幼女とクエスト
私はラピ。元暗殺者だ。
別にギルドを脱退したわけではないが、そろそろ本格的な潮時となるだろう。
というのも、本格的にミユのこの世界における保護者として、本腰を入れたいからだ。
もちろん、ミユが別の人が良いといったら、潔く身を引くつもりだ。
その時は泣く。
それに、自分には少なからずミユと接触し、関わってしまったという責任がある。
が、私は別に義務感にかられてミユを助けたいとは思っていない。
むしろ自分から助けになりたいと思っている。
ミユは圧倒的に強いとはいえまだ子供。
一人で歩くには知らないことが多すぎる。
そんなミユにこの世界のノウハウを教えたいと、勝手ながら思っている。
私自身もミユからたくさんのことを学ぶ。
今のこの生活が楽しくて仕方ないのだ。
なんだか、本当の家族になったみたいなのだ。
ミユは良く懐いてくれているし、私がその立場になってしまっても、そこまで反対はされないだろう。
それにミユにはいずれ、元の世界に帰らなければならない日が来るはずだ。
自分のお家に帰りたい。
いつかはミユもそんな意味の言葉を喋るはずだ。
その時は腹を括って、共にミユが元の世界に帰るための道を探ろう。
この身をかけてでも。
などと、薄暗く湿っぽい気持ちになっているのは、先ほどからしとしと振り続けている雨のせいではない。
ミユはここ数日ずっとため息をつきながら、窓を見ている。
おそらくは遠い故郷を想い、物憂げに耽っているのだろう。
私はそんなミユから漂う哀愁を、感じずにはいられなかった。
なんとかしてやりたい。
だが、それは今の生活を壊すことになる。
それはしたくないという、我がままな自分の考えがふと頭によぎる。
相反する二つの感情に悩まされながら、なんとかミユには元気でいてもらうため、今日もまた、家事に勤しんだ。
やがて一通りの作業が済んだので、先ほどから動こうとせず窓と睨めっこしているミユの側に行った。
「どうしたの?」
私の問いかけに、ミユは振り向いてくれた。
だが、少し何か後ろめたいことを隠すような、そんな仕草をしていた。
やはり元の世界に帰りたいのだろうか。
私は覚悟を決めて、ミユに聞いてみた。
「何かしたいことがあるの?」
ミユは静かに頷いた。
いつもなら「うん!」と元気よく相談してくれるものだから、ミユがなにか私には言えないような事を、つまり私を気遣ってくれているのだということを、私は察知した。
そんなミユに私はにっこり笑って言った。
「遠慮しないで言ってごらん。私もできることがあれば協力するから。ねっ?」
「うん……実はね……」
この感触、間違いない。
ミユはうちに帰りたいのだ。
考えてみれば、至極真っ当だ。
この年頃の子供が、いきなり変なわけのわからない場所に連れてこられ、何日も家族ではない、赤の他人の知らない男と暮らしていて、食事も、風景も、何もかも馴染みのないこの世界で、故郷が恋しくならないはずがなかった。
ミユはとても強い子だ。物理的な意味ではなく。
こんな状況にいながら、一度もそのことについて、泣いて抗議するわけでもなく、与えられた現実を受け止めている。
そして、その事を私に気付かせないために、ずっとその気持ちを今日まで隠してきた、とても優しい子だ。
しかし、私はだからこそ、そんなミユの優しさに甘えてはいけないのだ。
ミユがしたい事を、全力で手伝ってあげる。
そう決めたのだ。
たとえそれが、自分とは離れ離れになってしまうことでも。
「実は私、くえすとっていうのやってみたいの!」
コケた。
コケて落ちた。
「えっ?」
思わず変な声が出た。いやそりゃ出る。
何を言った……いや何を言っているんだ。
クエスト?
あのギルドの連中が集まって、魔物討伐やお宝採集をやって、依頼主から報酬を貰うあの?
