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暗殺者ラピ=クーカの独白 〜邂逅〜

 私はラピ=クーカ暗殺者だ。

 所属ギルド、「月の眼」――。

 この辺りじゃ名を知らぬものはいない、一流の暗殺者ギルドだ。

 各大陸の精鋭暗殺者のみを集めたこのギルドには、今日も今日とて依頼の雨霰が降り注ぐかの如く、要求(リクエスト)が絶えない。

 そのどれも大抵は1分はあれば事足りる。

 なんなら私1人でカタがつく。


 無秩序に殺しを行うわけではない。だが、殺し屋とは殺しをしていないと腕が鈍ってしまう。

 そこでおおっぴらに殺しができて報酬も貰えるという、このギルドシステムが皆、性に合っていた。最近じゃあ依頼からの解決の速度が早すぎて依頼の方が底をつきそうだ、と酒場ではしばしば大袈裟に笑いのネタとして語られるくらいだ。

 

 かくいう私も暗殺者ギルドの中では1、2を争う実力の持ち主だと思っている。次期統領、ギルドマスターだの囁くものもいる。当然だ。それに見合うだけの任務を、私は人一倍こなしてきた。最も厳重な警備の国の皇帝を暗殺したり、首が三つほどあるドラゴンを捌いてきたり。


 だがその中でも最も私にとって大きな功績として後世に名を轟かせたのは脱獄不可の監獄島、〝ラビリンス〟にて囚人・看守含めて皆殺しにしたかの――血の監獄島事件だろう。

 あれが故に私は今現在の暗殺者としての高い地位を獲得したのだと思う。我ながらあれは自分でも惚れ惚れする殺りっ振りだった。もう一度同じことを再現しろと言われても、無理だろう。それくらい私にとっての暗殺者人生最盛期の技だったのだから。


 私の仕事には一家言あり、少なくとも他のものとは一線を画する自信があった。

 私にとって、暗殺とは美学に等しい高等で崇高な存在でもあった。対象の相手に悟られず、静かに、安らかに死の世界を提供する。相手は殺された事にさえ、気づかない。その傷口さえ、元の衣服や肉体を傷つけないように、美しく、だが決して目立つことのない細い細い一本の美しい線となる。

 薄汚い汚泥に塗れた対象者の血の一滴さえ残さない殺人。達成目的と芸術表現が見事に合致している様はまさに美学。


 そんな暗殺ができた日には思わず三日間は恍惚に塗れ、そのあふれ出ん脳からの快感に果てるだろう。

 並大抵の領域では達することができない。だからこそ皆この世界に憧れ、挑戦する。しかし、生き残るのはほんのごく一部。一握りの選ばれた者たちだけ。そう、私は選ばれたのだ。


 今回の任務もそうだ。私だからだ! 私しか、私しか成し得ないからこそ私が真っ先に選ばれたのだ! 皆私を見てくれる……私の暗殺を望んでいる! 嗚呼、なんて素晴らしい世界でしょう。さながら水に映る自分の姿に酔いしれ、落ちて死んだナルチシズムの極み。もし生涯自分が死ぬのならおそらくは自殺だろう。この世で最も美しい自殺をしてやろう。



 人生の設計(プラン)を綿密に練った余韻に浸っていると、ほどなくして私は例の暗殺対象(ターゲット)が待ち構える湖畔に辿り着いた。

 真っ先に隠密のスキルで足音を消す。

 まぁこんなスキルものなくともデフォルトで足音を消せるのだが、対象者が感知のスキルを持ってでもいたらいけないので念のため。

 私ほどの隠密になると、感知はせいぜいレベル5まで上げなければ見つかりはしない。

 感知の最高レベルが7であるのをみると如何に私が卓越した隠密使いなのかが、お分かり頂けるであろう。

 またそうでなくても肉眼では発見しづらい迷彩のスキルに加え、思考を読まれるスキル精神関与(マインドスキャン)にも対応した私独自で編み出したスキル、無我の境地(アビス・ゼロ)まであるのだ。抜かりはない。さぁ来てみやがれ、どんな伝説上の怪物か? 虹色の鱗を持つ蛇か? それとも山ひとつほどある怪物か? それとも七つの世界を滅ぼした魔王か――⁉︎



「きのこきのこー」



 ――目の前にいたのは年端もいかぬ少女、いや少女というにはいささか若すぎる幼女だった。

 ちょっと目の前の光景が信じられなかった。ここは人里離れも離れた未開の土地。神秘的過ぎて魔物さえ近寄らない場所。だが人間も近寄るはずもない。しかも今は深夜。幼児がうろつく時間帯でも用事があるわけでもない。はっとなり後ろに下がって様子を見る。そしてある一つの結論を導き出す。

 ――そうか、これは既に奴の領域(テリトリー)の中にいる……!

