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幼女とジャンバラの祭り


「おおー。ここがゴーヤの国……」

 ミユとラピ、そしてメリィとゲイルの合同ギルド隊は砂漠の大国、ゴーヤにたどり着いていた。

 街中からは、太った釣り鐘状の形をした屋根の特徴的な宮殿がはっきりと見えた。

 また、道中の砂漠よりも涼しく、過ごしやすい温度だった。

 あちこちからヤシの木が生えており、その天まで届きそうな幹と葉が太陽を遮る影となり、ミユたちを直射日光から守っていた。

 祭りの最中ということもあり、ここはいつもの何倍も人気と活気に満ち溢れていた。

 不思議な壺から蛇のようなものを出している老人。

 人の数倍の大きさを誇る牛の頭を棒に吊るし、回転させながら切っている女性。

 美しい宝石類を足元にならべて、店を構えているターバンの男性など、ほんの少し見渡すだけで、情報過多で目と脳がパンクしてしまいそうなほど、ラインナップに富んでいた。

 早くもミユは物珍しい品々の数々に、その目を輝かせていた。

 そんな興奮に昂るミユをなだめるようにラピは頭を撫でた。

「私たちが魔法を披露する会場はあそこね」

 メリィが指差して説明した先には、これまでで一番目立つ大きな松明の火と、キラキラと輝いている椅子が置かれていた。

「あれは今回の祭りで王様が座る椅子で、あそこで魔法によるパフォーマンスを見ていただいて、点数を付けてくれるの」

「へぇー……結構本格的なんだなぁ」


 宮殿近くにいる兵士らしき人物に、メリィさんは無事たどり着いた旨の報告を済ませるとこちらに戻ってきた。


「さっ、祭りはあと二時間後の晩になるけど……どうする? ここから各自、自由行動って事にしてもいいし……というかその方が良いわね」

「俺も用事があるんでな」

 ここまで付いてきた砂漠の狩猟団の皆さんとゲイル(あとラルトス)は、ここで一旦ミユたちのもとを離れた。


「じゃあミユ……私たちもどこか見て回ろうか?」

「うん!」

 道中の鬱憤を晴らすかのように、ミユは元気よく走り回っていた。

 祭りの前にもちらほらと出店等が、半ばフライング気味に開かれていた。

 本番の祭りを盛り上げる為のものだろう。

 東の大陸から来たというものもいれば、西からやって来たものもいた。

 ジャンバラの祭りの知名度と、規模の大きさが見て取れた。

 ラピは楽しそうなミユに釣られて、少し胸に高揚感を感じているのに気付いた。

 どんなものであれ、見たことのないものには驚きと興奮を隠せない。

 旺盛な知識欲は、自身の無知に歯止めをかけることを知らないのだ。

 こういった俗的な事柄には一切触れてこなかったラピであるが、こういうのも悪くないと改めて思っていた。


 ちょっとくらい、はしゃいでしまってもいいのではないだろうか。


 まだ祭りは始まってすらいなかったが、ラピにはそんな感情がふつふつと湧き上がっていた。

 とりあえず、ミユが興味を示しそうなものでも買ってやろうと思っていた。

 彼の財布、もといカバンー『不思議な(マジック・)不思議な(マジック・)(ボックス)』には、見かけ以上に沢山のものを詰め込むことができた。

 所謂簡易的な空間魔法のようなものがカバン内に作られており、四次元といわんばかりに沢山ものを詰め込むことができるのだ。

 カバンそのものの大きさは普遍的なリュックサックと大差ないもので、ラピが馬車もなしに荷物を持ち運べているのは、これのお陰だった。


 中には戦利品の300万ルキンの残り、懐中電灯や水に食料に、傷薬など様々な物が入っていた。

 暗殺者時代から続く、ラピの用心深さと用意周到さだ。

 何が起きても、万全の対策はできていた。


 ミユが手始めに、大きな鳥の骨のオブジェクトが無造作に置かれている店へと近寄ろうとした時、


「あっ!」

「ぐおっ!」


 何か大きなものにミユはぶつかった。

 ミユが転んだのを見て遠くからラピが走っていった。

「大丈夫?」

「てんめぇ〜……こんのクソガキァどこ見て歩いてんだ! 気を付けろ!」


 ぶつかったものは大男だった。

 その2メートルはゆうに超えるであろう大きな巨体には、刺々しい装飾が施されている衣服が身につけられていた。

 肩には槍の先端のように鋭く尖ったトゲがくっついており、髪型もトゲトゲしているとアピールせんとばかりに、尖っているリーゼントで、顔には穴の開いた鉄仮面をつけており、世紀末暴徒のような印象を全身から漂わせていた。


