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S級冒険者、幼女に挑む。


 草木も眠る丑三つ時。

 風の鳴く渓谷の真ん中に一人、佇む男がいた。

 この世を憂いでいるのだろうか、男の表情から読み取れるのは儚げではあるが、闇だった。

 瞳には並々ならぬ漆黒に塗れた暗闇が映っており、彼の胸中を表しているようだった。

 雲の群れが、真っ黒な空に一人鈍く輝く朧月を覆い隠そうと次々と流れていった。

 男は次の瞬間には腰にある刀の柄を手に取っていた。

 夜の闇を浴びてなお、その刀は不気味にも妖しく、美しい薄紅色の光を放っていた。

 やがてその刀身が剥き出しになると、一つの生き物の心臓が鳴るかのように静かな渓谷中に大きな音を響かせた。


 ――斬りたい。


 はっきりとそう聞こえたわけではないが、男には分かっていた。

 刀が獲物を欲しがっている事に。

 その想いに応えるかのように、男は刀を振るった。

 地は割れ、衝撃波のようなものが飛び出した。

 大地には斬撃の跡を示すようにぽっかりと大きな穴が空いていた。


「……つまらん」

 男は呟いた。

 この地には、彼の待つものなどいなかった。

 男は、自らと対等に戦える者を所望していた。

 

 彼の名は羅仙。

 妖狐のように鋭く尖った耳と尻尾を持ち、夜でも目立たない紺色の着物を身に纏っていた。

 彼の前世について語るなら、罪人斬りの侍であった。

 遥か昔の異世界、日の国において彼は罪を犯した人間を処罰する人間だった。

 刀を持たせれば、大名すら切り伏せるほどの実力者で、戦の世に混じれば紛れもなく武将として百年先にまでその名を馳せていただろう。


 彼がそうしなかったのは、俗世に興味がなかったというのもあるが、最も大きな要因を挙げるならば、彼の師による影響だろう。

 彼の師は寺の住職だった。

 名もない小さな寺を一人で守ってきた彼は、ある月夜の晩に一人の孤児を川で拾い、一人前に育て上げたのだという。

 彼の師は罪人斬りにこう教えたのだという。


 ――力は無闇に振る舞うものではない。その力に溺れるのではなく、御することこそ、我々が人として与えられた役目だ。


 罪人斬りはこの教えに従い、自ら戦で刀を振るうことはしなかった。

 が、皮肉な事に彼は強すぎた。

 その有り余る才能を、決して活かすことはなく、その生涯を閉じた。

 

 やがて彼はこの世界にて、転生を果たす。

 魑魅魍魎の魔物たちが跋扈する時代で、彼が刀ひとつでその頂点に君臨することはそう遅くはなかった。


 転生させた神曰く、前世で可能性のあった者をこの世界で有効活用しているらしいが、当たり外れは大きい。

 その点、羅仙は当たりだった。

 前世での記憶の一切を無くす事と引き換えに人の身では不可能であった妖術を扱う力を授かった。

 また、記憶とはそれまで人として育ってきた彼の名前や思い出であり、彼の剣術そのものにはなんの影響はなかった。

 襲いくる魔物どもをその刀でもって斬り伏せ、彼自身どんどん強くなっていった。

 強くなれば名声を得ようとやってくるものがあらわれ彼を狙い、それを討つことで更に強くなる。

 という一定の循環を生んでいた。

 羅仙は賞金首にもなった。しかし悪さを働いた訳ではない。

 ただこの世界では珍しい妖怪、妖狐としての付加価値と、それをつけねらったハンターどもが皆やられたことから、強さを試す相手としての賞金首だ。

 誰もが羅仙に挑もうとした。

 自身と同じく、日の国からの転生者も彼の噂を聞くと、腕試しにと対決を仕掛けてきた。

 だが、此れも彼は斬り伏せた。


 羅仙は明け暮れる戦の日々に、悪い気はしていなかった。

 前世の記憶がないにも関わらず、彼が徒らに力を振るうことはなかった。

 というのも彼自身から何かに襲い掛かることが一度もなかったのだ。

 また、人の目につくのを嫌ってか、ギルドに現れたり、依頼をこなすなどはしなかった。

 ただやってきたものを返り討ちにするだけ。

 それだけで彼は今の地位を確立したのだ。


 彼は今、強い相手を求めている。

 はじめの頃は彼を苦戦させられる程の骨のあるやつも多かったが、それは単に羅仙のこの世界でのレベルが低かっただけのことだ。

 経験を積んでいくうちに彼の敵はいなくなってしまった。

 こんな彼でも、人間の頃のように孤独を感じる感性を持っていたのだ。

 高みを目指せば目指すほど、周りから人は消えていく。

 

