幼女と砂漠のオオサソリ
「ラピ、ラピ。見て見てー」
ミユはクレヨンを掴み、紙の上でその筆を走らせていた。
赤、青、黄色。
様々な色が重なり合い、一つの虹のような美しい軌跡をその紙と手に残していた。
ラピはミユの芸術作品を覗き込むように上から眺めた。
「おおー。とっても上手だね! これは……」
床や椅子などあちこちがクレヨンの破片やうっかりミユが足の裏で踏んづけた塗料まみれになっているにも関わらず、ラピは楽しそうにミユを見つめていた。
紙には空を思わしき青色が映っており、赤や紫色で大きく円状のものが二つ。
その下に棒状の歪んだ線が見えたので、ラピはそれらがかろうじて人であるのではないかと推察した。
「これ、一人はミユちゃん?」
気になり、ラピが該当部分に指を伸ばした。
ミユは大きく「うん!」と返事をした。
首を振った時にちらりと見えた横顔にまで、クレヨンの線が薄らと残っていたため、ラピはなんだか可笑しくてたまらなかった。
思わずはにかんで見ていると、次にもう一人の人間らしきものの正体が気になってきた。
……と、ここまで考え、ラピはその一人がもしや自分ではないか、という予想を立てた。
ミユの方は割とあっさり仕上げたのか、比較的色そこまで多くなく、早描きでもしたかのように線がやけに荒々しかった。
一方でミユの隣にいる人間には沢山の色が使われており、今もなおミユは時間をかけて丁寧に塗り進めている。
絶対そうに違いない!
ラピは嬉しくなって涙がにじみ出てきた。
この数日で、ラピとミユは初邂逅が信じられないほど仲良くなった。
もう家族だと言っても差し障りないくらいだった。
お風呂に入る時も、一緒に身体を流し合いしたり、寝る時はそれまでラピは廊下で立って見張っていたのだが、ある時ミユが「いっしょにねよう」とおねだりしたので、それに胸がときめき、一旦死にかけたラピはそれからというものの、毎日ミユの隣で寝ることにした。
そうすると、いつもよりよく眠れることに気がついた。
また、最近ではミユの方が早起きしてラピを起こしにやってきていた。
ラピとミユは互いに生活の知識を交換し合うような仲だった。
ラピはといえば、二十年も生きてきた経験と知識を。
ミユはミユで、自分の世界での生活や様々な遊びを教えたり。
このお絵かきの文化も、ラピにとってはあまり親しみのないものだった。
絵とは、芸術家しか描かないし、さほど子供が興味の唆られる遊戯でもないと思っていた。
実際この世界ではそれほど絵画は流行していない。
もちろん、名を上げないだけで描いている者はいるが。
ラピも少し、雑貨屋の広告チラシの余白に試し書きをしたのだが、これがなかなか難しかった。
頭の中で思っている線をきれいに描けなかった。
まずなにから描いて良いのか、彼にはわからなかった。
あれこれ悩んで、目から描こうとミユをモデルにデッサンしたが、どうにもバランスを崩してしまう。
将来的にはミユの方が素晴らしい絵描きになると、ラピは自覚していた。
そんな、これまでのミユとの思い出を頭から止めどなく溢れていると、今こうしてミユが頑張って描いてくれている人物が、ミユの日頃のラピへの想いなのではないかと、涙腺が熱くなる。
「じゃあ……隣の人は誰かな?」
ラピは涙まじりに問うた。
「ちゃんばらおじさーん!」
「え?」
予想された答えとは全く異なるもので、しばらく愕然としていた。
ちゃんばらおじさん、とミユが親しげに呼ぶのは羅仙のことだ。
彼は数日前からミユに襲いかかってきたSクラスの冒険者であり、ラピが初めて目にしたのは昨日だった。
相対して分かったのが、並の使い手ではないということ。
そして下手したら自分よりも遥かに格上の存在であるかもしれないということだ。
しかし、最もラピが驚いたのは、ミユがやたら好意的に羅仙を受け止めていて、羅仙もミユをライバル視しているということだ。
