伝説の勇者の末裔、レオン・ユリウスの独白 〜聖戦〜
▽おきなさい わたしのかわいい ぼうや きょうはおしろに いくひでしょう
およそ数百年前。
かの地、ミシヨガルドは突然変異で出現した異種、魔族によって恐怖と絶望で支配されていた。
彼らは自分たちより下等な人間たちを見下し、おもちゃのようにして遊んでいた。
この事態に、各国の王は人員を集め、兵を総動員させ魔族を迎え撃とうとしていた。
だが、その全てを以ってしても、魔族に大した爪痕一つ残すことはかなわなかった。
最早人間になす術は無いと思われ、世界が闇に落ちようとしていたその時ー。
光に包まれ、悪を打ち払う救世主、人呼んで勇者が現れたのだ。
当時の剣では傷一つ付けることのできなかった魔族の肉体を、勇者と呼ばれしものは易々と切り裂き、一撃で城壁さえ破壊する魔族の攻撃を、その身に受けてなお、立ち上がり、最後には魔族の長と一騎討ちを果たして見事、勝利を持ち帰ったのだ。
絶望が希望に変わった日。
その日は大いに盛り上がり、人々は平和に喜び、共に抱き合い、踊り明かし、久しく見ぬ笑顔を取り戻していた。
名をなんと申すのだ。世界を救いし救世主殿よ。
何日かして、勇者はまた旅立とうとしていた。
次の世界を、自身を待つ者の、平和を待つ者の元へ行くために。
救世主は笑顔で、こう答えた。
「レオン。レオン・ブレイブだ」
勇敢なるレオンの作り出した様々な物は、のちにこの世界において昨今の多くのギルド冒険者が用いる武器や防具の礎となった。
また彼が繰り出した魔法は、今日の魔法の基礎を作り上げた言わば原初の魔法として、聖典に今もその名を連ねている。
勇気ある若者。
世界に光をもたらす救世主。
強き悪をくじき、弱きを助る正義の味方。
彼に倣って勇者という職業が出来るのも時間の問題だった。
時は過ぎ、レオンは伝説として語り継がれるほどの人物となった。
だが、魔族が完全に滅んだわけではなかった。
勇者の勝利に見えたかに思えたその時、
当時の魔族の王は人類に絶望の卵を、パンドラを遺して逝ったのだ。
勇者とて、永遠に生きることは叶わない。
我ら魔族は何度でも姿を変え形を変え、進化し、生き延びて再びこの世を暗黒に染めよう。
だがその時に貴様はこの世にはおるまいよ。
勇者はそれを分かっていた。
分かっていた上で、魔王の最期の言葉を受け止めた。
……だが生命を繋ぐことができるのは人間も同じ。
レオンほどの男も無から生まれたわけではない。
必ずその遺伝子は受け継がれ、種はいつか芽を出す。
勇者は子孫を残したのだ。
いずれ再び世が闇に包まれよう時、我らが子供たちが次の勇者となって、この世界に希望の光をもたらすだろう。
やがて数年の時を経て、レオンの残した遺伝子は再び、その芽を出すことになった。
第二の勇者は一国の王であった。
レオンの滞在した国家、ヨシュアムの王子、レオン=ヨシュアム=ブレイブ二世だ。
彼は勇者の末裔として、人々から羨望の眼差しを浴びていた。
彼が生まれた当時は、レオンの作り出した平和によって、しばらく争いとは無縁の世界だった。
それ故か、激しい戦の中で鍛え上げられたレオンの能力は、そのほとんどを二世が眠らせることとなった。
また、二世は初代レオンと比較すると、非常に傲慢で、俗物の塊のような男であり、とにかく名声と権力にはうるさかった。
自らの親の力をまるで自身の力のように勘違いし、思うがままに国を動かした。
レオンを知る者から言わせれば彼は人間の闇そのものだったという。
勇者レオンが敢えて劣悪な遺伝子を、人間の戒めとして残したのではないかとまことしやかに考察される程だ。
だがレオンとしても、自らの子孫がこのようなザマになっていようとは思いもしていなかった。
父親らしい父親もおらず、国王と王女の庇護の元、甘やかされて育った上に、まだこの世は平和も平和。
このような結果になる事は致し方ないものだったのかもしれない。
レオン二世もまた、子を成した。
若くして彼は様々なことに気がつく子供だった。