 自ら求めなければ、相手が現れない。

 だが、自ら進んで俗世に混じりたくはない。


 彼にとっては悩ましい現状だった。

 それでも襲ってくるものはいるが、彼の望む戦いはできない。

 肩をすくめ、彼の不満そのものをひしひしと表している刀を鞘にしまった。


 ――途端。

 彼は背後に感じる気配に気がついた。

 おそらく彼でなければ気がつかなかったであろうほど変化と呼ぶにはあまりにも微妙な、空気の乱れであった。

「誰だ」


 彼の一瞥にも動じず、男は後ろで手を叩いていた。


「なぁーるほどぉ……流石は討伐難度Sクラスの怪物、羅仙サマだぁ……この俺ちゃんの隠密にも、数秒で見破りやがるんだからなぁ」


 男は40は超えているであろう、剃られていない無精髭に塗れた顔と渋く低い声をしていた。

 サングラスの奥は奇しくも、羅仙の瞳と同じく真っ黒の闇が映し出されていた。

 真っ先に刀に手を伸ばす。

 何者か分からぬこの男を斬るために。


「おっとおっとぉ。そう(はしゃ)ぎなさんなって」

 男は手を前に押し出して、男と距離を詰めようとした。


 丸腰の様子を見るに、敵対する意思はないという表れなのだろうが、それは同時に、武器などなくとも相対しても問題はないという男の自信の表れでもあった。


「名を名乗れ」


「俺ちゃんを知らないってか。まぁそりゃそうか。じゃあ教えちゃう……俺はマックス。マックス・ヴェー・ウォードだ。よろしく、なッ!」


 マックスは友好の証と言わんばかりに手を差し出して握手を求めた。

 それに羅仙が乗る訳がないことくらい、羅刹にもマックスにもわかっていた。

 刀から手を離し、羅仙は一言「何用だ」とぶっきらぼうに言った。


「そう怖い顔すんなって……俺ちゃんもあんたと同じお尋ねモノさ」


 羅仙はマックスの次の言葉を伺っていた。

 刀から手を離したとはいえ、それは油断でも信頼の合図でもなかった。

 妙な事をすればいつでも斬り捨てる準備はできていた。

 羅仙の目に怪しい光が灯る。


 マックスは加えていた葉巻を離し、地面に捨てた。

「俺ちゃんたちはあんたを探していた。あんたほどの実力者をな」

「何……? どういう事だ」

「ま、ま! そうせっかちになりなさんなって」

 軽々しく肩を叩こうとしたマックスの手を払い除けるように、羅仙は勢いよく左手で弾いた。


「いったぁーい! じゃねーかよぉぉ、おいおいおい」

「寄るな」

「ツレねぇなぁ兄弟」


 弾かれた手をわざとらしく振り回しているマックスに、羅仙はたいそう信用ならないという目線を浴びせかけた。

 マックスは羅仙から距離を取り、再び語り出した。


「いやぁな。俺ちゃんたちは今デケエクエストを追ってるってのよ。依頼はなんと異邦人退治」

 異邦人という言葉に羅仙はほんの少しだが表情を変えた。

 マックスは先程捨てた葉巻を足で踏みつけて続けた。


「これがまた強いのなんのってな。これまで実力者が勇猛果敢にも挑んでいったが、そのどれも返り討ちにあった。紛れもない化け物だ」


「……それでその者を倒す為にこの私を探しにここまできたという訳か」


「ピンポーン! そうなのよぉ。今俺ちゃんたちは各地でそんなスゲーやつらを集めて組んで殺ろうってワケ」


「……下らん。お主らだけで勝手にやっておれ」

 立ち去ろうとする羅仙に、マックスは邪悪な笑みを浮かべた。


「興味はないかぁ? 自分を打ち倒せるかもしれない実力者によ」

 足を止め、羅仙は話を聞いた。