あの後、思わずミユに「知らない人についていったらダメだよ⁉︎」などと、言ってしまうくらいだった。
自分だって知らない人であった上、下手したら未成年誘拐ともとれる事を引き起こしておきながら、だ。
名前こそ覚えていないものの、こうしてミユが楽しそうに描いているところをみると、やはり彼との思い出はここ数日の間で強烈にミユの頭に残ったことだろう。
う、羨ましい……
後ろでラピが羅仙に対して嫉妬に近いような感情を抱き、闘志をめらめらと燃やしていたことなど、当のミユはなにも知らないことだろう。
そんなラピの炎の情熱を鎮火するように冷たい玄関鈴が鳴った。
こんな時間になんだろう、とラピは玄関に向かっていった。
「はーい」
自分からこんな好青年みたいな声が出てくることに、驚く暇もなくというか、さらに驚くべき事が待っていた。
「どうも。ここはミユ=ワタナベさんのお宅で間違いありませんわね?」
「えっ、あ……あの、貴方は確か魔力コンテストの……」
「あら。覚えていて下さったなんて光栄です。私はメリィ。ランクSの魔法使いよ」
玄関先に立っていたのは、つい最近も最近。
ミユがとてつもない火球を披露し、優勝を掻っ攫った魔力コンテストの首謀者兼司会者のメリィだった。
相変わらずの魔法使い然とした姿に、ラピは少し恥ずかしそうにエプロンを急いで脱ぎ片付ける。
そんな様子を見逃さず、メリィはくすりと笑っていた。
「貴方、意外と可愛らしい生活をなさっているのね」
「えっ、そっそうですか……」
「ええ。とてもアサシン適性A+とは思えないくらい」
ラピは少し警戒し身構えた。
「あら? まさか隠せているとお思い? 今はすっかり抜けているようですけど。貴方、暗殺者ギルド月の眼のラピ=クーカでしょう? 風の噂に聞いているわ」
「……此処になにをしにきたんだ」
ずっと忘れていた殺意と、戦いの姿勢を取り戻そうとしていた。
だが、メリィは目を丸くしていた。
「ああ! 誤解なさらないで。貴方に用があってきたわけじゃないの。貴方と魔力コンテストでお側にいらした…………」
「おっす。みゆです。わたなべみゆです」
「はじめましてミユ様。私は魔力コンテストを主催させて頂きましたメリィ=ウィッチ・サンドレアでございます。どうぞご贔屓に」
ミユとメリィが握手を進めている裏で、ラピはもやもやとした気持ちで一杯だった。
様⁉︎
五歳児のミユに対して、自分とは異なるかなり下手に出た態度と扱いの差に、ラピはやるせなさを隠せずにいた。
「ーで、本日ミユ様のお宅をお伺いしたのはですね。今回私どもの魔法使いギルド、女神の雨がこの度、砂漠の都市国家、ゴーヤの国王様、ラ・シヴール様の催す祭り、ジャンバラ祭にめでたくもご招待に預かったのです」
「おー」
ミユはわかっているのいないのかよくわからない返事をしていた。
砂漠のゴーヤといえば、とにかく祭り好きの王様で有名な国だった。
砂が吹き荒れ、作物の実らない乾燥気候のゴーヤは、代わりに他所の国との貿易によって、物資を手に入れていた。
今では貿易の中心地と言えるほど大きな都市国家に成長した。
ただ、そこにたどり着くには問題がある。
「ですが、我々のギルドでは灼熱の地獄道を乗り越えるのが少々危険でして…………そこで、大会優勝者のミユ様の高いお力をお借りしたい所存で御座います」
「な、なにを言ってるんだ! この子はまだ五歳なんですよ!」
ラピは話に割り出て、ミユの側に飛んできた。
まるで子供を親戚の集いから遠ざける母親のように。
「貴方には聞いてませんが」
「ミユはまだよくわかっていないのです。で・す・か・ら私を通してからお話頂けますかね?」
「貴方別にミユ様の保護者でもなんでもありませんわよね? 聞くところによると、なにやら湖畔で迷っていたこの子を誘拐してここまで連れてきたとか……」