魔法に興味を示したり、剣術を進んで学ぼうとしたりと、少なくとも二世よりはマシだった。
三世の齢が八つになる頃、彼は城を出た。
申し出は済ませたが当然王は反対した。
そうなることはわかっていた。
だが、少年のような好奇心をもつ彼にとって、この城は余りにも窮屈だった。
なにより彼は勇者レオンの子としての、救世主としての自覚が強かった。
ここにいては救える生命も救えまい。
今は一時の平和でも、いずれ世界が再び闇に包まれる時が必ず来る。
その時に備えて今強くなっておく事こそ、先代勇者レオンが望んだ事ではないか。
幼くしてそれを分かっていた。
分かってしまった三世は、城を離れ、あちこちで修行を積んだ。
この選択は正しかったようで、後にレオンが16になる頃に魔族はレオンの遺伝子が住む故郷として、ヨシュアムの王国を襲ってきたのだ。
当然なんの備えもしていなかった二世が、闇を払う力を目覚めさせるはずもなく、一国は一晩の業火に晒されて滅んだ。
だが三世にとってそれは望む結果ではなく、自分が身勝手にも飛び出さなければ家族を救う事ができたのではないか、と酷く後悔した。
この結果から三世は一人の力ではどうにもならない事が世の中にあると知った。
それを痛いほど痛感した彼は、各地で仲間を募った。
数々の攻撃呪文を扱う魔法使い。
神に仕え、癒しの呪文を司る僧侶。
屈強な肉体と力強さを誇る戦士。
皆、これらはレオンによって発達した職業であり、三世の呼び声に快く力を貸してくれた。
やがてこれらはパーティーシステムとして語り継がれ、仲間を集める姿勢は後にギルドシステムとして冒険者の間で本格化していった。
仲間を集め、多くのものを得た三世は、いよいよ諸悪の根源。
魔王が遺した負の遺産、第二の魔王と決戦を繰り広げた。
三世の強さは同時に、弱さでもあり仲間を得たことで力を増したが、逆にそれを突かれてしまった。
仲間の僧侶一人が魔王の手に捕まり、命を助けたくば勇者が犠牲になれとのことだった。
僧侶含めて最終的に仲間は勇者を生かす選択をした。
決して情が無いわけではない。
だが、悪魔によって失われるであろう数百万の生命と、目の前の僧侶一人とを天秤にかけ、それをはっきりどちらかが正しいと断定するには、彼らには余りにも荷が重過ぎた。
しかし勇者はここで、別の判断を下す。
三世はその身を魔王に差し出した。
だがこう付け加えた。
俺を殺したくば殺すが良い魔王よ。
その積年の恨みを、先祖代々から続く負の因縁を我が身体で晴らすがよい。
だが、それを行うならば向こう百年は、人間には手を出さないと約束しろ。
三世は言った。
最早これは賭けであった。
魔王がその賭けに乗ったのは奇跡でもなんでもなく、ただ目の前の男の覚悟と決意に応える武人のような心だったのかもしれない。
かくして三世の勇者一行はあえなく敗走。
勇者は捕まり、魔族に思う存分、その身が朽ち果てるまでなぶり続けられただろう。
勇者の敗北。
それは決して人類に残してはならないほどの巨大な闇の記憶であった。
だが三世の結んだ条件によって、人類は蓄える機会を頂いた。
それ故に人々は三世が勝利したと、偽りの光の中にいた。
三世の勇者一行は、勇者の意志を継ぎ、必ずや次の勇者を育てようと決意した。
約束が解かれる百年の間に、魔王を打ち倒せるほどの勇者を。
実は勇者の遺伝子が滅んだわけではなかった。
勇者一行の一人、魔法使いが知らぬ間に宿していた子供は、紛れもなく勇者レオン三世の子であった。
本人がその事に気づいたのは大分後になってからだ。
勇者四世、知らずして付けた名を、ユリウス。
レオン・ユリウス・ヨシュアム・ブレイブ。またの名をレオン四世。
初代レオンが使ったとされていた伝説の剣、ゴスイは国宝記念博物館に何十年以上もその物が展示され続けていた。
当時誰も身につけることの出来なかった武器ではあるが、その武器を調べて解析し、ある程度一般のものが扱えるようにしたのが今の世界に最もありふれた武器のはじまりともいえる。