「さっきアンタ、つまらんって言ってたろ? ホントは欲しいんじゃねぇのか? 自分を燃え上がらせてくれる、対等に戦えるライバルをよ」

 一旦止めた足を再び羅仙は動かし始めた。

 まるで図星だと言わんばかりに、羅仙は言葉を返さなかった。


 男はその様子を見逃しはしなかった。


「ハナシに乗る気になったらここを尋ねな。俺たちはいつでも待ってるぜ兄弟……」

 ねっとりと邪悪な声で言うと、マックスは懐からカードを取り出し、地面に刺した。


 やがて羅仙が振り返ると、そこにマックスの姿はなかった。

 あるのはマックスが残した紙切れだけだった。


 《飲み屋、BBA〜 予約は年中いつでも受け付けております!

 住所バスク街 サンダー通り X―2◯◯1》




 ◇◇◇


「……此処か」


 羅仙はネオン輝く飲み屋の前に立っていた。

 決して普段なら近寄ることさえない、俗世の歓楽街。

 人の美も醜も集めたこれぞある意味人間の姿を映し出す街。

 夜の街だった。


 そこかしこに酔いつぶれて倒れた者の吐瀉物やその臭気と、店の女性が振りまいている香水の匂いが合わさったもので包まれていた。

 鼻の効く羅仙にとってはこの世の地獄か何かに思えた。

 大笑いをする際の女性のように、着物の袖で口付近を覆っていた。


「あらぁん、お兄サンいい男だねぇ。遊んでいくぅ?」

 羅仙の目の前にはバニーガールの衣装を身に纏った老婆がいた。

 客寄せの為に自身の背丈より巨大な看板を、歩くことすらままならない腰で震えながら持っていた。

「女人よ。此処が飲み屋BBAにて相違はないな?」

「あらやだぁ。もしかしてお上りさんだったのぉ? 燃えちゃうわねぇ」

 老婆の冗談を冷たく殺意の込めた目で睨みを利かせていると、老婆は肩を揺らせて怯えた。

「あっ、はい。そうですわ……え、ええと。お客様でしょうか?」

 

「此処で待つ男がいる。名は確か……」



「おおおおっーすぅー‼︎ 羅仙ちゅわぁあん! 俺俺俺だよ俺ちゃん。マックスちゃんだぜぇー!」

 店内で一際目立つ、そして一際大きな声で羅仙に叫んでいたのはマックスだった。

 彼はその横に店員と思わしき妙齢の女性を数人肩に抱いていた。

 全員が一斉に羅仙へと視線を向ける。

 マックスに負けず劣らずに女性は皆、きゃあきゃあと黄色い声を上げていた。

「あらぁ〜ステキな坊やだこと」

 桃色のバニースーツを身に纏っていた老婆が駆け寄った。

 羅仙は女に目もくれることなくマックスに近寄った。

「やだぁ、最近流行のどS系ってやつぅ〜?」

「ばーっはっはっは! そいつぁある意味S級だよシュガーちゃぁん! なんせ俺ちゃんと同じお尋ねモンだからなぁ」

「やだこわぁい!」

 マックスの隣にいた緑色の老婆は、より一層マックスにしがみついた。


 羅仙はいい加減怒りを抑えられなくなり、マックスに寄って刀に手を置いた。


「いやぁん!」

 側にいた女どもは、逃げるようにソファーの裏に隠れていった。

「貴様……私をおちょくっているのか……」


「まぁまぁその物騒なモンしまえよ小僧ぉ」

 先ほどのおちゃらけた態度から一変、マックスは何人も討ち取ってきたマフィアのボスのようなトーンで羅仙に返していた。


「腐ってもここはお楽しみの場だぜ?」


 羅仙が刀から手を離すと、マックスは立ち上がり「付いてこい」と言った。

 案内されるがままに店の奥へ行くと、そこはエレベーターになっていた。

 マックスがB3Fのボタンを押すと、エレベーターは二人を乗せて動き出した。

 