 考えてもみればそうだ。わざわざあんなわかりやすい幼児の姿で此方を誘い込んでいることなど、火を見るより明白だった。

 つまりこれは奴の幻覚魔法、もしくは私が奴が作り出した幻影空間に、閉じ込められてしまったのだ。

 ちょっと考えればそれくらい分かるものの、余りにもサクサクと行き過ぎていたのでそんな事失念していた。失態だ。

 暗殺者にあるまじき失態だ。

 木の影に隠れながら私は深呼吸した。焦ったときはまず動作の手を止め、深呼吸だ。そして現状の把握と分析だ。うっかり手を出せば更に悪い方向へと状況は転んでいく。

 落ち着いて、しっかりと見つめるのだ。

 そこで私は先程判断を誤った事について考えていた。

 ……そもそもそれほどの能力者の暗殺対象が存在し得るのか?

 ギルドに来た依頼(ミッション)はクラス15(フィフティーン)。せいぜい丸腰のキャラバン隊を暗殺する位の軽い依頼だったはずだ。

 まぁこの難易度(クラス)というのは物凄く曖昧でいい加減なもので、ちょっと上くらいにみていたクラス17(セブンティーン)が熟練の冒険者ギルドでも手を焼く邪竜だったり、かと思えばそれより遥かに格上の30(サーティー)が安っぽい盗賊団首領の首だったりと、つける人によって難易度に差がありすぎる。よってこの際それはあまり当てになってはいない。

 なってはいないのだが!

 だからといってこちらが一瞥したわけでもないのに、対象をしかも任意に意図した幻覚を見せるスキルや魔法がなどこれまでにあっただろうか? 魔法には少なくとも前準備の段階として詠唱が必要で、たとえこれが領域魔法の類だったとしてもその特徴的な魔法陣や感覚で、すぐにその異常性に気がつくものだ。スキルにしたってそう。スキルで魔法以上のものをやろうものならもっと複雑かつ難解な命令式を与えて、それを肉体で認識させて行う必要がある。

 つまりなんの前準備もなくしかもこちらに悟られることもなく、高度な幻影をかけるなどこの世界で神か神話クラスのバケモンでもなければ不可能だ。よって、目の前の幼児が何者かの幻影攻撃である線は極めて薄くなった。


 では目の前の幼児こそが暗殺対象かといえば、たしかにクラス15に今度は似つかわしい難易度になるっちゃなるのだが、それだとこんなところにこんな時間にあんなにも無防備に彷徨いていることが不気味すぎる。

 つまりどちらの状況かに断定することは、現状の私の足りない知恵を振り絞っても不可能だった。だが、いつまでもここで睨み合っていては、依頼主への示しがつかない。

 私は、つまり幼児である可能性に掛けて、近寄ることにした。

 全身レベルでの隠密スキルに加えて、目視困難の迷彩まで付けた。

 更に万が一を考えて分身の残像印を仕込んだ。これで万が一反撃に遭っても、やられるのは身代わりの分身体となる。

 手に持ったのはお気に入りの愛刀――「クレセント・ムーン」。

 刃には一滴で巨大な象さえ失神させるか全身を痺れさせることのできる魔の液体、タナトスが塗りたくられており、刃そのものは硬い鉄をもまるでプリンのように柔らかく切り裂くことのできる石、斬鉄鋼石が素材として使われている、この私だけの一品物の特注品だ。

 私は仕事にも仕事道具にも妥協はしない。

 私の思い描く芸術を奏でることのできる最高品を所望した。手入れを怠ったことなどただの一度もない。

 今宵は三日月。体調は絶好調。

 はじめこそ驚きはしたが、抜かりはない。

 その月の下に、まだ幼きその生命を散らす事、実に嘆かわしく思う。

 せめてもの慈悲だ。

 一瞬の元にあの世へ送ってやろう。

「食らえ! アブソリュート・ルーン‼︎」

 クレセントは幼児の喉元を掻っ捌いた。

 だが血は出ない。当然だそういう切り方をしているのだから。

 しかし幼児が目を覚まし、なにかを発することは二度とないだろう。

 任務完了。これこそ暗殺者の美学。生命とはかくも儚くも、気高く美しい。

 その美しい死体(さくひん)をこの眼で最後に見てやろうと思った矢先。

「きのこつんつん」

 先ほどの幼児が声を出して、見るからに色が悪そうなきのこをつついていた。

 目も覚ましたしそもそも寝てないし、がっつり何かを発してるし。

 いやいや、仕留め損なった?