剣の金属は何年経とうとも決して錆びず、色褪せず、未だなおその神秘の力で街を守り続けているのだという。
勇者以外は持ち続ける事の叶わないそれを、ユリウスはいとも容易く持ち歩いた。
勇者一行がこの事に気付いて、ユリウスが四世であることを確信したのだ。
それから再び時は過ぎ、ユリウスが16になる頃。
彼もまた、旅に出た。
先代がそうしたように。
そして勇者のみならず、勇者一行の血を受け継いだものたちもまた、先祖同様引かれ合うようにして、勇者と巡り合った。
彼らは長い長い旅をして、今の世を生き抜いた。
初代レオンの時代にはなかったギルドや、様々なクエスト。
先祖の遺してくれた数々の置き土産は、四世を間違いなく強くした。
伝説の装備を身に纏い、先祖が辛酸を味わった決戦に今、終止符を打とうとしていた。
◇◇◇
「あそこに見えんのが魔王城か……」
高い高い山の頂には周りの自然と全く異なる歪な、黒き闇に包まれた城があった。
デッカイ山と呼ばれる山の頂上にあるとされる魔王城。
三世はここで決戦を繰り広げ、あと一歩というところで仲間を人質に取られ、勇者は自らの身を捧げ、一行は敗走したのた。
木の上から山を見ていた武闘家、サラームはユリウスの持つ剣の震えの細かな音が耳に入った。
「へっ、なんだよ。勇者様でもナーバスになることなんてあるんだな」
「ふっ、まさか」
ユリウスは笑った。
しかし、己が今、先祖の成し得なかった事をやろうとして、その場に立ち会っていることに恐怖を感じない訳ではなかった。
「無理もないわよ」
ユリウスの側で焚き火に木を焚べていた女性が言った。
「私たちは今、ご先祖様が終ぞ叶わなかったことをやろうとしているんですからね」
女性はどうやら僧侶であるようだった。
首からぶら下げた金色の聖十字のペンダントを固く握り、空に思いを馳せていた。
「ふぉっふぉっふぉっ。大丈夫ですぞユリウス殿、セイラ殿」
細く長くとがった帽子が目立つのは魔法使いのラルスだった。
ラルスはパーティー一行の中で最も高齢の老人だった。
比較的若い衆が多い勇者一行の中で、一番賢く、冷静に物事を判断できるのは彼だった。
時には勇者のご意見番として、亀の甲より年の功といった具合でいつも頼りにされている。
今回も若き二人の不安を払拭するかのように、優しく語りかけた。
「儂らはこれまで多くの困難な試練を乗り越えて来たではありませぬか。今回もきっと無事に成功しますぞ。この爺めが保証します」
「ラルスさん……」
「……ありがとうラルス。大丈夫、僕たちは強い。今日この日まで、僕たちは色々なものを積み重ねてきたんだ。――行こう!」
焚き火を消し、皆一同、決意を新たにいざ進もうとしたその時。
「ん? おいユリウス、あれなんだぁ?」
サラームが魔王城上空を指差した。
「あれは……隕石か?」
「…………なんか、魔王城に向かって落ちてない? アレ……」
勇者たちが言葉を発する暇もなく、凄まじい衝撃波が、暴風に乗って勇者たちのもとへ吹き荒れた。
「ぐわあああ! な、なんだ!」
「皆の衆、落ち着くのじゃ! まずは周囲に隠れて様子を見るんじゃ!」
「くっそぉ、なんなんだよありゃあ……」
やがて真っ赤な光が消え、風が治った後勇者たちは魔王城を見つめた。
「……………………え、なにこれは……」
「魔王城が……無くなってる……?」
◇◇◇
僕はユリウス。
人は僕を、勇者だという。
僕はかつて世界を闇から救い、光をもたらした伝説の勇者レオン・ブレイブの子孫だ。
先祖の果たせなかった使命を果たすべく、僕はこの世に生命を授かったのだと思う。
仲間を集め、準備を重ね、魔王との光と闇とを分かつ聖戦まであと一歩のところまでたどり着いていた。
……その直後に謎の巨大な火の玉が降り注ぎ、魔王城と山の一部を跡形もなく消し飛ばした。
後で調べに歩いて行ったが、魔王は城諸共更地になっていた。
あれは神の怒りか、果ては魔法の類なのか。
魔法だとして、本当に人の為せる魔法なのか。