さっきからメリィはラピの一番痛いところをグサリ!、グサリ!と突いてきた。
ラピにとってこれほどの波状攻撃をその身に浴びたのは、初めての事だった。
しかし、例え本物の親でないとしても、ラピは怯むわけにはいかなかった。
少なくともこんな怪しい女性に、ミユをどうにかされたくなどなかった。
「ねぇーミユ様〜。ゴーヤの国のお祭りには、それはそれはほっぺが落ちるくらい美味しい〜美味しい〜ご飯が出るんですよ〜」
「ごはん⁉︎」
ミユの目が一段とキラキラ輝いた。
いかん。
意識を釣られかけとる。
ラピは動揺を抑えきれずいた。
「ごっ、五歳児をそんな危険地帯に連れて行くなんてっ、それでも貴女人間⁉︎」
さっきから切り出せるカードが「子供」や「五歳児」しかなかったラピにとってはこれが現状で精一杯のミユを守る方法だと思っていた、
「あら私は行くか、行かないかを誘っているだけで、断ることも受けることもミユ様の一存次第ですわ。本人の意思を無視して、どこかしらに監禁などしたりはしていませんわよ」
「うぐっ‼︎」
結果予想通り手痛い反撃を食らった。
なにもかも、メリィの言う通りだった。
すべてはミユの決断次第。
ここでミユがわけもわからず「うん!」と言っても、それは本人が導き出した決断。
紛れもない本人の意思である。
それを大人がでしゃばって、子供の自立を妨げることなど全くもってナンセンスであった。
そして、決断には責任が伴う。
いかな決断をしようが、それを行った以上、最後までその決断に付き合う必要が、責任をとる必要があるのだ。
五歳とはいえ、いつまでも自分で決断せずいる訳にはいかない。
むしろ五歳だからこそ、自分で後の人生を掴み取っていかなければならないのではないだろうか。
そこで楽しい目に遭うも、痛い目に遭うも、本人の責任。
そうして間違いと正解を繰り返していくうちに、ミユ=ワタナベという人間が大きくなって、大人に近づいていくということなのだ。
負けた。完璧に。
ラピは悟りを開いた僧のように、全てをミユに委ねた。
自分にできることは待つのみ。
真っ白なラピを一切相手にせず、メリィはミユにさまざまな甘い話を持ちかけていた。
「私たちのギルドには美味しいお菓子を作れる娘がいるのよー」
「おかし⁉︎」
ミユの大好物その1、お菓子。
「そうなのよー。しーかーもー。彼女子供好きだからきっとミユ様が一緒に行ってくれるって言えばとーっても喜んで頑張ってくれるわよー」
ミユの決断は半分もう出かかっているようなもんだった。
ダメ押しにといわんばかりに、メリィからとどめの一撃が発せられた。
「今ならなんか変な生き物のマスコットもあげちゃうわよー!」
「へんないきもの⁉︎」
ミユの大好物その2、変な生き物。
「いくいくー! いきたい、いきたい!」
やがてミユからの決断が出たようだ。
「あらーそれはとても良いご判断ですわー。じゃ、こちらの紙に記載されている場所と日時に、集まってくださいまし!」
メリィは勝ち誇ったような表情で、ラピたちを見てきた。
この悪女め……
ごめんあそばせと言い残し、彼女は風と共に去っていった。
「やれやれ………………」
ラピは体にたまった疲れを放出するように、大きく息を吐いた。
そんなラピとは対照的に変な生き物のマスコットを振り回しながら、ミユはこれから先のまだ見ぬ祭りのご馳走に、うきうき気分を抑えられなかった。
メリィの残していった紙を拾い、ラピは文字を見た。
ー三日後の明朝にて、わたくしたちのギルドが待つ魔法屋、アンドゥ・トロワにてお待ちしております。
詳しいお話はそちらで。ではまた三日後にお会いしましょう。
ミユ様へ。貴女の親愛なるメリィよりー。
ラピは一気にその紙をくしゃくしゃにしてくず籠に放り込みたくなった。
なんだ親愛なるメリィよりって!
私の方が長い付き合いなんじゃ!
