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地獄裁判  作者: うさぎサボテン
第二ノ罪
8/22

Ⅰ.

「ん? 何だこれ」


 いつもの様に登校して来た颯真は、自分の下駄箱に入っていた一通の手紙を訝しげに眺めた。


「ラブレターなんじゃね?」


 丁度登校して来た友人の昭國が茶化すが、颯真は浮かれた気持ちにはなれずに訝しげな表情のまま封を開いて中の二つ折の紙を取り出した。


「……デスレターだわ」

「マジかよ」


 どれ、と昭國が覗いてみるとまさにその通りだった。

 白い紙のど真ん中に「死ね」とまるで指先で書いた様な歪な赤茶色の文字が書かれていた。


「まさか、本物の血だったり?」


 昭國が引き攣った表情で問うと、颯真は手紙を封筒に戻して鞄に押し込んだ。


「こんなの誰かの悪戯だ。大げさに騒ぐと相手の思う壺。さ、教室行こうぜ」

「さすが颯真。メンタルつえー」


 仲良く並んだ二人の背中を半歩遅れてマカがついていく。その時、一瞬だけ妙な視線を感じた。不審に思ったが、護るべき対象を見失う訳にはいかない守護霊代理は踵を返す事はなかった。


 手紙はその後、帰宅した後こっそりとゴミ箱へ放ったのだが、また翌朝の学校の下駄箱で発見された。まるで、呪いの人形の様に。

 唯、見た目は酷似しているものの昨日とは別物の様で、恐らく同一犯が新たに認めて投入したのだろう。

 颯真は昨日と同じ様に、帰宅した後に処分した。


 最初は薄気味悪い程度であったが、それが何度も続くと苛立ちへ変わって来た。颯真は何度目か分からない手紙を手に、表情を歪めた。


「俺に恨みでもあんのかよ。てか、直接言えよ」


 マカが同意を示さなかったので、余計に腹が立った。


「おい、マカ! 守護れ」

「ど、どした? 颯真」


 今まさにマカに飛び掛らんとする颯真の目の前に昭國が現れ、ぶつける対象を見失った怒りと言葉は飛散し颯真はバツが悪そうに口を噤んだ。


「今、変な名前言ってなかったか? それに守護霊? 一人で何騒いでんだよ」


 スルースキルを身に付けていない昭國は無遠慮に踏み込んできた。

 颯真は全身で迷惑だと告げると、唸り、目を伏せて溜息を吐いた。


「手紙。また入ってたんだよ」


 颯真が右手の紙切れをひらひらさせると、友人は「あぁ~」と納得した。


「よっぽど颯真の事好きなんだな」

「何でそうなる。デスレターだぞ」

「うーん……ヤンデレ? 貴方の事が好きだから、貴方を殺すのも私……的な」

「中二病かよ」

「まぁな。実際居たらそうに違いない。でもさーそろそろ先生に言ってもいいんじゃね? ヤバイ事になる前にさ」

「いいよ。先生も頼りになんねーし。俺には……」


 チラッとマカを見ようとしたが、すぐに視界は昭國の疑問一杯の顔で覆い尽くされた。


「俺には?」

「……いや、別に。とにかく、こう言うのは放置プレイに限るぜ」


 もし命が危険に晒される様な事があっても、自分には心強い守護霊代理が居る。そうやって心を落ち着かせ、今日もまた何事もなかったかの様に平穏な学校生活を送るのだった。