僕たちはどうも腑に落ちず、色々調べていった。
やがてラルスたち魔道士の調べによると、あの痕跡から考え得る魔法は、炎魔法であることが分かった。
……それもサラマンダーに代表されるような上級魔法ではなく、下級炎魔法フレアである可能性が示唆されてきたのだ。
にわかには信じがたい。
やはりこれは僕たちの魔王退治に、痺れを切らせた神の警告なのではないかと考えるのがやっとだった。
魔王が消滅したことで、平和は一応訪れた。
街に帰ると人々が傷一つ負っていない僕たちに勝利の祝杯をあげてくれていたが、正直言って全くの消化不良感が否めない。
ご先祖様になんて顔向けすりゃいいんだよ……。
そのもやもやが段々と怒りに変わっていったのは言うまでもないだろう。
決着は着かず、何者かに横槍を入れられたような。
例えるならば最後まで取っておいたデザートのプリンを突然名も顔も知らぬ者に、横取りされたような感覚だ。
僕は許さない。
このような形で僕たちの邪魔をした者を。
たとえそれが一級魔道士であっても、神であっても許しはしない。
平和が戻ってからというものの、仲間たちはすっかり平和ボケしてしまい、あんなにも清楚で美しく、僕と同じ勇者にまつわる者の子孫であるセイラが、今では酒場の客引きのために踊り子をやっている始末だ。
久しぶりにセイラに会いに行ったら、彼女は変わり果てていた。
肌色はひたすら隠していた僧侶時代から一変して、太陽の下にあられもなく晒しているもんだから、美しい白い肌はこんがり黒色の褐色になり、着飾らないことが魅力だった彼女は顔面に厚化粧を塗りたくり、露出した肌にはどこぞの民族を思わせる塗物のようなペイントで、あちこちに文字が書かれていた。
また、顔合わせをすると僕が旅を共にした仲間であるにも関わらず「いらっしゃーい。あらぁお兄さんチョー可愛いんですけどー。ネェネェ、一杯飲んでかなーい?」と言ってきた。
……………………。
絶句という体験をしたのも、これが人生で初めてではないだろうか。
いや、セイラ。
僕たち未成年だよね⁉︎
セイラの思慮深く知性のあった姿は欠片も感じ取れず、時間の流れの無情さを、平和ゆえの中だるみをひしひしと感じ取ってしまった。
あまりの衝撃に三日は寝込んでしまった。
このような衝撃的な変化はなにもセイラだけではなかった。
たとえば筋肉質で肉弾戦では人一倍頼りになった武闘家のサラームが、今では脂肪にまみれた肥満体の、俗に言うデブに成り下がっていた。
あの頃の活気溢れたサラームの姿は見る影もなく、代わりに「でゅふふふ……」と不気味に笑い、創作物の女性を愛する小太りの青年がそこにはいた。
ちなみに、こんなナリになったにも関わらず、サラームは未だ冒険者コミュニティにて「元勇者の仲間の拙者、お前ら引きこもりに本物の冒険教えるWWW」などと意味不明な発言をしており、半ば冗談だと割り切られ、冒険者に馬鹿にされている。
サラーム……嗚呼サラーム……
あの頃の頼れる兄気分なお前はどこへ行ってしまったんだ……。
……さて勘の良い者はお気付きかもしれないが、この変化は当然年配者でここぞと言う時に一番頼りになる魔法使いのラルスにも、例外なく起こっていた。
今ではラルスは車椅子に座り込み、パーティー時代には見せたことのないほどのボケ老人になってしまい、喋れていた口は全て総入れ歯になっており、なにを言っても「あ〜〜?」と返す一般的な高齢者になっていた。
数々の蓄えた呪文の知識はおろか、今日食べた食事を忘れてしまう体たらくだ。
とても生活が一人で送れるものではなく、今ではとても良い医療施設で安静生活をしており、美人の女医がやってくると、辺り構わずセクハラをかます色ボケのじじいになってしまっていた。
……そ、そうか。
ラルス。本当はもう限界だったんだね……
ごめんよ。そんな君に気付いてあげられずいつもいつも辛い役目を押し付けてしまい……。
「って、違うだろぉー‼︎」
僕は全身から沸き立つ火山のような憤りを隠せずにいた。
絶っ対に許さん!