ミユはもじもじと手を後ろに置き、目をそわそわと泳がせながら口を開いた。
「だっ、だめかな?」
「……えっ? あっ、いや、その。だ、ダメじゃないけど……ど、どうしてそんな事を……」
動揺で揺れまくった舌で、私はなんとか言葉を繋いだ。
ミユにはそれとなく気付かれないように、この話題からは遠ざけていたのだ。
なんせ出会いのきっかけとなったのが、異邦人暗殺のクエストなのだから。
それに、何処でミユはクエストなんて言葉を知ったのだろうか。
聞かれればいつかは答えるつもりだったが、進んで教えようとはしなかった。
ましてや、ミユをギルドや夜の街に連れて行ったことなどただの一度もないはずだ。
ミユは申し訳なさそうに続きを言った。
「えっとね。弓のおじさんにね「くえすとでおんなはべらしてわっしょい」っていわれたからね。みゆ、くえすとってなぁに?て聞いたの」
「あんのクソ野朗ォオオオ!」
私は衝動的に手にかけた拳銃の引き金を、思わず引きそうになった。
あの酔っぱらいクソアーチャーゲイルめ。
幼児の前でなんつぅこと言ってんだ!
しかもミユは意味わかってないし。
目の前にゲイルがいたら蜂の巣にせんとばかりに、私は抑えきれない怒りの炎で燃え上がっていた。
構わずミユは続けた。
「そしたらね。おじさんのとなりにいた人がね。「くえすととは、してほしいことをおねがいしてくる人がいて、そのおねがいごとをかなえてあげるとっても楽しいことですよ」って言ってたの」
「あんのクソ野朗ォオオオ‼︎」
私は拳銃の引き金を引いた。
ミユのいった人とは、ゲイルの付き人みたいな情報屋、ラルトスのことだろう。
どんだけお前らは私のミユに悪影響与える情報ばっか聞かせてんだ。
「でねでね。みゆがやりたい! いっていったらね。「うーん、しかしラピ様はきっと、りょうしょーしないでしょうな。もしかしたらおこるかも……」って言ってたから……」
「…………野朗ぉ……次あったら絶対処刑してやる……」
何勝手に人の気持ちまで代弁してるんだ。
しかもミユが反応しそうな「楽しい」だの「ラピが怒る」だの好き放題やりやがって……
はちきれんばかりの殺意に震えていると、ミユがまた、申し訳なさそうに体を揺らしていた。
「や、やっぱりラピは怒る?」
「いっ、いやいやいや! まさか! ミユがやりたいって言うんならよ、よろこんでつきあうよ!」
「わーい! やったぁ!」
いつものように嬉しそうに飛び跳ねるミユの側で、私は大きくため息をついた。
オーケーこそ出したものの、不安がずっと付き纏っていた。
まさかそんなことで悩んでいたなんて。
この子、どうやら完全に異世界生活満喫してる……!
この世界の冒険者がするように、自分もその領域に足を踏み入れようとしている……まだ五歳なのに!
私が五歳の時でさえ、まだそんな本格的なことには手を出していなかった。
せいぜい早くて八歳からだ。
適応力がありすぎるぞ、この幼女……
私はとりあえずミユの着替えを待ち、二人で一緒にクエストの待つ酒場へと向かった……。
◇◇◇
酒場は相変わらずの雰囲気だった。
時折、ならず者たちの下品な笑い声と視線が突き刺さり、受付のカウンターには、冒険者と思わせる者たちが、順番待ちの列をなしている。
私がギルドに所属していた時は、あらかじめリーダーが暗殺者用のクエストを用意してくれており、その中から自分に合った難易度のものを選ぶだけでよかった。
すぐ終わった者は、物足りないため、再びクエストを探して各自で受注する。
クエスト達成件数はリーダーの方が多かったが、難易度累計は私の方が高かった。
と、いっても既にそれも過去の記録になっているだろうが。
ちらりとミユの方に目をやる。
ミユはとてもワクワクしていた。
これからどんなクエストをやろうか、楽しみで仕方ないといった表情だ。
一応私はBランク冒険者だが、ミユはどこにも何にも登録していない為、最低ランクのDからのスタートのはずだ。
受付が紹介してくれるクエストも、それほど難しいものではないはずだ。
