序章 幼女の異世界転移
秋。
落ち葉が舞い、木の葉が赤と黄色に包まれ、風に乗って踊り狂う頃、ある家族が外に出ていた。
「ようやく片付きそうだなー」
そう言った大男は段ボールを全て部屋に置き、満足そうに外に出て呟いた。
「いいかい深夕。あんまり遠くに行っちゃダメだからね。知らない人に話しかけてもダメ。もし声をかけられたらすぐに父さんたちのところに逃げるんだよ」
「うん!」
「きをつけてね〜深夕」
深夕と呼ばれた幼き少女は「いってきまーす」と言うと、軽やかに家を飛び出して行った。
秋の冷たい息吹は、深夕を吹き飛ばさんといわんばかりでびゅうびゅう吹き荒れていた。
母の手製のブランケットを握りしめ、冷たい風に当たるたび小気味よく息をヒィヒィ吐いた。
東京に引っ越してきたばかりの深夕にとっては、全ての世界が不思議で興味を唆られるものだった。
ただでっかくそびえ立つビル群も、なんてことないありふれた住宅街も、だだっ広く数々の遊具が並び立つ巨大な公園も、深夕には見慣れない新しい出会いだった。
うきうきして寒さなんか忘れちゃうくらい深夕は全力ではしゃぎながら、あたりを走り回った。
まずはあそこへ行こう、いやそこへ行こう。
頭の中で沢山のわくわくが押し寄せていた。
見たことないものを見に、深夕は靴を鳴らしながら進んでいた。
だからこそ、あちこち周り過ぎて自分がどこにいるかわからなくなり、気がついたら全く人気のない裏路地に出てしまうことなど時間の問題だった。
「どこ……?」
深夕は指を咥えて辺りを見回した。
先ほどまで沢山の人が歩いていた歩道付近や、子供たちが遊んでいた公園の景色はどこやら、夕日差し込む薄暗い不気味な裏路地に入り込んでしまっていた。
とりあえずきた道を戻ろうと、首を縦横無尽に振りながら再び歩き始めた。
しばらくして、なにやら光っている場所を見つけたので深夕はそこにむかって走っていった。
「……いやだから言ってるじゃないですかー。もっとチート要素満載の異世界生活が良いんですって〜」
「うーん……それですと、転移まで用意するのに時間がかかりすぎてしまい……超絶ステータスとかなら準備できるんですがね……」
光の先ではなにやら2人の男女と思わしき人物が会話していた。
男の方は茶髪がかった青年で、なにやら女性の方に熱弁をしていた。
上半身小豆色のパーカーを身につけており、真っ白な英字でなにやら文字がデザインされていた。
所謂どこにでもいそうな青年だ。
それに対して女性の方は何を隠そう、先程の深夕が見つけた光を放っている張本人であり、髪の毛は金でも銀でもない美しい色をしており、衣服はこれまたトーガと呼ぶに値する、この世に現れたギリシャ神話の女神とでもいった様を表していた。
深夕はなにをしているのか気になり、近寄ってみた。
「はぁー……もういいよじゃ、それでよろしく……」
「かしこまり! ましたぁ!」
残念そうに肩を落とし、男は鉄パイプの重なった物に座り込んだ。
そこで深夕の存在に気付いたようで、不思議そうに彼女を見つめた。
「…………キミ、誰?」
「おっす!」
深夕はいつも父がやるような挨拶を真似してみた。
手を上げ、青年に向かって元気よく挨拶をした。
間も無く不思議な光を放つ女神のような女性にも気づき、挨拶しようと近づいた。
「さぁさぁできましたよー。あとはこのマジック・転移・ホールにとびこんで手を上げていただければいつでも貴方の望む異世界ライフをエンジョイできますよ……」
「おっす」
深夕が再び挨拶をした瞬間、光の穴は大きく開き、深夕を飲み込むように消えていった。
「あっ、おい! 待ちやがれ‼︎ お、俺の異世界生活がぁ〜‼︎」
青年の叫び声も虚しく、深夕は穴と共に消えてしまった。
青年は憤って女神の胸元に飛びかかった。
「お、おい! このクソ女神! な、なんなんだよ! なにが起こった! 俺の異世界ハーレムチート生活はどうなる!」
「ひ、ひぃー落ち着いてくださーい!」
思わず目を回した女神に青年は手を離し、女神の言葉を待った。
「うーん、端的に結果だけ申し上げますとぉー。先を越されてしまったため、ただいまの転移はあの女の子になっちゃったわけですね」
「なん……だと……?」
あぁ、もう一回言ってくれ。
と言わんばかりに青年は女神を凝視した。
「ですからーそのー大変申し上げにくいんですがー」
女神はそわそわと髪の毛をくるくる指で回しながら口笛を吹いていた。
その姿から申し訳なさは微塵も感じ取れなかった。
「貴方のご希望の異世界チート生活はできません! あの子になっちゃいました! 貴方はこちらのベーシックプランになりますね!」
「な、なにぃ‼︎」
◇◇◇
そんな2人のやり取りなどつゆ知らず、深夕は異世界へと転移した。
辺りはとても美しい森ときらきらとした水が輝く湖畔があった。
草木も、それまで深夕が見た物とは違い、とても奇妙な形をしていた。
それらに深夕が心を奪われるのはそう遠い出来事ではなかった。
楽しそうに草木を眺めながら遊んでいると、何者かが近づいていた。
その者は深夕の喉元を狙い、刃物で攻撃をしてきた。
一瞬のうちに現れ、深夕は自分が何をされたかわかっていなかった。
「任務完了……」
姿を現した者は金髪で背の高い、全身黒装束に身を包んだ男だった。
先程の青年と同じくらいの背丈だった。
深夕は興味深そうに見つめていた。
切られた身体に、傷は一つも付いていなかった。
「おじさん、だぁれ?」
そしてこれが、深夕にとっての異世界生活のはじまりだったのだ。