僕から使命だけでなく、仲間まで奪い去ったその者を。
必ずこの僕が地の果てまででも追い詰めて、この剣の錆にしてくれる。
そしてもう一度仲間たちを取り戻す。
これが僕の、いや僕たちの本当の聖戦だ!
僕は新たに決意を抱き、家を飛び出した。
あの魔王城を焼き払ったものを探しに。
◇◇◇
長い旅路の果てに、僕はようやくかのもののいる場所を突き止めた。
数々の冒険者が集う街、ヨルダの街。
ここは確かにある程度旅をするものにとって、思わず住みつきたくなるほど心地よい場所だろう。
かくいう僕も宿の快適さには驚きを隠せなかった。
まるで遠い故郷の、自宅のベッドのような心地よさ。
が、今はそんなものに惑わされている場合ではない。
どうやらその者は並外れた魔力を誇るようで、山を消し飛ばした際に放った魔法は下級魔法フレアで間違いはなかった。
過去にも下級魔法をさも強大な上級魔法のように扱う悪魔はいるにはいたが、規模が違う。
魔法というものは面白いもので、例えば僕の使う雷魔法サンダーは、魔法使いのラルスが放つと、桁違いの威力を誇る。
どれくらい違うのかというと、僕のが静電気だとしたら、ラルスのはまさしく巨大な雷。
これは魔法を扱う者の魔力によって威力が左右されるということらしい。
僕はなんでも一人でできた初代と異なり、こと攻撃呪文に関しては百年生きた魔道士には及ばないほどだった。
かわりに僕は回復魔法も、攻撃魔法も扱えながら、前線である程度戦える戦士の素養もあり、武闘家ほどではないにせよ、俊敏さも兼ね備えていた。
勇者とは元来そのようなものであるらしい。
だが鍛え続ければそれは並みの一点特化した職業のものより遥かに強力になるという。
僕はようやくその境地までたどり着くことができた。
……なればこそ、その決戦を有耶無耶にされた怒りを、許すわけにはいかないのだ。
たとえ相手がどんなに恐ろしい化け物であろうと、僕は臆さない。
それが代々受け継がれてきた血脈、レオンの一族の定めなのだから。
かつての魔王との決戦の時と同様、最高の装備品を身に固めて、僕は万全の態勢だった。
願わくば苦楽を共にした仲間たちと戦いたかったが、これも試練の一つだと、割り切った。
やがて僕はその者がいるという居住区にたどり着いた。
ふっ、どんな大掛かりな化け物が住むところかと思えば、随分と俗っぽい。
いや、これは油断させる作戦なのかもしれない。
そう思うと敵ながら天晴れ、と言いたくなってしまう。
だがそんな程度でこの歴戦の勇者を誤魔化せると思うか!
僕は勇敢にも、怪物の待つ居住区にその足を踏み入れたー
「邪魔だどけ!」
「ぐふっ!」
僕は突然背後からやってきた者に吹き飛ばされた。
この勇者を吹き飛ばすなど、随分な神経をしていると思い、睨みつけると、そいつは背に弓矢を大量に抱えた冒険者だった。
見るからに強そうな、上級の冒険者。
職はおそらくアーチャーだろう。
だが、何者であり、何用であるかしらんが邪魔をされるわけにはいかない。
僕は男の肩に手を置いた。
「貴様。何故ここにいる」
「あぁん? おめーこそなんでここにいんだ? ここは俺の狩場だ。冒険者ごっこはよそでやってくれ」
僕は男の言葉と態度に憤りを抑えられなかった。
冒険者〝ごっこ〟だと?