 飲み屋の地下には、まるでどこかの組織のアジトなんじゃないかと思うくらい表の景色からは想像できない姿が広がっていた。

 壊れたダーツの的にはおよそ人のものと思わしき頭蓋骨が槍と共に磔にされており、床には虎の化け物の毛皮が敷かれており、ドラム缶からはただならぬ雰囲気が漂っていた。


「これは……」

「ようこそ、ここが俺たちのギルド。クライシス・ヘブンだ」

 羅仙は面食らった顔をしていた。

 羅仙にとってはこれが初めて参加するギルドだったのだ。


 真ん中には円卓のように円状のテーブルと椅子が置かれていた。

 椅子に座っていた者で、真っ先に振り返って挨拶をしてきたのは緑色の帽子を被った老人だった。

「おお、マックス。そやつが例のS級妖狐の羅仙じゃな?」

 マックスが頷くと、羅仙に向かって老人を紹介した。

「こいつは聖賢、ジイだ。お前と同じ今回のクエストをこなしてくれる俺ちゃんの仲間で総合ランクSの賢者だ」

 いやいや、どうもと老人は羅仙の手を握った。

 羅仙はどうとも言わず、老人を見ていた。

「そんで奥にいるやつが……」

 マックスが説明する前に、奥から飛び出して羅仙の元に降りた。

 飛んできた者は頭から猫の耳を生やしており、顔には三本の髭が左右対象に生えていた。

 見るからに獣人の娘といった姿をしており、二足歩行で歩いてくる以外はほとんど獣のようと言っても過言ではなかった。

 くんくんと羅仙の匂いを嗅ごうと喉元まで近寄った。

 此れも羅仙は味わったことのない出来事だった。

 首を後ろに反り返しそうなほど曲げていると、やがて獣人の方が声をかけた。

「……お前、強い。強い奴の匂いする。ミアの子、産むか?」

「……………………」

 