 そんなハズはない。必ず首に当てた。

 現に感触だってある。間違いなく当てた。にも関わらず、斬りつける前と寸分違わぬ何食わぬ様子で幼児は立っている。

 ……なにかの間違いだ。

 幻覚魔法の線も捨て難かったが、この時の私にそんな事まで頭が回る余裕はなかった。

 連続で斬りつければ避けられまい……まさかこの技まで貴様に見せることとなろうとはな! 死ね! 幼女!

鏡花水月(エクセリア・ローズ)‼︎」

 殺った。間違いなく切りつけた。

 何発か当たった。バシッて言ったもん。

 感触があった。少々予定が狂ったが……これで間違いなく……


「おじさん、だぁれ?」

 ――ふと、

 服の裾を掴まれていることに気付いた。

 しまった

 攻撃に焦る余り、隠密を解いてしまったのか。

 いや無理もない。攻撃をした後相手が動き出す経験など今まで一度だってなかったのだ。

 しかも二回も攻撃を仕掛けたのだ。流石にこれで気付かれないほうがおかしいだろう。

 だが、二回も暗殺に攻撃して、対象が生きていることなんてそうそうあるか? 私は今日ほど言い訳を残したことはないだろう。

 それくらい目を疑う光景が広がっていたのだ。私の目の前で、たしかに切りつけて殺したはずの幼児が立っている。

 幻覚魔法などではない。肉もあり、声も聞こえ、服まで掴まれた。

 しかし私はまたはっとなった。

 幼女を振り払い、すぐさま森林の湖畔から抜けようとした。

 しくじった……!

 まさかこの森そのものが幻覚……?

 なんということだ。侵入者違和感すら与えず、対象に触られた感覚さえ再現することのできるほどの超高度感覚催眠魔法、(もしくはスキル)だったんだ!

 そんな依頼(ミッション)、今までなかった。分かるわけがない!

 いやむしろ私だからこそ気づいたのだ!

 常人ならばあそこで二手、いや三手四手与えて、幼児の幻影から凄まじい反撃を食らって死んでいたに違いない!

 やはり私は天才だ! それになにより一度の試行のみならず二回の試行で生きている!

 天まで味方をしてくれているのだ!

 ここで私が一度ここから出て、幻覚避けの聖水を全身に浴びて再入場すればもう幻覚に惑わされることもあるまい!

 一度かけられた幻覚は対象者から離れれば解ける。でなければ永遠に幻覚を与え続けることができてしまうからだ。そんなこと超一流の賢者にだって不可能だ。幻覚をかけるなら通常範囲、または効果時間を決定しなければならないはずだ。

 そして対象になんらかのアクションを行わなければならないだろう。

 例えば対象者の目を見つめるだとか、ある特定の印を踏ませるとか。この湖畔はその例に合わないくらいの特殊性と超魔法が使われているだろうが、例えそうだとしても出てしまえばこちらのもの……


 やがて出口にたどり着き、私は再び外へ出た。

 そして、ありったけの聖水をかけて湖畔に突入した。

 湖畔が消えて無くなるなんてことはなかった。

 試しに本物かどうか聖水を木にかけて切ったり、外で焼いたりしてみた。

 紛れもなく本物の木だった。

 ……なんだか自分が途轍もなく馬鹿らしくなってきてしまった。

 これまでの考察も、思考も何一つ意味をなそうとしなかった。

 私はまたさっきの場所まで行った。幼女はいなかった。

 やはり幼児のみが幻覚だったのか……それとも



「ねぇねぇおじちゃん」


 考え事をしていると、後ろから突然幼女に声をかけられた。

「うっ、うわぁあああああ!」

 驚きの余り後ろずさって、カサカサ歩きをしてしまった。

 幼女はいなくなってなどいなかった。

 やはりここで殺す! でないと殺られてしまう!