ふざけるな。こっちは積み重ねてきたものの重みも背負ってきたものも、その辺の冒険者とは訳が違う。
「僕はユリウス・レオンだ! 伝説の勇者レオンの末裔にして、勇者の称号を受け継ぎし者だ! 僕にはここで、かのものを待ち打ち倒さねばならぬという使命があっぐはあ」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせー! 気付かれたらどうすんだ馬鹿野郎!」
アーチャーの男は僕の話の途中で顎を殴りつけた。
ぶ、ぶったな?
親父にもぶたれたことのないこの美顔を。
「ハァー……俺ぁゲイル。アーチャーだ」
「それは見ればわかる。何故貴様もここにいる」
まだ痛む顎を抑えながら僕はゲイルの顔を見た。
歳はまだ僕と変わらぬくらいだろうか、まだ少年の幼さを残しつつ、大人のような風格を見せる、子供と大人の境目を生きる青年そのものの体現といったような男だ。
そう思うと先程の尊大な態度もあながち間違いではない。
自分にもそういう時期があった。
仕方なく許す姿勢をとって私はゲイルの話を聞くことにした。
「決まってんだろ。俺はあいつに……ミユ=ワタナベを討つためにここにもう一度やってきたんだ」
「ミユ=ワタナベ?」
それがかの者の名前なのだろうか。
成る程。
たしかに人にも魔族にも近くない異質感の溢れる名前だ。
「あいつは強い。強すぎるんだ。だから皆あいつを狙う」
「皆だと?」
この場にいるゲイルのみならず、他の連中も狙っているとでもいうのか。
「なんだよしらねぇのかよ。今上級ギルドたちは、ここに住む奴を狩るために必死になってんだ」
「ええ。ゲイル様も一度挑みましたが敗れ、後にSクラスの冒険者ギルドが集団で戦いを仕掛けてもこれも皆敗走しました」
「うっ、うわあああ! なんだ貴様は!」
突然ゲイルの背後からぬるっと謎の人物が現れた。
カールヘアが特徴の何を考えているかわからない無機質な瞳をした男…………いや、こいつ男か女かもよくわからない。
「……こんのラルトスのだぼはぜが! なに急に現れて人の黒歴史暴露してんだよ!」
「え、やだなぁ。さっきからゲイルさんにストーキング……もとい尾行して後を着いてきていたじゃないですかぁ」
「変わってねぇんだよ意味が! え⁉︎ 何ナチュラルにストーカーしてきてんの! わかるわけねぇだろこのサイコ野朗ォ!」
「激しい拒絶反応は、相手に対する深い意識と素直になれない愛情の裏返しだと捉えてよろしいですか?」
「不快な存在なだけだてめーは! てめーを裏返しにしてやろうか!」
突然現れ続ける謎の人物に面食らっていると、ほどなくして扉の開く音がした。
全員、家の柱の隅に隠れた。
「……って、咄嗟に隠れたはいいものの、なんで貴様らも一緒なんだ!」
「それはこっちのセリフだ! なんで俺のいく先についてきやがんだ! ……てかラルトス俺の後ろに立つな! なんかお前に立たれると気色悪すぎて不安になって集中できねーんだよ!」
「え? ファンになってしまいそうだ? なぁんだ結局私たちって相思相愛、相性バッチリって事じゃないですかやだー!」
「そういうところが気色悪ぃって言ってんだ!」
後ろの漫才に気を取られないよう、僕は出てくる人物を待った。
数々のハンターにつけ狙われる怪物。
山と魔王を一瞬にして消し去った人物。
一体どんな姿をしているのか……
魔王城目前の時とはまた違う恐怖が、身を襲った。
額から流れ落ちる雫が、首を伝って地面に落ちた。
「ラピー! 早くしてー!」
………………突っ込みどころしかないが。
え? まさかあれが敵だとか言わないよな?
あんな年端もいかない子供が、魔王城消したとか言わないでよね?