と、怒りを露わにしていた。
ラピはミユの方へ目をやる。
ミユはとても楽しそうに、鼻歌を歌っていた。
その様子にラピは少し落ち着いた。
ミユが楽しいならば、それに付き合おう。
こうして、ミユたちは三日後の冒険に備えて準備を始めた。
◇◇◇
太陽が顔を出しかけた明朝。
肌寒い空気が、風に乗り、霧と共に身体につきまとってきていた。
普段ならば眠っているであろうこの時間帯に、ミユとラピは目を開けて歩いていた。
魔法屋、アンドゥ・トロワはおしとやかな街並みには似合わないほど、異質で不気味な雰囲気を漂わせていた。
ギョロリと覗く目玉のようなオブジェクトが看板にかけられており、店のあちこちにブリキの靴や、ねじ曲がったフライパン、頭部の壊れたカカシなど、ガラクタ一式で飾られていた。
よって店も、そこで待つ魔法使いギルドも直ぐに見つけられた。
「あっ、ミユ様〜こちらですこちら!」
「おーっす」
霧の向こうから手を振る影が見えた。メリィだった。
相変わらずラピには挨拶なしのところを見ると、ミユ以外は眼中にないようだった。
実際問題ラピが近寄っていっても、メリィは怪訝そうな顔をした。
「あら。貴方は別に来ても来なくてもよろしかったのに」
「ミユを守るためにねぇ……」
ラピの身体は怒りと執念に近い修羅の炎で燃えており、どす黒い般若のようなオーラを漂わせていた。
「少しでもミユに怪しい事をすれば……」
「ふーん。まぁ、貴方でもいないよりはマシかしらね。あっ、みんなー。ミユ様がやってきたわよー」
殺意を剥き出しのラピにも臆する事なく、メリィはその仲間たちを呼び集めた。
メリィのギルド、女神の雨はメリィ合わせてもたった3人の若き女性で構成された魔法使いギルドだった。
「紹介しますわ。わたくしのギルド、女神の雨のメンバー。オレンジの帽子をかぶっているのが特徴的なのはリリィ。明るくて元気な良い子よ」
「よっろしくー!」
「よろしくー」
リリィはミユと軽快にハイタッチをかわし、その元気さを遺憾なくアピールした。
「続きまして水色の帽子が特徴的なこの娘はミリィ。彼女が以前軽くご紹介させて頂いた子供好きのお菓子作りの天才」
「あらあら、よろしくねぇ」
「よろしくー!」
お菓子と聞いて喜んだミユと、子供を見て喜んだミリィはお互いがお互いを呼び合うかのように、握手を交わした。
「そして改めて紹介させていただきます。女神の雨、ギルドマスターを務めておりますメリィです。よろしく!」
「よろしくー」
早速ミユは魔法使いの女たちにあやされていた。
「きゃあ可愛いー。ねぇこの子、ぷにぷにしてもいい?」
「うわー本当に五歳なんだー。お肌すべすべーいいなー」
ミユはというと、これまで囲まれた事ない女性の柔らかくも暖かい包容に、大変ご満悦の表情を浮かべていた。
もみくちゃにされているミユを、ラピは心配そうに見守っていた。
ところどころで、「汚い手で触れるんじゃねぇ!」と怒鳴りたくなったが、ぐっと堪えていた。
メリィの姿が見えないから先を探していると、なにやら彼女は馬車を牽く馬の上に乗っていた。
「これは……?」
「馬車よ。見てわからない? 荷物も結構あるし、なにより女手だけで砂漠道を歩き続けるのは、結構骨が折れるだろうし……」
「じゃあ、手伝おうか」
ラピはミユに接するように、語りかけてみた。
「…………いや、いいわ」
普通に拒絶された。
ラピはショックでうなだれた。
「な、なによ……貴方本当に元アサシンなのかしら……」
メリィの疑問は至極真っ当なものだった。
この数日で、ラピはすっかり暗殺者としての牙が抜かれていた。
それはゲイルも指摘した通りだった。
しかしそれと引き換えにラピはこれまでになかった人の心の暖かさ、優しさを手に入れることができた。
それは自分に新しい可能性を見出すことができる機会だった。
こんなふうに、他のギルドと親しく過ごすことなど、ミユに出会う前の彼はできなかっただろう。