「食らえ!」

 斬りつけようと幼児の頭に刃を突き刺した。

 しかしそれは幼児の髪の毛一本さえ切れず、止まった。

 直後、ピキッという小気味良い音ともに、突き刺した刃は木っ端微塵に砕け散った。

「あああ‼︎ 私の愛刀がぁあああ‼︎」

 粉微塵と化してしまった愛刀を泣きながら抱きしめていると、幼児が笑ってこちらに声をかけた。

「おじちゃん、あそぼ」


 私は耳を疑った。目はもう前から疑ったままだが。

 ……死亡遊戯(あそ)ぶ……?

 私は武器も戦意も今し方全て打ち壊されていた。象すら気絶させる攻撃を受けて、ビクともしない。鉄を切り裂く刃で攻撃しても、髪の毛の一本さえ傷一つ付かない。

 そんな化け物が発した言葉――。

 私は死を覚悟した。もう自殺だなんだ言ってられない。

 私は死んだ。今ここで。

 この幼児は私の想像を遥かに越える化け物だったのだ。

 幻覚だとか魔法だとかそんな安い次元のものではない。

 この湖畔も幼児も全て現実のもので、私はそれに完全に負けた。

 ならば受け入れよう。自分の死を。

 ありのままの現実を。

 私は防具を脱ぎ去り、サラシを巻いていた身体を月夜の下に曝け出した。

「――殺せ。いや、殺してくれ。ひと思いに」

 私は正座をしていた。夜空の星はきらきらと輝いていた。

 最も美しい瞬間に、私は死ねそうだ。

 数々の死体の山を積み重ねた私には、一体どんな苛烈な煉獄の業火が待ち構えているだろうか。

 さよなら。ギルドのみんな。

 来世では一般人に転生したい。


「ころす……? ころころ?」

 幼女はよくわかっていない顔をしていたが、ふとなにかを思いついたかのように私に触れた。

 とうとう私は全身の痛みを覚悟した。


 だが、痛みは一切感じず、代わりに身体を回される感覚を感じ取った。

「わぁわあわぁわあ!」

 どうやら私は横倒しにされて、ぐるぐると転がされていたみたいだ。

「たのしー」

 きゃっきゃと喜ぶ幼女の可愛らしい声が聞こえた。

 私はちっとも楽しくなどない。むしろ怖い。

 なぜ、ひと思いに殺さない。

 まさかじわじわと痛ぶってその分ゆっくりとあとでボロ雑巾のようになった身体を味わうのが目的ではあるまいな?

「や、やめろ!」

 私が叫ぶと、幼女はピタッと転がすのをやめた。

「なぜだ! なぜひと思いに殺さない! 私を愚弄してるのか、ふざけるな‼︎ 暗殺者として生まれついた以上。この世界で死ぬことになんの躊躇も恐怖もない! さぁ今すぐ私を殺してくれ!」