「あっ、ご、ごめんなさい」

 謝ったのはラピの方だった。

 男は「フン!」と鼻息を鳴らして先を急いでいった。

 その様子を目で追っていると、先ほどの暴徒が酒場の付近で並んでいることがわかった。


 しかも暴徒と双璧を成すほどの筋肉質な巨体の大男が、皆酒場に向かい列をなしていたのだ。


「な、なんなんだあれは……ならずものたちの会合でもあるというのか……?」


 気になってミユを肩車し、ラピはその列を見た。

 入り口付近は既に、マッチョメンな男たちの列で覆われており、何が行われているか、視認することができなかった。

 並んでいた列が前に前になると、ようやく酒場の中に入ることができた。


 酒場の中は、外にいた列の数倍の数の屈強で筋肉質な男たちで埋めつくされており、全体的に汗臭い雰囲気にまみれていた。

 そのいかにも漢然とした様子に、ラピは目まで染みてきそうだった。

 その中でも子供は当然、女の子がいるというのは格別に違和感を与えていた。

 下手したら筋肉に押しつぶされてしまうのではないかという、危機感が酒場全体にあった。

「一体何が……」

「さぁさぁさぁさぁ、まだまだ祭り開始前だというのに、血気盛んなお集まりの皆さん! ようこそ、漢どもの集う漢・オブ・漢を決める大会……題して、天下一腕相撲大会へ!」


 この時を待っていたといわんばかりに、酒場中の男いや、漢どもの威勢の良い怒号が響いた。

 何がなんだかわからないというラピに説明するかのように、司会者と思わしき人物が、机の上に立っていた。

 ちなみに彼も筋肉質な男だった。

 はち切れんばかりの大胸筋をピクピクと小気味よく鳴らしながら、マイクを握りつぶしそうな勢いで、解説をしていた。


「本日ここにお集まりいただいた皆さんには、まず受付にて参加登録をしていただき、ここで一対一のガチンコ腕相撲をしてもらいます! 勝った方にはあちらに見えますボードに、ご自身のお名前の側に勝利の証である◯を記載していただき、再び◯の付いたお方を探して、腕相撲をレッツ・チャレンジ‼︎ 最後の一人になるまで続き、生き残った漢・オブ・漢にはこちらの特性プロテインと、漢の称号を示すトロフィーを差し上げます!」

