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新聞記者フォーカス・ライターの独白 〜喜劇〜

 僕はフォーカス。

 フォーカス・スナップライターだ。

 職業は週刊「グッド・ウイーク・タイムス」の新聞記者だ。

 元々小見出しを担当する程度だった僕に、数週間前その大役、もとい代役は回ってきた。

 というのも、記者のハーク・ジェイムスさんが謎の熱を出して倒れたとかで、社内で手が空いているものが僕しかいないという、他愛のない理由なのだが。

 言ってしまえば代理記者だ。しかしハークさんが復帰するまでの短い間とはいえ、大手一流新聞会社の記事の一面を担えると思うと、悪い気はしない。

 僕がこの代理記者となってからやっている事は、言わずもがなネタ集めだ。

 カメラとペン片手に、そこら中を歩き回り人々が食いつきそうなニュースを集める。

 集めたネタを記事に書き殴り、それを原稿として提出し、やがて印刷され、人々の手に愛しいグッド・ウイーク・タイムスとして届くってワケ。

 この前僕が初めて取りかかった記事は、ひたすら蝶々と電信柱を捉えた「蝶々と電信柱」だった。

 派手に所長に怒鳴り散らされたのを覚えている。

 ある意味ウイーク・タイムス始まって以来の大事件だと人はいう。

 僕はそんなにダメな記事を書いたかなぁと、結構ファンシー路線でいいと思ったが、所長からは「ファンシーなのは頭の中だけにしてくれ給え」と言われてしまったので、仕方なく次回は変更した。

 そもそも面白い記事とはなんなのだ。

 ハークさんがいつも書いている記事と、二時間ほどにらめっこしてみたが何もわからない。

 というか、どこからあんな記事のネタを集めているんだあの人は。

 いっそのこと、病気のハークさんを看病する闘病コラム、「闘うハーク 〜今、貴方に伝えたいこと〜」でも連載してやろうか。

 ……いや、またあの所長のことだ、どうせ難癖つけて僕に怒りまくるに決まっている。

 ちなみにそれだけやって所長は記事を見ていないのか、というご意見が浮かび上がってくるかもしれないが、所長は所長でべらぼうに忙しく、実際に記事を目にできるのは出来上がって店頭に並ぶ頃だという。

 ハークさんの仕事に関しては、修正を指示する人さえいないというプロっぷり。

 言い換えればハークさんには、それだけ文に自信があるって事なんだけど。

 新聞は毎週飛ぶように売れて、週間のお供なんていいながら、実際は月曜日に売り切れるくらいだ。

 だが、僕が記事を書くようになってから、むしろ店頭からは逆に月曜日どころか、下手したら来週の月曜まで消えずに残っている、ある意味迷惑なウイークを迎えさせてしまっている。

 発行された部数に対して、いかに売り上げが落ちたのかを自覚した。

 とはいえ、僕自身何が悪いのか、考えても全くわからないので、これはなかなかに難しい問題だった。

 さてさて、絶賛闘病中のハークさんに、記事のノウハウを教えてもらうか、それとも叩き起こして机につかせて記事を書かせるか。

 代理の代理をやらせるなんて、意味不明もいいとこだが、背に腹は変えられまい。

 万が一僕が明日の締め切りまでに、面白いネタを発見出来なければその手も考えよう。


「ハァーァ〜…………」

 たまたま寄ったコーヒー店で、頼んだ熱々のコーヒーを冷ますように、長く太い息をついた。

 やべぇ……ネタが出ない。

 全く思いつかない。なんだ、これが所謂ライタースランプというやつか。

 多くの人気連載記者を悩ませ続ける魔の病気、スランプについに僕も陥っちゃったやつですか?