 私はこれでもかと言わんばかりに自分の思いを吐露した。

 その言葉に嘘偽りなどなかった。


 しばらく待ったが、なんの行動もみられないようなので、ふと後ろを振り返ってみた。

「う、う……ううう」

 幼女は目に溢れんばかりの大粒の涙を浮かべていた。

「な、……! ま、まさか泣……」

 私の言葉の続きを遮るかのごとく、幼女はけたたましい大声を精一杯その小さい身体から張り上げて泣いた。

 子供に泣かれる経験など無きに等しい私はどうして良いかわからず、とりあえず一般家庭で見た子供のあやしかたにならって幼女に話しかけた。

「あっ、あーこらこら泣かないの泣かないの。ねっ? ほらほら楽しい遊びだよー」

「……あそび?」

 ずびずびと鼻水を啜りながら幼女は泣き声を上げるのをやめた。

 ま、まずいっ。

 適当に口から子供(ガキ)が喜びそうな言葉を言ってみたものの、手元に児童を楽しませてあげられそうなものは何一つない。

 暗殺者なのだから当たり前なのだが。

 しかたないから腰に付けていた煙玉をつかって、煙幕で遊ぶことにした。

「えっ、えいそーれ! ……はーい、モクモクモク! 消えたとおもったらびっくり、いましたー!」

「…………」



 辺りにこれ以上にないくらい静寂という言葉が似合う状況が広がった。

 間違いなく空気なんてモンがあったら、凍りつきすぎて余りの温度差に風邪ひいて入院しているレベルだろう。

 再び幼女が「ダメです」と言わんばかりにじわりと泣き始めようとしていた。


「ま、ままま待ってくれ! な、なにか何か出すから!」

 私は焦りに焦っていた。そこに最早暗殺者としての姿も威厳も微塵もなかった。素早く動けるように必要最小限の道具で任務に臨むのだが、今日はツイていた。

 偶然城下町で拾った木で出来た人形を持っていたのだ。

 ご利益? まぁなんか持ってたら良いことあるんじゃないか的なノリで懐にしまっておいたのだが、きっとこれなら喜んでくれるだろう。子供だし。

「ほ、ほらほらほらほら! お人形さんだよぉ〜! ねぇー? とっても可愛いだろぉ? こ、これあげちゃうから泣くのやめよ、ねっねっ」


 我ながらこれ以上ないくらい気持ち悪く、不審者感MAXの言動だったが、背に腹は変えられない。

 今はどんな惨めになってでも泣き止んでもらうべきだ。

 幼女は泣くのをやめ、嬉しそうに人形を抱きしめた。

 嗚呼……よかった。

 どんな物でも捨てずに、取っておいてよかった。

「おじちゃん、ありがと」

 幼女はこちらに笑顔でお礼を言った。



 ……感謝なんて、生まれてこの方されたことなかった。


 依頼や任務では出来て当たり前。

 失敗者には死が――社会的にも生命的にも待っていたのだ。

 尊敬の念を集められることはあっても、誰かに謝礼などされたこともなかった。

 なんだか胸のあたりがあったかくなってきた。



 ――じゃなくて。


「お、おじちゃんはやめてくれるかな……私まだ22だし……」

「じゃあお名前は?」

「私はラピ。ラピ=クーカだ。所属ギルド『月の眼』のクラスファーストエリートだ」

「私はねー、みゆ。わたなべみゆ」

 幼女とはじめて自己紹介を交わしあった。

 そうか、ワタナベ=ミユというのか。変わった名前だな。

 特にワタナベというところが。

 一体どこの民族なのだろう。

 まぁどう見ても普通の幼児ではないことは明白だが。

 ぱっと見のナリは私と同じそこらへんの人間の幼児とそう大差あるものではなかった。

 むしろだからこそこんな見た目をしているんだと思う。初見殺し的な意味合いも込めて。

 事実私は油断した。だが別に殺されもしなかった。

 とりあえずこれは暗殺対象だったのだろうか……

 仮にそうだったとしてもまずはギルドに帰らねばならない。

 なにしろ愛刀がすっかり砂と化してしまい、今や風に乗ってその辺の町に届いてしまった頃だろうからだ。

 まぁ立て直しだ。……とはいえ次は一流冒険者総出でかからないと仕留められないだろう。

 が、私が生きていたことがなによりも素晴らしい情報源となるだろう。

 ここにやってきて体験した事は決して無駄ではなかった。

 次こそは確実に仕留める……さらばだ幼女。



 私は再び気配を消して、湖畔を立ち去った。

 対策を立て直さねばならぬ……少なくとも斬鉄などではまるで駄目だ。

 もっとこう……伝説の勇者が魔王を切り裂くくらいの神話クラスの刃物でなければ話にならない。

「ねぇねぇ」

 ふと、隣から声が聞こえてきた。

 うるさいな。ちょっと静かにしていてくれ、私は今考え事をしているのだ。次にあの幼女と戦り合うため…………


 なんだか聞き覚えのあるその声の方へ私は恐る恐る首を横にしてみた。



「ねぇねぇ」



「あんぎゃああああああ〜‼︎」

 なんと先程まで湖畔にいた幼女、ミユが私にしがみついてきていたのだ!

 思わず立ち止まり、勢いがつき過ぎたため転んでしまった。

 ミユも体勢を崩し、私の上に乗り上げたがきゃっきゃと大いに喜んでいた。


「な、ななな、何故いるっ‼︎」

 流れ出た冷や汗が止まらない。

 こんなにも恐怖を感じたのは生まれて初めてだ。

 考えられる答えは一つ――。


 やはりお前も死ねぇ‼︎


 だ。もしくは、絶対に生きて返さないよ(はぁと)のどちらかだ。

 だが、完全に戦意はとりあえずはこの場で一旦収めて、人形で撒き餌したつもりだ!