せいぜい隣町から隣町まで、ツボを割らずに持っていくとか、スライムより遥かに弱い、土で出来た埴輪人形をぼこすかひたすら殴るだけとか、そんなクエストだろう。
私は一切そういった初心者向けクエストをやってこず、いきなり上級者向けのものからクリアしていったが、なんだか感慨深げだった。
はじめてここを訪れた時を思い出す。
あの時の私はまだ未熟だった。
とまぁ、私の回想なんて事細かく振り返っていたら、日が暮れてしまいそうなので、この辺にしておこう。
やがて列が空き始め、ミユの番まで回ってきた。
「はいいらっしゃーい。こちらクエスト窓口でーす」
「あのーすみません。クエストを受けにきたんですけど……」
「はいじゃあこっちにライセンス出して。そちらのお子さん? も一緒に受けるなら一緒にお預かりしますよ」
「あっ、すみません。この子まだライセンス作れてないんですよ」
「えーじゃあ初心者さんだね。今からその子の発行しよーか?」
「あっ、はいお願いします」
そうだった。
長いことやってなかったからライセンスの事をすっかり忘れていた。
ライセンスとは、それ一枚であらゆる物を示すカードだ。
たとえば私はランクB+の冒険者だから、これを見せればあちこちでB+特権を使用することができる。
ダンジョンもランク分けされている区間に、ある程度のところまでは攻略可能となる。
この世界における身分証明書のようなもの、いや、もしかしたらそれ以上の価値があるものかもしれない。
ライセンスには印鑑を付ける所や、バッジをつける場所があり、ここにこれまでに攻略したダンジョン名や、達成したクエスト数、そしてそれに応じたバッジが貼り付けられる。
バッジは、本人でないと外したり付けたりできない魔法がかけられており、いわゆるズル防止にもなっている。
また、ライセンスが盗まれた場合、即座に場所が割れるようになっている。
おそらくは追跡魔法の類であるだろうが、この情報はトップシークレットのため、誰にも知られていない。
まぁ下手をすれば個人情報漏洩の危険性があるため、妥当な判断だろう。
ちなみに盗んだところで本人でないと何も使えないし、証明のためにカウンターを通したらそこで一発アウトだ。
最悪の場合、逮捕されて地下幽閉三百年とか普通にあり得る。
また、ライセンスを非合法で改造して、あろうことかそれを売り付ける団体もいるが、それらは全て取締りおよび処罰の対象となっており、知っててやろうが、知らないでやろうが、とんでもなく重い罪に問われる。
二度とライセンスが発行されなくなる場合すらある。
そういった事態に巻き込まれないように、冒険者は怪しい甘言には乗らず、気をつけて生活していく必要があるのだ。
とはいってもそんな事件に巻き込まれるケースは、本当にごく僅かであり、自分から犯罪に手を染めない限りは基本的には安心だ。
さてこのライセンスだが、一度も作ったことない冒険者は、このようなクエスト受付の酒場で、ライセンスを作ってもらえる。
顔写真や印鑑などは必要ない。
あちらがどうやら魔法で、現在の姿形に合わせた顔写真を作り、指紋かなにかを取って、ライセンスに埋め込んでいるようなのだ。
名前を偽って登録することもできるが、その場合変更申請が容易ではなくなる。
基本手数料で500万ルキン。
さらに変更手続き金として、750万、計1250万ルキンもの大金が必要となる。
このため、一度間違えて登録してしまうと、後々融通が効かなくなるため、初めにライセンスを発行する者は、何度も受付に確認してもらい、基本情報が間違っていないかどうかを判断するのだ。
ミユのもとに出来上がったライセンスが発行された。
生まれて初めて見るであろう冒険者ライセンスに、ミユは満足していた。
ミユのランクは予想通りDだった。
文字通り今日初めてクエストを行うのだから、当然だ。
尤も、その実力はSなど到底足元にも及ばないほどなのだが……。
確認含めてライセンスが完全に出来上がると、ミユと共にライセンスを受付に渡した。