 そんなことを妄想して、自分も高尚な存在の仲間入りを果たしたのか、その世界へ足を踏み入れてしまったのかと思うと、無性に笑みが溢れた。

「熱っ」

 ついでにコーヒーも溢れた。

 手元見なさすぎだ。自分で自分に突っ込んだ。

 思えばコーヒーは熱い。いや、ホットを頼んだのだから当然だが。

 熱いコーヒーからは煙が出る。

 これはなにかの記事のネタにならないだろうか。

 その煙さえ、永遠に出続ける訳ではない。

 やがていつかは冷めてしまい、消えてしまう。

 まるで日夜消費者と生産者とで行われ続けている、負の人気競争。

 終わることのない輪廻の(ことわり)を表しているようだ。


「これだ……!」

 僕はすかさず胸ポケットの手帳を取り出し、コーヒーと競争社会についてのメモを取った。

 そして首からぶら下げたカメラでコーヒーの存在を、最高の瞬間を収めようとした。


 その時。

 店のドアが勢いよく開いた。

 いや、開いたというよりは蹴飛ばしたという表現の方が的確か。

 数人の拳銃を構えた男たちが、黒い目出し帽を身に包み一斉に押し掛けてきた。

「オラァ! 強盗だ! 金を出せ!」

「きゃぁああ! 強盗よぉ! 助けてぇ!」

 男の低く大きい怒号と拳銃の発砲音。

 女性客か、店員の甲高い悲鳴。

 誰がどう見てもそれは強盗が押し入ってきた光景だった。

「オラァ! 騒ぐんじゃねぇ! 騒ぐと俺様のレッドバレットが火を吹くぜェー!」

「きゃぁあああ!」

「やめてください……命だけはっ……」


 リーダー格と思わしき男は、通常の三倍の性能はありそうな赤い拳銃を、所構わず発砲していた。

 威嚇のつもりなのか、客や店員に当てるつもりはなかった。

 実際人には当たっていない。

 壁から目の前のコーヒーのような煙が、弾痕の開けた穴から漏れ出ている。


「いいかぁ。今から一時間以内に100万ルキンを用意しろ! 逆らったり、警察呼んだりしたらわかるよな!」

「ひいいっ、ひゃ、100万ルキンですって⁉︎ そ、そんな大金持ってませんよぉ!」

「やかましぃ! 持ってなきゃ客から財布ぶんどってきてでも、集めるんだよ!」

 いちいち騒ぐ度に発砲してる男に、店長らしき男は怯えていた。

 命だけは助かりたい、という思いで店員はしぶしぶ客から金をせしめていた。

 よかった。

 コーヒーの代金しか、持ち歩いていない僕にとっては痛くも痒くもない出費だった。

 さてどうするかな……

 一刻も早く僕は家に帰りたかった。

 こんな記事にするまでもない、タネも仕掛けもない飲食店強盗という、つまらない日常茶飯事などに、いつまでも付き合ってられない。


 ネタが、記事が僕を待っているのだ。

 椅子を立ち上がり、店内から立ち去ろうとする僕に、強盗一味の男が肩に手を置いてきた。


「おい待ちやがれ。どこにいくんだぁ?」

「いやあの、記事を書きにネタ探しに行かないと……」

「記事だぁ? へっへっへ。お前新聞記者か。そんな冴えないツラしてよく記者なんてやってんなぁ」

 げはげはと汚い声で笑い始めた。

 リーダーが笑うと、お付きのものも釣られて笑っていた。

 べつに冴えない表情と記者になることには関係がないのだが、この男たちは誰もそのことに気がつかないのか?

 阿保なのか? もしくは馬鹿なのか?

 やがて男は散々見せつけてきた自慢の赤い銃口を、こちらに向けてきた。

「じゃあ天国でたぁんと書いときな。『金のない貧乏記者、心ない強盗事件によってその命を落とす』ってなぁ!」

 その一言で周りのみんなも大きく笑った。

 爆笑という現象だ。


 そうか、今のは金のないと心ないを掛けたギャグだったのか。

 だとしたらこの爆笑も合点がいく。そうか。

 いや、敵ながら天晴れとはまさにこの事で、面白い事を言うことにつけて、右に出るものはいないと自負していた僕も、これは一杯してやられたという感じだ。

 思わず膝を打った。普通に痛い。

「ははぁ、なるほどぉ……なかなか上手い見出しですね。貴方も記者志望で?」

「あぁん? 殺されてーのかてめぇは!」

 自分なりに褒めたつもりだったが、相手はどうもお気に召さなかったようだ。

 男はより拳銃をこちらに近づけてきたが、ぶっちゃけ硝煙の匂いしかしない。

 だってこれ脅すための銃でしょ?