 少なくともミユからは殺意の欠片も感じない。

 めちゃくちゃ楽しそうに私の上で手を叩いている。

 推定五歳児くらいの児童がよくやる所作だ。いやそんなに詳しい訳じゃないけど。

 これが隠密で殺意を消しているのだとしたら大した暗殺者だ。

 だがそれだとなんのために私の前に現れたのかわからない。

 そのまま黙ってぶっ殺せば済む話だ。そうすればミユの情報は一切伝わらず、この依頼は闇に消えるはずだからだ。

 そうせずこうして姿を晒しているということは

 ――宣戦布告。


 貴様らなどが何人束になってかかろうと、余に傷一つ付けることなどできない。だから余が自ら貴様らのもとへ赴いて、皆殺しにしてくれようぞ。


 そういうことだろう。

 なんだこの子は、人の子のナリをした大魔王か化け物なのか。

 考え得る予想にたどり着くと、途端に震えと寒気が止まらなくなった。


 あ、あかん。このままギルドに帰ったら……

 みんな殺される!

 酒場の酒の海が血の海になってしまう!

 ワインブラッドも真っ青な、あ、いや真っ赤な鮮血に染まってしまう!

 ガクガクと震えていると、ミユが私に話しかけてきた。

「おじちゃん、寒いの?」

 そういうとミユは、身につけていたブランケットを脱ぎ、私に被せてきた。

「これであったかいよ!」

 明らかにサイズが足りていないはずの幼児のブランケットは、私の冷え切った心をひどく落ち着かせ、暖めてくれた。



 私は今、確信した。


 この子は悪い奴ではない。

 ごく普通のとても、とても優しい良い子だ。

 魔王だの化け物だの罵ってあれこれ勘繰っていた自分が恥ずかしい。

 私は自分の行いに反省した。ミユを抱くようにかかえると

「大丈夫だよ、ありがとう」と言った。

 ミユは笑顔になった。



 しばらくミユを肩車して歩いていると、私はある疑問を口にした。

「ミユは……ミユちゃんはなんであそこにいたの?」

「うーん……わかんない。おっきぃー穴に入ったらねー、目の前がキラキラした! 眩しいよ!」

 ……児童の言語表現能力にそれ以上求めるのは酷だったが、どうも理解するには難しい状況だった。

 つまりミユちゃんはなんらかの方法でこの場所に飛ばされて、たまたまやってきたということなのだろうか。

「ふーん。じゃあお家はどこなの?」

 私は思い切って聞いてみた。

「とーきょーのせたがわ」





 ◇◇◇


「……で、そのガキ連れてきちまったってか」

 数々の冒険者ギルドが集う街、ヨルダ。

 その街で最も料理が上手いスパゲティレストラン、アッサダの店は今日も今日とて人が一杯だった。

 あの後私はとりあえず宿を取り、話し込んでいたら寝てしまったミユをベッドに寝せ、朝が来るまで私は廊下で仮眠を取っていた。


 やがてミユの声がしたので起きてみて、話を聞いてみると「お腹がすいた」というので、この店に連れてきてみた。

「まぁ……うん。そんなところです……」

 今は店長もといシェフのアッサダに昨日の出来事をありのまま、起こったことを順序立てて話した。無論「わけわかんねぇよ」で片付けられたが。


 しかしアッサダは数々の冒険者の奇妙奇天烈摩訶不思議の冒険譚(アドベンチャー)を耳にしていた為、此方を疑心の目で見てきたり、不快にする様子はなかった。むしろ楽しそうに料理の片手間で聴いてくれた。まるで子供が今日あった出来事を語るのを、嬉しそうに聞く親のように。

 熱々のスパゲティが出来上がった後、私は少々不安になった。


 これが熱すぎて幼児が火傷してしまうのかという心配ではなく、ミユ曰く彼女はトーキョーという場所のセタガヤクというなんとも奇怪な世界の場所からやってきた、要はまるでこちらの世界ではない――所謂異世界からやってきたという事らしく、この世界の食べ物が口に合うかいささか不安を抱いていたのだ。