 あまりの衝撃に羅仙が言葉を失って立ち尽くしていると、マックスがミアと名乗った獣人を殴った。


「バッキャロー! そうやって初対面の人様の匂い嗅ぐなってんだろミア! あとそのヤヴェえプロポーズみてぇなの止めろ! 絶対それびびるから!」

「……ミア、強い奴の子産む。ミアの役目。生物のオキテ」

 何がなんだかわからないという表情の羅仙に、マックスはミアについて説明した。

「こいつはミア。こいつも今回のクエストに参加する。まぁ、お前と似たような立ち位置の討伐難度Sクラス指定の怪物だ」

 怪物と呼ばれたことが気に入らなかったのか、ミアは不服そうに頬を膨らませていた。

「それ違う。ミア弱い奴としか戦ってない。今まできた奴、みんな弱い。弱いのに挑みにくるから痛い目みる。弱いやつ勝手にミアの事噂する」

「バーカ! それはおめーが強いって事だよ!」

 その話を聞いて、羅仙は少しだけだが、今の自身と境遇を重ねていたのかもしれない。

 この世で同じ事を思っているのは自分しかいない。

 そう思っていた。


 頑なに世界との関わりを絶っていた羅仙にとって、クライシスヘブンとの出会いは、それまで知らなかった様々な事を教えてくれる場所だった。


「……で、最後にソファーで寝てんのが不死のゾン。あいつも一応Sクラスの危険人物だ」


 ゾンは羅仙が近寄っても頭に乗せた新聞紙をどけて起きようとは決してしなかった。

 踏み潰された蛙のような音のいびきをかいて、その場を梃子でも動かないというような有様だった。


「こいつらは今回の為だけに集まってもらった基本的にはギルド無所属のソロ冒険者達だ。だが、紹介の通り全員がSクラス越えの実力者揃いだ。この俺ちゃんも含めてな」

「……それで、それほどの戦力を持ってして勝てぬほどの相手とは?」

「へっへっへ。こいつさ」


 円卓の上に写真が置かれた。

 写真には幼い女の子が映っていた。

「こいつは今回の異邦人。あっちの世界からのお流れモン。名前はミユ=ワタナベ」

「……此奴が……」


 羅仙は不思議を隠せない、といった表情だった。

 それもそのはずだ。

 どうみてもこれはただの五歳児程度の児童にしか見えない。

 元気の良い笑顔で映し出されていた写真から、それ以上の印象を与えることはなかった。

「おっと、見た目で侮るなよ。あちこちのギルドで、こいつを倒すか首をもってくる討伐クエストをやってるが、その誰一人として未だ成功者はいねぇ」


 羅仙はミユの写真を手に取った。

 前世の記憶など、とうにないのに何かが引っかかるのか。

 失われたはずの郷愁(ノスタルジー)か。

 あるいは、同じ国からの異邦人としての共感性(シンパシー)か。


「だがよ。今までの失敗者ってのは侮りに侮りまくった上、いっつもかっつも単独で挑んでる。無論集団といってもそれは烏合の衆だから、到底歯が立つ訳がねぇ」

 マックスは大きく机を叩いた。

「だがよ! こうして隠れた実力者どもが総出で、油断せず、一気に攻撃を仕掛けりゃどうなるか! 傷くらいは負わせられるかもしれねぇ。そしたらコレよ!」

 胸ポケットから紫色の液体が詰まった試験管を取り出した。

「……それは」

「毒さ。とてつもなく強力なイビルアナコンダの体液から作られた代物さ。こいつは常人が浴びれば三日も待たずに身体の器官をあちこち溶かし、死亡する。例え亜人でも、修復しようとする肉体に合わせて毒性が暴れ回り、やがては身体の方が根を上げて、死に追いやるというちょっとやそっとじゃ手出しできねぇような超危険物だ」

 羅仙は身構えた。

「今までその手の武器は通じなかった。が、俺ちゃんが思うにそれは傷にすらなってねぇから体内に届いてないんじゃねぇかって。あるいはその硬すぎる防御力で弾いてるんじゃないかってな。つまるところどんな強力な効果も届いてさえいねえってことだ。じゃあ俺ちゃんたちの総攻撃でかすり傷でもついたところにこいつをブチこんでやれば? 如何に能力値がバケモンでも毒に耐性は持ってねぇだろ。ましてや事前情報によると、このガキはスキルを一切所持していないレベルもヒョッコの1ときたもんだ。冗談みたいだろ?」


「……成る程。そなたらの作戦はわかった」

 