 結果、デスレターは届かなくなった。数日後の朝、下駄箱を確認した颯真は心底安心し、やっとストレスから解放された。


 けれど、それもほんの一時の安らぎに過ぎなかった。寧ろ、正体不明の嫌がらせはエスカレートした。

 机の下に入れていた教科書が一冊紛失したのだ。鞄やクラスメイトの手荷物、果てはゴミ箱まで散々教室内を捜し回ったのだが結局見つけられずにチャイムが鳴った。

 やむを得ず、颯真は教科書を隣の席の女子に見せてもらいながら現代文の授業を受ける事となった。




「ホント、何処いったかなー……」


 クラスメイトが帰った後の教室で、まだ颯真は彷徨いていた。


「とか言って、実は家にありましたってオチとか?」


 颯真の帰りを待っている昭國は楽しそうに言う。


「それもあるかもな。部屋ぐちゃぐちゃだし」

「そうそう。何でも考え過ぎはよくないっしょ。さあ、ゲーセン寄ってこうぜ」

「そうだな」


 颯真はフッと笑い、昭國と共に教室を出た。

 彼らの後に続こうとしたマカは背後に感じた視線に気付き、振り返る。


「……また」


 そこには何者の影も残されていなかった。





 嫌がらせは一向に終わる気配を見せず、その犯人も気配すら見せなかった。手元に残った教科書が残り一冊となった今、単なる自分のうっかりや笑い事では済まなくなった。

 これでは満足に授業を受ける事が出来なくて困るし、さすがに教師も気付き始めて対処に踏み込んだ。

 担任教師がクラスメイト一人ずつと手荷物検査と面談をしていくが、現状を解決出来るものは何一つ見つからない。皆、教師の目には嘘をついている様にも見えなかった。かと言って、被害者である颯真が自作自演している可能性も薄いと見えた。

 自分の問題ではあるが、これ以上はもう沢山。颯真は放課後の教室で帰り支度もせずに机でだらけていた。

 頬に当たる机の無機質な冷たさが疲れた身体に心地良かった。


「おーい。また明日にしようぜ?」


 声が頭上から降ってきて顔を上げると、昭國が鞄を肩に掛けて立って居た。

 颯真はまたコテンと頭部を机に預け、半分になった顔でぼやいた。


「俺、もう勉強しなくていいって事? ラッキー」

「何言ってんだ。義務教育じゃねーんだから、卒業出来なくなるし、進学や就職も難しくなるだけだろ」

「そりゃそうだな。はぁ~……これってイジメ的な?」

「まあ、クラスには犯人居ないみたいだし……となると、他クラスか他学年……もしかしたら教員かもしれねーな。ほら、あのセクハラ事件でお前大活躍だったじゃん? それで嫉妬したのかもよ?」

「嫉妬ねー……」


 颯真は反対に顔を向け、真っ赤に燃える窓の外を眺めた。


 嫉妬、その言葉にあまりしっくり来なかった。確かに表向きでは颯真の手柄になっているが、実際は今颯真の背後に居るマカの手柄なのだ。それを知っている颯真にとって、自分は嫉妬される様な特別な人間ではないと思っている。モテたと言っても一時的なもので、本来は外見も中身も平均的な単なる男子高校生だ。