 いやもちろんこれ食って即死するような事はないだろうけど。

 ただ、たった一日とはいえ言葉を交わし、名前を告げあい、深めあった仲だ。口に合わずに苦しむミユの姿を見るのが少し怖かった。

 まぁそれが原因で死んでしまったらそれはそれで、ミッション達成となる。……後味がかなり悪いが。


 私はスパゲティをフォークで巻き取り、熱をどかすように息を吹きかけた。湯気が眼前に立ち込め、その熱気が少し目に染みた。

 十分熱気を逃して冷ましてから、私はミユの口にスパゲティを放り込んだ。

 ミユはあーと大きく口を開けた。

 飲み込むまでの間に、ミユの口腔内が露わになった。

 ……牙や目立ったものは見えない。やはり普通の子供だ。

 最もその硬さとか色々普通じゃないが。

 もぐもぐと美味しそうにスパゲティを飲み込むと、ミユは「うっ」と声を上げた。


「だ、大丈夫か!」

 私は急いで水と解毒剤を用意した。

「ま、不味かったか! 吐き気がするほど美味しくなかったらいつでも言ってくれ! そしたらすぐにこれを飲んで吐き出すんだ!」


「…………シツレーなヤローだな……」

 厨房の奥でアッサダがこちらを睨んできたような気がしたが今はそれどころではない。

 少々過保護気味にミユの背中に手を当てていると、ミユが動き出した。


「おいしー!」


 予想に反してその目は生き生きと輝いていた。

「おかーさんのごはんよりおいしーよ!」

 こちらの心配を余所に、ミユはとても元気そうに喜んでいた。

 それを見たアッサダは親指を天に向け、こちらにウインクをしてきた。

 それを無視するかのように私はミユに話しかけた。

「だ、大丈夫だった? どこか変な味しない?」

「うん。おいしいよーこれー」

 口をスパゲティのソースまみれにしながらミユは満足そうに笑っていた。


 よかった……。


 ほっと胸をひと撫でし、椅子に腰を下ろした。

 こんなにハラハラしたのも久しぶりだった。

 嗚呼そうか、私に子供がいたらちょうどこんな感じなのだろうか。

 子供のやる事なす事が気になってしまい、目が離せない。

 なにか変なものに触って怪我してしまうかもしれないという不安と心配事が、頭の中でいっぱいになって堪らなくなってしまうのだ。


 私は何年振りかの笑顔を浮かべていたのかもしれない。


 少なくとも暗殺者時代の、血塗られた冷たい微笑とは違う、もっと暖かい気持ちのいい笑顔だった。



 お互いに腹も膨れて満足した頃、私とミユは店から出た。

「ねーねー。つぎはどこいくのー?」

「役所だよ。あそこに見える大きな建物」


 指差した先にはこの街では酒場に次いで大きな建築物がそびえ立っていた。役所では、困り事を相談したり、住民になる為の手続きをしたり色々なことをするのだ。

 みんなの帰る場所、とはよく言ったものだが、実際ここを拠点としてギルドの依頼や仕事を引き受ける者や、それなりに施設の整ったここを最終的に骨を埋める場所として住まわう者も少なくはない。


 私のような暗殺者には眠る場所も住む家も馬小屋レベルで十分なのだが、ミユはそういうわけにもいかないだろう。宿に泊まり続けるというのもなんだし、ここらでひとまず住めるところを探すとしよう。


 ――と、いうのはまぁ一応体良く作った建前で、本音は住民登録の際に表示される個々の能力表だ。

 公務の職員が取り付ける装置から、能力適性検査を行いミユの能力を測る事ができる。

 これはこの街に住む人間は誰しも必ず受けなければならない事で、犯罪者を見抜くのにも使えるのだという。

 やり方は簡単。脈や血圧を測るのように腕に紐状のものを取り付け、その人の持つ気、オーラのようなものを測って、その人がどんなスキルや能力適性があるかを公平に検査してくれるのだ。


 なにより本当にただの子供なのかどうか、自分を安心させるために言い聞かせて欲しかったのかもしれない。

 ミユは確かに子供だ。外見上でも、中身でも。

 だが、万が一ということもある。もしかしたらそういう種族なのかもしれない。

 ……まぁそれも本当に万が一で、やはりミユのその素質や能力が見てみたいのだ。

 怖いもの見たさと言われればそうだ。

 少々騒ぎになるかもしれない。私は辺りを見回した。


 年寄りと子供が数人いるだけで、ガラガラで空いていた。

 まだ昼にもなりそうにない時間帯なので、そんなに混んでいないのだろう。


 よし、これならどんな結果が出ようともそれほど目立つまい。

 私はミユを連れて、役所の受付まで行った。

「はい。こちらは役所受付窓口です。本日はどういったご用件でしょうか?」


「あのーすみません。住民登録のために能力検査を行ってはもらえないでしょうかー……この子の」

 肩車の上を指差すようにして、受付にミユを見せた。

 ミユは不思議そうに見つめていた。

「……はいわかりました。では、ミユ様こちらへいらしてください」

 さぁ! これで全てが明らかになる!

