共通の知り合いである『彼女』であることを、主人はルジェには伏せていた……