 人なんか撃たないってこの人たち。

 というか、あんなに空振りのエイムじゃ、当たりっこないって。

「よーし、まずはてめぇから殺してやるぜ……死ねぇ!」

 どこかの強盗映画テンプレート百点満点のセリフを男は叫び、ついにその銃に手をかけた。

 巨大な発砲音が、店内に響き渡る。

 店員は僕の血で真っ赤に染まった店内を想像でもしたのか、盆で顔を覆っていた。

 あの仕草も大概よくわからない。

 見たくないものを覆って隠したからといって、別に目の前からその現実が消える訳でもなかろうに。

 むしろ隠すフリをして、指の隙間から覗くくらいのメンタルっぷりは見せて欲しい。

 幸いにもというか当然、銃弾は僕にかすりもしていなかった。

「なっ、なにぃ!」

 ほら、やっぱりこの人たちなんかの歌劇団だって。

 題目、〝テロリスト〟でもやってるんでしょ。

 そう思えば先ほどからの過剰な演出にも説明がいく。

 過激な歌劇団というわけで、お後もシメもよろしいところで、僕は店から出ようとした。

「まっ、待ちやがれ!」


 男は再び僕の肩に手を置いた。

 えぇ……まだなんかあるの?

 それか例え練習でも見たからにはお金を毟り取ろうってことか?

 その態度はいただけないな。

「もーなんなんですかぁ。もういいでしょう? 十分やれますって。おたく劇団なに? それともローカル劇場? 今度見に行きますって。こちらに電報でも送ってくださいよ。暇な時見にいきますから」

 僕はすかさずタイムスの名刺を男に差し出した。

 男が忘れないように、ポケットの中にちゃんと入れてあげた。

 こういうのって、気遣いが出来る男っていうのかな。


 礼ならいらないよ。

 代わりに僕の記事、見てね。


 今度こそ歌劇団との別れを告げて、僕は立ち去ろうとした。

 男が拳銃を乱打する音が背後で聞こえるが、全く痛くもない。

 だって当たってないもの。

 もしかしたら店ぐるみで強盗映画か喜劇かなんかの撮影を、予め客には内緒の秘密裏で執り行っていたのかも知れない。

 ほら、客のリアルな反応が見たいとかで。

 あぁいやこれ下手したら店にさえ知られていない、ドッキリ土壇場撮影かもしれないな。

 だとしたらこいつら……かなり出来る!

 ひょうきんさ、意外性ナンバーワン。

 客の目を惹きつけるために、敢えて通報されるかもしれない危険な道に、自ら飛び込む。

 まるで火事の家から、バケツの水を被り、栗を拾いに突撃せんとする男のように。

 こういう勇気や度胸、そしてなによりユーモアに対して妥協を許さない姿勢は、代理とてエンターテインメントの一角を担う僕なんかは、積極的に見習っていきたい、いかなければならないものだと思う。

 歌劇団の皆さんの素晴らしい熱意と、絶え間ない努力の一端を垣間見た僕は、店の前で敬礼し、新たなネタを求めてその場を去った。


「な、なんなんだあいつ…………」

 やがて警察がやってきて、白昼の強盗事件には決着がついた。

 どうやらあれは歌劇団ではなく、本物の強盗だったらしいが、その事実を僕が知ることになるのは来週の他誌の上だった。

 




 ◇◇◇


「はぁー、ネタがないネタがないネタがないー」

 歌劇団の皆さんを背に、僕はネタを求めて三千里、は言い過ぎだが、とにかくあちこち歩き回っていた。


 が、結果は当然。

 ネタがない。進歩もない。明日もないといったところだ。

 この調子だと、本当に病状のハークさんに押し入り取材する羽目になりそうだ。

 それすら叶わなければ最悪僕の首が飛ぶ。

 所長に罪人の死刑執行を執り行うごとく、ギロチン台に立たされている僕の来週の姿を想像して、ちょっとブルーな気分になっていた。

 我ながら自分はポジティブであると思う。

 鬱や暗い悲しみとは縁遠い、なんとかなるやの精神で生きてきた僕にとって、今回のことも些末なこと。

 どこかで必ずネタが手に入る。そんな期待をしていた。

 むしろネタの方がこっちにハグしにくるんじゃないかと、逆にネタに失礼のないようにネクタイを正して待っているくらいだ。

 しかし、なかなかうまくいかず、難航していた。

 もしかしたら出港さえしていないかもしれない。

「こうなりゃあ伝家の宝刀でっちあげを使う時が……」

 などと、戯事を考えて歩いていると、目の前にとんでもないものがあった。


《グルル……何者だ。貴様》

 それは赤く、大きい、今までに見たことのない物。

 いや、物と呼んで良いのか怪しいくらいだった。

 心臓の鼓動が高鳴る。脈が一段、また一段と秒読みのように早くなる。

 溢れ出る鼻息が、吐息が止まらない。

 手からはハンカチ一枚は濡れ潰せるほどの汗をかいていた。


 これは、とんでもないネタだ。


 それこそ下手したら人類がひっくり返るほどの。

《何をしている……近寄るならば我が火炎で焼き尽くすぞ……》


 まるで未確認生物に遭遇した時の、人類の反応というか。

 とにかく僕は目の前の現実から目が離せなかった。

 これだった……。

 人々が食いつくニュースってのは!