 期待と緊張を胸に私はミユが検査される様子を見守っていた。


 ――すると


「きゃあ!」

 突然、ミユに取り付けていた装置の大元が爆発した。

「な、何事ですか!」

 思わず職員でもないというのに装置の奥深くまで、走ってきてしまった。

 ミユはなにもわかってないのか、きゃっきゃと喜んで笑っていた。

「き、機械が測定不能に……! 観測可能数値の許容オーバーです!」

「……っていうと⁉︎」

「わたくしどもの方ではこれ以上は……もっと大きな部署で測ってもらうしか……」


 私は目をまんまるくした。



 マ、マジですかーっ!


 さすがに計測不能なほど巨大な数値吐き出してぶっ壊れるとは夢にも思っていなかった。

 ミユはアトラクションの出し物でも楽しんだかのように、「おもしろかった!」と無邪気に笑っていた。

 再びミユを肩車して別の大きな部署に行った。



 ここでは純粋にステータスとして、個人の能力値が測定され、表示される。

 この世において、ステータスというのは個人が力を示すための一種の指標となり得るもので、大まかに自分がどれだけの力を持つのかを数値化してくれる。

 例えば攻撃力が10だとして、防御力10以上の物はなかなか壊せないし、倍の20またはそれ以上になると何をやっても壊せなくなる。

 もちろん単純なステータスの値だけが全てを左右する訳ではない。――が、力の差は大きければ大きいほど基本的には覆すことはできない。

 だから上級者は日々鍛錬を欠かさない。己の現状に慢心することなく、日々難しい任務をこなして、経験を得てステータスを上げているのだ。

 ちなみに自慢ではないが、私のステータスはこうだ。





◇◇◇ 〜暗殺者ラピ=クーカのステータス〜 ◇◇◇


レベル40

HP320

MP200

攻撃力240

守備力130

魔法攻撃70

魔法防御20

素早さ400


スキル

『隠密』 レベル5 気配や物音まで完全に消し去ることができる。

『迷彩』 レベル1 周囲の色に合わせて自信の色を変える。

『感知』 レベル2 半径20メートル気配を感じ取れる。

無我の境地(アビス・ゼロ)』 他者に思考を悟らせることなく思考が可能。念話(テレパシー)盗聴妨害のスキル。

『危険物扱い』 レベル3 毒物の扱いや複雑な機械の解体が困難ではない位。


総合判定

B+


◇◇◇ 〜 ◇◇◇




 こうして見ると我ながらそこそこの能力を誇るのではないかと思う。見事なほどに暗殺者(アサシン)の適性ばっちりと言ったところだ。並大抵の相手には負けない自信がある。だが、肝心のパワーはそこまで高くないので、オークに代表されるような力自慢の連中とは素の力では渡り合えない。だからこそ高度な武器を使っているのだ。

 そういった点からもアサシン適性があると言えよう。


 さて、そろそろミユのステータスが観測された頃だろう。観測室に行き、ミユの上に表示されたステータスを見つめた。










◇◇◇ 〜ワタナベ ミユのステータス〜 ◇◇◇



レベル1

HP2京5000兆8900億7243万

MP9275兆6873億2500万

攻撃力1兆1811億8307万8989

守備力8京974兆7474億

魔法攻撃1京1451兆4191億9000万

魔法防御4京487兆3737億

素早さ810億3643万6400


スキルなし


総合判定

測定不能


◇◇◇ 〜 ◇◇◇





 わ、わーおっ……


 すごいやー、これゼロ何個ついてるんだろー。

参考までに私のステータスはドヤっとかしてた自分が恥ずかしいも情けないも通り越してもう言葉にできないや!

 そらどの剣も折れるわ。

 多分どの魔法もこけおどしにもならんわ。

 ていうかこの世界、ステータスって京とか上限越えるんだぁ……

 大抵はマックス999とかで打ち止めだろー……しかもこの幼女、レベル1ということはこの能力値に飽き足らずまだ強くなるって事だし……

 

 役所の者も私も開いた口が塞がらないほど、いやむしろ顎外すくらいの勢いで口を開けていた。

 そんな胸中はいざ知らず、ミユはただただ無邪気に笑っていた。


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