メリィも彼の噂とのギャップに驚いているだけで、別に嫌ではなかった。
これからミユとメリィたちが向かう灼熱の地獄道とは、ゴーヤの王国へ向かうものは避けては通れない、その名の通りの地獄のような、砂漠にできた一本道だった。
大抵の生物が死に絶えるほどの熱気に加え、時々吹き荒れ、砂と共に辺りを巻き込む大嵐が、冒険者の行手を遮った。
だが、この道の最も危険とするところは、砂漠の殺し屋。
巨大アリ地獄、その中心に生きる砂漠食肉生物、ジゴクオオサソリだろう。
これまで、幾重ものの冒険者がそこで大サソリの餌食となった。
サソリがいなくとも、極限状態になりかねない気候と嵐が、例え夜でも冒険者の安眠を許さなかった。
故についた名が灼熱の地獄道。
一方で、こちらとは反対側の大陸の者は海を通ってこちらにたどり着くため、このような地獄道は用意されていなかった。
この地獄と比較して、天の道と呼ぶ者もいるようだが、とにかくミユたちの街側からゴーヤの王国へ行こうとする勇気ある挑戦者は少なかった。
失われた秘宝、空飛ぶ絨毯でもあれば話は別だが、そう出回っているものではない上、大嵐になるとやや飛び辛くなり、決して安全を保証するものではないという始末だった。
ここを渡る際はそれなりの冒険者ギルドに依頼して、護衛してもらうのが常だが、熟練の冒険者にとっても命懸けであることに変わりはないため、報酬もそれなりに痛い出費となる。
そこまでしてゴーヤに行く用事があるかと言われれば大抵はノーと答えるだろう。
メリィたちが行くのは、王に招待されたからというのが大きいが、なによりそこではジャンバラの祭りが催される。
王は年に数回、大陸から優秀な魔法使いどもを集め、魔法でパフォーマンスをさせて、余興のお楽しみとしていたのだ。
毎年素晴らしい魔法の数々が披露され、ジャンバラの祭りを大いに盛り上げてくれる。
メリィたち魔法使いにとって、これほどの名声を得る機会はそう多くはなかった。
特にここで才覚を認められた者は、王宮魔道士として宮仕えすることもあり、そうなれば一生食いっぱぐれることは無くなる。
王宮魔道士とは名ばかりで、その実王やその子息に魔法を教える家庭教師のようなものだ。
命をかけて危険な任務に挑戦しなければ生きていく金を稼げないギルドより、ずっと安全に食っていける。
この祭りでメリィは、自分の才能を発揮することを望んでいた。
ーが、それだけではない。
魔力コンテストを開いたのは、ひとつは今回の祭りまでの道のりを守護してくれるものを見つけるため。
もうひとつは、その祭りで自分と一緒にパフォーマンスに協力してくれる引き立て役が欲しかったのだ。
みんなで放った魔法を、自分の手柄にしようとしていた。
つまりメリィは非常に打算的な女性だった。
どうにかして上へ上へ上がろうと、最終的には玉の輿を希望していた。
その利益にめざとい性格は、彼女の出自故にそうなってしまったのだが、その話はまた次の機会にするとしよう。
ようやく街が離れ、歩いている地面が砂に変わっていく頃。
メリィたちはとあるキャラバン隊とすれ違った。
なにやら目的地が一緒なようで、着くまでの間一緒に行かないかとメリィは持ちかけた。
相手側も承諾した。
というか、メリィの性格的に半ば強引に押し通したようにラピは思えた。
「なーんか怪しくなーい? メリィ大丈夫なのー?」
「平気よ平気。なんか、砂漠の狩猟団っていうギルドらしくてねー。砂漠道を乗り越えることは慣れてるらしいから! ちょっとシャイなひとたちが多いけど……」
ラピは狩猟団の方を見た。
全員、ボロボロの装束で、顔元は真っ黒い影になっており、いかにも怪しげな雰囲気を醸し出していた。
「よ、よろしく……」
「………ごにょごにょ……」
ラピは一番近くにいたギルドメンバーと思わしき者に挨拶した。
まるで呪いかなにかを唱えているかのような低い、低い声にラピはゾッとした。
ミユは変な格好をした彼らを気に入った。
あちらの馬車にいるメンバーに挨拶しようと、ミユを抱えてラピが向かったところ。