 絶対面白い、ハークさんが探しているようなニュースは!

 カメラの手が止まらない。

 思わず僕は見惚れていた。

 ようやく人目を引くそれに、その手を伸ばした。


 それは、硬くも柔らかくもなかった。

 この世の物質とは思えなかった。

 今まで触ってきた物の中で、極上の一品。

 否、逸品とさえ思えてきた。肌触りを確かめようと頬を寄せた。

 その時間が永遠とさえ、思えてくるほど。美しい。ほんのり温かく、まるで生き物のように今にも動き出しそうだった。

 堪らない……!

 僕は手にとって、その愛らしい姿を眺めた。

 嗚呼、なんて素晴らしいんだ!


「ピカピカに磨き上げられたこの……赤い石ころ……!」

 手にとった石は、まさに人類の宝といえるだろう輝きを掌に見せていた。


絶火息(グランド・ブレス)‼︎》

「ほぎゃあああ‼︎」

 直後、さっきから目の前でうるさく話しかけてきたのか、独り言でもいっていた竜が灼熱の火炎を吐き散らした。

 その経験したこともない地獄に、僕の肉体は滅んだ。


 死んだ。

 生まれて初めての死だった。

 いやそもそも死を認識できる時点でどうかしてるのだが、多分これは死ぬ前に見る走馬灯とかいうやつだろう。

 実際は滅んでいるのに、本人の意識ではまだ滅んでない、滅ぶ直前の映像が頭の中で流れてるってやつ。

 やがて走馬灯が終わり、今度こそ僕は天に召されるのかと思っていた時。

 竜の目の前に推定年齢5歳児くらいの女の子が現れた。


「こら! りゅーさんったらだめでしょ! 知らない人に火をはいちゃだめ!」

《ま、マスターミユ様! お帰りなさいませ! 此度の凱旋は如何でしたかな?》


 死にゆく前に現れたのは、自身の何倍もある大きさのドラゴンが、マスターと呼んで使役する女の子だった。


 あぁこれ夢だ。

 今流行りの夢落ちだこれ。

 考えてみれば飲食店に殴り込みにいく歌劇団も相当おかしな現象だった。

 いるわけないだろ。今時そんな骨のある歌劇団。

 お客様を楽しませるためだけに、身を滅ぼすようなそんなエンタメ精神溢れた歌劇団。

 あーあ。なんだか僕は目の前の現実がバカらしくなってきた。

 さっさと目でも覚めてくれ。


 そう思っているとミユとか呼ばれた幼女がこちらに寄ってきた。


「回復魔法 キュア」

「えっ? あれ? い、生きてる?」

 幼女がそう唱えた途端、先ほど焼け落ちたはずの僕の肉体は焼かれる寸前にまで戻った。

 いや、昨日できた口内炎まで治っていた。

 あまりの出来事に夢覚ましの定番、頬をつねってみたが痛い。

 夢じゃなかった。

 魔法をかけた幼女は嬉しそうにピョンピョンと跳ね回ってる。

「わーい、できたぁ!」

《し、死者を蘇らせるなんて……さ、流石ですねマスター》

「もー。お留守番はしててって言ったけど、知らない人に攻撃とかしたら、めっ! だよ?」

《へ、へい! 肝に命じておきます!》

 僕は、しかしながら紛れもなく現実のこれを素直には受け入れられなかった。

 このドラゴン。

 おそらく伝説上の生き物だろう。

 幼い頃、母の膝の上で耳がすり切れるほど、読み聞かされた物語。

 児童向けの絵本、「ドラゴンと英雄」に散々出てきたあの、真紅の巨体で炎を吐き、みんなを苦しめる竜。

 そのドラゴンに目の前のこいつは酷似している。

 物語でドラゴンは英雄に倒され、ほどなくして洞窟に逃げていきましたとさ。

 こんな随分と陳腐な起承転結の物語に、僕は読み聞かされる度に興奮していた。今思えば、あの話を聞いたことが忘れられず、なにかを書く仕事をしようと決意したんだった。

 ちなみに今でも聞かせてくれる。だから鮮明に覚えている。


 だが、あれはフィクションのはずだ。

 決して現実では起こり得ないからこそ、楽しく面白いと思えるのではないのか?