 しかし羅仙は、

「だが、そなたらの作戦には乗らん。私は私のやり方でこの小娘に挑む」

 と吐き捨てた。

 マックスは口笛を吹いた。

「なんと、豪胆な…………単独で敵うとお思いか?」

 ジイは羅仙の尊大な態度にぶつくさ言っていたが、マックスは承諾した。

「オーケーだ。要は俺ちゃんたちがあんたに合わせて攻撃すりゃいいだけだ。できるよなお前ら?」


「当然じゃ」


「誰に言ってる」


「グゴォオオ〜……」


 それぞれ、自分の仕事には自信があった。

 例え数日の関係だったとしても、連携を乱すようなミスは起こり得ない。

 信頼はしていないが、状況には対応する。


「だが決行する日取りには俺ちゃんたちに従ってもらうぜ。へっ、ホシの場所を掴んでるのは俺たちなんだ。ハナシにノッた以上、それくらいはしてくれねぇとな」

「……好きにしろ」


 羅仙は待つ事には慣れていた。

 今はただ、まだ見ぬ未来の強敵に期待の胸を躍らせているだけだった。

 そんな彼の想いに呼応するように刀も、溢れ出ん魔力を抑えきれずにいた。


 各々が決意を胸に、準備を進めていた。



 そして、その日はやって来た……。





 ◇◇◇


 暑くも寒くもない時期の、曇り空の昼下がりだった。

 羅仙とマックスら一行、クライシスヘブンは討伐対象ミユ=ワタナベの住う街へたどり着いていた。


 作戦の合図なども、特にはない。

 羅仙が動き出した瞬間に合わせて、各々が持ちうる最高の技を仕掛ける。


 ターゲットのミユは外出から帰宅する最中だった。

 無防備にも、一人で元気よく走っている表情からは、自身が命を狙われていることなど露ほども知り得ないといったことが読み取れた。

「―()く」

 飛び出したのは当然、羅仙だった。

 挨拶代わりといわんばかりに妖刀から繰り出される斬撃は、つい最近渓谷で力試しに放ったものとは比較にならないほどの威力を誇っていた。

 大地を削りながら飛んでくる斬撃に合わせて、マックスたちが一斉に攻撃を仕掛ける。


『今だ!』


 念話など使うまでもない、それぞれが合図を分かっていた。


「地を裂き、海を灼き、天を滅する。森羅万象、ありとあらゆるこの世の全てを無に帰すがよい。食らえ究極魔法ージオ・グランディア・インフィニティ」


「壊せ。豹変豹依(ビーストモード)! 大牙(ギガント・バイツ)‼︎」


「……ズズズ……」


 特性も威力もそれぞれ異なるSクラスの強者3名の波状攻撃が、融合し、一つの生き物のようになってミユに襲い掛かった。


 それを10メートル先の民家の屋根から銃を持ち眺める者がいた。

 マックスだ。

 毒の入った試験管を銃弾と共に詰め込み、巨大な猟銃を全身で構えていた。

 ミユの居た場所に巨大な爆発が起きると、その煙に向かい、マックスは目を凝らした。


 ―ターゲット確認。

 あんな攻撃受けてまだ生きてるなんて流石だぜ。

 事前情報がなきゃ面食らってたかもな。


 引き金に指を置き、勢いよく引いた。

「外さねぇよ。愛しいベイビー」


 放たれた弾丸が、音を越えて加速する。

 煙の中の幼女にヒットする音が聞こえる。


「ビンゴォ………………」


 マックスは葉巻に火を入れていた。

 誰もが勝利を確信していた。

 大技を放ったSクラス2名も同様だった。

 やがて煙が晴れ、幼女が姿を現した。


「んにゃっ?」

 ミユは不思議そうな顔をしていた。


「な、な、な、何ぃ‼︎」


「ま、全く……効いてない……のか……?」


 攻撃した全員、目の前の光景が信じられなかった。

 連携は失敗などしていない。

 相性が悪かったということはなく、むしろそれぞれの個性を、それぞれの攻撃が引き上げるように三大Sクラス波状攻撃は単独で攻撃した場合より遥かに強大な威力を誇っていた。