「あっ、てめーは! 幼女ミユ!」
「だっ、誰だ……!」
熟練のアーチャー、ゲイルが馬車の奥でのんびり横になって葡萄を齧っていた。
ミユを見ると、驚きのあまり口の中にあったタネを勢いよく吐き出した。
「ぼーるおじさんだ」
ミユの方にも記憶はあった。
「おじさんじゃねぇ! ゲイルだ! なんでこんなとこにいやがんだよ!」
「そ、そっちこそ何者だ! ミユとどんな関係なんだ!」
「……フン、月の眼のラピだな。俺ぁあんたを知ってるぜ?」
ラピはゲイルをじっと見た。
いつ戦いになってもおかしくはない、そう思っていた。
「任務失敗して腑抜けちまった腰抜けだ。へっ、なんの因果かこうしてまた俺は獲物と巡り合ったってわけだ」
「……まさかお前、ミユを狙ってるのか!」
「そりゃお互い様だろ? まぁお前はもう違うだろーがな。とにかく俺は今もそいつの首を狙ってる。そいつにはずっとしてやられてるからな」
ラピはミユを守るように強く抱き抱えた。
もちろんミユが並大抵の攻撃では、痛みも感じないというのは知っているが。
「……まっ、今はお互い仲良くしようや。砂漠の道のりは長いぜ?」
「全く素直じゃありませんね ゲイル様は」
「うっ、うわあああ!」
突然ラピの真後ろから、ラルトスが現れた。
砂漠だというのに相変わらずいつもの、真っ黒なスーツを身に纏っていた。
「てんめひっこんでろラルトスゥ! 最近やたら現れてねーかお前!」
「ゲイル様あるところにこのラルトスありですよ。最近はずっとお側にいるんですよ」
「きんもちわりーなぁ……」
「…………なんだこいつら……」
一触即発状態だった砂漠の狩猟団とラピは、一時、丸く収まった。
やがて砂漠の気温が高くなると、ラピは額から汗を地面に落とし始めた。
一滴、また一滴と落ちるたび、その水を蒸発させるかのように地面から煙が湧き出てきた。
「あ…………あついな……これは……」
地獄道に差し掛かる前だというのに、ラピは砂漠の暑さでやられてしまいそうだった。
「んもーだらしないわねー。しばらく馬車で休んでなさい」
そういったメリィは体から汗ひとつかいていなかった。
あんなにも暑そうな魔法使いのローブは、見た目以上に快適な素材で出来ているらしく、体温調節はお手の物だった。
どうにも気候との適応には、魔力防御が著しく影響する様で、能力が極端に低いラピは、周りとの温度差があるところに出ると身体が適応し切れずに、その歪みで身体が悲鳴をあげる。
逆にそれらが総じて高い魔法使いやミユなんかはまだまだピンピンしていた。
足りない力も魔法で少しではあるが、補えるため、ラピは馬車の中で魔法使いが羨ましいと思っていた。
「しっかしあのガキ……この炎天下の中で汗ひとつかかねぇで、あんなに走り回ってられるとはよー……やっぱ並外れた魔法防御してるってこったな……」
ゲイルも遠くからそれを見ていた。
「……なんせ究極魔法でさえ、その身に浴びてケロっとしているわけですから……ステータスの数値は本物、というわけですね」
んなことがありえるのかよ、と不貞腐れてゲイルは寝ていた。
しばらく歩くと、一行は灼熱の地獄道の直前まで差し掛かっていた。
砂嵐も激しさを増してきた為、一旦一同は馬車の中で休息をとることにした。
馬車の中は心地よく、しばらくは悪天候の中でも大丈夫そうだった。
夜を越え、砂嵐を越えると、一行はいよいよ灼熱の地獄道へと足を踏み入れた。
地獄と名がつくだけはあり、これまでの道程を遥かに超える砂漠の厳しさが一行に襲いかかってきた。
「くっ……」
さしものメリィも、ここにきて疲れの色を見せ始めた。
「どこまで続くんだろう……」
ラピも、大幅に体力を奪われていった。
「大丈夫……地獄道に入ってからは、案外早くたどり着けるから……真っ直ぐ進んでいくだけよ」
メリィはいつものように強がってはみたが、困難な雰囲気を隠し通すことはできなかった。
かの砂漠の狩猟団でさえ、交代で行かなければ厳しいほどだった。