「おまたせ。初心者向けが多くなったけどいいかな?」
表示されたクエストリストには、たしかにDとBが組んでも、難なく達成できるものばかりが載っていた。
「ああ〜いいっすねぇ〜」
思わず微笑ましい気分になってしまうほどだった。
クエストには難易度として数字、もしくは星が記してあり、例えばこの「カボチャ魔神一掃クエスト」なんかは、クラス6の星2のちょっと難しいくらいの難易度を示している。
クエストにはそれぞれ受注前に、現在の冒険者ランクからの難易度解説と各種報酬などが確認できる。
また、どの程度の冒険者ランクならばクリアできるかも、細かく書いてある。
ここから冒険者たちは、自分に見合った難易度と報酬のクエストを選び、挑戦していく。
まぁこんなものは、自分の体調によって変化したり、難易度そのものも人のさじ加減によるものも混じってるため、そこまで過信もできないのだが。
ミユをだっこして、受付からクエストリストを見せた。
「ミユ、どんなクエスト受ける?」
「これ」
数多いクエストの中で、ミユが興味を示したものは、星13の難易度100。
マスタークラスのクエストだった。
「……えっ?」
「ミユ、これやる〜」
目ん玉をひん剥いてもう一回それを見てみると、先ほどと変わらない、高難易度の超上級冒険者向けの、難易度SSのクエストだった。
「おっ、それに目をつけるとはなかなかやるねぇ〜それは今まで5万人の冒険者が挑戦して、受注して生きて帰ったものがいない極太難易度クエストだよ〜」
受付は面白そうに告げた。
いや、おかしいだろ。
何自然な感じで言ってるんだこの人は。
クエスト内容を見ると、かの伝説の龍、グランド・ドラゴンが待つ巣窟にて、ドラゴンを退治し、その首を持って帰るというクエストだった。
至ってシンプル。
ドラゴンは逃げも隠れもしないため、いつでも挑戦可能な故、理論上どのランクの冒険者からでも挑めるようにはなっている。
理論上は…………。
問題は誰もクリアできていないため、クエストリストからずっと更新されず、腫れ物のような扱いを受けていることだ。
ミユはおそらく、星の多さからこれを選んだんだろうが、自分で何をしているのか、本当にわかっているのだろうか。
先程の受付の話が事実なら、初心者が選ぶはじめてのクエストにしては、あまりにも無謀で危険だった。
しかも報酬が王様からのお礼の一言ってなんだ。
舐めてるのか。
どう見ても対価と代償が釣り合っていなかった。
それでもミユは、やると言った。
そしてやると言った以上、必然的に私も駆り出される。
もしかしたらミユの能力ならばワンチャンあるかもしれない。
……問題は私がドラゴンの攻撃でワンパンされることだが。
というか一撃で絶命しかねんな。
恐怖と興奮が入り混じった奇妙な感覚で、私たちはかくも恐ろしきドラゴン討伐のクエストに挑んだ。
森を越えたらドラゴンの待つ洞窟はすぐだった。
ハジメの森のそのまた先、ノンビリ平原の中で一際目立つでかい洞窟。
その先はちっとものんびりじゃないし、初心者向けなどではない、苛烈な地獄が待ち構えているのだった。
まず入り口からおかしい。
そこら中に冒険者のしかばねをあらわす骸が、危険だから引き返せといわんばかりにゴロゴロしてる。
一つや二つではなく、奥に行けば行くほど沢山。
しかも入り口で死んでいるということは、逃げることさえ許されなかったということ。
そのおぞましい戦績の詰め合わせに、私は身震いした。
ミユはといえば、よくわかっていない様子だった。
そりゃそうだ。
まだ葬儀さえ経験したことないであろう、あるいは経験したところで覚えているはずもないであろう、児童が、これらが一体何を意味するかなんて、見当もつかないだろう。
まぁそれでいい。
一応、何が起こってもいいよう私はミユと私に分身の印を仕掛けた。
伝説の生物相手にどこまで食い下がれるかはわからないが、ないよりはましだ、とおもっていた。
奥に進めば進むほど、ドラゴンの放つ圧気に、歩みを止めてしまいそうになっていた。