 もういい加減、皆あの時の事など忘れている筈だ。だから、嫉妬されるなんておかしい。有り得ない。

 そうやって自分を低く見ている颯真であったが、それを謙遜と捉えて「男らしい」と評価し、甘い恋心を抱いた少女が居た。

 帰り支度を終えた颯真が昭國と共に教室を出ると、突如後ろから声が掛かったのだ。

 振り返るとマカが……その向こうに見覚えのない地味な少女がひっそりと立っていた。颯真を呼び止めたのは後者だった。

 颯真が首を傾けると、隣の友人が耳打つ。


「隣のクラスのななちゃんだよ」

「ふぅん。てか下の名前? そんなに親しいならお前に用があるんじゃね?」

「特別に親しい訳じゃないけど、苗字長いし何か“七ちゃん”って呼び方可愛くね?」

「いや、でも馴れ馴れしくないか?」

「あ、あの……」


 おずおずと、居心地の悪さを感じた七が話に割り込んできた。

 颯真が七の方を見ると、横目に昭國が歩き去っていくのが見えた。思わず呼び止めると、昭國は「俺、先帰ってるわ」と含んだ笑みを見せて颯爽と立ち去った。

 取り残されてしまった颯真は初対面の七と二人きり。背後にマカも居るのだが、ノーカウントした方がいい。この気まずい空気をどうにか出来るのは生身の人間だけなのだ。

 颯真は髪を掻き乱し、なるべく柔らかい表情と口調で話を切り出した。


「俺に何か用なの?」

「えっと……」


 七は目を伏せて口ごもり、チラリと視線を横へ向けた。

 すると、壁の向こうから小柄な人影が現れた。


「ご、ごめんね。私が七ちゃんに頼んで呼び止めてもらったの」


 外見も中身も小動物の様に愛らしい少女、颯真は彼女の事は知っていた。名前は結愛ゆあ。一学年の時同じクラスだった。

 颯真は納得した。初対面の七が自分に何の用があるのかと疑問で一杯であったが、なるほど、そう言う事であれば納得だ。

 所謂これは少女漫画などでよく見る“好きな人に告白する切っ掛けを友達に作ってもらうパターン”だ。

 しかし、そうなると颯真がこれから告白される流れの様であるが、それもまた颯真は「そんな事ある筈がない」と僻むばかりだった。


「七ちゃん、ありがとう。ここからは私一人で頑張るよ」


 結愛は七に決心を見せると、再び颯真一人に視線と意識を向けた。

 七は小声で友人の背中に声援を送ると、走り去っていった。

 足音が遠ざかっていき、結愛は深呼吸。気持ちを落ち着かせ、緊張で震える唇を開いた。


「あ、あのね。前にセクハラ先生から咲良ちゃん救ったよね。す、凄く勇気のいる事だと思う……怖かっただろうし。そ、それなのに立ち向かったのがとってもカッコ良くて男らしくて、その上気取らない……。そ、そんなところに惹かれました。す、好きです!」


 結愛の話に度々相槌を打って聞いていた颯真であったが、最後の告白に息が詰まり全く余裕がなくなった。

 衝撃で暫し無言になり、二人の間に沈黙が降りた。


 颯真の脳内では「好きです!」が反芻し、グルグル……グルグル……思考を掻き乱していく。その言葉に対しての言葉の引き出しが見当たらない。挨拶なら捜す事もなく勝手に引き出しが開いて言葉が飛び出すのだが、今回ばかりは注意深くする必要がある。そもそも、せっかく苦労して捜し出しても中身はスッカラカンかもしれない。この様な状況は初めてなのだ。


 颯真が無言で眉間に深い皺を刻んでいるのを見、忽ち結愛の顔面から熱がサーッと引いていった。

 告白で何よりも恐れる反応、それは拒絶だ。

 結愛は颯真に拒絶されるのではないか、罵倒されるのではないかと落ち着かなくなり、苦しくなる胸を両手で押さえて半歩下がった。


「あ、あの……やっぱり、私」


 今にも消え入りそうな声で、いつでも逃げ出せる体勢に変わっていた。

 脱兎を前に、未だに颯真の脳内は引き出し捜しに大苦戦中。漸く見つかったと思えば、案の定空で脳内全てが真っ白に染まりかけた。

 颯真は頭を振ってそれに抗い、一番近くの引き出しからゆっくりと言葉を取り出した。


「分からない。気持ちは凄く嬉しいけど、まだ分かんねー。だから今すぐには答えは出せないんだ。少し時間をくれないか? そしたらちゃんと考える事が出来るから」

「そ、そっか」


 兎を逃さずに済んだ。


「じゃ、じゃあまた……」

「ああ。必ず」

「あ、えっと、えっと……。バイバイ」


 結愛は頬をほんのりと赤らめ、颯真の横を小走りで通り過ぎた。

 瞬間緊張の糸はプツリと切れ、颯真は大きく息を吐き出した。


「へぇ。案外男らしいところがあるのね」


 ここで漸く沈黙の美少女守護霊代理が沈黙を破った。

 颯真は湿っぽい視線をマカに向けた。


「案外は余計だろ。あーもう。俺、どうすればいいんだよ」

「受け入れてしまえばいいんじゃない? 良い子そうだし」

「何を簡単に」

「簡単な事よ。キミがあの子の為に尽くせる様になれば、罪は軽くなる……」

「罪……?」


 颯真が怪訝な顔をすると、マカは態とらしく笑ってくるりと身体の向きを変えた。


「さて、帰りましょうか」

「帰りましょうかって、守護霊代理が主より先に行っていいのかよ」


 既に歩き出していたマカを追い抜き、颯真は先頭をサッサと歩いて行った。

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