 司会者の手から得体の知れない飲料と、首と腰から下のない、筋肉質な男の金の像が取り付けられたトロフィーが出されていた。


 漢たちは盛り上がっていたが、ラピは唖然としていた。


 ……どうしよう、すごくいらないんだけど。


 しかし会場の盛り上がりを見るに、あれらは彼らにとっては喉から手が出るほど欲しい嗜好品なのかもしれない。


 あるいは、名誉ある漢・オブ・漢の称号か。

 こんなむさ苦しい場所からは、ミユの教育と精神衛生上一刻も早く立ち去りたいラピだったが、奇妙なことにミユはこの漢どもの中でも、燦然と目を輝かせていた。


「ラピ、腕相撲やりたい」


「しょ、正気⁉︎」


 ミユのしたい事には逆らえないラピは、仕方なく登録を済ませた。

 漢・オブ・漢を決めたい大会の割に、意外にも女子供の参加も認めていた。

 あるいは参加しても、勝ち上がれないという大会の難しさからの寛容なのか。

 とにかくミユはテーブルに付き、対戦相手を待った。

 やがてそれはすぐにやってきた。


「ゲ」

 ミユの目の前にいたのは先ほど、ミユがぶつかった世紀末暴徒だった。


「あ、おじさん」

「てめぇは……さっきのガキじゃねぇか……」

 怒りと殺意に満ち溢れんばかりの大男は、ミユを見下ろして大笑いした。

「へっ! おめぇまさか、相手が子供だったら手加減してもらえるとでも思ってるんじゃないだろうなぁ? 俺ぁ悪だからよ! 子供相手にも容赦せずいくぜ……」


 そういうと男は手首につけていた鉄の腕輪を外し、地面に叩きつけた。

 腕輪は地面にめりこみ……いや、床をそのまま突き抜けた。


「ヒョエー! あのウェルジーの野朗、本気で殺る気だぜ!」

「おいおいーまだ相手は子供のしかも女の子だろー」

「しんじまうぞー」


 周りからはミユへの心配というよりは、どうやってこのウェルジーという男がミユを料理するのか、それに期待して囃し立てている様子だった。


 ラピは戦慄した。

 男の手はそれはもうミユなんか、比べ物にならないほどゴツく、大きく、一握りしただけで潰されてしまいそうだった。


「対戦相手が見つかった方から、始めてくださいね。……あ、それと言い忘れましたが、これは漢の中の漢を競う大会。己の極限まで鍛え上げられた肉体ひとつで勝負してもらうため、スキルや魔法、その他道具の使用は一切認められておりませんので、ご注意を!」

「へっへっ。だとさお嬢さん」


 誰もが「こりゃ死んだな」という感想で見つめていた。

 ずっしりと巨大なウェルジーの右手が、ミユのちいさなちいさな手を包み込む。

 やがて対決のゴングが、鳴り響くように男が唸った。

「うおおおおおおおおおりゃあああ‼︎」

 ウェルジーは鬼気まじる表情で、いまにもミユの骨を砕かんとせんばかりに力を込め、力任せに押した。


 惨状を覚悟し、目を覆うものもいた。



 だが、予想に反して悲劇は起こらず、それどころかウェルジーの手が動いていなかった。


 試合開始と寸分違わない両者の手の位置に、観客は不満の声を上げていた。


「なにやってんだウェルジー!」


「手加減はしねぇんじゃなかったのかよ!」


「そんなガキ早くひねりつぶせー!」


「で……き……ねぇ……!」

「ほよ?」

 ミユは不思議でたまらないという様子だった。

 一方のウェルジーは手を抜いているようには見えないほど、これ以上ないくらい力のこもった顔つきをしていた。

 その顔が真っ赤になるほどウェルジーは全身の力を右手に込めたが、ミユの体は、腕は微動だにしなかった。

 痺れを切らしたミユが「えい」とウェルジーの腕を振り下ろすと、ウェルジーは腕ごと地面に叩きつけられて、床に埋められた。


 その余りの光景に、周りは目を疑った。

「ねぇねぇラピーこれってミユの勝ち?」

「えっ? あ、あぁそう……なんじゃ、ないかなぁ」

「わーい! ミユ勝ったー!」

 ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ね、ボードに先ほど暴徒を床に沈めた手で大きく◯と書いた。


「え? い、今なにが起こったんだ……?」

「た、たしかウェルジーの野朗が急にとまって……」

「そんで、あの女の子が腕を振るって……」


 状況は説明できるが、だれも理解できなかった。

 それくらい目の前の現実には現実味がなかった。

 何度もミユの無双を見ているはずのラピでさえ、少し動揺を隠せなかった。

 床に埋まったウェルジーは、「ありえねぇ……」と呻き声をあげながら地面から這いずり出てきた。

 その様はまるでなにかのゾンビ映画のゾンビそのもののようだった。

 全身についた砂埃を払いながら、ウェルジーは怒りに任せて叫んだ。


「おい司会ィ! このガキ、いかさましてるぜ! なんかのスキルでも使ったんだろ! でなきゃこんなことあり得るか!」

「なっ、言いがかりもよせ!」

 ラピが食ってかかったが、ウェルジーは無視した。

 周りのものも、ウェルジーに同情してか、説明できない現状をミユのいんちきという仮説に賛同していた。

「なんかおかしいと思ったんだよ……こんな子供がこんなコンテストにきやがることがよ……もう一度勝負しやがれ! そして司会の野朗ォ! 今度はそのめんたまひんむいてシッッッツツッカリとこの不正を見抜きやがれ!」