だが、漫才コンビのゲイルが真剣な眼差しで矢を構えているところを見ると、どうやらこいつが獲物らしい……が
「ちょっ、ちょっと待て! あ、あんな幼児に向かって何を! き、貴様気でも違ったか!」
「こんの大バカ野朗! そうやって舐め腐ってるとマジで痛ぇ目にあうって言ってんだ! あいつがミユだ! あいつには硬い鉄だろうが、どんな魔法だろうがまるで効きやしねぇ! 正真正銘の化け物だ!」
ゲイルの説得は必死そのものだった。
そうでなければただの壊れてしまった人間だった。
「本当ですよ」
後ろの漫才コンビの相方、ラルトスも言った。
「彼女に挑んだ暗殺者は刀をへし折られ、Sクラスの賢者が放った究極魔法で傷一つ負わず、猛毒の類も、体内に届く前に砕け散って消滅しました」
「………………それなんて化け物?」
明らかに信じがたい情報の数々だったが、二人して嘘をついているとは思えなかった。
やがて幼児が目を離したスキにゲイルはこれでもかといわんばかりに弓矢を大量に打ち出した。
目視できるだけでその数なんと百。
砕け散る幼児の無残な姿を想像し、目を覆った。
だが、実際はその目を疑う光景が広がっていた。
「くっ、これでもダメか!」
その百本はあったであろう矢は全て幼児に弾かれ、落ちた矢は一本残らず全て砕け散ってしまった。
「え?」
思わずそんな間の抜けた声を出してしまった。
何がどうなっているのかわからない。
間違いなく矢は当たっていたはず。
「お見事ですゲイル様(笑)」
後ろでラルトスが嘲笑交じりに手を叩く音がする。
「………………お前それ馬鹿にしてんだろ」
「いえいえ。ともかくこれでユリウス様もお気付きになられたでしょう。彼女……ミユ殿はその圧倒的なステータス故に、並大抵の攻撃ではああやって全て弾かれてしまいます。貧弱な攻撃ではミユ殿を驚かせることさえできないのですよ。えぇ。貧弱で弱々しい攻撃では」
「絶対馬鹿にしてんだろ! よーし、表出ろ。次は千本の矢でお前をブチ抜く」
「やめてくださいよ。私情報屋だから非戦闘員なんですって。弱いものいじめして楽しいんですか? だからいつまで経っても弱……」
続きの言葉はゲイルの放った矢によって、ラルトスの意識と共にかき消えた。
やがて「ごめんごめんお待たせ」と黒服のスーツに身を包んだ金髪の青年が現れた。
青年は怪物、ミユと手を繋ぎ、楽しそうに道を歩いて行った。
「な、何者なんだあいつは……」
「あいつはラピ。暗殺者だ。といっても元だがな。ミユに挑んだ第一人者で、負けて返り討ちにあってから、牙も毒気も抜かれちまった」
僕はラピを見た。
たしかに暗殺者とは思えぬほど腑抜けた表情をしている。
幼き子供を連れて歩く様は、まるで子を連れて散歩する一般的な家族のようであった。
し、知らなかった……
こんなにも沢山の者が、僕と共通の獲物を狙っているとは。
ゲイルが後を追うように走ると、今度は土煙が吹き荒れた。
「ぐわっ! なんだなんだ」
煙が晴れると、そこには狐の耳をしたような男が刀を携え、立っていた。
「なんだこの男は!」
「あいつは羅仙。つい最近ミユに挑んだ討伐難度S級指定生物だ」
淡々と語られる男の素性に違わぬほど、これまでの人間とは一味も二味も違う雰囲気を放っていた。
彼はミユとラピの前に立ちはだかり、剣を交えようとしていた。
「なんだお前は!」
隣のラピも臨戦態勢に入った。
「私は羅仙……ミユ。そなたともう一度相まみえる為に、地獄より舞い戻った次第だ……」
「あーっ! ちゃんばらおじさんだー!」
前と隣のシリアスさ加減とは落差のある、近所のおじさんにでも再会したかのようなリアクションをミユはとっていた。
名前を呼ばれなかったが、覚えていてもらっていたことを嬉しくおもったのか、羅仙の口角が上がった。
「さぁ、勝負だ!」
「しょーぶー!」
ミユが言うと、羅仙はその刀から斬撃と解き放った。
その余波がこちらにもやってくるほどだった。
「う、うわあああ!」
思わず吹き飛ばされてしまった。
「ちっ、こんなとこでおっ始める気かよ!」
すかさずゲイルも構えに入った。
僕はその様子に、ただただ立ち尽くすしかできなかった。
な、なんなんだこれは。
一体何人があの幼女を狙っていると言うのだ。
幼女は羅仙の攻撃を手で掴み、きゃっきゃと喜んでいた。
その隣でラピは口を開けたまま、漫画のように白くなっていた。
「くっ……だが僕もこのままでいられるか!」
そうだ。どんな奴が現れようと関係ない。
僕はあいつを、ミユを討つためにここまできたのだ。
羅仙とゲイルが攻撃の手を止め、頃合いを見計らっているその刹那。
「でやぁあああ食らえ! 勇者直伝の必殺剣、聖龍十字衝を‼︎」
伝説の剣、ゴスイに光が満ちる。
ミユの頭上から、全身全霊の剣技が繰り出される。
魔王すら滅しかねないこの技を受けて、立っていたものはいない。
勝った……一瞬のスキをついた僕の勝ちだ……。
あはっ、あーっはっはっは!