これほどまでの殺気と威圧感は、味わったことがなかった。
まるでドラゴンの胃の中を突き進むかのような。
一応当然といえば当然だが、魔物や生物の姿は死骸でしかいなかった。
ドラゴン以外は一切存在していない。
さながら生態系を統べる主とでもいうべきか。
やがてミユと私は洞窟の最奥部、ドラゴンの待つエリアに踏み込んだ。
龍の大きさは洞窟がせまく感じるほど、巨体であり、人間百人、いや千人でも敵わない大きさだろう。
この薄暗い洞窟内でも、はっきりと視認できるほど真っ赤なその身体は、大量の鱗で覆われており、燃え盛るオーラが弾け飛んでいた。
エメラルドを思わせるその緑色の美しい瞳には、ちっぽけなちっぽけな私たち人間が映っていた。
小さな山ほどあるのではないかと思えるほどの、巨大な牙は今も獲物に飢えているかのように、唾液に塗れていた。
翼はなく、代わりに巨大な爪と手が前のめりであり、トゲだらけの尻尾がぐるぐるとうねっていた。
《何者だ……我が住処に押し入る者は……》
ドラゴンは私たちの頭に直接話しかけてきた。
スキル「念話」だ。
これほどの相手なら、例え口が使えなくとも、念話を半径100メートルほどまで飛ばすことができるだろう。
頭の中の思考が全て剥ぎ取れてしまうほど、ドラゴンの声は大きかった。
音なんて一切響いていないというのに。
こ、これが伝説の生き物なのか……
だが、怯まず私はドラゴンに話しかけた。
「わ、私たちは冒険者だ! 貴様を討つよう王に頼まれてここまできた次第だ!」
《そうか……また懲りずに人間風情が、この我に挑みにきた……ということだな》
龍は大きく息を吐いた。
ただの呼吸だというのに、その力は上級の風魔法に匹敵しかねない勢いだった。
なんとか立ってはいるものの、このレベルで炎や吹雪が飛んでくるのだとしたらたまったものではない。
私は急いで守りの備えを準備した。
《ならば返り討ちにしてくれよう。愚かな人間よ!》
龍の戦闘スタイルは実に潔かった。
相手からの攻撃は全て受け、その上で倍以上にして跳ね返す。
また、戦意尽きた相手に、とどめとしてブレスを吐きつける。
圧倒的なまでのその力で、迎えくる敵を討っていたのだ。
ミユは面白そうにドラゴンを見ていた。
やがてドラゴンもミユの方へ気付く。
《生意気な小僧め……我が灼熱の前に塵と化すがよい……》
「み、ミユ危ない!」
ミユのステータスが高かろうと、呪文でも物理でもない攻撃を浴びたら危険だ!
そう思い、飛び出そうとしていったが、ミユは既に龍の吐き出した火炎の渦にのまれていた。
「み、ミユ……」
だが煙が晴れると、ミユはいつもどおり無事だった。
いまの灼熱の炎でさえ、ミユにとってはちょっと暖かい熱風が吹いたようなものだった。
「わーあったかい!」
《ほほぅ、挨拶程度は心得ているか……ならばこれはどうだ》
その常人ならば消し飛んでいる一撃を受けて倒れない、驚異の耐久を誇るミユにも、ドラゴンは決して驚きはしなかった。
ここからが本番といわんばかりに、ドラゴンは隠しきれない爪で、ミユを引っ掻いた。
しかしながらミユを切り裂くことはできず、猫が爪で引っ掻いた跡にさえならなかった。
《なんだと……?》
これにはさしもの龍も驚きを隠せなかった。
爪での攻撃は自身の全開だったのだろう。
直に触れてみて、ミユのその圧倒的なまでの守備力を思い知った。
《成る程、ではこれならどうだ!》
龍はあらゆる攻撃手段を試した。
もちうる最大の火力で、ミユを薙ぎ払った。
その全てを受けてなお、ミユは一切のダメージがなかった。
ドラゴンは目の前の現実が受け入れられなかった。
《馬鹿な……こんなはずではぐふ》
「えーい!」
龍退治にノリノリなミユは、密かに用意してきた木の棒で龍のツノをへし折る一撃を浴びせた。
龍は洞窟の底に沈んだ。
この巨大怪獣戦争のような光景に、私は開いた口が塞がらなかった。
う、嘘でしょ?
だって、あの伝説のドラゴンだよ?
SS難度の、五万人は死んだクエストだよ?