 しかし実際問題僕はこのドラゴンに焼かれ死んだし、こうして魔法かけてもらって生き返ったし。

 俗に言う現実は小説よりも奇なり、というやつなのか。


 ドラゴンへの説教が終わると、間もなく黒服の、金とも銀とも言えない美しい髪色をした男が、買い物でもしたのか、ベタにもパンが飛び出している紙袋を抱えて幼児の元へやってきた。


「ミユ。どうしたの?」

「あっ、ラピ! んとね。ドラゴンさんがこの人にひどいことしたから、ちゅういしてたの!」

《えっ、えへっ。すいません》

 黒服の男も「そっか」とドラゴンがいる事について、驚きもせず階段を駆け上がっていった。

 ミユと呼ばれた女の子も、後を追うように階段を上る。

 もはやこの家で、ドラゴンはペット同然の扱いだった。


 し、知りたい。

 これはもしかしたら、もう二度とないスクープチャンスなのかもしれない。

 僕はカメラを掴み、その親子?と思わしき二人の住居へ、追うように入っていった。


 玄関鈴を鳴らすと、先ほど僕を治してくれた女の子、ミユが迎え入れてくれた。

「あっ、おじさん。おじさんだぁれ?」

「僕はフォーカス。フォーカス・スナップライターだよ。超人気新聞社、グッド・ウイーク・タイムスの新聞記者さ」

 ミユはわかっているのかわかっていないのか、わからないといった様子で僕を上げてくれた。


「お邪魔しまーす……」


 その家は見るからにザ・普通の一般家庭を絵に書いたようなものだった。

 玄関には小さい桃色の靴と、男用の大きめなブーツがひとつ。

 靴を脱いだ先には、ふかふかのマットが敷いてあり、その上にはこちら向きに置かれたスリッパが。

 おもてなし精神が整っている、いい家といえるだろう。

 床も綺麗な白木のフローリングを用いている。新築なのかもしれない。

 奥へ進んでいくと、普段ミユたちが生活しているであろう広間が見え、キッチンにテーブル、ちょっと昼寝するのに最適なソファーと、これまた一般的な家庭を醸し出していた。

「なるほど……逆に新しいな……」

 すかさずカメラを手にとって、写真に収める。

 するとカメラの音に反応したのか、下のミユが私も撮ってといわんばかりにアピールする。

「よし、最高の一枚にしてやろう!」

 カメラには、こちらに笑顔でピースしている、見ているだけで心癒される子供の写真が残っていた。

「かわいくとれたー?」

 横でミユがカメラを見てきた。

「もちろんさぁ」

 僕は良好のサイン、親指を向けた。

 もう一度カメラで撮った写真を見る。我ながら惚れ惚れする撮りっぷりだ。

 元々このタイムス社に受かったのも、写真がうまく撮れていたからだと思う。

 この微笑ましい幼児の笑顔も、どこぞの育児コラムにでも使えば、それなりに好評を博すだろう。


 素材も見れば見るほど良い。

 あと数年もすれば誰もが振り向く、花も恥じらう乙女になるだろう。

 その時は再び取材でもさせてもらうか。


「どうぞ!」

 ミユに案内されるがまま、僕は差し出された椅子に腰をかけた。

 この子、小さいのにしっかりしてるなぁ。

 入り口のおもてなし精神からそうだが、もしかしたらこの子がやっているのではないだろうか。

 玄関の靴も、そういえば児童特有な脱ぎ散らかした様子ではなかった。

 むしろ丁寧に整っていた。


 やがてラピと先ほどからミユが呼ぶ男と、ミユとが僕の目の前の椅子に座った。

「……で、何の用ですか、ええと……」

「フォーカスです。フォーカス・スナップライター。職業はこちら、爆売れ週刊誌、グッド・ウイーク・タイムスの新聞記者です!」

 ポケットから再び名刺を取り出し、二人にあげた。


 名刺とは社会人の顔のようなものだ。


 誰かが言ったその名言を、僕は常に心に留めておき、何があってもいいように、常に名刺を300枚ほど持ち歩いているのだ。

 ポケットに詰め込んだのは夢だけではなく、現実でもあるのだ。

 胡散臭そうに名刺をながめるラピとは対照的に、ミユは名刺に目を輝かせていた。


「ええと、それで……そのなんとかタイムスの新聞記者が、うちに何の用ですかね」

「いやですね。僕……あいえ、私はこの度、そこのお嬢さん。ミユさんに命を助けられましてね? 元々新聞のネタを探しにあてもなく放浪していたところ、ミユさんに出会いまして……これは神の思し召しだ! と雷にでも打たれたかのような衝撃が走ったのですよ。そこで、どうでしょう。このミユさんの日常を、どうか取材させてはいただけないでしょうか」

「は、はぁ……」

「しゅざいってなぁに?」

 となりのラピがミユに取材の説明を終えると、ミユが

「いいよー」

 と許可を出してくれた。よっしゃ!