高すぎる魔力防御を持つミユは暑さこそ感じていなかったが、五歳児の女の子が歩き続けるには長い道のりだった。
「つかれたー」
やがてミユも馬車に乗っていった。
しばらく歩いて、城らしき姿が砂漠の真ん中にぼんやりと映し出された。
「もうすぐよ! もう直ぐ着くわ!」
希望が見え始めたその直後。
メリィの馬車が大きく揺れた。
「きゃ!」
「な、なんなのよー!」
「……ま、まさか。みんな離れて!」
いち早く危険を察知したメリィは、馬車を捨て、全員を退避させた。
車輪の一部が馬車から外れ、段々と砂の底に、砂漠に空いた大きな穴に沈んでいった。
「なんだありゃ……」
穴の中から現れたのは巨大な、巨大なサソリの化け物だった。
「あれはジゴクオオサソリよ! そんな……ここまできて遭遇するなんて……」
ジゴクオオサソリはこちらを一瞥し、素早い動きで馬車を狙ってきた。
「私に任せて!」
飛び出したのは魔法使い、リリィだった。
「炎魔法、フレア・バーン!」
直径十数メートルはゆうに越える巨大な火球を、サソリにぶつけた。
サソリはなにかされたのかわからないといったように頭を尻尾の先で掻き、やがてリリィに向けて、攻撃を始めた。
「き、効いてないわ!」
「どけどけ。ここは砂漠の狩猟団、アーチャーゲイルの出番だ!」
ゲイルは硬い鉄をも切り裂く弓矢を新調していた。
対ミユ用に使うつもりだったそれを、手始めに十発ほど、サソリの眼球に向けて放った。
サソリは視界を失うと、ひどく暴れ始めた。
「さぁみんな! 今のうちに逃げー」
そう言いかけたところで、メリィがサソリのハサミにつかまれた。
「しまった……!」
「メリィ!」
捕まったメリィを助けようと、一同が必死になってサソリの足を狙った。
サソリはぴくりともせず、尻尾を振り回し、一蹴のもとに伏せた。
「ぐあっ!」
「くそ……なんて硬い化け物だ……」
誰もがメリィの痛々しい凄惨な結末を覚悟したその時、
サソリの肉体は大きく動いた。
「え?」
下ではなんとミユがサソリを持ち上げていたのだ。
ミユは大好きな変な生き物のサソリを見て、興奮気味にサソリを振り回していた。
「わっ、わああ!」
たまらずサソリはハサミからメリィを離すと、メリィは空高く飛んでいった。
メリィは地面に叩きつけられると思っていたが、すんでのところでラピによって助けられていた。
「あっ、貴方は……!」
「いてよかっただろう⁉︎」
ラピはメリィを下ろすと、ミユと砂漠の決闘を見た。
いや、決闘と呼ぶには余りにも一方的なリンチであり、ミユはサソリの攻撃にびくともせず、逆にミユは勢い余ってサソリの巨大な腕を引きちぎっていた。
まるで昆虫の羽を幼い子が容赦なく毟り取るように。
地獄の殺し屋は見る影もなくなり、全てバラバラに解体された。
「わーい!」
動かなくなったサソリの上で、ミユはそれを楽しそうに滑り台のようにして遊んでいた。
「いやー、まさかあのジゴクオオサソリを倒しちゃうなんてねー」
「全く、規格外すぎて末恐ろしいぜ」
砂漠の狩猟団とメリィたちは、ミユの倒したサソリを今晩の食事に使い、仲良く食べていた。
「あーおもしろ……おいしかった!」
サソリの足を素手掴みで丸かじりしながら、硬い部分を定期的に「ぺっ!」と吐き出すミユからは、倒した異星人の足を食うエリート戦闘民族のような雰囲気が出ていた。
それを初めて見たであろうメリィの仲間と砂漠の狩猟団は、驚きの余り声が出ていなかった。
逆に慣れていた、一度見たことのあったメリィやゲイルなんかは落ち着いていた。
「どこか怪我してない?」
ラピはすかさずミユの体を心配していた。
「ううん。へーき!」
先程の戦闘もミユにとっては遊びの延長でしかなかった。
ステータスがものをいうこの世界。
非情にも冒険者を襲ったジゴクオオサソリは、逆に自分がその地獄を味わうことになったのであった……。
こうして一行はいよいよ砂漠の国に突入するのであった。