やがて龍は顔を出し、ミユは龍の身体に乗った。
《ひっ、ひえぇ。ま、参った! 降参じゃ! 我の負け。だから頼む、命だけは助けてくれ!》
その圧倒的な力に怯え、媚び諂う姿からは伝説のドラゴンの威厳など欠片も感じ取れなかった。
ミユは勝利のVサインをかかげ、こちらにやってきた。
《ま、全くなんて奴じゃ……我が全く敵わぬとは……お主さては、神の使いじゃな? いや、神そのものとでもいうべきか》
「みゆ、みゆだよ。わたなべみゆ」
《そうか……ミユというのだな。ではミユよ。我をそなたの眷属にしてくれないか》
「けんぞく?」
龍からの驚くべき提案に、耳を疑った。
伝説のドラゴンが、み、ミユの眷属に⁉︎
ということはミユはドラグーンになるということだ。
し、しかもいきなりSSランクのドラゴンを……
クエストは確かに龍を倒して首を持ってくることだった。
だからって生きたまま屈服させて首どころか、身体ごと持ってくるなんて予想も信じもできないだろうが……
「ねーねーラピー。〝けんぞく〟ってなぁに?」
「眷属というのはね……まぁ簡単に言えば、この龍が君の仲間になることだよ」
「ふーん」
ミユは特になにか気にしている様子でもなかった。
やっぱりわかってないのでは?
まぁいきなりこんなこといわれてもそりゃそうか。
「じゃあドラゴンさんは、私のお友達ね!」
《……友達か、ふふ。そんなものこの私にはありはしないと思っていたよ……いいだろう。我はそなたの眷属……いや、友達となろう》
こうしてミユは討伐対象であったドラゴンを仲間にしてしまった。
ミユの称号が、職業欄にドラグーンランクSSと刻まれた。
どうやらこの手の称号は実際に達成した瞬間、ライセンスに書き記されるようだ。
ドラゴンはもう何年も出ていない外へ出て、日の光をその身に浴びていた。
ミユと私は帰り道ドラゴンの背に乗っていった。
うわっ、なんて速さだ。
そしてなんと心地よいのだろう、空の旅は。
ミユが片方折れたツノを握りしめ、ドラゴンを操縦するかのように乗っていた。
ちなみに折れてしまったツノは回収しておいた。
何かに使えるかもしれないし。
◇◇◇
「はいいらっしゃーい……って、あらお客さん! ご無沙汰じゃないですかぁ」
「おっす」
受付で暇を持て余し、葉巻をフカしていた女性は、先ほどミユにライセンスを提供してくれた人だ。
「おやおや? 龍の生首が見えないが。もしかして、任務失敗しちゃった感じかな?」
「んーん。外でまっててくれてるよ?」
「…………はい?」
「だからーお外で待てしてくれてるよ?」
「このガキぃ! 大人をなめんじゃねぇ!」
受付のお姉さんはこれまでとキャラを大きく崩すほど、大きく外へ出ていった。
《……ミユか。その者は誰だ?》
「ファッ⁉︎」
受付の女性は、目の前の光景に腰を抜かしていた。
魔法かなにかにしか見えないだろう。
ともすれば幻覚か。
「ね? ミユの友達なの」
「ちょっと、これもうわかんないですね……」
受付の頭は相当混乱していた。
無理もない。
同じことをされたら私だってそう思う。
受付のお姉さんはさっきから「これは夢だ! 夢だ!」と頭を必死で看板に打ち付けている。
「はいこれツノです……」
私がすかさずお姉さんの現実逃避を逸らすかのように、ミユの戦利品を差し出した。
「は? へ? ツノ?」
ツノを手に取って受付のお姉さんは、龍の頭を見た。
欠けているツノ部分と、手に持っているツノが一致していた。
「はえ〜すっごい大きい……じゃあホントにこの子、伝説の龍をテイムしちゃったんですね?」
「まぁ……うん……」
「えっと、神か何か?」
「みゆです」
こうして、ミユの初クエストは難なく成功に終わった。
ちなみに受付のお姉さんは熱を出して入院したそうだ。
この一件から、ミユのランクが桁違いに上がったのは、言うまでもないだろう……。