 捨てる神あれば拾う神あり! いや捨てられたことなんてないけどとにかくラッキー!

「ありがとうございます!」

 今日一日、僕はこのミユという子供の日常をネタとして書き記す事にした。



 ◇◇◇


「覚悟しろミユ! 影殺斬月剣!」

「てやーせいばいー!」


「食らえミユ! 俺様のスーパーミラクルレインボー・ショットを!」

「うい!」


「ハハハァ! ミユ! ここで会ったが百年目! この勇者ユリウス・レオンの必殺剣ーエターナル・セイント・ブレイブスラッシュを……」

「えへへーわーいわーい」

「こら! 乗るな! やめろ! くそぉ……人が棺桶なのをいいことにぃ!」



「こ、これがミユさんの日常…………」

 先ほどからミユの元にやってくるのは、どれもギルドで名の知れた超一流の冒険者たち、有名人だった。

 そのどれも、何故かミユさんの命を狙っており、攻撃を仕掛けるも、まともに受けていない。

 やがてミユさんの一撃の下に、沈んでいく。

 次は俺な、といわんばかりにミユさんのところに、屈強な冒険野郎どもが列をなしていた。

 まるでブレーメンの音楽隊。

 いや、ブレイク・メンの音楽隊とでも言うべきか。

 サウンドは骨の軋む音。あ、これ良い言い回しだな。

 メモっとこう。


 と、メモに息つく暇もなく、次から次へと目の離せないシーンが飛び交う。

 すかさずカメラで撮影してみる。

 余りにも早すぎてカメラが追いついていない。

 撮れた写真はブレブレだけど、まぁなんとかそこは文章力で補えばいいだろう。

 しっかし、これまたすごい戦いだ。

 まさに戦争とでもいわん勢いなのだが、ミユさんにとってはあれは「いっぱい遊んで楽しかった」という、有り体な感想ひとつに過ぎなかった。


 さ、さすがだ……。

 ちなみに僕を生き返らせてくれた魔法。

 あれは単なるキュアだったらしく、下級魔法も下級魔法。

 本来なら擦り傷を癒す程度に過ぎないところを、ミユさんの桁違いの回復魔力によって、あんな超再生に匹敵する威力になっているらしい。

 ローコストでウルトラスーパーハイリターンを得ているのだ。

「異次元の強さで、迎えくる挑戦者たちを退ける5歳児の怪物幼女、ミユ=ワタナベ……その強さ筆舌し難し。叩いた拳は砕け、刀は散りもとい、塵と化して消えん……なればと魔法で攻撃すれば、これみな蒸発し、傷ひとつ付けることは敵わぬ……」

 一連の観察を終え、家に帰ったら僕は今日の出来事を忘れない内に、溜めていたネタと共に原稿に書き殴った。


「できた……これは、イケる!」


 仕上がった原稿からは、これまでにないほどの力作具合を感じた。

 手応え十分。明日の新聞は一つ残らず我が社のものが売り切れるだろう!

 駄目代理ライターの汚名返上。

 参りましたと土下座し、靴を舐める所長の姿が目に浮かぶ。

 社内の女性たちも、イチコロ。

 ハークさんは、そのあまりの凄さに熱が治り、「君は天才ライターだ。ボクなんかではとても敵わない。そうだ、これからは君が新聞記者を、いや、このタイムス社を引っ張っていってくれ給え」とか言ってくれるに違いない。


「ふひひひひ……」

 あまりの興奮に寝れなくなったが、嬉しい病だ。

 早く明日が来ないかなー。

 締め切り通りに入稿し、日の光を待つ僕に、死角はなかった。




 やがて発売日となり、一本の電話が鳴り響く。

「……いや、ネタが見つけられないからって、頭の中のファンタジーを羅列していいって訳じゃないんだよ?」


 いつも通りの所長の怒号で目が覚め、僕の夢見た人気者生活は売れ残った新聞と共に消えた。



 しばらくして僕は新聞社をクビになった。


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