 ―にも関わらず。


 幼女の方はかすり傷一つ受けていなかった。

 これまで散々、ミユに挑んできた者たちが見てきた絶望の光景だ。


「うっ、ウッソだろオイ…………」

 これは流石のマックスでさえ、予想外の事象だった。

 放った毒の試験管も、届くことなく消し飛んだ。

 へなへなと屋根の上に座り込み、その場から動かなくなってしまった。


「ワ、ワシは全ての魔力を込めて放ったのだぞ……! 我が生涯かけての最大の、禁じられた究極魔法を‼︎」


「ミアの攻撃、全然通じてない!」


「ぐごぉ…………むにゃむにゃ」


 クライシスヘブンの皆が戦意喪失している中、羅仙のみはミユに立ち向かっていた。

 彼は得意の斬撃をミユに浴びせ続けた。

 あれ程の攻撃を受けて傷一つ負わなかったミユにとって、羅仙の斬撃などちょっと吹いた風くらいにしか感じていなかった。

 やがてミユは目の前の羅仙に気付いた。


「おじさん、だぁれ?」

「……私は羅仙。貴様を討つべくやってきた者だ」

 丁寧に答えてしまうのが羅仙の癖だった。

 元々このクライシスの連中など、どうでもよかった。

 ただ、今は目の前の。

 自分がこれまでに会ったことのない、あらゆる攻撃が通じない怪物と戦えることに喜びで打ち震えていた。

 いつものように羅仙は刀を持ち、戦う。

 相手に対して全力を尽くし、戦う一対一の勝負。

 決して多勢ではない。

 少なくとも羅仙はいつも一人だった。

 いつもと違うのは、今回は相手が強敵だということだった。


 刀を持つ手が揺れる。


 武者震いなのかもしれない。

 ようやく現れた対等以上の相手に対する興奮か。


「雷鳴斬!」


 羅仙が叫ぶと、刀の切っ先から電撃波のようなものが溢れ出した。

 通常ならこれで感電死しているところが、ミユには何一つ効いていない。

 ちょっと静電気に触れてしまった程度の感覚だろう。

 ミユは少しだけ瞬きをした。

「ばちばちする〜」

 まるで目の前の羅仙を、サーカスの曲芸師が見せるパフォーマンスか何かのように、楽しそうに眺めていた。


「おじさん、あそぼー!」


 やがてミユから一緒に遊ぼう判定が来た。

 羅仙はその言葉をそのまま受け止めた。


「……良いだろう。我が力、存分にその身に受けるがいい」


 光り輝く妖刀は血に飢えた獣のように、刀身を煌めかせていた。

 ミユはそれを見て興奮していた。

「ちゃんばらごっこだ!」

 ミユにとっては羅仙の刀は初めて見る日本刀のようなものだった。

 ミユがいた元の世界には、百円均一店でよく見かけるいつも欲しいと思っていたが、買ってもらえずにいた子供向け模造品の玩具があった。

 いつの日か、幼稚園で友達に教えてもらったちゃんばらごっこをやりたいと、常に思っていた。

 相手の刀を見て、ミユはそんな気持ちでいっぱいだった。

 だが、ミユは当然だが刀なんて持ち合わせていなかった。

 ふと、代わりになりそうなものを探して辺りを見回す。

 ちょうど建物の影になっているところに、木の棒があった。

 ミユは刀の代わりにそれを構えて、羅仙に立ちはだかった。

 気分はまるで時代劇の侍だ。

 昔に父の膝の上で見た、時代劇を思い出してすっかり成り切っていた。


「それがお主の刀か……良いだろう小娘。どちらが強いか……いざ勝負だ!」


「いざしょおぶ!」


 ミユもつい嬉しくなり、相手の言葉を真似してみた。

 羅仙は刀に全神経を集中させ、気を高めていた。

 妖刀はその力を餌に、食らうように大きくなっていった。

 膨れ上がった妖気は大地を揺らし、曇り空を突き抜けていた。


「食らえ冥王斬撃衝!」


「やーっ!」


 ミユはというと木の棒をそれっぽく振り回していただけだった。

 激しい力と力がぶつかり合う。

「お、おいおいなんなんだ……俺ちゃんはぁ世界の終わりでも見ちまってんのかよ……」


 その気は遠く離れたマックスにも届いていた。

 辺りを震撼させ続けた気の衝撃は、やがて両者の決着を暗示するように鳴り止んだ。






 地面に背をつけていたのは羅仙だった。

 自慢の妖刀は、バラバラに砕けており、羅仙も立ち上がることはできなかった。

「……負けたか……」


 久しく味わったことのない、完全な敗北だった。

 だが、これほど清々しく終わったことも初めてだった。


 その健闘を称え、羅仙を照らすかのように、雲間から日の光が差し込んでいた。


 ミユは羅仙の方へやってきて、羅仙の胸の上に座った。


「だいじょうぶ?」


 差し出されたとても小さな小さな手からは、信じられないほど大きな力を感じた。


「……情けは無用だ」


 羅仙はミユの手を借りることなく、自力で残った力を振り絞り、どうにか立ち上がった。


「……ミユ。ミユ=ワタナベだな」


「うん」


「その名、忘れんぞ。次に会う時はもっと強くなってみせる。さらばだミユ」


 吹き抜けた風のように、颯爽と羅仙は姿を消した。

 ミユにとっては、不思議な出会いだった。

 今日あったことも、半分はわかってないだろう。


 だがとても楽しそうに手を振っていた。


「またねー!」




 ◇◇◇


 ミユの帰りを待つ者がいた。

 ラピだ。

 彼はすっかり家政婦が板についてきたようで、最近では掃除洗濯なんでもこいといった感じだった。

 鼻歌交じりで今日の食事の支度をしていると、玄関が威勢よく開く音がした。


「ただいまーラピー」


「おかえりーミユ」


 包丁と具材をまな板の上に置くと、ラピは帰ってきたミユを出迎えに行った。



「どうだった? 何も怖いことはなかった?」


「きょうはねー。とっても楽しかったよー。色んな人と遊んだの!」

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