「は、はぁ……それではミユさんもう一度……」


「うん、わかった!」


 それが、ウェルジーへの死刑宣告だった。




「待って! 助けて‼︎ 待ってくださいお願いします! ああああああ‼︎」

「はいこれでミユさんの3回目の勝利となります」

「へへっ。また勝っちゃった!」


 ミユはウェルジーにこれで4回勝利を達成した。

 1度目は不正扱いの疑惑をかけられ、無効にされ、次以降司会がじっくり不正防止のスキル、観察眼のスキルを発動したため、ミユ側に不正は一切ないことが証明された。

 それでも納得していなかったため、既に勝負がついていたにも関わらず、ウェルジーは挑戦していった。

 その都度ミユはウェルジーを倒して投げ飛ばし、4度目でようやくウェルジーは負けを認めた。

 というか、怖くなって逃げた。


「すっ、すげぇ……」

「なにもんなんだあの子……」


 実力は本物だと知らしめられた会場中の漢たちは、ミユとあたることに恐怖を覚えていた。


「俺がやろうか」


 あるいは命知らずの挑戦者がひとり、またひとりとちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返される様を見て恐れ慄いたか。


 挑戦者が来なくなることを知ると、今度はミユの方からアプローチを仕掛けていった。


「やろ?」


 その恐怖の死刑宣告に、虚勢で立ち向かったものと、「命だけは」と逃げ出したものもいた。


 あんなにもたくさんいたマッチョメンたちは、半分以下にまで数を減らした。


 残っていたのは、その騒ぎに負けず普通に戦い、勝ち上がって◯を重ねた実力者だけだった。


 やがてその中の、黒髪で日に焼けた肌をした上半身裸の男がミユの元へやってきた。


「つぎは俺とやろうか」

「うん!」


 男からは先ほどまでミユが軽々と投げ飛ばした男とは比べ物にならないオーラが感じ取れた。

 ミユを見ても恐るどころか、強敵との戦いに喜び震えるような、そんなめらめらと燃え上がる闘士が、男の金色の瞳の裏に見えた。


「では……開始っ!」


 仕掛けたのは男からだった。

 そのあふれ出んほどのオーラを左手に込めて、ミユの手を押す。

 それまでどんな男が、押しても引いてもびくともしなかったミユの手が、はじめてほんの少しだが、動いた。


「お、おいあいつすげーぞ!」

「こ、これはワンチャンあるんじゃねぇか!」


 その様子にラピも冷や汗をかいた。

 ま、まさかこの男。

 ミユに食い下がるほどのステータスでも持っているというのか。

 男は額に汗をかき、ミユを見つめていた。

 やがてミユは本気を出すといわんばかりに、男の手を押した。

 男は1秒ほどではあったが、粘り止めようとした。

 が、それまでの対戦相手のように無情にも腕ごと地面に叩きつけられた。


「やったー」

「たっははは……いやー参ったなぁ。これでも故郷では、力比べじゃ負け無しだったんだがな」

 やがてミユの勝利を祝うように男は握手の手を差し出した。

「あんた強いな。俺はカエサル。あんたは?」

「みゆ。わたなべみゆです」

「そっか。またどこかで会おうな、ミユ」


 カエサルはそういうと、酒場を去っていった。

 ミユが興味を示した男に入るということは、それなりの実力者であることは明白だった。

 実際、ほんとうに微々たることとは言え、ミユの手を動かし、守る時に1秒とはいえ耐えたのだから。


「何者だったんだ……彼は……」

 ラピは颯爽と去っていく男の背中を見て、いや彼こそ本物の漢だと思った。



 ◇◇◇


 かくして、祭りまでの2時間はあっという間に過ぎ、ミユは漢・オブ・漢の称号を受け取った。

 手にしたトロフィーの下には大きく「みゆ」とひらがなで書き記してあった。

 副賞のプロテインはラピがミユの目の届かないところへしまった。

 こんなものを飲んでミユが将来、ムキムキな筋肉質になられても困るからだ。


 辺りが暗くなってくると、日の出ているときは目立たなかった提灯の明かりが、その姿を見せはじめた。

 あちらこちらで光を放ち、祭りを美しく彩っていた。


 ミユたちはメリィらのいる魔法パフォーマンスの会場にいた。

 そこでは大きなシートを敷いて、メリィたちが横になっていた。

 ミユに気づくと、子供好きのミリィが手を振ってきた。

「あっ、ミユちゃ〜ん。それとお付きの人〜こちらですよー」