ビキィ!
幼児を切ったにしては、あまりにも鉄が砕けるような金属音がしたので違和感を覚えて手元の剣を見た。
伝説の剣、一度たりとも割れたことのない勇者の剣ゴスイは「もう無理です」と言わんばかりに縦に横にヒビまみれになっており、やがて砕け散って砂に還った。
「んあああーっ! そ、そんな……伝説の……今まで壊れるどころか、刃こぼれ一つしなかった伝説のゴスイの剣が……」
ダメージを与えたはずの幼児は痛くも痒くもないという面持ちで、楽しそうに喜んでいた。
側にいた羅仙が見下すように冷たく笑った。
「愚かな…………剣に溺れ、力任せに振る舞うことなど誰にでも出来ることだ」
「へへっざまぁみろ!」
「……ゲイル様。実に小物です」
後ろから前から、僕を嘲笑う声が聞こえる。
そんなことに対して怒りすらわけず、むしろ完全に剣と共に戦意もプライドも砕け散った。
燃え尽きちまったよ……真っ白な、灰にな。
闘士尽き、膝を落として蹲っていると、なにやら斬撃のようなものが飛んできた。
「え? ちょ、あっ」
衝撃波は地面と共に僕の鎧ごと切り裂いた。
▽ゆうしゃは 1500ポイントのダメージをうけた!
▽ゆうしゃは しんでしまった!
体力の許容を大幅に超えるダメージを受け、僕は棺桶に入ってしまった。
え?
「し、死んじゃったのー⁉︎」
僕はなんとか動こうと足に、手に意識を集めた。
しかし、棺桶の状態では飛ぶことも、ずれることさえ叶わなかった。
後ろでゲイルの「あらら」という声とラルトスの「ドンマイです」という声が聞こえた。
いやあの助けて⁉︎
物珍しそうに幼女、ミユは棺桶になった僕の上に乗り始めた。
「うわーい! へんしんだー!」
「ちょ、ちょっとー! おーい! 僕は乗り物じゃないよー!」
なーんてしてると再び羅仙が殺意高めの斬撃をぶっ放してきた。
「あっ、あっ、アッ、あああ〜」
もう死んでいるというのに、あまりの恐怖に実に情けない声を上げてしまった。
結局、幼女がワンパン(殴りつけたようには見えなかった。おそらくはじゃれあいのつもり)で、羅仙を遥か彼方に吹っ飛ばして、それを見たゲイルが逃げ出して、戦いは幕を閉じた。
「たのしかったー。ね、ラピ!」
「え? あ、あぁ。そう……ミユが楽しかったならよかったよ」
「じゃおうちにかえろっか!」
「うん。そうだね……!」
ミユとラピは手を繋いで楽しそうに夕日を背に、帰って行った。
他のものも。
それぞれが、それぞれの帰るべき場所へ……――
…………
「いやあの、誰か生き返らせてぇえええ‼︎」
伝説の勇者の聖戦は、儚くも終了した……。
To be continued……