「みりぃー」

「…………お付きの人……?」


 ミリィはメリィほどキツイ性格ではなかった。

 伊達に子供に好かれているだけなく、包容力のある柔らかそうな身体と優しい声は、聞くもの見るものに安心感を提供してくれた。


「あぁ、ミユ様! お待ちしておりましたわ!」

「ん? どういう事だ」

 いつものラピの疑問にスルーでメリィは続けた。

「ミユ様にも参加してほしいのですよーこの魔法パフォーマンスに!」

「おおー」

「何!」


 ミユは比較的楽しそうに参加の意思を見せていた。

「今回私たち3人で準備してたんだけど……」とミリィが。

「メリィがー、今回は思いっきりド派手にやっちゃって王族の、いや見る人全員のめんたまひっくり返してやろーって!」とリリィが。

「そ・こ・で、ですよ! ミユ様のあのお力で祭りをドカーンっと盛り上げちゃおうってことですよ! やってくださいますか?」

「おっけー」

 ミユはどこで覚えたのか、指で円を作り、賛同のサインを見せた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなりそんな……だいたいもしこの前みたいなメテオがでちゃったら……」


「あら、だからいいんじゃない。そしてそれが王様の目に入れば、私たち一躍有名人よ! パフォーマンスで披露するこの複合魔法はね、魔法にかける魔力が高ければ高いほど、大きく、美しくなるのよ! ミユ様に遥々お越しいただいたのも、それが目的なのよ!」


「んな無茶苦茶な……」


 だが、ミユがやると決めてしまった以上、ラピには見守ることしかできなかった。

 ミユはラピに親指を立てて「任せろ」とでも言いたげな自信たっぷりな様子を見せつけた。

 やがてミユが連れて行かれるのを、ラピは遠くから見ていた。


「次の演目は猿の曲芸ショーだからミユ……メリィさんたちの魔法によるパフォーマンスはあと3つ先か…………」

 連れていったのは少々気が早い気もするが、ラピは仕方なくそれまでどこかで時間を潰してまたここに戻ることにした。

 思えば一人で練り歩くのも随分と久しぶりの気がした。


 いつも頭の上にいるか、横にいるはずのミユがいないことの違和感は大きかった。

 いなくなってみると、寂しいという感情が徐々にラピへと襲いかかってきた。


 なんとかして涙を堪えようと、出店でなにか食事を口に含もうとし、ラピはとぼとぼ歩いて行った。


 腹ごなしにちょうど良い、豚か何かの肉の串焼きがあったので、ラピはそれを食べることにした。


「ふぅー……」

 ゆっくりと食事できる飲食スペースで腰をかけていると、なにやら人がぶつかってきた。

「あっ、すみませ……」

「やあやあやあ。やってるかね? 諸君。ヒック!」



 見慣れた人物が、見慣れない姿と態度でラピに話しかけてきた。


 ゲイルだ。

 ゲイルは既に何杯目かの酒を手に取り、酒臭い息をラピにぶちまけていた。

 思わぬ臭気に鼻を覆うと、ゲイルはふらふらの千鳥足そのものの足で、ラピの隣に腰掛けた。


 こいつ……酒癖が悪すぎる!


「まーまー、一杯やっていこうよってさぁ!」

 なにやら酒を注いでくれているようで、ラピにとってはありがた迷惑もいいところだったが、その震える手とよく見えていない目では、コップに注ぐことはできず、代わりにラピのズボンへと酒は注がれた。


「わぁあああ! な、なにしてんだおい!」

「まぁまぁまぁ! そう怒りなさんなって! スマイルスマイル!」

 何を言っても理解していないような、ゲイルの完全に酔い潰れた酔っ払いの態度そのものの有り様に、衣服を汚された怒りより、同情や哀れみといった感情が湧いてきた。


「あーあー……やはり未成年に酒のますんじゃなかったなぁー」

 その横から相変わらずぬるりと音も影もなく、ラルトスがゲイルを抱えに現れた。

「わぁ! き、きみは……ゲイルと一緒にいる……」


「情報屋のラルトスですよ」


 ラピはそこまで言われたことである事に気づく。


「ん? いま君、未成年に飲ますんじゃなかったって、言わなかったか?」

「いやいや! 私は止めましたよ? 止めたんですよ! 『そーれいーっき! いーっき!』って……」

「いやそれ止めてないから! 何してんのアンタ!」

 異世界でも、未成年の飲酒はやめましょう。

 最悪ゲイル様みたいに、人生ふいにしますからね(笑)


「いやなに地の文乗っ取ってるんだこの人……」

 酔いが回り過ぎたのか、あちこちで吐瀉物を吐きつけるゲイルを、たいそう面白いもの見つけたといわんばかりにラルトスは喜んで抱えていた。


 情報屋に黒歴史を握られるなど、人生に一生物の爪痕(トラウマ)を残されたようなものだろう。


 彼の残りの人生を思い、ラピはご愁傷様の意を込めて頭を下げていた。


 と、そこまでふざけていると、いよいよ魔法使いによるパフォーマンスが始まろうとしていた。


「まずい、ミユを観に行かなくては!」

 暗殺者時代に鍛えた早足で、なんとか会場までラピはたどり着いた。


「さぁさぁそれではいよいよお待たせしました! 毎年ジャンバラの祭りの名物、一流魔法使いたちによる魔法パフォーマンスです!」


 会場は予想通り、大いに盛り上がっていた。

 その勇姿をひと目見ようと、壇上まで上がらんとするものもいた。

 やがて、魔法使いたちが列をなして、壇上に登った。


「ミ、ミユ…………」

 ある程度の淑女の中に混じって1人子供のミユは、人一倍目立っていた。

 王様も興味深そうに眺めていた。


「まずは、わたくしたちが一斉に魔法を唱え、それを纏めて複合魔法と致します!」

 メリィの合図で魔法使いたちが、天に向けて魔法を唱える。

 空中で静止した雷や、炎といった魔法が一つの球体のようになり、膨れていった。


「それ!」

 それをメリィが操ると、龍のような形となり、人々の頭上を通り過ぎていった。


「おおおおおおー!」


 観客から歓声と拍手が響く。

 だが、当然これで終わるわけなかった。


「ミユ様、お願いね」

「うん」


 小声で囁き合い、小さく頷くと、ミユは両手を上げて呪文を唱えた。


「うぉーたー」


 それは水属性の下級魔法ウォーターだった。

 池の水程度も出ないはずの魔法は、ミユの手にかかれば城さえ包みかねないほど巨大な玉となった。

 それはそれまで魔法使いたちでつくった龍の形をした魔法をいとも容易く飲み込み、やがてさらに巨大な球体になった。


「おおおおお⁉︎ なんだありゃあ!」

「なんかよくわからんがすげぇぞ!」


 王様も思わず立ち上がってそれを見た。

 ミユの力で数十倍にも大きく膨れ上がった複合魔法は、メリィの手に引き継がれた。

「いきますよーみなさーん!」


 メリィが観客に向かって呼びかけると、それは天に向かってゆき、やがて空高くで弾け飛んだ。


 辺りに、炎魔法で出来た花火のようなものが飛び散った。

 それらは様々な魔法の色を、無明の空に絵具のように広がり、美しく映し出されていた。


 人々は大歓声を上げ、その美しい様子に感動していた。


 ラピはその素晴らしい複合魔法に、声すら上げられなかった。


 まさに空に浮かぶ芸術作品。


 王様も飛んで跳ねて大喜びといった様子だった。





 しかし。


「お、おいなんかまた落ちてきてねーか?」

「あぁ……なんだありゃ。水みたいな玉だけど……」

 異変を察知したメリィは「しまった」という表情を顔に浮かべた。

「まずいわ……ミユ様の魔法が凄すぎて、複合魔法になり切れていなかった部分が、落ちてくるんだわ!」


「わぁあああ!」


 球体が落ちてくると、辺り一面が水浸しになった。

 まるで祭りの火を、盛り上がりを鎮火させるかのように。


 皆一様に水浸しになり、王様とて例外ではなかった。


 ……やらかした。

 メリィたちが浴びた水とは別に段々と汗で背中が湿っていくのを感じた。


 やがて王様から一言発せられようとしていた。

「…………ぶっ」


 メリィらの誰もが失態を怒鳴られる覚悟をしていた。


「ブラボー! 素晴らしい魔法であった! 最初から最後まで驚き満載じゃった! 実に愉快じゃ!」


 しかし、王様は怒るどころかとても喜んで手を叩いていた。

 観客もそんな王様に釣られるように再び大きく、声を上げて盛り上がっていた。


「や、やったの……ね?」

「ま、まぁ結果オーライ?」


 その後、消えた燭台に火を再び灯し、祭りはこれまで以上に賑わいを見せた。

 やがて祭りが終わって、魔法パフォーマンスが国王から直々に賞を受け取ったのは、語るまでもないことだろう。


 こうしてジャンバラの祭りは、誰にとっても忘れらない祭りとなった。

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